黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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「…ごめん」

「いやいや謝ることじゃないっしょ?てか、そんなしんみりされる方が困るて」

すこし気まずい空気になってしまった。

俺はごまかすようにトルティーヤをとり、さっきとは違う種類のミートと野菜を挟んだ。

「あ、それ…」

口にいれる直前に、杏子が何か言いかけた。何を言おうとしたのかはすぐにわかった。

「!?」

舌に無数の針が刺さり、喉が焼ける感覚がした。

「ゴホッ!!ゴホッ!!辛っ!?」

さっきのやつもけっこう辛かったが、これはその比じゃなかった。

動画配信者が企画で挑戦してた激辛カップ焼きそばを試しに食べたことがあるのだが、それに匹敵、いやそれ以上かもしれん。

「めっちゃ辛いから気をつけて…って言おうと思ったんだけど」

「も、もっと早く、い、言ってくれ」

ビールを大量に流し込んでなんとか治めたものの、まだ舌がピリピリと痛い。

「あははwいいリアクションだわあw」

杏子が手を叩いて笑う。俺は息も絶え絶えだし、明日はトイレで苦労しそうだが、彼女が笑い、気まずい空気が紛れるなら、その甲斐は十分にあった。

「杏子はいつもこんなの食べてるのかい?」

「ううん、アタシもこれは食べたことない。これはママ用」

言いながら彼女も激辛ミートをトルティーヤの上に載せる。

「アタシやパパに合わせたやつだと物足りないって言って、いつも自分専用のミートを用意してたんだよねー」

「これがお母さんにとってはスタンダードってこと?」

「そ、子どものころは一口ちょうだいっつっても全然くれなくてさ。いまならいいかなと思って作ってみた」

そして杏子は、完成したタコスを口に運ぶ。

「き、気をつけて」

ガブリと齧り、しばらくモクモクと咀嚼していたかと思えば、フリーズした。

「…んん!!ゴホッ!ゴホッ!」

案の定、盛大に咳き込んだ。

俺は彼女の手元にあるグラスにコーラを注いで渡す。

「ほらほらwやっぱり無理だってw」

「わ、笑うなっての!あはは、かれーw」

杏子は笑いながらも、目の端を拭った。

潤んだ瞳が本当に辛さによるものだけなのか、俺にはわからない。

わからないことが、どうしてか、どうしようもなく悔しかった。

気を取り直すため、まだ誰も口にしていない3種類目のミートでタコスを作り、口にした。

こっちはかなり辛さが控えめだ。子どもでも大丈夫そうだな、と思ったところで、その意味に気づいた。

なるほど、ママ用の激辛とパパ用の中辛、そして杏子こども用のピリ辛ってことか。

今日のメンツなら中辛だけでいいような気もするが、杏子はわざわざ3種類作ったのだ。

そこに彼女の寂しさが隠れている気がするのは、流石に邪推がすぎるか。

「あ、そうだった、お金」

俺はふと大事なことを思い出し、財布を取り出した。

スーパーで食材を買いレジを通す際、「一万円崩したいから、あとでちょーだい」と杏子が支払ったのである。

忘れないうちに渡そうと思って、財布を開こうとした俺の手を、杏子が掴んで止めた。

「いらない」

「え?いやいや、流石にそれはダメだよ」

「いらないったらいらないの」

「いやいや…」

という押し問答のはて、ついに杏子は声を大きくした。

「だーかーらー、アタシからのお祝いだからいらないって言ってんの!」

「お祝い?」

「ほら、いままでお疲れ様的なやつだよ」

「鈍いオッサン」と杏子は吐き捨て、少し頬を膨らませた。

「…つまり、俺を労うために、ここまでしてくれたのかい?」

「そ、うちではお祝いごとがあれば必ずタコスパーティーだったから」

「それとも…」と杏子は二マリと笑い、タンクトップの肩紐を少しずらした。

「もっと別のカタチでお祝いした方が良かったー?」

彼女の豊かな膨らみの麓が露になり、深そうな谷間がチラリと覗く。

さっきまでの俺ならその光景に生唾を飲み込んでいたことだろう。

でも、いまは正直それどころじゃなかった。

「ちよ!?なんで泣くし!?」

「ごべん…でも…ゔ、ゔれ゛じぐで」

嘘をついてまで支払いを自分でしたこと。料理中に俺に皿洗いすらさせなかったこと。

その全部が彼女なりのお祝いだったんだと知り、俺の涙腺は完全に崩壊した。

おいおい泣く俺を尻目に、杏子は大きくため息をついた。

「だから…大げさだっての…」

鬱陶しそうにそっぽを向きつつも、その耳朶はほんのり染まっていた。

「そういや、まだ乾杯してないじゃん」

と彼女は言い、冷蔵庫から新しいビールを取ってきて、俺に手渡してくれた。

「ありがと…」

ちなみに俺はまだ若干グズっていた。

「いい加減泣きやめって!はいはい!お疲れさん!」

俺は目を拭いながら、杏子と乾杯した。

チン、とガラス同士がぶつかった音がしたところで、大事なことに気づいた。

「あ」

「ん?なーに?」

彼女はイタズラっぽく笑い、手に持ったを顔の横で振る。

「いや…ふふ、なんでもないよ」

「だよねー」

正直、いまさらだ。

「地獄からみごと生還した今のお気持ちは?」

瓶をマイクに見たて、杏子は俺に尋ねた。

「そうだな…」

店はどうなっただろうか?昨日スタッフから欠勤の連絡がきてたから、本来なら今日は俺のワンオペだ。

商業ビルのテナントだから、ビル側から本社にクレームが入ったろう。

もう一人の社員である田淵さんは死んでも休日出勤なんかせんだろうし、かといって急遽応援に駆けつけられるスタッフもそういない。

ブラック企業は常に人員カツカツなのだ。

会社のさまざまな人間がバタバタあたふたしている様相が目に浮かんだ。

「今日は一段と冷え込みましたが明日は…」

テレビからお天気お姉さんの声がし、ふと画面を見やれば、都心の街中の映像が目に入る。

せかせかと歩くスーツ姿の会社員、買い物袋をさげたベビーカーを重そうに押す主婦、スマホに視線を落としながら歩く若者などが映された。

「ウーウーウー、カンカンカン」

開いた窓から、消防車の音が流れ込んでくる。どこかで火事があったらしい。

世間は相変わらず慌ただしいようだ。

そんな中、俺は仕事から飛んで逃げ、ビールを片手に絶品タコスを摘んでいる。

まいったな、最低な感想しか浮かばない。でもまあ、いいか。

俺はなんのオブラートにも包まず、正直な気持ちを吐露した。

「ザマァみろって感じかな」

杏子は瓶のマイクを自分の口に持っていき、グビっと煽ってから、柔らかく微笑んだ。

「いうじゃん」

遠ざかるサイレンの音と入れ違うように、金木犀の香りが風に乗って流れ込んだ。

俺もビールを煽る。もう二本目なのに、さっきよりも美味い。

目の前には、とびっきりでセクシーで小悪魔な黒ギャルの、女神の微笑。

俺が死に際に真っ先に思い出すのは、いまこの瞬間のことかもしれないと、ふと根拠もなく思った。
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