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世界が回転した刻(Turning point)

南雲機動部隊(Nagumo task force)

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―南雲機動部隊(Nagumo task force)―

【ハワイ北方200海里 現時時間 1941年12月7日 早朝】

 油断しきっていたハワイの太平洋艦隊と違い、南雲機動部隊は事前に警戒を強化していた。ただし、それはハワイを襲撃した化け物どものためではない。今の彼らは敵地合衆国のただ中へ突っ込んでいる。合衆国軍の反撃に遭う可能性は十分すぎるほどあった。そのため将兵は戦闘配置についていた。しかし実際に彼らへもたらされた脅威は、全く予想外で異質なものだった。

 旗艦の空母<赤城>の艦橋で、司令官の南雲なぐも中将は衝撃の報せを受けた。

「帝都が襲撃された? まさか我々同様、合衆国も奇襲を仕掛けてきたというのかね?」
 航空参謀の源田げんだ中佐は首を振った。
「違います。聞けば正体不明の化け物だとか」
「莫迦な。化け物? 誤報だろう。どこの誰か知らんが、頓狂な電文を打ちおって」

 主席参謀の草鹿くさか少将は一切の疑問も無く切り捨てた。源田は意に介さず続けた。

「誤報の可能性は低いと判断します」
「私も航空参謀と同じ意見です」

 源田の横へ並び立ったのは、通信参謀の小野おの少佐だった。彼が司令部へ電文を届けたのだ。部下が青い顔をして差し出してきた電文は一つでは無かった。

くだんの電文は複数受信されました。発信源は柱島、呉、舞鶴、そして横鎮横須賀鎮守府。平文と暗号文両方で打ち出され、それぞれ内容は近似しております。状況を鑑みるに誤報とは思えません。恐らく本土で何かが起きたのです」

 南雲中将は眉間に深いしわをよせた。どうすべきか決めあぐねているようだった。源田は待つつもりがなかった。

「司令、電文はGF連合艦隊の全部隊に対して救援を呼びかけています。ただちに第二次攻撃隊の発艦準備を取り止め、内地本州へ帰還すべきです」
「源田中佐、貴官は何のためにここへ来たと思っているのだ? 真珠湾の太平洋艦隊を撃滅せず、帰れというのか?」

 草鹿が源田に詰め寄る。源田はそれを正面から見据えてた。

「真珠湾の太平洋艦隊も化け物とやらの攻撃を受けていると報告が入っています」

 草鹿は今度は小野へ視線を向けた。いぶかしんでいるようだった。

「事実です。淵田中佐より報告を受けました。合衆国軍の複数の基地局からも救難信号が発信されています」

「ここにいてはむしろ危険です。敵の警戒が厳しくなり、やがて周辺の敵部隊が救援に駆けつけてくるでしょう。接触の可能性が高くなります」

 源田は畳みかけるように南雲へ迫った。南雲は源田の存在を無視するように黙想すると、やがて決断した。

「予定通り、第二次攻撃隊を発艦。ハワイ攻撃を完遂する」
「司令、なぜですか?」

 源田は怒りすら顔に浮かべて、問い詰めた。南雲は嫌悪を露わに、さらに眉間をよせた。

「GFは作戦中止を命じておらん。もし我々にも救援を求めているのならば、我々宛に電文を出すはずだろう」
「電文は全部隊宛に発信されております。全部隊です。我が第一航空艦隊も決して例外ではありません」

 さらに詰め寄ろうとする源田の前に、草加が割って入った。

「源田中佐、下がりたまえ。貴様は無礼が過ぎる。司令は決断されたのだ」
「しかし――」
「くどい!」

 草鹿の一喝で艦橋内が静まりかえった。源田はしぶしぶ引き下がった。

「わかりました。それでは予定通り、第二次攻撃隊の発艦準備を進めます」

 源田は艦橋を去り、作戦室へ降りていった。小野少佐や他の参謀も続く。作戦室へ向かいながら、源田はいかに第二次攻撃隊の発艦を首尾良く終わらせるか考えていた。ついでに対空警戒を強化すべきだとも思った。こうなっては最早一刻も早く攻撃を完遂させ、内地へ帰還するほか無かった。

――第三次攻撃はあるまい。畜生め、オレは最悪の状況で虎の子の航空隊を送り出すわけか。

 半ば以上、確信している。どのみち合衆国の警戒が激しい中で攻撃隊を発艦させるのだ。我が方の損害も甚大なものになると覚悟すべきだろう。とてもではないが、第三次攻撃の戦力など抽出できるはずがない。

 源田の予想通り、確かに第三次攻撃は行われることはなかった。付け加えるのならば、第二次攻撃も行われなかった。

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 儀堂ぎどう少尉が戦艦<比叡>―南雲機動部隊隷下―に着任したのは、彼自身にとって想定外の出来事だった。本来ここにいるべき士官は儀堂では無かった。しかし、その士官が盲腸炎にかかってしまい、やむなく代わりに儀堂へ辞令が下ったのである。

