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後悔
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大切なものを失う。誰もが経験したくはないが、誰にでも訪れる試練だ。
しかし、浩介の場合、自らが蒔いた種によってそれを失った。本当に失う瞬間まで、これほど苦しい思いをするとは思っていなかった。
妻と別れて半年。死んだように生きるとはこういう事なのかと浩介は思った。
現実でも、妻の背中を追うことが出来なかったように、繰り返し繰り返し妻の背中がどんどん遠ざかっていく夢を見た。手を伸ばしてももう永遠に届かない。これほど求めるならば、何故妻一人だけの男になれなかったのかと自らを恨む。
今まで女を惹きつけてきた自らの輝きも失せ、群がっていた女たちは跡形もなく消え失せた。夜飲みに行く相手もいない。友人とは長く疎遠になっていたため話を聞いてくれる者すらいなかった。自分がこれほど人間関係が希薄だとはこうなるまで気付くことが出来なかった。
自分は生まれついて進む道が決められていた。綺麗にはめ込まれるパズルのピースのように、自分はこの家を継ぐ…。それ以外の道は丁寧につぶされて、せまい価値観の中で常に一番であることを求められ、それに答えることだけが価値がある、逆に言えば出来なければ価値のない人間だと…。
幼い頃からほとんど褒められたことがなかった。母の笑顔を見たければ一番を取らなければならなかった。
完璧な息子を演じることが浩介のスタンダードで、本来の自分がどんな人間だったか、もう分からなくなっていた。
ある日、浩介は社長室で倒れた。ろくに食べず、酒ばかり飲んでいた不摂生がたたった。病名は軽い心筋梗塞だった。
両親は妻と別れる原因となった浩介の悪行を知り、見向きもしなくなった。理想の息子でなくなった浩介はいらないと言わんばかりに…。
浩介を見舞ったのは、会社を継いだ時から影のように支え続けてきた秘書室長と新人の秘書。一人になった浩介を何かと気遣っていた。
病室で秘書室長の加賀美は、担当医からの指示を事細かに浩介に伝えていた。
「社長?このままの生活を続けていたら、命の保証は出来ませんとドクターからお話がありました」
「ああ、分かってるよ」
「お酒はしばらく禁止です」
「…。しばらくとは?」
「当分の間です」
浩介はムスッとして天井を見上げた。
「社長が戻られないと、会社はどうなります?社員の生活もかかっているんです。お酒は禁止ですよ」
返事もしない浩介に怯まずかみついてきたのは、室長ではなく新人の方だった。
「子どもみたいに拗ねてないで、あなたのことを一番そばで支えてきた室長の話くらい聞いたらどうなんです?」
「何だと?」
秘書の中でも、まだ入社して半年のひよっこ。新卒ではなく、よそから引き抜いてきた優秀な人材だが、口の利き方は一流ではないらしい。
「お前、加賀美が引き抜いてきたからよほど優秀なんだろうと黙っていたが、口の利き方も知らないのか!」
「お前ではありません。羽田です。羽田奏です。自己紹介は済ませたはずですが」
「知ってる!そういうことじゃない!」
加賀美が割って入った。
「社長。我々は本気で心配しているからこそ、あなたの顔色をうかがわずにモノ申しているのです。もちろん、社員として社長を尊敬しています。ですが、今は一番そばにいた人間として、あなたのことを心配しているんです」
「私は社長としては優秀なあなたを尊敬しますが、人としてははっきり言って嫌いです。室長は本当に社長を尊敬しています。だからこそ耳が痛いことも言わなければならないんです」
浩介は二人の本気を感じた。
「すまない…。耳が痛いことを言うのは、言う方もよほどの覚悟が必要だものな…。二人ともありがとうな」
加賀美は驚いた。浩介からありがとうと口に出して感謝されたことが今まであっただろうか?
加賀美と羽田は身の回りの支度を調えると、ちゃんと休んで下さいと言い聞かせ、病室をあとにした。
しかし、浩介の場合、自らが蒔いた種によってそれを失った。本当に失う瞬間まで、これほど苦しい思いをするとは思っていなかった。
妻と別れて半年。死んだように生きるとはこういう事なのかと浩介は思った。
現実でも、妻の背中を追うことが出来なかったように、繰り返し繰り返し妻の背中がどんどん遠ざかっていく夢を見た。手を伸ばしてももう永遠に届かない。これほど求めるならば、何故妻一人だけの男になれなかったのかと自らを恨む。
今まで女を惹きつけてきた自らの輝きも失せ、群がっていた女たちは跡形もなく消え失せた。夜飲みに行く相手もいない。友人とは長く疎遠になっていたため話を聞いてくれる者すらいなかった。自分がこれほど人間関係が希薄だとはこうなるまで気付くことが出来なかった。
自分は生まれついて進む道が決められていた。綺麗にはめ込まれるパズルのピースのように、自分はこの家を継ぐ…。それ以外の道は丁寧につぶされて、せまい価値観の中で常に一番であることを求められ、それに答えることだけが価値がある、逆に言えば出来なければ価値のない人間だと…。
幼い頃からほとんど褒められたことがなかった。母の笑顔を見たければ一番を取らなければならなかった。
完璧な息子を演じることが浩介のスタンダードで、本来の自分がどんな人間だったか、もう分からなくなっていた。
ある日、浩介は社長室で倒れた。ろくに食べず、酒ばかり飲んでいた不摂生がたたった。病名は軽い心筋梗塞だった。
両親は妻と別れる原因となった浩介の悪行を知り、見向きもしなくなった。理想の息子でなくなった浩介はいらないと言わんばかりに…。
浩介を見舞ったのは、会社を継いだ時から影のように支え続けてきた秘書室長と新人の秘書。一人になった浩介を何かと気遣っていた。
病室で秘書室長の加賀美は、担当医からの指示を事細かに浩介に伝えていた。
「社長?このままの生活を続けていたら、命の保証は出来ませんとドクターからお話がありました」
「ああ、分かってるよ」
「お酒はしばらく禁止です」
「…。しばらくとは?」
「当分の間です」
浩介はムスッとして天井を見上げた。
「社長が戻られないと、会社はどうなります?社員の生活もかかっているんです。お酒は禁止ですよ」
返事もしない浩介に怯まずかみついてきたのは、室長ではなく新人の方だった。
「子どもみたいに拗ねてないで、あなたのことを一番そばで支えてきた室長の話くらい聞いたらどうなんです?」
「何だと?」
秘書の中でも、まだ入社して半年のひよっこ。新卒ではなく、よそから引き抜いてきた優秀な人材だが、口の利き方は一流ではないらしい。
「お前、加賀美が引き抜いてきたからよほど優秀なんだろうと黙っていたが、口の利き方も知らないのか!」
「お前ではありません。羽田です。羽田奏です。自己紹介は済ませたはずですが」
「知ってる!そういうことじゃない!」
加賀美が割って入った。
「社長。我々は本気で心配しているからこそ、あなたの顔色をうかがわずにモノ申しているのです。もちろん、社員として社長を尊敬しています。ですが、今は一番そばにいた人間として、あなたのことを心配しているんです」
「私は社長としては優秀なあなたを尊敬しますが、人としてははっきり言って嫌いです。室長は本当に社長を尊敬しています。だからこそ耳が痛いことも言わなければならないんです」
浩介は二人の本気を感じた。
「すまない…。耳が痛いことを言うのは、言う方もよほどの覚悟が必要だものな…。二人ともありがとうな」
加賀美は驚いた。浩介からありがとうと口に出して感謝されたことが今まであっただろうか?
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