妻が小説で俺の不倫を暴露する件について

環 花奈江

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3章

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 小説の中で瑠美子が書いているのは、紀香との情交シーンがほとんどだ。夫が自分以外の女性とセックスしている状況を描いてしまうなんて、精神的におかしくなってるんじゃないかと心配になるくらいにしつこく粘っこく。

 『焼け木杭に火が付いた』のストーリーのおおまかな流れは、沖縄への旅行からスタートして、七年前のアメリカでの回想シーンに入り、それから今現在の付き合いについて。
 香一が園子に語っているセリフの数々は、もちろん瑠美子に語った覚えが無いのに、実際に俺が思っていることズバリで、文章にされると張本人の俺ですら赤面するほどのゲスっぷり。
 そして勤務先や家族構成なんかも、驚くほど現実のものと被っていて、香一の名前は多分、将棋の駒の香車からきている。そして渡辺香一氏の妻の名前なんて、美奈代になっていた。

「あなたと結婚すると、芸能人と同じ名前になっちゃうってところは嫌だったんだけどね」

 この時の美奈代のセリフは、瑠美子自身が以前口にしていたのと全く同じものだ。
 こんなに細かいところにまできっちりと瑠美子を匂わせてくるのかと思えば「あの人は身の回りをする女が欲しいだけで私と結婚したのよ」なんていう園子が夫について語る内容まで正確。

 ……いや、正確すぎるんじゃないか?
 俺のパソコンで過去のメールを調べたとか、そういうことだけでは紀香の夫が妻に対してどんな態度をとっていたかまでは分からないはずだ。
 つまりこれは瑠美子が自分で調べた情報ではないということ。
 瑠美子は誰かに教えてもらっているに違いない。だから余計なことまで知っているのだ。
 誰に、のところは、考えたくないがすぐに目星が付いてしまった。何しろ、俺が紀香に関する話を聞かせているのは、高校からの悪友たち三人だけだったからだ。


 これ以上家族と一緒に過ごすことには耐えられなかった。
 今日はもう眠いと言って、俺は瑠美子と歩をリビングに残したまま寝室に籠ることに。
 布団の上に寝転んだ俺の心の中には、今まさに嵐が吹き荒れていた。

 ……誰だ? 誰が瑠美子にチクった?
 毛布にくるまって丸くなりながら、俺は怒りに震えながら友人らの顔を思い浮かべる。

 一番怪しいのはエイコーだ。というより後の二人は瑠美子とほぼ面識がない。
 エイコーなら大学の友人を経由すれば瑠美子のメルアドくらいは簡単に入手できると思う。ウニしゃぶだって一緒に食べたのはエイコーだけだし。
 でも本当にエイコーだろうか。あいつは昔から瑠美子を嫌っていた。瑠美子の前ではへらへらして見せていたが、陰では金持ちでいけ好かない奴、と拒絶していて、それだから俺の学生時代からの浮気を手伝ってくれていたくらいで。それなのに瑠美子のためにわざわざ浮気の密告なんてするんだろうか?

 ビンはどうだろう。
 気が弱いビンは俺の不倫話をいつも羨ましがっていたが、妻子持ちだし、不倫なんてもってのほかと言い出しかねない真面目なところもある。
 ウニしゃぶに関しては、飲み会をした日にエイコーが話していたし、後日俺もSNSに写真をアップしたから、食べていなくても知っているはず。
 俺が悪行を重ね、美味いものを食って遊んでいることに嫉妬して瑠美子に告げ口……まぁ、それもちょっと無理はあるかと思うけどな。連絡手段はどうするんだっていう疑念は残るし、結婚式でちらと顔を見たくらいの女にチクるほどの内容かって気もするし。

 もし何らかの手段で瑠美子と連絡を取り合うことが可能だと仮定するなら、しぃさんだって同じくらいに怪しむ必要がある。
 しぃさんは妻と二人暮らし。子どもができないと悩んでいたこともあったが、夫婦ともに40代になったことだし諦めたとか以前言っていた。
 だから夫婦の不倫で一番被害を被る歩に同情して……あぁそうか。子どもを授かるという事の意味を誰より重く受け止めているのはしぃさんだから、自分の快楽だけを追い求めて息子を顧みない俺に対して密かに腹を立てていたとか?

 ……ダメだ、無理があるな。
 どの仮定も、いまいちぴんとこない。
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