「ようわからん」

 正直なところ、儀堂はなぜ自分が<比叡>に配属されたのか全く理解できなかった。彼は江田島海軍兵学校を出て1年も経たぬ新米士官だった。成績も平均的で、ハンモックナンバー卒業時の席次で飛び抜けていたわけではない。それがこんな重要な任務に参加している。何かの間違いではないかと思った。もっと彼よりも経験豊富で適切な人材がいるように思えてならなかった。

 特に彼の専門となる砲術科は、戦艦の中では花形配置のはずだ。砲術は文字通り砲の射撃管制を行う配置だった。中でも戦艦の主砲は前部艦橋の最上部、射撃指揮所と呼ばれる区画で行われる。そこはまさに砲術のエリートにのみ許された聖域だった。

 さすがに新任の儀堂に任されていない。今、彼がいるのは後部艦橋、その上部にある見張所だった。彼の役職は、ここの分隊長だった。

「わからんことだらけだ」

 兵学校へ入校以来、海軍に抱き続けていた儀堂の印象だった。別段不満ではないが、納得しているわけでも無かった。わからんと言えば、もう一つわからんことがあった。南雲中将のことだった。儀堂の知る限り、南雲は水雷が専門で航空は埒外のはずだった。それが航空艦隊の指揮をとっている。これもよくわからなかった。

 指揮官が全てに通じる必要は無い。そもそもそんなことをいい始めたら参謀の意義がなくなってしまう。ただ、それにしても航空機を全く知らない人間に、果たして航空戦の指揮が務まるのかはなはだ疑問ではあった。

「まことに海軍ってやつは、わからんことだらけだ」
「少尉、どうかしましたか?」

 背後にいたのは、当直の田上兵曹だった。儀堂が指揮する班の先任下士官だ。

「ああ、田上たがみ兵曹。いや、海軍ってヤツはつくづく不思議なもんだと思ってね」

 儀堂は自分の疑問をかいつまんで説明した。ただ南雲中将に対する見解は省いた。

「少尉もまた妙なことを言いますね」

 苦笑交じりに、田上は自分の息子ほど歳の離れた若い上官へ答えた。その口調には親しみがあった。人によっては敬意を欠いた印象を抱くかもしれない。

「そうかな?」
「そうですよ。だって世の中テメエのわからねえもんばかりでさあ。特に軍隊は不条理と理不尽の掃きだめみたいなもんですぜ。いちいち気にしていたら日が暮れちまいます。だいたいわからねえことで言ったら、少尉だってなかなかなものですよ」
「え? 何がだい?」
「親父さん、陸軍の大佐でしょう? なんでまた陸士陸軍士官学校ではなく海兵海軍兵学校へ? よく許してくれましたね?」
「まあ、色々とね」

 許されたわけでは無かった。儀堂が海兵へ行くと告げた夜、彼ら父子は人生初の喧嘩を行った。そして大口論の末、儀堂の父は彼を殴りつけた。生まれて初めてのことだった。以来、彼は実家へ戻っていない。

 儀堂は父のことを恨んではいない。むしろ感謝すらしている。儀堂家の長男として十分すぎる教育の機会を与えてくれたからこそ、儀堂は海兵の門戸をくぐることが出来たのだ。彼が帰省を拒むのは、ただただ彼の父のことが理解できなくなったからだ。

――なぜだ。

 儀堂の父は陸軍将校としては開明的で、進歩的ですらあった。彼の父は息子の将来を限定せず、陸士においては推奨すらしなかった。いや、遠ざけていた節すらあった。だからこそ、儀堂は理解できなかった。あの柔和な父があれほどまで怒り、彼を殴りつけるに及んだのはなぜか。

――親父か……元気だろうか。

 彼の父も否応なくこの戦争で義務を果たさねばならないだろう。可能ならば前線では無く、後方にいて欲しかった。風の噂では満州にいるそうだが、彼の父に何かあれば母と姉妹は苦労することになるだろう。儀堂自身、このいくさにおける命の保証は無いのだ。

 儀堂の表情から、自分が土足で心に踏み込んだのがわかったらしい。田上は恐縮に満ちた面持ちで頭を下げた。

「すみません。どうもあたしのおしゃべりが過ぎたようで……」
「別に気にすることはないよ。さあ、無駄話はここまでにしようか」

 愛想笑いを浮かべながら、儀堂は双眼鏡を手にした。彼のいる見張所の任務は、文字通り空を見張ることだった。もちろん、それだけではない。敵航空隊の攻撃に際して、艦橋の防空指揮所へ敵機の侵入路を伝える役目もあった。しかし、今のところ見張りに専念すれば良さそうだった。敵影は見えず、艦隊は第二次攻撃隊の発艦に取りかかりつつあった。

