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本編1
罪悪感と後悔
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翌日の昼休み。いつものようにゆう莉の教室に向かっている造。
階段の踊り場に、見覚えのある女子生徒が一人立っていた。
念入りに巻かれたセミロングの明るい茶髪に、バサバサのまつ毛にグレーのカラコンの目元をみて、彼女がゆう莉のクラスメートであることを思い出した。
ついでに彼女がゆう莉の頬をはたいたことも。
気軽に挨拶する間柄でもないため、造は軽く会釈して通りすぎようとするが。
「ちょっと待って」と声をかけられたので、立ち止まった。
「なにか?」
「今日の放課後ひま?」
「えっと…どうしてでしょ?」
「いいから、予定あんの?ないの?」
今日はゆう莉の家に行く日だが、彼女は打ち合わせがあるというので、いつもより時間は遅かった。
「小一時間くらいなら空いてますけど…」
「そんでいいや。駅前のコメダ知ってる?」
「ええ、まあ」
「じゃあガッコ終わったらそこに来て」
輝亜羅は一方的に告げると、スタスタと階段を降りてしまった。
振り返ることなく、下を向くことなく、階段を歩み進める輝亜羅の背中を、造は黙ったまま見つめた。
放課後、指定の喫茶店に造はやってきた。
学校から遠くはないものの、線路向こうにあるためか、店内に制服を着た人間はいなかった。
造は入り口から見えやすい窓際の席を選び、輝亜羅を待つ。
メニューを開くと、大きなカツサンドが目に入った。
ーー今日の夕食はカツにしてみるか?
このあとゆう莉と共にする夕食に、思いを馳せる造。
同時にこんなときでもゆう莉のことばかり考えている自分に気づき、一人でにバツを悪くする。
「いらっしゃいませー」
店員のかけ声で思考が中断された。
出入り口付近で輝亜羅があたりを見回していたので、造は軽く手を上げてアピールする。
輝亜羅も軽く手を振る。あまり親しくないし、親しくなりたいとも思ってない人間に対してするような、控えめな手振りだった。
彼女は造のいるテーブルに向けて、足を進めた。
彼女が着ているダボっとしたピンクのカーディガンは、スカートの9割を隠していた。
総柄のリュックのショルダーをそっと握る手の爪は、ピンクやらオレンジやらの華やかな色が入り混じり、ラメが日に照らされチカチカと光っている。
理由はわからないが、装飾というより鎧のような印象を造は受けた。
「悪いね、こんなとこまで来てもらって」
「いえ、うちから近いですから」
「へー、この辺なんだ?」
「ええ、まあ」
重苦しい空気は、二人を閉口させた。
造は彼女に呼び出された理由がわからず戸惑っているし、輝亜羅もまた、できれば来たくなかったと顔を書いてある。
そんな二人の会話が弾むわけもなかった。
とりあえず店員を呼び、造はコーヒー、輝亜羅はクリームソーダを注文した。
店員は立ち去りつつも、わずかに振り返り、二人に訝しげな視線を送る。
造はいたたまれず、自ら切り出すことに。
「えっと…鈴木先輩でしたよね?」
「輝亜羅」
「え?」
「鈴木って呼ばれんの好きくないから、名前で呼んで」
「はあ、じゃあ輝亜羅先輩で、いまさらですけど俺は…」
自分の名前を告げようとした造の言葉を、輝亜羅は遮った。
「知ってるよ、神崎くんでしょ。うちのクラスじゃちょっとした有名人だよ」
「恐縮です。それで、俺になんの用でしょう?」
「…卯月のことなんだけど、どんな感じ?」
造はわずかに眉間に皺が寄った。
輝亜羅は視線をクリームソーダに落とし、そのまま続けた。
「あの子はさ、大丈夫なん?」
造は目を大きく見開かせた。
「は?なにその顔?アタシ変なこと言った?」
「正直、変だと思います」
「うわ、直球。ま、たしかに変かもね」
輝亜羅は自嘲的な笑みを浮かべらストローを回し、ソフトクリームをソーダに溶かした。
「ほら、なんつーか、みんなが卯月にアタリ強くなったときあるじゃん?それってやっぱ、アタシがきっかけなんだろーし」
輝亜羅がゆう莉に対して罪悪感らしきものを抱いていることに、造は内心舌を巻いていた。
彼女はグルグルとストローでソーダを回し続けている。
「俺の見る限りは、まあ、平気そうですけど…」
造は首筋を掻きながら答えた。
