終わりの世界に祝福を

かみはら

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3、毒の空気

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「ミ・アン。君がここにきて、どのくらい経ちましたか」
「ん? えーと、もう結構経ってると思うよ。村にもお仲間さんが到着してると思う」
「なるほど。ではミ・アン、先に村に戻って、私の仲間に調査を続けておく、と言伝を頼めないでしょうか。皆が入りやすいよう手はずを整えておきますから」
「え? でもさ」
「お願いします」
 
 躊躇いがちなミ・アンだが、アサカの意志は変わらない。強い押しにまけて村へ引き返す少年を見送ると、アサカは踵を返し、光球が隠れたばかりの革袋を開いた。

「私は一旦頂上側にいく。悪いけど先行して道を探して。…………うん、そう。獣人の鼻は侮れない。いつも通り、私だけが通れる道があると一番いい」

 革袋から光球が飛んでいくと、ロープの回収も行わず、村とは逆方向に向かって歩を進める。その歩みは、村を訪れてから初めて見せる焦りだ。遺跡から整備された山道へ戻ると、危険だと教えられていた頂上側へ向かいだしたのだ。
 先日のミ・アンが抱いた感想と同じだが、獣人のみならず、多種族に比べアサカの身体能力は飛び抜けて低い。山道を全力疾走してもすぐに息切れを起こすし、補整されていない山道などもっての外だ。鼻も利かないから下手な獣道に入れば遭難する。従って、彼女は道に従って歩くしかないのだ。
 ミ・アンが知ったら、さぞ驚くことだろう。きっと彼女のことを耳長だと思っていただろうから、森で迷うはずがないと信じていたはずだ。
 マスクの中の息が荒くなって来た頃だろうか、彼女の耳に届いたのは、アサカの名を呼ぶ少年の声だった。

「アサカさん! そっちはだめだよ!」
「ミ・アン」

 駆け寄ってきたのは、村に帰したはずの獣人の少年だった。

「そっちは毒の空気があちこちにある。踏み入ったら死んじゃうって」
「ミ・アン.どうして戻ったんですか。村へ伝言をお願いしたでしょう」
「え、いや、意味はないんだけど。なんとなく、アサカさんが困ってるような感じだったから、気になっちゃって……」
「私に付いてきてはいけない。村へ戻りなさい、いますぐに」
「アサカさん、何言ってるの」 
「ごめん、実は私は悪い人なんだ。一緒にいると害があるから、村へ行って保護してもらいなさい」
「は?」

 少年は事態を飲み込めないようだが、アサカには関係ない。背負っていた荷物の側面に手を突っ込むと、ずっしりとした布袋を取り出してミ・アンに握らせたのだ。

「今回の代金代わり、本当は村で渡したかったけど……」

 先ほどは混乱していたため渡しそびれていたものだ。少年はその重さに吃驚して思わず落としかけるが、アサカがしっかり握らせた。

「私にはさほど価値がないけど、君らなら有効活用できる。お母さんにそれを渡して、しばらく生活を凌ぐといい」
「待って、え? じゃあアサカさんは……」
「私はいい。こちらのことは気にしなくていいから、行きなさい」
 
 渾身の力で少年の向きを変え、村の方面へと背中を押した。

「悪い人なの?」
「黙って遺跡に入ったことを悪いと指すなら、多分そう。だけど誓って悪さをするために入ったんじゃない。生きるために入っただけだけど、仕方がなかったとは言わないよ」

 多分だが、この少年は誰かにわけもなく牙を剥くような獣人ではないはずだ。巻き込みたくない一心で腕に力を込めた。

「できれば私のことは見失ったと言って欲しい。匂いも追わないでもらえると助かるけど」

 苦笑したのは、村には大人の獣人がいる以上、厳しい要求だとわかっていたからだろう。だが前者についてなら、少年次第だ。

「毒の空気もなんとかなるって言ったのも嘘なの?」
「それは本当。彼らは毒の空気のために都から来ているはずだよ。隣の国でも噂は耳にしていたし、間違いないはずだよ」

 背中を押すと、少年はとうとう抵抗をやめたようだった。呆然とアサカを見上げる姿に、行け、と顎を動かす。
 毒の空気が蔓延する道へ足を向けたその時、シュ、と風切り音が響き、一瞬後には足下に尾羽付きの矢が刺さっていた。

「動くな!!」

 ミ・アンの尻尾が逆立ち、アサカもピタリと動きを止める。矢を射った者がどこにいるのかは、ミ・アンの視線を追えばおのずと判明する。
 木の上に金髪の少女が立っている。獣の耳を持っているが獣人ではなく、つるりとした肌と目鼻立ちは耳長のものである。
 器用にも少女はアサカに狙いを定めながら、首から提げていた笛に息を吹き込むと、甲高い音が山中にこだました。