 儀堂は規定通り、周辺の空域を双眼鏡で捜索すると、そのまま<赤城>の飛行甲板へ目を向けた。南雲中将の居る<赤城>は<比叡>の1万メートル後方にあった。つい先ほど艦内放送で儀堂は第二次攻撃隊の発艦が始まったことを知った。双眼鏡には、飛行甲板で発艦準備中の機体の列が見えた。灰色の機体、零戦二一型だった。

「おかしいな。予定よりも発艦が早くないかい?」
「さっき言ったじゃないですか。わからないことだらけだって」
「いや、それにしてもおかしいぞ。第一次攻撃隊の戦果報告がまだなのに……」

 本来なら第一次攻撃の戦果報告を待ち、ハワイの状況を確認してたから第二次攻撃が開始されるはずだった。この作戦で確実な戦果を望むためならば、そうすべきだった。

 儀堂は嫌な予感を覚え、流れるように双眼鏡を<赤城>の艦橋上部へ向けた。その途中で思わず、あっと声を上げた。

「どうしたんです?」
 半ば呆れ気味に儀堂を見た田上だったが、彼も同様の声を漏らした。
「なんです、ありゃあ?」

 <赤城>の上空に突如黒い球体が出現した。それは<赤城>を影で覆い尽くすほど巨大で、艦橋より数十メートル上空で静止している。儀堂のみならず、南雲機動部隊の将兵全員が呆気にとられていた。あまりにその球体は場違いで、突拍子も無く唐突なものだった。

 球体は怪しい紫色の光を放ち、それは真昼の太陽を打ち消すような輝きだった。ふと儀堂は思った。まるで黒い月だ。

 黒い球体はふわりと蛇行するように動き始め、<赤城>の上空を通り過ぎるとちょうど艦隊中央で再び静止した。

「あんなの見たことねえ。少尉、あれはアメさんの兵器ですか? あたしは白昼夢でも見ているようですぜ」

 田上はうわずった声だった。一方、隣の少尉は対照的にずいぶんと落ち着きを払っている。

「合衆国があんなものを作ったとは聞いていないなあ」

 間の抜けたとすら感じれる返答だった。

「はっきりしているのは……あれがうちらの味方じゃないってことだね」
「じゃあ、敵ですかい?」
「それは間もなくわかるんじゃないかな」

 艦内が慌ただしくなるのを感じた。恐らく通信班が全周波数を使い、あの球体とコンタクトを取ろうとしているのだろう。そのうち水兵の1人が手旗を持ってきた。直感的に儀堂はあの球体が、自分の居る世界と根本的に異質なものだと感じていた。果たしてこちらの意思疎通手段がそのまあま通じるのだろうかと思った。

「田上兵曹、ここを頼む。あれの動向を注視しておいてくれ」
「少尉はどちらへ?」
後部射撃指揮所へ連絡をとる。すぐ戻るよ。もし異変があれば……」

 異変が起きたのはそのときだった。黒い球体から無数の光弾が無秩序に放たれ、周辺海域の艦船へ着弾、各所で小規模な爆発が起きた。<比叡>も例外では無かった。船体各所で断続的な爆発音が響く。その中には、儀堂がいる前部艦橋も例外では無かった。儀堂は真上からの爆風を受け、昏倒した。

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衛士えいし、起きなさい』
『衛士さん、起きて』
『兄さま!』

 不意に誰かに名前を呼ばれ、意識が浮上していく。

――母さん? いや姉さん? それに真琴まこと

 母と姉妹の声かと思うが、すぐに幻聴とわかる。
 実際に彼の意識を急浮上させたのは、裏返った怒鳴り声だ。両頬が強烈な痛みを感じている。どうやらビンタされていたらしい。目の前には険しい顔をした士官が居た。たしか主計科の大尉だったはずだ。

「おお貴様、目が覚めたか」

 大尉は続けて、怪我はないかと尋ねた。儀堂は特に問題ないと答えた。強いて言うならビンタのおかげで口内が切れたくらいだが、黙っていた。

「ここは……」

 どうやら後部射撃指揮所のようだ。しかし、以前見たときよりも随分と風通しがよくなっていた。あの光弾の直撃を受けたらしく壁に大きな破孔が生じていた。衝撃的な光景だったが、儀堂は落ち着いていた。彼に胆力があったわけではない。覚醒したばかりで、現実をよく認識し切れていなかったからだ。

「よし貴様、立てるな。ではここの指揮は任せたぞ」

 大尉は何の説明も無く告げた。ささやかな苛立ちを感じる。
 この人は何を言っている? ここの指揮を任せただと?