「そっか、今は神崎くんがいるしね」
輝亜羅は初めて造の目を見た。そして、控えめに微笑んだ。
「用件はそれだけですか?」
「いや、それともう一つ」
「なんでしょう?」
「卯月にゴメンって伝えといてくんない?」
「何に対してでしょう?」
「いろいろ。責めたこととか、叩いたこととか、それきっかけで変な空気にしちゃったこととか」
彼女の切実なまなざしを受け、こっちが本題なのだと造は察した。
「本人に直接言った方が良いのでは?」
「それは…そうなんだけど…」
輝亜羅の煮え切らない態度を見て、造はなんとなく彼女の心境が伺えた。
同時に首筋の産毛が逆立った気がした。
貧乏ゆすりの癖などないはずなのに、肘が上下にカクカクと揺れる。
口元がギュッと結ばれ、緊張が眉間を中心に顔に広がった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、別に」
造は息を吐き出し、冷静を保とうとした。
それは自分が何かに掻き立てられている証であると、彼はまだ気づいていない。
「教室で今の卯月先輩に話しかけるのはリスキーですか?なにせ変な空気ですしね」
輝亜羅は図星をつかれた気まずさと、バツの悪さが入り混じったような表情を浮かべる。
造はまるで答え合わせをしているかのように、食い気味に言葉を連ねた。
「では今日みたいにここに呼び出してみては?」
「連絡先知らないし」
「俺が仲立ちしてもかまいませんよ」
輝亜羅は俯いた。手慰みで持っていたストローをはなし、自分のスカートの裾をギュッと握る。
輝亜羅は黙った。造は黙らなかった。
「彼女に味方だと思われても困りますか?」
輝亜羅はさらに項垂れた。
その仕草は、頷いたようにも見えた。
どちらにしても肯定であることに変わりはない。
「手助けはしたくない、味方にもならない…」
造の言葉は凍った空気の上に放り出され、なめらかに、鋭利な角度をつけて、滑空した。
「…でも、罪悪感だけは解消したい。つまり、そういうことですか?」
輝亜羅の目から、雫がポタポタと落ちる。
造は我にかえる。なぜ自分がここまで言ったのか、理解できなかった。
コーヒーではなく、水のグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「すいません、言葉が過ぎました」
「ううん」
輝亜羅は俯いたまま、喉奥で微かに鳴らすような声で、かろうじて答えた。
輝亜羅のグラスは氷とソフトクリームが溶けきり、縁から溢れそうになっている。
造は黙って席を立つ。伝票を手に取り、その場をあとにした。
レジで会計を済ませ、店を出る。
日が落ちかけた外の冷気は、予想以上にキンと肌に刺さった。
その冷たさは、造の中に残っていた熱をそっとさらった。
ここでようやく、造は自分の身に起きていたことを理解した。
ーー俺はムカついてたんだな
自覚したとたん、さっきまでの自分がしたことは、半ば八つ当たりだったと気づく。
造は右手で自分の髪を乱暴に掴み、ぐしゃぐしとかき乱した。
階段の踊り場に、見覚えのある女子生徒が一人立っていた。
念入りに巻かれたセミロングの明るい茶髪に、バサバサのまつ毛にグレーのカラコンの目元をみて、彼女がゆう莉のクラスメートであることを思い出した。
ついでに彼女がゆう莉の頬をはたいたことも。
気軽に挨拶する間柄でもないため、造は軽く会釈して通りすぎようとするが。
「ちょっと待って」と声をかけられたので、立ち止まった。
「なにか?」
「今日の放課後ひま?」
「えっと…どうしてでしょ?」
「いいから、予定あんの?ないの?」
今日はゆう莉の家に行く日だが、彼女は打ち合わせがあるというので、いつもより時間は遅かった。
「小一時間くらいなら空いてますけど…」
「そんでいいや。駅前のコメダ知ってる?」
「ええ、まあ」
「じゃあガッコ終わったらそこに来て」
輝亜羅は一方的に告げると、スタスタと階段を降りてしまった。
振り返ることなく、下を向くことなく、階段を歩み進める輝亜羅の背中を、造は黙ったまま見つめた。
放課後、指定の喫茶店に造はやってきた。
学校から遠くはないものの、線路向こうにあるためか、店内に制服を着た人間はいなかった。
造は入り口から見えやすい窓際の席を選び、輝亜羅を待つ。
メニューを開くと、大きなカツサンドが目に入った。
ーー今日の夕食はカツにしてみるか?
