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「32?それマ?」
俺の年齢を聞いた杏子は、唖然とした顔で聞き直した。
「マ?」とは「マジ?」のことでいいんだろうか?
「疑うなら身分証でも見せようか?」
「いや別に信じるけど…なんつーか…貫禄あるね」
意外なことに、妙齢のアラサーへの気遣いはできるようだ。
ただ健康診断で痩せすぎだと注意されるほど貧弱な俺に、「貫禄ある」はだいぶ無理がある。
「ははは、気を遣わなくていいよ」
「じゃあはっきり言うわ、めっちゃ老けてんね」
自分で促しておいて、グサっと胸に刺さった。
別に頭髪が薄くなっているとか、髭を生やしているとかじゃないのに、俺は実年齢よりプラス10歳で見られることが多い。
原因は骨と皮になった貧相な体や、丸まった背中、覇気のない表情など色々あるんだろうが…ようは、枯れているのだ。
「ところでなんだけど、本当にこんな店でよかったのかな?」
俺は木製の椅子とソファが立ち並ぶ、広々とした店内を見まわしつつ言った。
俺たちの他には、ポツンポツンと数組の客しかいない。
「なにが?てか「こんな店」ってサイゼさんに失礼じゃね?」
「た、確かに、そうだね。でも焼肉が食べたいって言ってたから」
「死ぬのやめたんなら、お金は大事っしょ?」
ん?
「お待たせしましたー、ミックスピザとナポリ風ドリア、アラビアータにカリカリポテトでございまーす」
ベージュのシャツにブラウンの腰エプロンをつけた女性の店員さんが料理を持ってきた。
「あざーす、全部この辺にお願いしまーす」
料理を並べ終え、「それでは、ごゆっくりどうぞ」と立ち去ろうとする彼女に杏子が声をかけた。
「あ、お姉さんちょっとストップ、そのまんま後ろ向いてて」
「は、はあ…」
杏子は店員さんの腿の裏側あたりに手を伸ばした。
よく見れば、キャラクターもののシールが貼られている。
ぺりっと手際よくシールを剥がした杏子は、笑いながらそれを店員さんに見せた。
「たぶんガキンちょのイタズラだろーね」
「も、申しわけございません!」
「いいっすよ、こんなん言われなきゃ気づかんって」と彼女は恐縮する店員さんの肩をポンポン叩きながら言った。
ん?ん?
「あ、岩城さん飲み物なくなってんじゃん、同じのでいい?」
杏子は自分と俺のグラスを持って立ち上がった。
「う、うん、ありがと」
「ガムシロなしでミルクは一つ?」
彼女は俺の手元に転がっているミルクのポーションを見ながら言った。
「それで頼むよ」
「りょー」
ん?ん?ん?
二つのグラスを持って戻ってきた杏子に、俺は思わず聞いてしまった。
「杏子って、もしかしてすごく良い子?」
杏子は一瞬ポカンとなったあと、地面に落ちたアイスクリームを見るような、憐れみのこもった視線をよこした。
「岩城さんってさ、悪い女にひっかかったことあるでしょ?」
今度は俺がポカンとする番だった。
「なんでわかるの?」
「アタシが良い子だと思ったのはなんで?」
「年の割によく気がつく子だなって…」
「ほら、ちょっと気遣いできるとこ見せただけで『良い子』判定出しちゃうじゃん。チョロすぎだよ」
杏子はあきれ混じりのため息をついた。
俺は妙に核心をついた言葉に、いたたまれなくなった。
「いっとくけど、アタシ中3の頃から『パパ』がいるような女だよ。複数人と同時に関係持ったこともあるし」
「ま、いまはたまたまフリーだけど、必要になったらまた新しいパパ探すだろーし」
彼女はグラスのストローを回しながら、淡々と述べた。
そして、俺の目を捉えて、挑戦的な笑みを浮かべる。
俺はその視線を受け止め、つい苦笑してしまう。
「確かに俺は人を見る目がないな、でもさ…」
俺は首の後ろに手をやり、カリカリとかいた。
恥ずかしいことを言おうとしているのは自覚していた。でも言いたかった。
「自分の命を救ってくれた子を、『悪い子』だなんて思えないよ」
杏子はまた呆れた声を出した。
「アタシ金で体売ってるんですけど?」
「別に誰に迷惑かけてるでもないしなあ」
「でも犯罪だよね」
「俺は自分の意思で自分の体を線路に投げ出して、公共の乗り物の運行を妨げようとしたんだ。俺の方が大犯罪者だよ」