「少し教えてください。何が起きたんです?」
「ああ、すまん。敵の直撃を受けてな。後部射撃指揮所は全滅だ。幸い機器はまだ生きておるみたいだがな」

 光弾の直撃で後部艦橋の一部が損傷、その破片により多くの兵員、士官が殺傷されたらしい。

「ここを任せられる適当な鉄砲屋砲術士官は、貴様しかおらんのだ。何せ、前檣楼ぜんしょうろう(前部艦橋)も手ひどくやられた」

 どうやら前部艦橋の射撃指揮所も深刻な被害を受けたららしい。事態をあらかた飲み込んだ儀堂はあることに気がついた。そうだ。他に生き残りは? 田上兵曹は?

「観測所の班員はどうなりましたか? 自分以外にも……」
「死んだ。生き残りは貴様だけだ」

 大尉はそれだけ告げると、自分の持ち場へ戻っていった。彼には死傷者の算出という重要な任務が残っていた。

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 南雲機動部隊は混乱の極致にあった。黒い球体から行われた全周囲攻撃により、全艦艇がどこかしら損害を負っている。一番酷いのは旗艦<赤城>だった。彼女は球体の直下にあって、第二次攻撃隊の発艦準備中だった。飛行甲板には燃料を満載した制空隊の零戦が列を成し、格納庫では九九式艦爆が25番250キロ爆弾を抱えて控えていた。

 まさに火薬を身籠もった状態だ。

 まず光弾の直撃を受けたのは、飛行甲板の零戦だった。日本海軍が誇る最新鋭機は、瞬時に炎上し飛行甲板は使用不能となった。そして消火の間もなく、炎は格納庫まで延焼した。応急班の対応は後手に回り、攻撃から約30分後、格納庫で大爆発が起きた。それでも彼女が沈まなかったのは、元は巡洋戦艦として建造されたからだった。強靱な船体構造を持つ<赤城>は爆発の衝撃によく耐えた。しかしながら、今や燃えさかる鉄の箱以外何ものでもなかった。

 初撃で戦闘不能となったのは<赤城>だけでは無かった。南雲機動部隊、その母艦戦力の半数が深刻な損害を受けた。空母<蒼龍>、<翔鶴>も同じく飛行甲板が炎上。残る<加賀>、<飛龍>、<瑞鶴>も奇跡的に光弾の直撃をまぬがれたが、退避行動中ですぐに反撃へ移れるわけではなかった。

 艦隊の中で、即座に対応したのは<比叡>と<霧島>だった。

 第三戦隊隷下にあった二隻は、三川戦隊司令の指揮で反攻を開始した。三川は<比叡>と<霧島>を回頭させると、直ちに全対空火器による射撃を命じた。やがて重巡洋艦の<利根>と<筑摩>が続き、他の駆逐艦もならった。

「空母の退避まで時間を稼ぐ」

 戦艦<比叡>の前部艦橋、その司令室で三川は目的を明快に告げた。敵戦力の詳細がわからぬ以上、現状は撃滅よりも味方の退避を支援すべきだった。このまま母艦戦力を潰されては第一次攻撃隊を収容できなくなる。

ホサ砲術参謀、あの黒玉を主砲で叩きたい。やれるか?」
「三式弾ならば可能と考えます」

 砲術参謀は明言した。三式弾は、主砲の弾頭内部に数百個の焼夷榴散弾が詰められた弾種だ。時限式の信管がセットされ、発射後に定められた時間が経過すると爆発四散する。いわば大砲から打ち出す特大の手りゅう弾をイメージすればよい。広範囲に対して損害を与えられる弾だ。狙いにくい空中目標には有効だった。

「ただトップ前部艦橋の射撃指揮所が主砲測距もろとも先ほどの攻撃でやられました。後部の射撃指揮所は生きていますが――」

 後部にいるのは新任の少尉だと砲術参謀は告げた。

「なんだと? 他に士官はおらんのか?」
「おりません。前部、後部ともにホチ砲術長以下が全滅です。幸いベテランの兵員が数名おりますので、機能に支障はないかと」

 三川は大きく息を吐くと、わかったとだけ返した。いないものを当てにしても仕方が無い。いるやつが当てになることを祈ろう。

「よし、やろう。ホサは後部指揮所との連絡を密にしてくれ。若いもんは何かと舞い上がる。艦長、あの玉と同航状態になるよう進路を維持してくれ。用意ができ次第、撃て」

 任せてくださいと<比叡>艦長の西田大佐は肯いた。球体は北へ進路を取ろうしていた。

 砲術参謀は後部射撃指揮所を呼びだした。さっそく例の少尉が電話口に出てきた。

「主砲を使う。何か異常があればすぐに知らせろ。それから――」

 気を張りすぎるなと砲術参謀は付け加えた。

宜候ようそろう。お気遣い有り難うございます』

 短い礼と共に電話は切られた。砲術参謀は不気味な印象を相手に抱いた。声が冷静すぎる。とても新任の少尉のそれとは思えなかった。

――浮き足立っているより、余程マシか。

 砲術参謀は好意的に自分の感情を解釈した。やがて<比叡>は主砲戦の用意を調えた。

 <比叡>の船体が球体と同一進路をとり、全砲門の旋回、球体へ照準を合わせた。西田は即断した。

「主砲、撃ち方始め!」

 抑揚の付いた声で命令が発せられた。未知の敵に対して、開戦以来初の主砲戦が開始される。

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 発射命令から、実際に主砲が火を噴くまで時間がかかった。何しろ相手は宙を浮く謎の玉だ。これまで砲術科の兵員が想定していた目標艦船と勝手が違う。