「少年はそこから離れて。……そこのお前は別だ、動かず答えろ、その奇妙な出で立ち、最近我が国で窃盗を繰り返している遺跡荒らしだな」

 窃盗、という単語にミ・アンが驚くも、アサカは不満のようだ。その証拠にすぐさま文句を垂れたのである。

「遺跡荒らしなんて人聞きの悪い! 私は窃盗を働いた覚えない。それに遺跡荒らしと言われても、荒らした覚えはないし、遺跡は誰のものでもないはずだ」
「鉄の遺跡は発見されているいないに関わらず、国が管理するもの。それを知らないとは言わせない」
「あーやだ。なにその暴力的な所有権の主張。見つかってない遺跡なら誰のものでもありませんー」

 アサカの発言は少女の気に障ったようだ。二度目の矢は脚の間をすり抜け地面に刺さった。

「その被り物を脱げ。それも遺跡の出土品のはずだ」
「いやいや冗談でしょ、これはこの国で出土したモノじゃない。あなたたちに権利はないはずだ」
「五月蠅い。脱げ」
「やーだー、脱いだら死ぬ。人殺しー!」
「黙れ。どうやってそれを使用している。それは毒を発するものだぞ。……動くなと言った!」

 呆れるように肩を動かす仕草も、明らかに故意的なもので少女を刺激している。金の眉がきゅっと眉間に寄るのは、苛立っている証拠だと、多種族との交流が少ないミ・アンですらわかった。

「両手を挙げろ。口答えは許さない」
 
 少女が発する殺気にアサカは黙りこみ、両手を開きながら腕をもちあげた。
 マスクも脱がせようと叫ぶ少女だが、ふいに視線を下ろすと口を閉じ、いつでも矢を射れるように弦に矢をあてがった。
 なぜ少女が黙ったのかはすぐに知れた。後続が追いついてきたからである。
 足音を立ててやってきたのは複数名の耳長や、少女と同じ混血、獣人である。全員が同じ装いだが、やたら白い肌と褐色の肌をした二人の耳長。彼らの所作と知性を感じさせる眼差しが、少女の上司なのだと窺わせた。特に白い方は体躯も良く、腰に下げている剣がいかにも武人だと物語っている。

「閣下、それに室長」

 アサカの聞き間違いだろうか。隊長とかいう単語ではなく、高い身分の人々を呼称する響きが聞こえてきた。白い方の武官が少女と話しているが、褐色の方や、他のひょろながい研究員……のような人々は興味津々といった様子で、いかにも全身怪しいといった雰囲気のアサカを観察している。
 ミ・アン達のような国外れの者は知らないが、この国では遺跡荒らしは御法度だ。故に死刑かな、と思った。

「ミ・アン」
「うぇ?」
「ごめん」

 アサカは素早かった。少年の体に腕を回すと、いつの間にか取り出していた小さな刃物の切っ先をミ・アンの首元に当てている。

「鼻で呼吸しなさい。なに、悪いようにはしないし、貴重な体験ができるよ」

 場に緊張が押し寄せるが、アサカはミ・アンを引きずるようにジリジリと後退していく。少女が叫ぶもお構いなしだ。

「やめなさい! その先は……」

 移動するにつれ、ミ・アンの全身の毛が逆立ち、脳が警鐘を鳴らしていく。この先に行ったら死ぬと獣人の勘が訴えているのだ。
 少女は矢をつがえるが、アサカが人質を盾にするせいでそれも上手くいかない。さしもの少年が抵抗しようとしたそのとき、アサカが叫んだ。

「パック!」

 少年の眼前に光の球があった。ぼんやりとしているが、それは蝶の羽と小さなヒトの体を有している。

「よ……」

 妖精、と誰かが言おうとした。アサカは少年の手を取り、それにつられてミ・アンも走り出す。脇道にそれる彼女になぜついて行ったのか……それは、きっと妖精を目にしたことで頭が真っ白になったこと、それに加え、全身を覆っていた恐怖が一気に引いたせいだろう。一方で少女が放った矢は耳長の得意分野らしく正確であったが、彼女を傷つけるまでには至らなかった。
 誘拐犯の腕に直撃したが、何かが弾かれるようなカン、という甲高い音が響いたのだ。アサカはわずかに苦痛の呻きを漏らしたものの、転びはしなかった。とにかく逃げることを優先した彼女は、よろめきつつも毒の空気が蔓延する森の中へ飛び込んだのである。

「金属の腕」
 
 少女の仲間の誰かが言った。信じられないものをみた、そんな驚愕を含んだ、呆けた声だった。
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