「変なおっさん」
「そんな変なおっさんを、ある意味では身を挺して助けようとしたんだろ?」
俺は少し調子に乗っていた。
ずっと余裕だった杏子が、少し調子を崩しているように見えたから。
「悪い子どころか、救いの女神同然だ」
「………キモ」
彼女の口から出てきた言葉は、おじさんが若い子に言われて傷つくワード不動のナンバーワンだ。
でも不思議と悪い気はしなかった。ちなみに言うとMに目覚めたからじゃない。
杏子の耳朶がほんのりと染まっていたからだ。
まいった…実は良い子なうえに可愛いところもあるなんて…もはや娘に欲しい。
これは流石に冗談抜きでキモがられるだろうから、口には出さなかった。
杏子は俺をキッと睨んだ。
「なにが可笑しいん?」
「い、いや別に…」
顔立ちが綺麗なだけになおさら迫力がある、彼女の眼光にひよる俺。
つくづく締まらないおっさんだ。
杏子はドリアをスプーンでつつきながら、話題を変えた。
「そんで?そろそろ話したら?」
「なにを?」
「死のうとした理由」
血液がスッと下に降りていく感覚がした。
たしかに、彼女には聞く権利があるとは思うけど。
「…楽しい話じゃないしなあ」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうか」
間抜けな返事ばかりの俺に、呆れ笑いを漏らした。
そして、フライドポテトをムシャムシャと頬張りながら続ける。
「聞いといてなんだけどさ」
彼女は口の中が見えないよう、手で隠しながら、モゴモゴと喋った。
ゴクンと飲み下し、ペロリと下唇をなめ、今度はピザを手にとり食む。
「ぶっちゃけ、そんなに興味もないんだよね」
口から伸びたチーズを舌でおさえ、啄むように口に収めた。
「だから話せば?テキトーに聞き流すから」
杏子はひっきりなしに食べ物を口にしていた。その姿は、本当に興味がなさそうだった。
だけど、いやむしろ、だから、俺はポツリポツリと、これまでの経緯を語り始めた…
俺の年齢を聞いた杏子は、唖然とした顔で聞き直した。
「マ?」とは「マジ?」のことでいいんだろうか?
「疑うなら身分証でも見せようか?」
「いや別に信じるけど…なんつーか…貫禄あるね」
意外なことに、妙齢のアラサーへの気遣いはできるようだ。
ただ健康診断で痩せすぎだと注意されるほど貧弱な俺に、「貫禄ある」はだいぶ無理がある。
「ははは、気を遣わなくていいよ」
「じゃあはっきり言うわ、めっちゃ老けてんね」
自分で促しておいて、グサっと胸に刺さった。
別に頭髪が薄くなっているとか、髭を生やしているとかじゃないのに、俺は実年齢よりプラス10歳で見られることが多い。
原因は骨と皮になった貧相な体や、丸まった背中、覇気のない表情など色々あるんだろうが…ようは、枯れているのだ。
「ところでなんだけど、本当にこんな店でよかったのかな?」
俺は木製の椅子とソファが立ち並ぶ、広々とした店内を見まわしつつ言った。
俺たちの他には、ポツンポツンと数組の客しかいない。
「なにが?てか「こんな店」ってサイゼさんに失礼じゃね?」
「た、確かに、そうだね。でも焼肉が食べたいって言ってたから」
「死ぬのやめたんなら、お金は大事っしょ?」
ん?
「お待たせしましたー、ミックスピザとナポリ風ドリア、アラビアータにカリカリポテトでございまーす」
ベージュのシャツにブラウンの腰エプロンをつけた女性の店員さんが料理を持ってきた。
「あざーす、全部この辺にお願いしまーす」
料理を並べ終え、「それでは、ごゆっくりどうぞ」と立ち去ろうとする彼女に杏子が声をかけた。
「あ、お姉さんちょっとストップ、そのまんま後ろ向いてて」
「は、はあ…」
杏子は店員さんの腿の裏側あたりに手を伸ばした。
よく見れば、キャラクターもののシールが貼られている。
ぺりっと手際よくシールを剥がした杏子は、笑いながらそれを店員さんに見せた。
「たぶんガキンちょのイタズラだろーね」
「も、申しわけございません!」
「いいっすよ、こんなん言われなきゃ気づかんって」と彼女は恐縮する店員さんの肩をポンポン叩きながら言った。
ん?ん?