 急遽、後部射撃指揮所で儀堂は巨大な接眼レンズをのぞき込んでいた。後部艦橋最上部に備えられた九八式方位盤照準装置だった。照準装置は指揮所の中心にあって、それぞれ向き合うように4つ接眼レンズの座席が備えられていた。儀堂が座っているのは、本来ならば砲術長の席だった。

――全く不可解にもほどがあるだろうに。

 オレが砲術長の代理とか何かの冗談かと思った。新任で江田島を卒業したばかりの少尉が花形の配置につくなど、今の儀堂からすれば悪夢以外何物でも無かった。しかも敵はわけのわからん黒い玉だ。

 毒づきながらも儀堂は砲術士官として成すべきことを行っていた。班員に対して目標への照準を命じ、主砲発令所にある射撃盤機械式演算器が弾きだした諸元データを伝達する。極限状態にありながら、儀堂は理性的な思考を維持していた。彼の中では精神的な変異が起こっていたのだが、それを自覚するようになるのはしばらく後のことだった。

「目標距離13000一万三千メートル、高度220二百二十メートル! 射撃準備良し!」

 準備万端となり、儀堂は叫んだ。

「主砲発射!」

 腹をつくような衝撃と轟音、巨艦が揺れる。八つの砲身が咆哮し、火炎を噴き上げた。35.6センチ砲にとり、1万メートルは至近と言ってよい距離だった。弾着まで十秒もかからない。

 儀堂は照準装置のレンズを通し、戦果を見守った。今や敵と認識された黒い球体は、こちらの反撃に対して抵抗すること無く、ただぷかりと空中を漂っている。最初の光弾のような攻撃を仕掛けてこないのが不気味だった。

「もしかして――」

 仕掛けてこないのでは無く、仕掛けられないのかと思った。主砲の装填に時間がかかるように、あの光弾も次弾を撃つまでに準備が必要なのかもしれない。もしそうならば、ヤツが仕掛けてくる前に損害を与える必要がある。

――三式弾でやれなかったら、どうする?

 そう思ったときだ。目標付近で巨大な閃光が撒きちらされた。三式弾が到達したのだ。三式弾は球体付近に近づくや、信管を作動させ、焼夷榴弾をばらまいた。無数の炎と鋼鉄の破片に球体が包まれる。

「こいつが三式弾……」

 実物を見たのは初めてだった。空を覆う火花に圧倒された直後、儀堂は言葉を失いかけた。あの球体が全く動じずに浮遊していたからだ。

「クソが……」

 <比叡>に続き、<霧島>の三式弾が降り注ぐ。しかし結果は同じだった。

=====================

「目標に損害なし!」

 観測所からの報告に三川は思わずうめいた。

「司令、もはや最悪の事態を想定すべきかと」

 主席参謀が暗に撤退を促した。砲術参謀が噛みつくように抗議する。

「まだ早い! 徹甲弾ならばあるいは――」
「空中の目標相手に徹甲弾など当たるものかね」

 主席参謀は冷ややかに言った。三川は手を上げて、制止した。おもむろに電話手の方へ顔を向けた。

「山口少将へ連絡しろ。無事な母艦とともに、この海域を離脱するように。それから第八戦隊の大森少将には護衛を頼む」

 大森から了承と返信があったが、山口は猛抗議を行ってきた。<飛龍>の攻撃隊を発艦させるつもりらしい。三川はにべもなく却下した。

「いいから逃げろと言え。ここで空母を喪ったら、お互い山本長官に合わせる顔が無くなるぞ」

 <赤城>の南雲中将と連絡が取れない以上、艦隊の指揮権は三川にあった。しばらくして渋々了解すると山口から返信が来た。三川は知らなかったが、この後に海域から離脱しつつも山口は攻撃隊の発艦準備を進めていた。

 <比叡>と<霧島>、そして<利根>と<筑摩>は、引き続き球体に対する攻撃を行っていた。他の艦が退避へ向けて変針し始めたときだった。

「目標に変化を認む!」

 うわずった声で見張員が報告してきた。どうやら三川達が望む変化ではないようだ。

=====================

 後部艦橋で、儀堂は照準装置のレンズから球体の変化をつぶさに見ていた。その光景は怪奇の一言に尽きる。

「今度は何だ?」

 またの光弾を撃ってくる気かと思ったが、違うようだ。
 球体は紫色の光を増すと、四方へ巨大な方陣を投影した。まるで映写機で映し出されたかのように空中に幾何学模様が浮かび上がる。

