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1章
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この作品、閲覧回数は累計100万回越えで、これまでに獲得したグーの数も二万に迫る勢いだ。評判いいんだから、と自慢するだけあって確かに人気小説らしい。
本文に入る前に、まずは解説・あらすじのところを読んでみる。
『大手自動車メーカーに勤める渡辺香一は、アメリカへ単身赴任している最中、同じく夫の海外赴任に同行して渡米していた三石園子と不倫関係に陥る。異国の地で互いの体を求めあった関係は香一の帰国であっけなく終わったかと思われたが、数年後の日本で偶然再会したことから再び激しく燃え上がり……」
……ん?
俺は眉根を寄せた。
いや、まさかな、と思いながらも、先ほどまでの二割増しの真剣さで本文の方を開いてみることに。
そこには先ほど瑠美子のパソコンで見たのと同じ、青い縁取りの画面の中には横書きの文章がびっちり並んでいた。
《緋色の太陽が鈍色の海の中へ溶けこんでいく。
遮るものが何もない水平線に、大きな太陽が辺りを赤く染めながら沈んでいくさまは圧巻だ。
リゾートホテルのテラスに置かれた籐のデッキチェアから、それをうっとりとした目で眺めていた園子の口からは、自然とため息が漏れた。
「綺麗ねぇ……」
「だろ?」
香一はこの景色をまるで自分が作ったものであるかのように、自慢げな笑みを浮かべた。
「これをどうしても見たかったんだよ。このホテルから見える夕日がすっごく綺麗だって、インスタでも評判でさ」
「本当に綺麗だわ。感動しちゃった」
園子は甘えた様子で香一の肩に自分の頭を預ける。このデッキチェアは二人掛けなので、体を密着させる二人の間を妨げるものは何もない。
香一は園子に腕をまわし、その長い髪の毛を慣れた手つきで撫でてやった。
「一緒に来てくれてありがとな。嬉しいよ」
「悪い人よね、香一さんも」
言葉上は咎めていても、園子の口ぶりは駄々っ子をあやす母親のような甘さに溢れている。
「奥さんが知ったらびっくりするわ。子煩悩なはずの愛する旦那様が、仕事と偽って沖縄へ二泊三日の不倫旅行だなんて、夢にも思ってないでしょうに」
「それを言うなら君もだろう」
「そうだったわ」
園子は屈託のない笑みを浮かべた。
園子も自身の夫には友人との旅行と言ってある。
だから香一とは一緒の飛行機にも乗らず現地で待ち合わるほどの用心をし、友人と来ている風を装った写真も昼間のうちに数枚撮っておいた。でも夫はそれを確認することすらしないと園子は知っている。結婚八年目の夫は妻への興味が皆無で、身の回りの世話をするお手伝いさんくらいにしか感じていないのだ。悲しいことに、それは今に始まったことでもなく、園子が香一と知り合った七年前には既にそんなものだった。
園子が夫の薄情を思い、僅かに眉根を寄せたことで、香一は里心がついたかと疑ったようだ。宥めるように園子の額に優しいキスを落とす。
「いいじゃないか。俺たちは誰にも迷惑をかけてない。俺は家族のために働いているし、君は夫の身の回りの世話を完ぺきにこなしている。お互いの務めはちゃんと果たした上でここへ来ているんだから、堂々としてりゃいいんだ」
香一は自身の不貞行為を全く悪びれていない。妻が望むように一人娘は小学校から私立へ通わせ、中学受験もさせている。何不自由なく生活できるだけの金を稼いでやり、住んでいるマンションも最上階のペントハウス。平和でゆとりのある幸せな家庭は香一が作っている。
これだけ頑張っているのだから、この程度の余暇は許されて当然、というのが香一の考え方なのだ。
「俺だって家族と過ごす旅行も嫌いじゃないよ。だけど子どもや妻がいるとどうしても向こうの都合に合わせなきゃならないし、ゆっくりできないからなぁ。俺はこういう大人の時間ってやつも楽しみたいんだよ」
「やっぱり悪い人」
くすくすと笑った園子は、おどけた調子で香一の鼻を摘まんだのだった―――》
読んでいるうちに俺の手は震えてきた。いまにもスマホを落っことしそうだ。
……これ……誰の話だよ。
背筋がぞくりと凍り付く感覚に襲われる。ドライアイスの塊でもここまで冷やすことなんてできないんじゃないかと思うくらいの寒気だ。
……どういうことだよ。こいつはまるっきり俺の話じゃないか……!
