終わりの世界に祝福を

かみはら

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8、先人の知恵

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 動いたのは白い耳長だ。

「リゲル、縄は必要ないのかな」
「大丈夫だと思いますよ。舐めてるわけじゃないですが、こいつすっげえ弱いですから。この位置からでもやれます」
「ふむ、お前がそう言うのであれば問題ないか。フラウもご苦労様」
「は」

 やれます、は殺せますの意だろうと悟る。彼らにとって、自国の民ですらない犯罪人の命は藁よりも軽いことは知っていた。褐色の耳長はよく通る声でアサカに話しかける。

「さて、アサカといったか。私の質問に答えてくれたまえ」
「応じないと?」
「村人に君を差し出す」

 降参と言うように両手を挙げた。もとより武器らしい武器は携帯していないが、敵意がないことを示すのは大事である。
 アサカの態度に男は気を良くしたのか、うん、と頷くとこんなことを言った。

「服を脱いでもらえるかい」

 一瞬、こいつらは追い剥ぎ目的でもあったかと考えるも、即座に違うだろうなと思い直した。フラウという少女が酷く驚いた顔をしたからだ。

「どこを見せたらいい」
「腕だ。先ほどうちの子に射られるはずだった腕を見せてくれ」
「脱ぐにはちょっと動かないとならないのだけど、勘違いで斬られるとかは?」
「それは君の行動次第だろう」

 怪しまれるような行動をせずに脱げというわけだ。その裁定をするのはリゲルなる男というわけで、どうやら祈ったところで、男の気まぐれ次第で殺されるらしい。
 どのみち逆らって即座に斬り捨てられるのは避けたい。立ち上がると背嚢を背負ったまま器用に首元のボタンを外し、襟元をまくった。

「見たいのはこの腕かな」

 胸元くらいまで開いて、肩口を見せれば良い話だった。それ以上求められたらそれはそれという態度だったが、間違いではなかったらしい。鎖骨から左肩にかけて鈍く銀色に輝いており、手袋を外せば傷一つない銀の指が動いている。さわればひんやりと冷たいのが特徴で、感触はあるけれど熱や冷気にも負けない特殊な腕だった。
 嘘、と誰かが呟いた。
 にわかには信じがたいだろう。自分でも改めて左手を目視するけれど、指は彼女の思い通りに動いている。継ぎ目一つないなめらかさは流動金属かと勘違いしそうだけれど、確かに固形物である。
 白い男はほう、と感嘆の声を上げた。

「それは本物の腕みたいに動いているが、本当に金属というものなのかな」
「多分ね」
「触っても?」
「お好きにどうぞ」
 
 手を差し出すと、人さし指からなぞるように触れられる。想像よりはずっと丁寧に扱ってくれるようだが、気分はまな板の上の鯉だ。肩の上に乗ったパックは男を警戒しているが、意にも介さないので全くの無意味だ。

「感触と、それに重さはあるのかね」
「本物に近い感触はある。重さは……見た目よりはない」
「ふむ。中が空洞なのかな、それで動くとは思えないが……まったく、これなら専門家を連れてこればよかった」
 
 アサカにしてみれば鉄を金属といっていたり、重量に関する質問が飛んできた時点で最悪だ。マスクの下でうんざりとした顔を隠そうともせず、しかし素直な回答を心がけていた。
 手首や二の腕を触る手つきに下心はなさそうだが、従わざるを得ない側としては不愉快この上ない。

「切除してもいいかい?」
「え? 普通にそれ聞く?」

 ちょっとこれ頂戴と気軽に聞かないでほしい。立場も忘れて相手の正気を疑った。

「駄目かな、中身を見たいし、治癒で治るかどうかを試したいのだが」
「いや痛覚あるから駄目に決まってるし?」
「おや、痛覚まであると。……そういえば熱や冷気は感じるのか?」

 手首をがっちり掴まれて痛いくらいに力を込められる。金属だから無事だが、これは生身だったらただでは済まないのではないだろうか。二人のやりとりを眺めていたパックが異様なものを見る目つきになった。

「アサカ、こいつ頭がおかしいぞ」
「妖精に言われたくないと思う」
「なんでだよ!」

 条件反射で返してしまったが、妖精にこう言わせるのは余程である。

「他の箇所は? 金属なのは腕だけかね」
「腕だけ腕だけ、他は全部生身」
「なぜこんなものを身につけている」
「――知らない。なんでそうなったかとか聞かれてもわからない」
「わからなくても推測程度はできるだろう。話したまえ」

 当然だがアサカに救いの手はない。他の耳長やリゲルは何を考えているかわからないし、村長やミ・アン親子、フラウは左腕に釘付けだ。淡々とした男の台詞は命令することに慣れた権力者のそれだった。

「いや………まあ、そのあたりはおいおいわかるか。大体その服も私にとっては未知だ。これは大いに興味をそそられる」
 
 腕を手放すと、アサカに向かって堂々と背を向ける。自分で訊いておきながらこの態度、人によっては刺されても仕方ない無防備さだが、逆を言えば余程の自信があるからこその態度なのだろう。
 ここで下手を打てば膝蹴りどころの騒ぎではない。大人しくボタンを留めるアサカに、男の声がかかる。

「とりあえず、その被り物は外そうか。どうにも表情が読みにくいし、それも遺跡のものだろう?」
「はぁ? これは遺跡以前にもともと私が持ってた物ですが!?」

 服を脱ぐのは問題なかったが、マスクを外せ、というのは悩みどころだ。仲間の元に戻った耳長は、動きを止めたアサカを観察するように顎を撫でる。

「聞きたいことはいくつかあるのだがね、ひとまずこの程度で済ませていることに感謝して欲しいくらいだよ」

 腕を組み、深いため息を吐くアサカに向かって動いたのはリゲルだ。上官……かどうかは知らないが、ともあれ命令に従わせようということだろう。
 抵抗したらまた暴力だろうか。それでも逆らわないと拙いのだが、二人の間にパックが両手を広げて立ちはだかる。