「六芒星?」

 紫色の線で、ヘキサグラムの模様が描かれていた。その周囲には解読不能な文字が描かれている。

「万国博覧会でもあるまいし、何をやらかすつもり――」

 あっと声を上げる。儀堂だけでは無く、射撃指揮所にいた者全てが同時に声を上げていた。

 幾何学模様の方陣から次々と異形の化け物が次々と出てきた。化け物の中でも翼のあるものは飛び出していき、ないものはそのまま海上へ落下していく。まるで乱雑に廃棄されたようだ。

 方陣は化け物を数十体生み出すと、忽然と消え去った。

 南雲機動部隊は新たな脅威への対処を迫られた。化け物は手近な艦艇へ狙いを定めて襲いかかってきた。

 重巡洋艦の<筑摩>は、有翼型生物の群れに取りつかれていた。真珠湾で戸張が黒天狗と呼んでいた化け物だ。それらは個体としては小さかったが、やっかいなことに火炎をまき散らす光弾を放ってくる。<筑摩>の上部甲板のあちこちで火の手が上がり、消火に駆けつけた応急班は先に化け物どもの始末に追われた。<筑摩>では武器庫が解放され、臨時の陸戦隊が編成されようとしていた。

 <利根>はクラァケンに絡まれていた。球体へ向けて対空射撃を行っていたため、減速していたのが不味かった。クラァケンが船体下部へ取り憑き、前部甲板へ這い上がってきた。巨大な触手が20.3cm連装砲に巻き付くと、針金のように砲身を折り曲げてしまった。<利根>にとっての不運は、そのまま主砲が発射されたことだった。砲身内で行き場を喪った砲弾が破裂し、クラァケンごと吹き飛んだ。化け物の軛を逃れたものの、誘爆を避けるため<利根>は前部の弾薬庫に注水、戦闘能力が半減した。

 <比叡>を襲った化け物はヒュドラだった。前後を挟み込むように、2体が<比叡>の近くに現れた。

「取り舵一杯、回避!」

 とっさに艦長の西田が命じる。操舵手は「とぉりかぁーじ! いっぱい!」と続き、舵輪を目一杯回す。左へ急回頭したことで、<比叡>の巨艦は大きく傾いた。艦内にいる者が踏ん張らなければならないほどだった。前方のヒュドラは回避できた。問題は後方だった。急回頭で<比叡>の速度が落ちたことで、後方のヒュドラに追いつかれてしまった。そのヒュドラは船体後部へ体当たりした。傾斜に続いて、強烈な衝撃が加わる。このときもっとも被害を受けたのは、前部艦橋の司令部だった。高所にあったため、震動が増幅され、三川以下司令部要員が転倒した。追い打ちをかけるように、球体が光弾を再び放った。そのうち一発が司令部内に飛び込んだ。

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 ヒュドラの体当たりを、儀堂は射撃装置の座席で耐えた。前屈みになった身体を起こす途中で、後部指揮所の破孔から無数の鎌首がのぞいて見えた。背筋が凍り付かせながらも、儀堂は叫んだ。

「三番砲塔、距離零、斉発! あの化け物を吹き飛ばせ!」

 恐怖に駆られながらも、儀堂は最適解を出していた。三番砲塔が火を噴くと同時にヒュドラに三式弾が炸裂する。必中射程で焼夷榴弾を食らい、ずたずたに鎌首がちぎれ飛んだ。

 胃の内容物が逆流しそうになり、やっとのことで堪える。

「クソッタレが!!」

 最悪の気分の儀堂に、さらに最悪の報せが届いた。<比叡>の司令部が光弾の爆発で全滅したとのことだった。報せを届けたのは、あの主計大尉だった。大尉はまたわけのわからないことを言っていた。儀堂に艦の指揮を執れと言う。

「下手な冗談を聞く余裕はありません」

 上官に対する態度としてば無礼きわまりなかった、しかし今の儀堂は怒りを越えて、ある種の自棄を起こしていた。
『冗談ではない。私は計算が得意な、ただの主計士官だ。兵科将校として最上位は君らしい。他は死んだ。だから君がやるんだ』

 主計大尉はまくし立てるように言うと、電話を切った。あの野郎、そうだ、思い出した。確か上町かみまちとか言うヤツだったな。絶対名前を覚えておこうと思った。

 儀堂は現実に目を向けた。自分より倍の人生を重ねた兵員達が不安げに見つめている。こんな若造に自分の人生を託されたのだから、もっともな反応だ。同時に知ったことかと思った。オレだって、もっと相応しいヤツが他にいると思っているさと。

