イケメンに育った甥っ子がおれと結婚するとか言ってるんだがどこまでが夢ですか?

藤吉めぐみ

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「あー、やっぱり風呂上りのビール最高」
 ソファの前の小さなリビングテーブルに用意された缶ビールを呷ってから巽が大きく息を吐く。それをキッチンから見ていた灯希が、幸せそうでなによりだよ、と笑った。
 灯希はいつも巽が風呂から出るタイミングを見計らってビールを出しておいてくれる。最近は糖質の低いものが用意されているのが少し不満だが、灯希なりに巽のことを考えてそれを用意しているのだろう。
「つまみは少しだけにするよ。巽さん最近ちょっと太ったでしょ」
 灯希が小皿に載ったナッツをテーブルに置きながら巽の隣に腰かけた。確かに灯希の言う通り、風呂上がりに体重計に乗ったら一キロほど増えていた。
「……なぜそれを……」
「毎日見てるし、食生活管理してるの俺だからね」
 当然でしょ、とちょっと勝ち誇ったように微笑まれ、巽が怪訝な顔を向ける。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。特に巽さんは俺に何でも任せてくれるから把握しやすいかな」
 灯希には家のことだけではなく、巽自身の世話もさせてしまっているのが実情だ。把握しやすい、などと言われたらなんだかやっぱり恥ずかしい。
「おれすっかり灯希に甘えてるな。少しは自分のこと自分でやるよ」
 一緒に暮らし始めたころは、灯希には食事と部屋の掃除だけ任せていた。それがそのうち洗濯も日用品の買い出しも任せてしまい、最近では下着の買い替えまで灯希がやっている。改めて考えてみると、さすがに大人としてどうかと思う。
「そんなのいいよ。俺は巽さんにもっと甘えてほしいと思ってるよ。俺がいないと生活できないくらいでもいい」
 爽やかな笑顔で優しい言葉を吐く灯希だが、それは巽にとっては少し不安なものだった。巽が眉を下げ表情に影を落とす。
「それは少し怖いな、卒業したら灯希はここを出てくんだから」
 ここにいるのは四年間の約束だ。灯希だって、今は生活費代わりに巽の面倒をみているが、就職をしたらやはり一人で自由に暮らしたいだろう。それ以前に、灯希の交友関係が変わり、ここを出ていきたくなるかもしれない。彼女が出来たから同棲したいと言われたら、当然気持ちよくここを出してあげなくてはいけない。
 そう思って言ったのに、こちらを見た灯希は、寂しそうな顔をして巽の肩を掴んだ。
「え? 出てくの? 俺。出て行かなきゃだめ?」
 ちょっとでも頬をつついたら泣き出してしまいそうなほど表情をゆがめた灯希がこちらをまっすぐに見つめる。出ていきたいのは灯希の方だと思っていたから、当然のように巽は動揺した。
「だめ、ではないが……この先、灯希は就職もするだろうし、誰か結婚したいと思う人ができるかもしれないだろ。そうしたら、その人と一緒に居たいだろうし、一緒に居る方がいいと思うんだ」
 巽は昼間の木南とのやりとりを思い出して灯希に告げる。今は巽の傍に居てくれても、未来のことは分からない。灯希は若いのだし、この先巽以上に好きだと思える人と出会うかもしれないのだ。そうしたら、迷わず一緒に居た方が不安はないはずだ。その時は巽のことなど忘れてくれて構わない。
「そんなの、絶対にいない。俺が好きになるのは巽さんだけだし、巽さんが許してくれるなら、俺だって毎日会いたい。できれば同じ会社に入って、二十四時間巽さんと居たいくらいなんだよ」
 灯希の真剣な目は、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
 二十四時間は少し大げさだなと思うが、一緒に居たいと思ってくれていることは叔父として嬉しいと思う。
「今日は色んな人に会いたいって言ってもらえて、なんだか嬉しいな」
 巽は昼間、高梨と木南に言われたことを思いだして微笑む。すると灯希の表情が少し厳しくなる。
「……その中でも絶対俺が一番会いたいと思ってるよ。一番好きなのは俺だから……だから、これから先もずっと一緒に暮らして」
 普段あまり聞かない真剣な口調は、本当に自分と暮らしたいと思ってくれている証拠だろう。もし未来にそう思ってもらえなくても、今そう思ってくれていることだけで巽は嬉しいと思った。
「分かった。灯希が居たいだけ居るといい」
「よかった……俺はずっと巽さんの傍にいる」
 巽の言葉を聞いた灯希が顔を綻ばせて巽を抱きしめる。突然のことで抵抗もできなくてそのままソファに押し倒されてしまった。抱きついたままの灯希を見下ろし、巽は灯希が小さい頃を思い出していた。灯希は寂しがり屋で、よくこうして自分にくっついて寝ていた。可愛かった灯希もすっかり大人になったが、こうして甥っ子に慕われるのは悪い気がしなくて、巽はそっと灯希の頭を撫でた。
 するとゆっくりと灯希が顔を上げる。見つめあったその目は、かつての幼さなんか微塵も残ってないほどシャープになったのに、瞳の中の輝きは変わっていなくて、そのギャップになんだか少し心臓の速度が早くなる。
「巽さん……好き」
 灯希はまっすぐにこちらを見つめたまま、顔を近づけた。長いまつ毛が動くと、軽く目を閉じた灯希が巽の唇にキスを落とした。一瞬のそれが終わると、灯希がすぐに目を開ける。
「巽さん、目開いたままキスする人?」
「え、いや……ちょっと見蕩れてた」
 不満そうに唇を尖らせていた灯希に、巽が慌てて答えると、灯希は柔らかく表情を戻してから体を起こした。
「それなら許す。さて、俺も風呂入って来るよ」
 巽の腕を取り、それを引き上げて巽の体を起こすと、灯希は立ち上がって大きく伸びをした。巽はまだぼんやりとしたまま、うん、と頷く。
 じゃあ後片付けしておいてね、と傍を離れた灯希を見送りながら、巽はため息を吐いた。
「こんなキス、家族でするもの、なのか……?」
 声にしてみても、それに答えが出るわけなどなかった。
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