卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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本編1

Foxy Lady

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今日も卯月ゆう莉は、休み時間のたびにヘッドフォンをつけて音楽を聴いていた。

お気に入りの白いヘッドフォンを手で押さえながら、上下左右にリズミカルに揺れ、鼻歌を歌いつつ、ジミ・ヘンドリックスの変態的なギターリフを味わい、舌鼓をうっているゆう莉は、どこまでも「いつも通り」だった。

そんな姿が、なおさら輝亜羅の癇に障った。

「ダン!ダン!ダン!ダン!」

放課後になり、窓際の一番後ろの席で帰り支度をするゆう莉の机を、誰かの手がせわしなく叩いた。

ヘッドフォンを外して見上げれば、輝亜羅がゆう莉を見下ろしていた。

「輝亜羅ちゃん?どうしたの?」

ゆう莉は軽い調子で尋ねた。輝亜羅の眉間にググッとシワがよった。

「あんたさあ、ちょっとは申し訳ないって思わないわけ?」

「申し訳ない?」

「あんたのせいで、椎名が学校来れなくなったことだよ!」

キョトンとしたゆう莉の反応が、さらに輝亜羅を苛立たせ、声を荒げさせた。

他のクラスメートたちはそそくさと教室を出て行く。空気を読んでといえば聞こえはいいが、基本的には触らぬ神になんとやらの精神だ。

二人だけになった教室で、輝亜羅はさらに詰め寄る。

「あんた一回も謝ってないでしょ!?よくそんな平気な顔してられんね!」

「その場で謝ったと思うけど」

「そういうことじゃ…」と輝亜羅が続けようとしたが、ゆう莉は遮るように「それにさ」と言葉を重ねた。

「こうなって、ラッキーだったんじゃない?輝亜羅ちゃんにとっては」

ゆう莉の発言に輝亜羅はたじろぎ、顔がカッと熱くなり、目線を逸らした。

「私が椎名くんと付き合った方が良かった?」

ゆう莉は席を立ち、さらに問いかける。

「そういう問題じゃないでしょ!」

輝亜羅は気を取りなおすように言い、改めてゆう莉の顔をみた。

そして、いつかの誰かのように、

ゆう莉の顔は、正確に言えば口が、歪んでいたのだ。笑っているように見える。素直に笑っていると表現できないのは、目が爛々と見開いていたからだ。有り体をいえば「キマった」目をしていたのだ。

それはさながら、砂漠を放浪していた難民がオアシスを目にしたかのように、アルコール依存の治療を受けている患者がウイスキーボトルを見つけてしまったかのように、彼女は何かに飢え、その何かを見つけた顔をしていた。

「ねえ何でなの?私が彼の告白を断ったことはあなたにとって嬉しいことよね?なのになんで怒るの?」

「私が気に入らないだけ?ううん、それだけならわざわざ噛み付いてこないよね…ってことは椎名くんと話したとか?その時に何かあったとか?ねえねえ、どうして?」

ゆう莉は机を迂回し、輝亜羅に詰め寄りながら質問を重ねた。

輝亜羅はゆう莉の無神経な質問を怒る余裕もなく、豹変した彼女がただただ不気味だった。

「ねえ、教えて、いま…」とゆう莉がさらに近づき、輝亜羅の腕にそっと触れた瞬間

「パンッ」

乾いた音が響いた。輝亜羅がゆう莉の頬を叩いたのだ。怒りではなく動揺のあまり、思わず手が出てしまったようである。

ゆう莉は一瞬だけ呆けた顔をしたが、すぐに元の顔に、いや、もっと貪欲に飢えた顔を見せた。

「叩いた方が痛いって言うよね?どうかな?いま痛い?」

嫌味ではない。挑発でもない。文面のとおり、彼女はただ知りたいのだ。

「ねえ、輝亜羅ちゃん」

輝亜羅は震えた。開いてはいけない扉を開いたと、本能的に悟ったからだ。

「教えてよ」

彼女にゆう莉のこの病的なまでの好奇心を理解できるはずがない。

「いま、どんな気持ち?」

なにせ彼女は、想像と創造の世界の女王なのだから。

そのとき、ガラッとドアが開く音がし、背の高い癖っ毛の男子生徒が入ってきた。

「あの、卯月先輩に用があるんですけど、えっと…この辺で勘弁してやってくれませんか?」

造が遠慮がちに問いかけると、輝亜羅はこれ幸いにと頷き、足早に教室を出て行った。

勘弁されたのは、むしろ彼女の方だったかもなと、造は思った。

ゆう莉の方を見れば、彼女はカバンから慌ただしくノートとペンを取り出し、机に広げている。ヘッドフォンが床に落ちたが、ゆう莉は気にもとめず、熱心になにかを書き込み始めた。

ヘッドフォンからは、ジミ・ヘンドリックスの「Foxy Lady」が漏れ出ている。静まり帰った教室であるため、かろうじて造の耳にも音が届いた。

いつだったか、造はゆう莉に「Foxy  Ladyってどう言う意味なんでしょうね?」と尋ねたことを思い出した。

本来はセクシーな女のスラング的な意味のはずだが、ゆう莉は独自の解釈をもっていて、そのとき彼女は得意げにこう答えた。

「最高にヤバくて可愛い女」

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