このあとゆう莉と共にする夕食に、思いを馳せる造。
同時にこんなときでもゆう莉のことばかり考えている自分に気づき、一人でにバツを悪くする。
「いらっしゃいませー」
店員のかけ声で思考が中断された。
出入り口付近で輝亜羅があたりを見回していたので、造は軽く手を上げてアピールする。
輝亜羅も軽く手を振る。あまり親しくないし、親しくなりたいとも思ってない人間に対してするような、控えめな手振りだった。
彼女は造のいるテーブルに向けて、足を進めた。
彼女が着ているダボっとしたピンクのカーディガンは、スカートの9割を隠していた。
総柄のリュックのショルダーをそっと握る手の爪は、ピンクやらオレンジやらの華やかな色が入り混じり、ラメが日に照らされチカチカと光っている。
理由はわからないが、装飾というより鎧のような印象を造は受けた。
「悪いね、こんなとこまで来てもらって」
「いえ、うちから近いですから」
「へー、この辺なんだ?」
「ええ、まあ」
重苦しい空気は、二人を閉口させた。
造は彼女に呼び出された理由がわからず戸惑っているし、輝亜羅もまた、できれば来たくなかったと顔を書いてある。
そんな二人の会話が弾むわけもなかった。
とりあえず店員を呼び、造はコーヒー、輝亜羅はクリームソーダを注文した。
店員は立ち去りつつも、わずかに振り返り、二人に訝しげな視線を送る。
造はいたたまれず、自ら切り出すことに。
「えっと…鈴木先輩でしたよね?」
「輝亜羅」
「え?」
「鈴木って呼ばれんの好きくないから、名前で呼んで」
「はあ、じゃあ輝亜羅先輩で、いまさらですけど俺は…」
自分の名前を告げようとした造の言葉を、輝亜羅は遮った。
「知ってるよ、神崎くんでしょ。うちのクラスじゃちょっとした有名人だよ」
「恐縮です。それで、俺になんの用でしょう?」
「…卯月のことなんだけど、どんな感じ?」
造はわずかに眉間に皺が寄った。
輝亜羅は視線をクリームソーダに落とし、そのまま続けた。
「あの子はさ、大丈夫なん?」
造は目を大きく見開かせた。
「は?なにその顔?アタシ変なこと言った?」
「正直、変だと思います」
「うわ、直球。ま、たしかに変かもね」
輝亜羅は自嘲的な笑みを浮かべらストローを回し、ソフトクリームをソーダに溶かした。
「ほら、なんつーか、みんなが卯月にアタリ強くなったときあるじゃん?それってやっぱ、アタシがきっかけなんだろーし」
輝亜羅がゆう莉に対して罪悪感らしきものを抱いていることに、造は内心舌を巻いていた。
彼女はグルグルとストローでソーダを回し続けている。
「俺の見る限りは、まあ、平気そうですけど…」
造は首筋を掻きながら答えた。
「そっか、今は神崎くんがいるしね」
輝亜羅は初めて造の目を見た。そして、控えめに微笑んだ。
「用件はそれだけですか?」
「いや、それともう一つ」
「なんでしょう?」
「卯月にゴメンって伝えといてくんない?」
「何に対してでしょう?」
「いろいろ。責めたこととか、叩いたこととか、それきっかけで変な空気にしちゃったこととか」
彼女の切実なまなざしを受け、こっちが本題なのだと造は察した。
「本人に直接言った方が良いのでは?」
「それは…そうなんだけど…」
輝亜羅の煮え切らない態度を見て、造はなんとなく彼女の心境が伺えた。
同時に首筋の産毛が逆立った気がした。
貧乏ゆすりの癖などないはずなのに、肘が上下にカクカクと揺れる。
口元がギュッと結ばれ、緊張が眉間を中心に顔に広がった。
「ど、どうしたの?」
「いえ、別に」
造は息を吐き出し、冷静を保とうとした。
それは自分が何かに掻き立てられている証であると、彼はまだ気づいていない。
「教室で今の卯月先輩に話しかけるのはリスキーですか?なにせ変な空気ですしね」
輝亜羅は図星をつかれた気まずさと、バツの悪さが入り混じったような表情を浮かべる。
造はまるで答え合わせをしているかのように、食い気味に言葉を連ねた。
「では今日みたいにここに呼び出してみては?」
「連絡先知らないし」
「俺が仲立ちしてもかまいませんよ」
輝亜羅は俯いた。手慰みで持っていたストローをはなし、自分のスカートの裾をギュッと握る。
輝亜羅は黙った。造は黙らなかった。
「彼女に味方だと思われても困りますか?」
輝亜羅はさらに項垂れた。
その仕草は、頷いたようにも見えた。
どちらにしても肯定であることに変わりはない。
「手助けはしたくない、味方にもならない…」
造の言葉は凍った空気の上に放り出され、なめらかに、鋭利な角度をつけて、滑空した。
「…でも、罪悪感だけは解消したい。つまり、そういうことですか?」
輝亜羅の目から、雫がポタポタと落ちる。
造は我にかえる。なぜ自分がここまで言ったのか、理解できなかった。
コーヒーではなく、水のグラスを手に取り、一気に飲み干した。
「すいません、言葉が過ぎました」
「ううん」
輝亜羅は俯いたまま、喉奥で微かに鳴らすような声で、かろうじて答えた。
輝亜羅のグラスは氷とソフトクリームが溶けきり、縁から溢れそうになっている。
造は黙って席を立つ。伝票を手に取り、その場をあとにした。
レジで会計を済ませ、店を出る。
日が落ちかけた外の冷気は、予想以上にキンと肌に刺さった。
その冷たさは、造の中に残っていた熱をそっとさらった。
ここでようやく、造は自分の身に起きていたことを理解した。
ーー俺はムカついてたんだな
自覚したとたん、さっきまでの自分がしたことは、半ば八つ当たりだったと気づく。
造は右手で自分の髪を乱暴に掴み、ぐしゃぐしとかき乱した。
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