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本編
19. ようやく
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「ようやく、状況を理解してくれたようだな」
ダリオンはベッドで上半身を起こしたまま、静かにベラドンナを見下ろす。
ベラドンナは床に両膝をつき、がっくりとうなだれていた。
「……も、申し訳ございません。呪いをかけたのは……私です。私が、あの、無自覚だったとはいえ、間違いなく私の仕業です……」
ベラドンナは茫然自失のまま、言葉を絞り出す。
「あのあと……あなたが城を去り、私が魔法を使えないことを公に発表したあと、王宮や領民の期待に応えられないと考え、領主の座はふさわしい人物に譲ると決意しました。時間を掛けて実務を整理し、引き継ぎを済ませた上で、父方の従兄弟に執政を任せ、私は退いたんです」
ダリオンは黙して話を聞いている。
「実は……まだこれは公表していないのですが、引き継ぎ資料を作っている間にいつのまにか魔法を使える自分に気づいたのです。いざ使ってみたら、私にとって魔法を操ることは、呼吸するのと同じくらい自然なことでした。なぜ急に使えるようになったのか謎でしたが……あなたに無自覚に掛けた魔法がきっかけだったのかもしれません……」
魔法が使えるようになって、わかったことがある。
魔法とは、嘘偽りのない、己のありのままの感情や願いや欲望を口に出し、実現すること。そのまま話してもよいし、古来よりテンプレ化された詠唱に乗せてもよい。必要であれば術具に触れながら行う。
上級者になると、発言や詠唱をしなくても、念じるだけで扱えるようになる。
この「嘘偽りのない」「己のありのままの感情」というのが厄介だ。たとえば、「ロウソクに絶対火を点けねばならない」といった外圧強めの環境下だと、魔法は基本使えない。心が緊張状態にあるからだ。ロウソクに火を点けたいというより、「怖い、どうしよう、早くこの状況を終わらせたい」がありのままの感情になってしまい、詠唱と感情がちぐはぐになる。
こうして文章にしてみると、実に簡単なことだが、「魔法を使わなきゃ!」「使えないとヤバい!」という強迫観念に取り憑かれていた八年前、ベラドンナはロウソクに火も点けられなかった。
ただ、ダリオンに告白したときだけは、ありのままの感情だった。せめて夢で会いたいと切望しながら口にしたし、たまたま水晶玉を手でいじっていた。
ゆえに、魔法は発動したのだ。
うわぁぁぁ……! とんでもないことをやってしまったっ……
たぶん今、顔面蒼白になっている。初周ループのときも無自覚に魔力を暴走させてしまい、大変な事態に陥った。あれだけ魔法には気をつけようと肝に銘じていたのに。
「ごっ、ごめんなさいっ! 本当に申し訳ございませんでした。すべては私が……無知で未熟で愚かだったせいです! あなたを八年も苦しませてしまい、本当にすみませんでした……」
額を床に擦りつけて土下座する。これは仕方ない。言い訳の余地もなければ、許される望みすらない。
ダリオンはなにも言わない。
恐る恐る顔を上げると、彼は複雑な表情を浮かべていた。
今にも声を掛けようとしてはためらい、いや、やはり許せないと心を閉ざすような……そんな葛藤がその顔に刻まれていた。
「あの、ダリオン様! どうか、この私に呪いを解くお手伝いをさせてください! もちろん、なんでもやります。どれほど時間が掛かっても、どれほどお金が掛かっても、どれほど恥ずべきことでも、どれほど恐ろしいことでも、なんでも進んでやります! 私が今持っている地位も名誉も財産もすべてドブに捨てて構いません。ダリオン様、この通りです!」
この言葉に嘘偽りはなかった。誰よりも大切に思っていたダリオンだからこそ、幸せになって欲しかった。前世で幸せな時間をくれたダリオンに、少しでも恩返しがしたかった。
それなのに、まさか私の手で不幸のどん底に突き落としていただなんて。
償えるものなら償いたい。どんな手を使ってでも……!
深々と頭を下げたまま、返事を待つ。
しばらく経つと、ようやくダリオンが重い口を開いた。
「……本当になんでもやるんだな?」
ベラドンナは勢い込んでうなずく。
「もっ、もちろんですっ! なんでもやります。やらせていただきます!」
「貴女の名誉を捨ててもいいんだな? 本当にその覚悟があるんだな?」
ダリオンは慎重に念を押す。
ベラドンナは顔を上げ、まっすぐ彼の瞳を見つめた。
「はい。もちろんです。あなたの呪いを解くためなら、この身が辱められることになっても構いません」
初周ループでは頭を叩き割られて殺されたのだ。それに比べれば、どんな恥でもマシである。
ダリオンは頭を抱え、ハーッと深いため息を吐いた。まるでこびりついた疲れや苛立ちを拭い去るかのように、両手で顔を撫で下ろす。
「……結局こうなるのか。どうせ俺には貴女を殺すことなどできはしない。わかっていたことだ……」
独り言だろうか? ダリオンはブツブツなにか言っている。
夢の内容は具体的にどんなものなんだろう?