「ちょい待て、こいつから被り物を剥がすのは待ってくれ。それだけは拙いんだ」
「……閣下、俺、妖精殺しとか呪われそうで嫌なんですが」
「それは私も嫌だな。大事な部下が一人いなくなる」
「――撤回なしかよ、くそ爺」
「聞こえてるよ」

 二人の仲はともかく、パックはぎょっと目を剥いたが、閣下と呼ばれた耳長から訂正の言葉は出ない。彼の中で、マスクを外させるのは決定事項なのだろう。

「あの、あのアサカさん、それがないと息ができないって、だから、外すのは……」
「ミ・アン!」

 獣人の少年が叫ぶも、母親と村長に阻害されてしまう。……藁にも縋りたい気分だが、子供に助命を期待するのは酷だろう。
 ぐう、と痛む腹をさすって唸る。天を仰げば辞世の句でも浮かぶかと思ったが、生憎と往生際が悪いようで、死にたくないとばかり感情が泣き叫んでいた。

「あー妖精、頼む、どいてくれ」
「嫌だ。こいつに死なれるのはオレが困る。妖精のオレがここまで言ってるんだぞ」
「うーん、被り物を外してもらうだけだし、妖精が保証しても、なあ? 死ぬっていうのも、お前達が言うだけで、信じるだけの理由も信用もないだろ」
「アサカ!」

 パックは叫ぶも、アサカは動きようがない。逃げてほしいと立ちはだかってくれるのは感謝してもしきれないし、有難いことこの上ないが、この状況で逃げ切れると断言できるほど、脳みそをぬるま湯に浸しているつもりはない。

「パック、万が一の時は全力でそこの野郎共を呪って、必ず不幸をもたらしてほしい」

 そしてアサカも大人しく従えるほど人間ができていないため、物騒な願いを妖精に託す。この連中の力ではマスクが破損する怖れがある。壊されるくらいなら、思い切りよく脱ぐしかなかった。
 ……と、従うのが普通である。普通ならだ。

「――なんて言うと思ったばーーーーーーか!!!!」

 静かな挑発と同時に、後ろ手に回した指が鞄の底を触った。少女と男も当然反応したが、アサカが行ったのは持っていたものを振り下ろしただけである。
 カバンから「ソレ」を引っこ抜く直後、カチン、と何かが外れる音がした。
 刹那、起爆と同時に閃光が全員の視界を塞いだのである。その場に居合わせた者はたまらず眩しさに目を眩ませたが、脱兎の如く駆け出した者がいた。
 アサカである。

「くたばれ!!!」

 子供じみた罵倒が森に響き渡る。閃光手榴弾を目の当たりにしたのに、目の保護も必要とせず走る彼女の目は赤く爛々と輝いていたのだ。

「うおおお、目が、目がぁぁ!」

 そんな彼女の肩の上で叫ぶパックは、しかし器用にもケラケラと笑い転げている。相棒がそんな調子だからアサカも自然と口角をつり上げ、兎にも角にも足を動かすのだ。
 本当は閃光手榴弾など使いたくなかったが、こうなっては是非もないだろう。目の良い彼らにとっては致命的になるだろうが、身の安全を優先だと心の中で合唱したところで、なにかが風を切る音が耳を打った。

「この、くそ女が」

 咄嗟にしゃがんでいなかったら、頭部が割れていたかもしれない。ひぃ、と喉を鳴らしながら振り返った先にいたのはリゲルと呼ばれていた男だった。片手で目を押さえているから視界は奪えたのだろうが、おそらくは嗅覚を頼りに動いたのである。

「ああくそ、耳が――」

 閃光手榴弾の特徴は突発的な目の眩みと難聴、そして耳鳴りである。彼らには効果覿面だろうが、身体的特徴を考えれば回復の早い個体も存在するはず。脇目も振らず一目散に目的地へ駆け出したのである。
 目指す方向は緩やかな坂だ。段々と強い風が吹いてきて、風を含んだフードが一気にめくれた。長い髪をばたばたと揺らしながら目指すのは、ミ・アンに教えてもらったとおり切り立った崖である。

「アサカ、ほんとにやんのか!?」
「ここでやらないでどうするっ」

 パックが焦るのも当然だ。けれど早くも後ろからは彼女を追いかける足音が聞こえてきている、飛来した矢が直前でひしゃげたのは背面に展開した防護シールドのおかげだが……、これだって十秒以上は保たない。したがって数秒後には串刺しの運命が待っている。
 そんな運命から逃れるには、もはや一つしかないではないか。

「女は度胸だおらぁ!!」

 臆病心に火を点けて崖からジャンプした。マジか、と誰かが叫んだけれど、そんなものはどうだっていい。足元になにもない不安感と内臓がひっくり返る感触を同時に相手取りながら祈るような気持ちで指を動かすと、背中で金属が擦れ合う音が響き、重力に従うばかりだった体に突然の浮遊感がやってくる。衝撃に肩から腕をもっていかれそうになってぐっと前のめりになったけれど、普通の人間ならここで腕が折れるなり千切れていただろう。なにせ普通はもっとたくさんの拘束具が必要なのだから。

「は、ははははは! 見たかパックー!」
「ぎゃー! 何度見ても信じらんねー!!」

 信じられないものを見たのは追跡者達も同じだった。

「……なんだあれは」

 翼人でもないヒトが、みたこともない黒い翼を生やして空を飛んでいる。その光景をなんと言葉にして良いのかわからず、呆然と立ち尽くしていたのだった。
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