「全員聞け。これより私が指揮を執る」

 兵員達は若い士官の落ち着いた声に、少しばかり安堵を覚えた。実際それは諦めに近い感情から生み出されたものだったが、今の彼らにとりどうでも良いことだった。溺れる者と同じく、何かにすがらなければ、この状況を乗り切れなかった。

 前部艦橋へ移動した儀堂は、指揮機能を艦橋下部の司令塔内へ移した。司令塔は200ミリ以上の装甲に覆われ、あの光弾でもたやすく貫けそうに無かった。そして儀堂も簡単に死んでやるつもりは無かった。少なくともこんな不可解な地獄へ自分を引きずり込んだ敵を撃ち落とすまで、死んでやるものかと決意していた。

「主砲照準は、そのまま。あの球体へ砲撃を続けろ」

 艦内電話を通じ、後部射撃指揮所へ命令を下す。

『弾種は三式弾のままですか』

 電話越しに兵員が聞いてくる。

「三式弾のままだ。徹甲弾を撃ったところで当たるものかい。以上――」

 電話を切りかけて、儀堂は止めた。あることを確認する。

『目標の高度? ヒト・イツツ百五十メートルですが』

 やはりと儀堂は思った。そのまま高度の変化を逐次報告するように告げ、電話を切った。

――出現時よりも高度が下がっている。

 それに気づいたとき、儀堂は確信に近いものを感じた。恐らくこちらの攻撃は効いているのだ。それが目に見えないだけで、実際は損害を与えているのではないか。だとすると、話は簡単だった。

――ようはあの黒い月を落とせば良いわけだ。

 海面すれすれとまでは言わない。せめて高度50メートル以下まで落ちてくれれば、徹甲弾による攻撃も現実味を帯びてくる。問題はそれまでにどれほどの時間と物量が必要かだった。しかも化け物どもと戦いながら、完遂する必要がある。僚艦の<霧島>と連携できれば成功の確率はぐっと高くなるが、通信が繋がらなかった。どうやら光弾の攻撃で電路がやられたらしい。

 儀堂は主砲以外の火器群を化け物へ向けさせた。三式弾で吹き飛ぶような雑魚には、それで十分だった。

 <比叡>は、その全身から火力を吐き出しながら驀進し続けた。空を舞う黒天狗どもをカトンボのごとく撃ち落とし、行く手を遮るクラァケンやヒュドラを容赦なく高角砲で始末した。<比叡>の勇戦に刺激され、<霧島>が続く。

 その後、1時間の戦闘で黒い球体はさらに100メートルまで高度を下げた。

「行けるぞ。このまま黒い月を落としてやろう」

 自然と儀堂の顔に笑みがうかんだ。仄暗い司令塔内に浮かんだ少尉の顔は。年齢にそぐわぬ凄みがあった。その場にいた兵員は背筋が寒くなるのを感じた。

 儀堂の笑みは長くは保たなかった。後部射撃指揮所より三式弾を使い切ったと連絡が入ったからだ。

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 まもなく他の艦も同様に三式弾を使い切ったことがわかった。それぞれ徹甲弾を撃ち始めたからだ。徹甲弾は貫通力に優れているものの、命中精度は期待できなかった。事実、どれも空を切り、球体を通り過ぎた先の海域で水柱を形成している。ある程度、修正をかけることで命中率はあがるだろうが、果たしてどれほど時間がかかるか不明だった。

――畜生、こんなところで……!

 儀堂は血走った眼で黒い月を見た。司令塔のスリットから見えた月は紫色に輝き、再び光弾を放った。今度のは前よりも大きかった。

 これまで直撃を免れてきた<霧島>は、ここで運を使い切ったらしい。艦橋と煙突に一発ずつもらった。幸い光弾は艦橋を貫いて反対側へ突き抜けたようだが、煙突への一撃が致命的だった。排気が出来なくなったことで、<霧島>の機関部の温度が急上昇し、機関停止を余儀なくされたのだ。文字通り浮かべる城となった<霧島>に化け物が殺到し、自艦の防衛に忙殺される羽目に陥った。

 <比叡>も二番と四番砲塔に直撃を食らった。光弾は奇妙な軌道を描き、二番砲塔の砲身に当たり、爆発した。砲塔本体は無事だったものの、砲身は裂けて使い物にならなくなった。四番砲塔は砲塔基部に光弾を受けた。爆発は分厚い装甲で防げたが、甲板に歪みが生じ、砲塔旋回ができなくなった。この時点で、<比叡>の主砲戦力は半分に減じた。

 儀堂は司令塔内のスリット越しに折れ曲がった砲身を眺めていた。士官として年齢以上の能力を発揮した儀堂だが、やはり若かった。脳内分泌物アドレナリンの副作用で、これまで維持されていた戦意が急速に失われていくのがわかった。次々と上がってくる被害報告に対して、機械的に処置の命令を下すのが精一杯だった。