懊悩しているダリオンを前に、聞くのもはばかられる。
ひたすら待っていると、ダリオンは覚悟を決めたようにこちらを見た。
「俺も……ここへ来る前に、騎士としての矜持は捨ててきた。そして、今から地位も名誉も捨てることになるだろう」
どういう意味だろう? と訝しみつつ「はい」と返事をする。
「……正直に打ち明けよう。俺が毎晩見ていた夢は……貴女が出てきた夢の内容は……」
思わず首が伸びて、前のめりになってしまう。
そして、ダリオンは消え入りそうな声でこう言ったのだ。
「……は、破廉恥な夢だ」
ダリオンはベッドで上半身を起こしたまま、静かにベラドンナを見下ろす。
ベラドンナは床に両膝をつき、がっくりとうなだれていた。
「……も、申し訳ございません。呪いをかけたのは……私です。私が、あの、無自覚だったとはいえ、間違いなく私の仕業です……」
ベラドンナは茫然自失のまま、言葉を絞り出す。
「あのあと……あなたが城を去り、私が魔法を使えないことを公に発表したあと、王宮や領民の期待に応えられないと考え、領主の座はふさわしい人物に譲ると決意しました。時間を掛けて実務を整理し、引き継ぎを済ませた上で、父方の従兄弟に執政を任せ、私は退いたんです」
ダリオンは黙して話を聞いている。
「実は……まだこれは公表していないのですが、引き継ぎ資料を作っている間にいつのまにか魔法を使える自分に気づいたのです。いざ使ってみたら、私にとって魔法を操ることは、呼吸するのと同じくらい自然なことでした。なぜ急に使えるようになったのか謎でしたが……あなたに無自覚に掛けた魔法がきっかけだったのかもしれません……」
魔法が使えるようになって、わかったことがある。
魔法とは、嘘偽りのない、己のありのままの感情や願いや欲望を口に出し、実現すること。そのまま話してもよいし、古来よりテンプレ化された詠唱に乗せてもよい。必要であれば術具に触れながら行う。
上級者になると、発言や詠唱をしなくても、念じるだけで扱えるようになる。
この「嘘偽りのない」「己のありのままの感情」というのが厄介だ。たとえば、「ロウソクに絶対火を点けねばならない」といった外圧強めの環境下だと、魔法は基本使えない。心が緊張状態にあるからだ。ロウソクに火を点けたいというより、「怖い、どうしよう、早くこの状況を終わらせたい」がありのままの感情になってしまい、詠唱と感情がちぐはぐになる。
こうして文章にしてみると、実に簡単なことだが、「魔法を使わなきゃ!」「使えないとヤバい!」という強迫観念に取り憑かれていた八年前、ベラドンナはロウソクに火も点けられなかった。
ただ、ダリオンに告白したときだけは、ありのままの感情だった。せめて夢で会いたいと切望しながら口にしたし、たまたま水晶玉を手でいじっていた。
ゆえに、魔法は発動したのだ。
うわぁぁぁ……! とんでもないことをやってしまったっ……
たぶん今、顔面蒼白になっている。初周ループのときも無自覚に魔力を暴走させてしまい、大変な事態に陥った。あれだけ魔法には気をつけようと肝に銘じていたのに。
「ごっ、ごめんなさいっ! 本当に申し訳ございませんでした。すべては私が……無知で未熟で愚かだったせいです! あなたを八年も苦しませてしまい、本当にすみませんでした……」
額を床に擦りつけて土下座する。これは仕方ない。言い訳の余地もなければ、許される望みすらない。
ダリオンはなにも言わない。
恐る恐る顔を上げると、彼は複雑な表情を浮かべていた。
今にも声を掛けようとしてはためらい、いや、やはり許せないと心を閉ざすような……そんな葛藤がその顔に刻まれていた。
「あの、ダリオン様! どうか、この私に呪いを解くお手伝いをさせてください! もちろん、なんでもやります。どれほど時間が掛かっても、どれほどお金が掛かっても、どれほど恥ずべきことでも、どれほど恐ろしいことでも、なんでも進んでやります! 私が今持っている地位も名誉も財産もすべてドブに捨てて構いません。ダリオン様、この通りです!」
この言葉に嘘偽りはなかった。誰よりも大切に思っていたダリオンだからこそ、幸せになって欲しかった。前世で幸せな時間をくれたダリオンに、少しでも恩返しがしたかった。
それなのに、まさか私の手で不幸のどん底に突き落としていただなんて。
償えるものなら償いたい。どんな手を使ってでも……!
深々と頭を下げたまま、返事を待つ。
しばらく経つと、ようやくダリオンが重い口を開いた。
「……本当になんでもやるんだな?」
ベラドンナは勢い込んでうなずく。
「もっ、もちろんですっ! なんでもやります。やらせていただきます!」
「貴女の名誉を捨ててもいいんだな? 本当にその覚悟があるんだな?」
ダリオンは慎重に念を押す。
ベラドンナは顔を上げ、まっすぐ彼の瞳を見つめた。
「はい。もちろんです。あなたの呪いを解くためなら、この身が辱められることになっても構いません」
初周ループでは頭を叩き割られて殺されたのだ。それに比べれば、どんな恥でもマシである。
ダリオンは頭を抱え、ハーッと深いため息を吐いた。まるでこびりついた疲れや苛立ちを拭い去るかのように、両手で顔を撫で下ろす。
「……結局こうなるのか。どうせ俺には貴女を殺すことなどできはしない。わかっていたことだ……」
独り言だろうか? ダリオンはブツブツなにか言っている。
夢の内容は具体的にどんなものなんだろう?
懊悩しているダリオンを前に、聞くのもはばかられる。
ひたすら待っていると、ダリオンは覚悟を決めたようにこちらを見た。
「俺も……ここへ来る前に、騎士としての矜持は捨ててきた。そして、今から地位も名誉も捨てることになるだろう」
どういう意味だろう? と訝しみつつ「はい」と返事をする。
「……正直に打ち明けよう。俺が毎晩見ていた夢は……貴女が出てきた夢の内容は……」
思わず首が伸びて、前のめりになってしまう。
そして、ダリオンは消え入りそうな声でこう言ったのだ。
「……は、破廉恥な夢だ」
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