怖がりSubにやさしい命令(コマンド)を

藤吉めぐみ

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 確かに暁翔は、パートナー=恋人だと初めから言っていた。プレイを繰り返すうちに情が移るのはよくあることで、央樹もそうなることが多い。どうしてもプレイは二人きりになるし、体に触れる機会も増えればそうなってしまうのは分かる。けれど『自分なんか』が、あの暁翔の恋人になるなんて、やっぱり違う気がするのだ。イケメンで優しくて仕事ができて、そんな憧れる社員も多い結城暁翔の横に、偏屈な三十路男が並んで絵になるかと考えたら、なんだかいびつに見える。
「でも……気持ちは嬉しい……」
 翌朝、自宅で目覚めた央樹は、昨日の暁翔の言葉を思い出してぽつりと呟いた。
 まだベッドからは起き上がれず、ぼんやりと天井を見上げる。少し視線を逸らすと、窓からの光が見えた。央樹は起き上がりカーテンを開けた。今日は天気がいいようだ。
 どこか出かけた方がいいだろうか――そう考えた時だった。枕元に置いていたスマホがメッセージの着信を伝える。央樹がそれを拾うと、メッセージの相手は暁翔だった。
『昨日はすみません。今日、主任と行こうと思ってたんですが、譲るのでよかったら行ってください』
 そんなメッセージと映画のチケットの予約のQR画像が添付されている。央樹はその画面にそっと指を滑らせた。
『だったら、結城が一緒に行ってくれないか?』
 きっと、自分があんなふうに暁翔を追い込まなければ、あのまま暁翔の部屋で眠り、今頃また洒落た朝食を食べて、暁翔から直接映画に誘われていたのだろう。そんな光景を思うと、やはり少し寂しいような気がした。
『おれとで、いいんですか?』
 動揺したような返事が返り、央樹が微笑む。
『いいよ』
 結城と行きたい、そう文字を打ってから、でもこれだと昨日の告白を受け取ったことになりそうで、その部分は消して送信する。
『じゃあ、待ち合わせしましょう。主任、何か食べましたか? まだなら、カフェで軽く食べてから映画に行きませんか?』
 ようやく暁翔らしい言葉が返ってきて少しほっとした。優しいし気を遣えるけれど、こうやって一人で段取りを整えてしまうのが暁翔だ。
『わかった。時間と場所は任せるから決めてくれ』
 央樹にとって、暁翔のそれは心地いいものだった。特に優柔不断というわけではないのだが、決めてもらえると気持ちが楽だ。仕事を離れると自分はとてもどうしようもない人間で、面倒臭がりだし、適当になる。だから誰かが率先してくれるととても動きやすい。
 しばらくすると、暁翔から時間と場所のメッセージが送られてきた。それに了解の返信をしてから、央樹は立ち上がった。
「ちょうどいいから、全部話すか……」
 央樹はそう呟いて出掛ける準備を始めた。


 駅前で待ち合わせ、暁翔が案内したカフェはとてもオシャレで男二人で入るには少し抵抗があるところだったが、メニューが豊富で美味しそうで、央樹は次第に雰囲気も気にならなくなっていた。
「ここ、スイーツも美味しいんですよ。主任、甘いもの好きですよね」
 テーブルを挟んで向かい側に座る暁翔が微笑む。私服の暁翔は、年相応にオシャレで、周りの女の子の目を惹いていた。そんな暁翔が自分の事を見ているというのは、ほんの少し気分がいい。
 しかし隠していたつもりの甘いもの好きを知られているのは少し気まずい。
「……どこで、それを……」
「社員食堂で、いつもデザートの付く定食選んでるなって思って。ウチの社食のデザート美味しいですよね」
 その言葉に央樹は恥ずかしくなり、視線を逸らせた。社食のメニューは多いが、デザートが付くのは女子社員が選びそうな『低糖質ランチ』か『野菜メイン定食』の二つだけだ。日替わりで内容が変わるのもあって、央樹はいつもどちらかを食べている。暁翔が言う通り、どちらにもデザートが付くからだ。手作りのプリンや杏仁豆腐、コーヒーゼリーなどこちらも日替わりだが、どれも美味しいと評判だった。社食で付いてくるものなら食べても違和感はないだろうと、いつも食べていたのだが、まさかこうして誰かに見つかっているとは知らなかった。
「……やっぱり、変だろうか……?」
 社内では厳しいとか無愛想とか言われている自分がデザートを目当てにメニューを選んでいるなんて似合わないし、おかしいと思われても仕方ないかもしれない。
「そんなことないです。だって、主任は可愛いですし」
「か、かわ……いくは、ない、だろ……」
 暁翔の言葉に驚いて顔を上げると暁翔が優しく微笑む。その笑顔にまた恥ずかしくなって央樹はメニューに視線を落とす。
「可愛いです……って、言い過ぎると主任真っ赤になっちゃいそうなので、そろそろメニュー決めましょうか」
 ここパンケーキも美味しいですよ、と暁翔がメニューに指さす。央樹はそれに頷いて、じゃあそれで、と言うと、暁翔はすぐに店員を呼び、注文してくれた。
「あの、主任」
 店員が傍を離れたその時、暁翔がそっと口を開いた。央樹がその顔を見ると、にわかに緊張している。
「昨日……すみませんでした。あんなこと、言うつもりなくて……」
 央樹がその言葉に首を振る。それから、それなんだが、と言葉を返した。
「やっぱり、僕は結城との関係を変えようとは思えない。これは……結城が嫌いなわけじゃないんだ。全面的に僕が原因だ」
 央樹がはっきり言うと、暁翔は少し悲しそうな顔をしたが、大きく呼吸をしてから、わかりました、と頷いた。
「でも、理由を聞いてもいいですか?」
「……僕にもパートナーと恋人を兼任してくれる人がいたんだが……その人とのプレイが少し過熱してね、僕はサブドロップした上に、怪我もして……僕はそれが怖い。結城のことが大事だから、今の関係のままでいたいんだ」
 恋人という関係になったら、もっと暁翔を受け入れたいと思うし、暁翔も受け入れて欲しいと思うだろう。いくら甘やかしたいといっても、そこはDomだ、きっと制したい気持ちもあるに違いない。恋人という関係になったらそういうことも受け入れて欲しいと思うだろう。我慢して、結果最悪な事態になった時、傷つくのは自分だけじゃない。暁翔もきっと傷つく。
「……つまり、おれとの関係の為に主任は、おれの気持ちを受け入れないってことですよね」
「まあ……平たく言えば……」
 央樹が少し首を傾げながら答えると、暁翔は深く息を吐いてから、笑顔を向けた。
「じゃあ、おれは諦めるつもりはありません。あなたが、おれを選んでくれるように努力するだけです。あなたが怖いと思わなくなるように」
 暁翔は誰もがドキドキしてしまいそうなほどの爽やかな笑みを作る。そこで、注文していた料理が届いた。
「食べましょう、主任。映画も楽しみですね」
 本当は暁翔が諦めてくれると思っていた。けれど、予想外のその反応に央樹は少し戸惑いながらも、暁翔の笑顔はやっぱり嬉しくて、言われるままに央樹も料理に手を伸ばした。
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