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2章

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 瑠美子はそういう女だ。
 賢さこそが幸せへの近道だと信じている。自分自身も幼いころから私立の小学校、中学校へ通い、せっせとエリート街道を歩んできた。そのおかげで今こうやって満ち足りた生活を送っている、という成功体験は、自分の信念への強い根拠になっている。
 俺なんてゲーム機を買ってもらうだけの金が無かったから将棋をやっていただけなのに。そういう満ち足りない想いから芽生える強さだってあるんだから、俺としては息子に過剰な勉強を押し付けたくないのだが、瑠美子は教育方針に関しては絶対折れないから、俺も好きにさせている。

「歩っていう名前だって将棋の駒から取ったくらい、将棋を信じてるんだぜ。この相手をしているだけで、俺は十分子育てしてることになるんだよ」

 ちなみに歩の将棋の腕は中の上くらい。小さい頃からやらせているわりにあまり強くならない。それでも期待通り賢い中学に行けたから瑠美子は全く気にしてないが。

「それに子育てってのは、直接手をかけてやるだけじゃないだろ。俺がたっぷり稼いで、高い学費を払ってやってるからこそ、瑠美子が望むままに小学校から私立なんて行かせてやれてるんだしさ」

 会社での俺の役職は今、部長代理だ。そしてこの代理の文字が消えるのもあと少しじゃないかと思っている。同期の中では出世頭で、それだから稼ぎもいい。
 仕事で認められるという優越感は俺にとって何物にも代えがたい快感で、それだからこれでも熱心に働いているのだ。

「うーん、うちは無理だなぁ。三人もいたら私立の学費なんて出せるわけないって」

 ビンの長女は小一になったばかりだが、地元の公立小学校へ通っている。SEをやってるビンだって決して稼ぎが悪いわけじゃないが、うちと違ってカミさんは専業主婦で、しかも下にあと二人いると思えば、財布の紐が堅くなるのも当然だ。
 しぃさんのところはまだ子どもがいないけれど「私立なんて無理して行かせる必要無いだろ」と眉をしかめて言った。

「どれだけ高い金かけていいとこのお坊ちゃんお嬢ちゃんとお付き合いさせても、結局大学で俺たちみたいなのと一緒になるんだぜ。それなら意味無いって」
「ですなですな。ミスキャンパスがいい例でありますぞ」

 エイコーはニヤニヤ笑いながら身を乗り出した。 

「私はこんなに美人で賢い女なんだから、付き合う男も超一流じゃなきゃって基準だけで選んだこの外面イケメン男は、その内実、大学のころから浮気し放題の最低ヤローですからの」

 まさかこんなのがうちの大学に紛れてるとは思わなかったんでしょうなぁ、とエイコーは唇の端からこぼれ落ちるほどたっぷりな冷笑を浮かべている。
 エイコーは俺と同じ国立大学に進学したから、この中では唯一瑠美子と直接の面識があるのだが、これでも母一人子一人の家庭で苦労して育っているこの男は、美人で勝ち気な瑠美子が大嫌い。親から受け継いだ金で着飾ってるだけのくせに何を偉そうにしてやがる、ということだ。

「バレそうになると『あれはエイコーの新しい彼女。一緒に飲みに行っただけ』って言い訳して。ワシ、何度隠れ蓑に使われましたか」

 恨めし気な言い方だが、エイコーは瑠美子の鼻を明かせる、とむしろ喜んで付き合ってくれていた。俺が瑠美子をキープしつつ、いろんな女と遊べたのは全てこの悪友のおかげだ。

「複数人を同時進行とか、マジすごいよなぁ」

 実直なビンは俺の節操のなさに呆れるのではなく、むしろ憧れるくらいのキラキラした目で見てくれる。

「そりゃキングほどの男前ってわけじゃないから比べようが無いのは分かってるけど、もし顔が良かったとしても僕には絶対無理だ。うちのだけでも持て余してんのに、これ以上女を増やすとか、そんな気力ないし」
「それはビンが尽くし過ぎなんだろ。俺、負担に感じるほど、女のために頑張ってねぇもん」

 俺が複数の女と付き合うのは純粋に楽しいからだ。
 楽しくないなら、こんな金と時間のかかることやらねぇし。

「キングはマメだからな。頑張ってないんじゃなくて、女のために何をやってもそれが苦痛じゃないだけだよ」

 しぃさんの分析にみんなは、いや、俺すらも大きく頷いた。
 確かにそうだ。女と遊びに行くための下調べとか予約の手配とか、日々のメールのやり取りとかも、面倒だと思ったことは一度も無い。
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