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しおりを挟む「発情は治まったんだね、よかった。でも、相手男の人なんでしょ? だったら累兄の体も変化するよね」
「そう! それなんだよ!」
宙也と気持ちを伝えあい、恋人という関係になった数日後の朝、累は明と優の家で食卓を囲みながら、明の言葉にそう答えた。
「そうか……累くんもか。あれはなかなか大変そうだったな」
明の隣でトーストをかじる優が真剣な顔で言う。明はそんな優を見上げ、平気だったよ、と笑う。
けれど、傍で見ている限りでは大変そうだった。体調も崩していたし、なにより番を求めて心も不安定になる。それでもずっと傍にいるわけにはいけないから、それが苦しそうだった。
「オレ……乗り越えられるかな……」
まだ体に変化は起きていない。きっと累が宙也と番いたいと思って日が浅いせいだろう。明も優と居たいと宣言するようになってから、体の変化が始まっていたはずだ。
「累兄、『オレ』だけじゃないよ、乗り越えるのは」
明に言われ、累が首を傾げる。すると明が微笑み優を見上げた。
「二人で乗り越えるんだよ」
「ああ……そうだな」
優がそれに応えるように頷く。そう言われると、不思議と不安が和らいだ。自分一人じゃない。それだけで心強い。
「でも……オレ、まだ番の事、ちゃんと伝えてない」
二人で居ることは、宙也も喜んでくれるだろう。番を受け入れるとも言ってくれた。けれど、累が子どもを宿せる体になることも、その子どもが十中八九累とおなじような獣人だということ、それゆえ、家族が離れて暮らす期間が出来てしまうかもしれないことも、何も話していない。
ただ累が宙也を欲しがったせいだ。宙也に伝えて、じゃあ止めると言われないように隠していた。
「伝えていいと思うよ、累兄。累兄が好きになった人なら、受け入れてくれると思うよ」
明がはっきりと言う。その顔は、自分が知っている可愛い弟ではなかった。自分よりも大人に見える。
「……明は強いな」
「そりゃ……奥様だし。それにね――」
そこまで言うと、明は優に目配せをした。優がそれに、頷く。
「お母さんになるから」
優の頷きを見た明が、今度はこちらをまっすぐに見つめて言う。累は驚いてすぐに言葉が出なかった。
「……根負けしたよ。それに……明の願いなら、叶えたいと思ったんだ」
心配はたくさんあるけどな、と優が微笑む。
「そっか……おめでとう、明、優サン」
累が言うと、二人は幸せそうに頷いた。
二人の出勤に合わせ、マンションを出た累は、車を廻してくる、と言った優と別れ、マンション前でぼんやりと立っていた。明はマンションのゴミ捨て場にゴミを捨てに行っている。その間に優の車が目の前に止まった。助手席側の窓がするすると開き、累は近づいた。
「家まで送ろうか?」
「いや、大丈夫。それより……明のこと、大事にしてやって。あいつ、すぐ無理するから」
今も、身重ならゴミくらい自分が捨てると言ったのに、このくらいできる、と言ってきかなかった。明にはそういう頑固さがある。特に、こっちに来て、優と生活するようになってから、甘えることが少なくなった。もしかしたら、うちの兄弟で一番何でもできるのは明なのかもしれない。
「そうだな。これからの事も考えなきゃいけないし」
「うん。明が実家戻るなら、オレもサポートするし」
累が微笑んで言うと、優が、ありがとう、とそれに答えた。
その時だった。突然手首を引かれ、累は驚いて振り返る。すると、そこには宙也が立っていて、そのままぎゅっと抱きしめられてしまった。
「……これ、俺のなんで」
宙也はまっすぐに車の中の優を見つめ、低くそう言った。
「ひ、宙也さん……」
なんてことを言うんだ、と思っていたら、優がくすくすと笑い出す。宙也の腕が、更に強く累を抱きしめる。
「累くん、この方が俺の義兄になるのかな?」
「すみません……そう、なります……」
累が恥ずかしくなりながら答える。
「ちゃんと愛してくれそうで、よかったよ」
優がそう言って微笑む。それに苦く笑っていると、後ろから、お待たせしました、と明が駆け寄ってきた。累は慌てて宙也の腕を解き、明に手を差し伸べた。
「走るなよ、ばか。転んだらどうする?」
「あ……うん。まだ、実感なくて」
明は累の手を取り、速度を落としてからそっと自分の腹に触れた。
「何かあったらいつでも連絡していいから。大事にしろよ」
累はそのまま明の手を引いて、助手席のドアを開けた。そこに明が乗り込む。
「ありがと、累兄。頼りにしてる」
そう言いながら、明は呆然としていた宙也に視線を向けた。それに気づいた累が宙也を振り返る。そして、宙也の手を取り、引き寄せた。
「明、優サン……オレが番になりたいと思ってる人……国重宙也さん。宙也さん、こっちがオレの弟の明。それからその番の優サン」
両方に紹介すると、明と優は嬉しそうな顔をしたが、宙也は驚いていた。
「国重さん、兄をよろしくお願いしますね」
明が言うと、宙也が慌てて頷く。それを見た累が、小さく息を吐く。
「二人とも遅刻しちゃうから行けよ。宙也さんにはオレから説明しとく」
累の言葉に、その方がよさそうだな、と優が笑んで、明がドアを閉めた。すぐに車が走り出す。
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