卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

残念な美少女はお好きですか?

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20分後、造はこの界隈でもっとも背の高いマンションのエントランスにいた。

オートロックの機械の前には、仕事帰りとおぼしきスーツの男性がいて、造と目があうと「こんばんは」と愛想よく挨拶をした。

彼が自動ドアを開けたので、造も便乗して中にはいる。

大理石の床がコンコンと足音に呼応した。革張りの小さなソファと、ガラス製のテーブルがある上品なロビーを横切り、エレベーターの前に立った二人。

スーツの男性が造の方をチラチラと見はじめた。正確には彼の背中を見ていた。もっと詳細に言えば、作業着にプリントされた「便利屋かんざき」というロゴに注目していた。

彼の視線に気づいた造が横を向くと、男性は小さく笑いながら言った。

「すいません、便利屋さんが近くにあるなんて知らなかったなあと思って」

「いちおう駅前に事務所があります。今日はこのマンションで仕事があって…」

造は説明しつつ、ポケットに手を入れ名刺を取り出し、彼に渡した。

「よかったらどうぞ、家事や雑用、ちょっとした修理業務まで承っておりますので」

おきまりの営業トークに滅多に見せないスマイルも添えて、造はぺこりと頭を下げる。

「ああ、これはどうも」と恐縮しながら名刺を手に取った男性は、その文面を目にして驚いた顔をした。

「え?副社長さんなんですか?」

「ま、まあ、一応は」

「まだお若いのに凄いですね」

「…零細企業で人員が少ないだけですよ」

名刺にはたしかに造のフルネームとともに、「副社長」という肩書きが載っている。だがもちろん彼は学生なので、バイトである。これには深そうで、さほど深くない訳があった。

二人の会話はエレベーターの到着がきっかけで終わった。スーツの男性は4階で降りた。造は最上階である12階で降り、一番奥の角部屋に足を進め、インターホンを鳴らした。

ガチャリとドアが開いた。チェーンを外したり、鍵を開けたりする音がしないあたりに、家主の性格が出ている。

「いらっしゃーい」

そして、やや大きめの丸メガネをかけた、卯月ゆう莉が出迎えた。白のプリントTシャツにオレンジの短パンというラフな格好をしている。

造はゆう莉の胸元に視線を向けた。すると彼女はサッと胸を隠し「ちょっとー、どこ見てるのー?」と身をよじらせた。

たしかに小柄な割にボリュームがある胸はそれなりに目立つ。だがそれ以上に、毛筆風の書体でデカデカとプリントされている「突風」という文字の方が、ずっと主張が激しかった。

「失礼。少々残念だなと思いまして」と本音を漏らす造。

「ざんねん?限りなくFに近いEなんだが?」皮肉に気づかないゆう莉だった。

造はとりあわず、「お邪魔します」と言いながら中に入った。

フローリングの廊下をわたり、リビングの扉を開けると「おお…」という呻き声が漏れでた。

1LDKの広々としたリビング。左側にはグレーのソファと木製の机がふかふかのラグの上にのり、その正面には60インチの液晶テレビがある。

右側には使い勝手の良さそうな大きなキッチンと、ダークブラウンのアンティーク調の丸いダイニングテーブルがあった。

そんなインテリアセンスの光るリビングが、見るも無残な汚部屋と化してしているのだから、「おお…」と言いたくなるのも無理はない。

決して珍しい光景でもないのが、また残念なところである。

「…いつも以上に壮絶ですね」

床やテーブル、ソファの上は、栄養補助食品の箱や、破いたノートの紙くずが散乱し、それに混じって靴下やワイシャツなどの衣類、雑誌や専門書などの書籍までもが混在するカオス状態だった。

それだけならまだしも、加えてプリンの空き容器や、飲み終わった、あるいは飲みかけのペットボトルなど、衛生的でないアイテムまであちこちに点在している。

小さなものだけでなく、大きな段ボールもいくつか放置されていて、比喩でなく文字どおりの意味で「足の踏み場もない」のだった。

一人暮らしで、十分すぎるほどの広い部屋に住んでいるのに、たったの二週間でどうしてここまでになるのか、造はいつも不思議だった。

「へへへ、いやあ面目ない」

造の後ろに控えているゆう莉は、照れ臭そうに笑いながら言った。

「片付け甲斐があります」

「嫌味かい?」

「いえ、社交辞令です」

「もう」と言いつつ、ゆう莉は軽い体当たりで答えた。

「便利屋かんざき」の作業員にして、アルバイト副社長である神崎造は、もろもろの事情で一人暮らしをする生活力皆無な卯月ゆう莉を、ひょんなことからサポートすることになり、こうして定期的に彼女の部屋を訪れては家事全般を引き受けているのだった。

この「もろもろ」や「ひょんなこと」については、追々ということで。
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