――ここまでか。本当に手ははないのか。

 スリット越しに黒い月を見上げる。怪しい輝きに吸い込まれそうになり、再び現実へ強制的に引き戻された。

 急に誰かがぐいと肩をつかみ儀堂を揺らした。何ごとかと振り向くと、通信士が震える手で一枚の紙切れを差し出してきた。

「少尉、来ました」
「来た? 何が?」

 いつもの間の抜けた声が思わずもれる。

「第一次攻撃隊です! 戻ってきたんです!」

 背後で爆発音が響いた。思わず振り向く。黒い月の上部が突如爆発し、真っ赤に燃えさかった。

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 淵田中佐率いる第一次攻撃隊が戻ってきたとき、その目に見えたのは無残に燃えさかる母艦と懸命に反撃を行う水上部隊だった。
 淵田は反射的に決断した。

「全機、トツレ!」

 淵田中佐の命令一下、第一次攻撃隊は突撃に移った。まず九七式艦上攻撃機が水平爆撃を行い、球体上部へ80番800キロ爆弾を投下した。九七式艦攻に続き、九九式艦上爆撃機が25番50キロ爆弾を投下していく。それらは本来、ハワイの太平洋艦隊へ見舞われるはずのものだった。しかし化け物どもが彼らの獲物を『横取り』したおかげで、使わずに済んでいた。

 第一次攻撃隊は戦意と復讐心に燃えていた。化け物どもは自分の獲物を奪った挙げ句、帰る場所まで奪おうとしている。許されざることだった。ハワイで振り上げた拳を、振り下ろすのは今だと感じていた。

 制空隊の零戦は<筑摩>や<霧島>に張りつこうとしているヒュドラやクラァケンへ機銃掃射を行い、九七式艦攻の一部は果敢にも雷撃を行おうとしていた。味方の艦に当たらぬようにするため、化け物の近くすれすれで魚雷を投下していく。それらの半数近くが命中し、水柱と共に肉片をまき散らした。第一次攻撃隊の猛攻で、周辺の海域は血染めとなった。

 化け物の断末魔が響き渡る中で、黒い球体が怪しく輝きを放ちはじめる。まるで弔っているかのようだった。爆撃を受けても、球体は元の原型を維持していた。そして戦意(?)も喪われていないようだった。球体はさらに輝きを増していき、それが臨界を迎えようとした刹那、鋼鉄の洗礼を受けた。

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『弾着! 今!』

 スピーカーを通して後部射撃指揮所の報告が聞こえる。スリット越しに徹甲弾に黒い月が抉られるのが見えた。周囲を覆うよう緑色の水柱が立つ。日本海軍は徹甲弾に徹甲弾内部に染料を仕込んでいた。弾着観測を容易にし、迅速に修正するためだった。もっとも今回は修正の必要はなさそうだった。初弾で命中弾を叩き込んでいる。あとはこのまま鋼鉄の雨を降らせていけば良い。

 ざまあみろと儀堂は思った。

 第一次攻撃隊の爆撃により、黒い月は高度を30メートル以下に下げていた。<比叡>にとって、水平と変わらぬ高さだった。その瞬間より、<比叡>は対空射撃から水上打撃戦へ移行した。

 <比叡>に続き、<霧島>が一斉射サルヴォを行う。こちらも月を囲うような水柱が立つ。夾叉射、着弾範囲に目標を捉えていた。

 <比叡>、<霧島>、両艦ともに神がかりな技量を発揮していた。わずか数時間の死闘で、兵員の集中力が最高潮に達した結果だった。彼らを支えているものは戦意だけではなく、ただただ海兵としての義務感、そして日本人特有の勤勉さ、最後に理不尽な状況に対する怒りだった。本当ならば、今頃は太平洋艦隊を撃滅し、凱歌を上げて帰投しているはずだったのだ。それがこの体たらくである。理由も知らせれぬまま一方的に嬲られて済まされる話では無かった。

 終わりは突然訪れた。黒い月は海面すれすれまで降下し、そこへ<比叡>の11斉射目が着弾したときだった。黒い月に紫入り色のひびが入り、そこから強烈な光が漏れた。そして次の瞬間、紫の光とともに破裂し、周辺数キロを黒い霧が覆い尽くした。

「撃ち方止め!」

 煙幕かと儀堂は思い、警戒した。しかし数分後、黒い粉塵が晴れた後に何も残されていなかった。やがて頭上を旋回する、第一次攻撃隊から報告が入った。

 周辺ニ敵影認メズ。バケモノハ四散セリ。

 艦内が沸き立つ。しかし儀堂は全く同調できなかった。

「……まさか」

 これで終わりかと思った。あまりにも呆気ない、手応えの感じぬ勝利だ。

――オレ達は何をした? この戦闘に何の意味が? ただ自分の身を守るため、黒い玉を撃ち落としただけだろうに。
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