「あ、岩城さん飲み物なくなってんじゃん、同じのでいい?」
杏子は自分と俺のグラスを持って立ち上がった。
「う、うん、ありがと」
「ガムシロなしでミルクは一つ?」
彼女は俺の手元に転がっているミルクのポーションを見ながら言った。
「それで頼むよ」
「りょー」
ん?ん?ん?
二つのグラスを持って戻ってきた杏子に、俺は思わず聞いてしまった。
「杏子って、もしかしてすごく良い子?」
杏子は一瞬ポカンとなったあと、地面に落ちたアイスクリームを見るような、憐れみのこもった視線をよこした。
「岩城さんってさ、悪い女にひっかかったことあるでしょ?」
今度は俺がポカンとする番だった。
「なんでわかるの?」
「アタシが良い子だと思ったのはなんで?」
「年の割によく気がつく子だなって…」
「ほら、ちょっと気遣いできるとこ見せただけで『良い子』判定出しちゃうじゃん。チョロすぎだよ」
杏子はあきれ混じりのため息をついた。
俺は妙に核心をついた言葉に、いたたまれなくなった。
「いっとくけど、アタシ中3の頃から『パパ』がいるような女だよ。複数人と同時に関係持ったこともあるし」
「ま、いまはたまたまフリーだけど、必要になったらまた新しいパパ探すだろーし」
彼女はグラスのストローを回しながら、淡々と述べた。
そして、俺の目を捉えて、挑戦的な笑みを浮かべる。
俺はその視線を受け止め、つい苦笑してしまう。
「確かに俺は人を見る目がないな、でもさ…」
俺は首の後ろに手をやり、カリカリとかいた。
恥ずかしいことを言おうとしているのは自覚していた。でも言いたかった。
「自分の命を救ってくれた子を、『悪い子』だなんて思えないよ」
杏子はまた呆れた声を出した。
「アタシ金で体売ってるんですけど?」
「別に誰に迷惑かけてるでもないしなあ」
「でも犯罪だよね」
「俺は自分の意思で自分の体を線路に投げ出して、公共の乗り物の運行を妨げようとしたんだ。俺の方が大犯罪者だよ」
「変なおっさん」
「そんな変なおっさんを、ある意味では身を挺して助けようとしたんだろ?」
俺は少し調子に乗っていた。
ずっと余裕だった杏子が、少し調子を崩しているように見えたから。
「悪い子どころか、救いの女神同然だ」
「………キモ」
彼女の口から出てきた言葉は、おじさんが若い子に言われて傷つくワード不動のナンバーワンだ。
でも不思議と悪い気はしなかった。ちなみに言うとMに目覚めたからじゃない。
杏子の耳朶がほんのりと染まっていたからだ。
まいった…実は良い子なうえに可愛いところもあるなんて…もはや娘に欲しい。
これは流石に冗談抜きでキモがられるだろうから、口には出さなかった。
杏子は俺をキッと睨んだ。
「なにが可笑しいん?」
「い、いや別に…」
顔立ちが綺麗なだけになおさら迫力がある、彼女の眼光にひよる俺。
つくづく締まらないおっさんだ。
杏子はドリアをスプーンでつつきながら、話題を変えた。
「そんで?そろそろ話したら?」
「なにを?」
「死のうとした理由」
血液がスッと下に降りていく感覚がした。
たしかに、彼女には聞く権利があるとは思うけど。
「…楽しい話じゃないしなあ」
「そりゃそうでしょ」
「そりゃそうか」
間抜けな返事ばかりの俺に、呆れ笑いを漏らした。
そして、フライドポテトをムシャムシャと頬張りながら続ける。
「聞いといてなんだけどさ」
彼女は口の中が見えないよう、手で隠しながら、モゴモゴと喋った。
ゴクンと飲み下し、ペロリと下唇をなめ、今度はピザを手にとり食む。
「ぶっちゃけ、そんなに興味もないんだよね」
口から伸びたチーズを舌でおさえ、啄むように口に収めた。
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