本文に入る前に、まずは解説・あらすじのところを読んでみる。
『大手自動車メーカーに勤める渡辺香一は、アメリカへ単身赴任している最中、同じく夫の海外赴任に同行して渡米していた三石園子と不倫関係に陥る。異国の地で互いの体を求めあった関係は香一の帰国であっけなく終わったかと思われたが、数年後の日本で偶然再会したことから再び激しく燃え上がり……」
……ん?
俺は眉根を寄せた。
いや、まさかな、と思いながらも、先ほどまでの二割増しの真剣さで本文の方を開いてみることに。
そこには先ほど瑠美子のパソコンで見たのと同じ、青い縁取りの画面の中には横書きの文章がびっちり並んでいた。
《緋色の太陽が鈍色の海の中へ溶けこんでいく。
遮るものが何もない水平線に、大きな太陽が辺りを赤く染めながら沈んでいくさまは圧巻だ。
リゾートホテルのテラスに置かれた籐のデッキチェアから、それをうっとりとした目で眺めていた園子の口からは、自然とため息が漏れた。
「綺麗ねぇ……」
「だろ?」
香一はこの景色をまるで自分が作ったものであるかのように、自慢げな笑みを浮かべた。
「これをどうしても見たかったんだよ。このホテルから見える夕日がすっごく綺麗だって、インスタでも評判でさ」
「本当に綺麗だわ。感動しちゃった」
園子は甘えた様子で香一の肩に自分の頭を預ける。このデッキチェアは二人掛けなので、体を密着させる二人の間を妨げるものは何もない。
香一は園子に腕をまわし、その長い髪の毛を慣れた手つきで撫でてやった。
「一緒に来てくれてありがとな。嬉しいよ」
「悪い人よね、香一さんも」
言葉上は咎めていても、園子の口ぶりは駄々っ子をあやす母親のような甘さに溢れている。
「奥さんが知ったらびっくりするわ。子煩悩なはずの愛する旦那様が、仕事と偽って沖縄へ二泊三日の不倫旅行だなんて、夢にも思ってないでしょうに」
「それを言うなら君もだろう」
「そうだったわ」
園子は屈託のない笑みを浮かべた。
園子も自身の夫には友人との旅行と言ってある。
だから香一とは一緒の飛行機にも乗らず現地で待ち合わるほどの用心をし、友人と来ている風を装った写真も昼間のうちに数枚撮っておいた。でも夫はそれを確認することすらしないと園子は知っている。結婚八年目の夫は妻への興味が皆無で、身の回りの世話をするお手伝いさんくらいにしか感じていないのだ。悲しいことに、それは今に始まったことでもなく、園子が香一と知り合った七年前には既にそんなものだった。
園子が夫の薄情を思い、僅かに眉根を寄せたことで、香一は里心がついたかと疑ったようだ。宥めるように園子の額に優しいキスを落とす。
「いいじゃないか。俺たちは誰にも迷惑をかけてない。俺は家族のために働いているし、君は夫の身の回りの世話を完ぺきにこなしている。お互いの務めはちゃんと果たした上でここへ来ているんだから、堂々としてりゃいいんだ」
香一は自身の不貞行為を全く悪びれていない。妻が望むように一人娘は小学校から私立へ通わせ、中学受験もさせている。何不自由なく生活できるだけの金を稼いでやり、住んでいるマンションも最上階のペントハウス。平和でゆとりのある幸せな家庭は香一が作っている。
これだけ頑張っているのだから、この程度の余暇は許されて当然、というのが香一の考え方なのだ。
「俺だって家族と過ごす旅行も嫌いじゃないよ。だけど子どもや妻がいるとどうしても向こうの都合に合わせなきゃならないし、ゆっくりできないからなぁ。俺はこういう大人の時間ってやつも楽しみたいんだよ」
「やっぱり悪い人」
くすくすと笑った園子は、おどけた調子で香一の鼻を摘まんだのだった―――》
読んでいるうちに俺の手は震えてきた。いまにもスマホを落っことしそうだ。
……これ……誰の話だよ。
背筋がぞくりと凍り付く感覚に襲われる。ドライアイスの塊でもここまで冷やすことなんてできないんじゃないかと思うくらいの寒気だ。
……どういうことだよ。こいつはまるっきり俺の話じゃないか……!
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