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北米魔獣戦線(North America)
老人と戦車(Old man and Panzer) 1
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【アメリカ合衆国 ノースダコダ州北部 ボッテインオー近郊】
1945年3月12日 午後4時
合衆国陸軍のジュリアン・ラスカー大佐が、第十一機械化歩兵大隊を率いて駆けつけたのは、今より二時間ほど前のことだった。
ラスカーは彼以外の部隊からも幾分か戦力を抽出してきていた。工兵と衛生兵が大半を占めていた。それだけ考えても、彼は有能だと判断できた。事前に司令部で状況説明を受けていた彼は、ボッティンオーが何よりも欲しているものを取りそろえてきたのだ。
ドーザー付のM4シャーマン戦車が、巨大な肉塊を細切れにしつつ、空き地へかき集めていく。小山のように降り積もった死肉へ兵士達はガソリンをばらまき、炎を放った。たちまち黒煙とともに耐えがたい異臭が周辺を包み込むが、吐瀉するものはいなかった。兵士達はM4の乗員を含め、全員がガスマスクを着用していた。
「それでホンゴー少佐、君がこの車両でドラゴンを倒したと?」
「ええ、その通りです。ラスカー大佐」
本郷とラスカーは、その光景を遠巻きにしながら会話していた。彼らのすぐそば、10メートルほど離れた場所に黒く焼けこげたマウスが煙を燻らせていた。12.8センチ砲はうなだれたように、俯角をとり、片方の履帯は外れている。まさに鋼鉄の墓標だった。
「この車両……マウスと言ったか? なぜこんなことになった? ドラゴンとギガワームを倒したのだろう? ならば、その時点でこの街から脅威は去っていたはずだ。どうして、こんな回収不可能なほどに我が軍の車両が損傷しているのだ?」
ラスカーは本郷を正面から見据えて、問いただした。口調こそ丁寧だが、実質的な尋問だった。本郷は眉一つ動かさずに、応じた。
「大佐、その答えは簡単です」
「なんだ?」
「激戦だったのです。我々は、貴軍の最新鋭戦車1両と引き替えに魔獣を2体屠った。ただ、それだけのことなのです」
本郷はさらに続けた。マウスは、ドラゴンとギガワームの息の根を止めた。ただし、その直後、戦闘による負荷に機関部が耐えきれずに炎上した。試験車両のためか、マウスには消火器は搭載されておらず、やむなく本郷たちは車両の放棄を決定。脱出後に弾薬庫へ引火し、マウスは断末魔の爆発を起こした。
「なるほど、激戦だったのだね、ホンゴー少佐」
ラスカーは浅黒い顔の日本人に念を押した。黄色人種らしからぬ顔つきだが、日本人特有の性質を備えている。つまり、何を考えているのか読めない顔だった。
「ええ、あまりに過ぎた犠牲が払われました」
「そうだな。しかし、致し方ない。それが戦争だからな」
「はい、それが戦争です」
日本人の顔に僅かに表情が現われた。それは怒りと自己嫌悪だった。ラスカーはどこかでほっとする思いを抱いた。ようやく、彼は本郷が同じ人間であると自覚できたのだった。
マウスに目をやった。司令部で聞いた話では、独逸人どもの協力を得て造った戦車らしい。彼個人としては、全く気に入らなかった。許しがたい感情すら湧いてくる。
彼の祖父はユダヤ人だった。半世紀ほど前に新大陸へ渡り、サンフランシスコで古美術商を営み、一代で財をなした。その後、父が後を継いだが、残念ながら魔獣の出現と共に彼の実家兼店舗は喪失した。
なるほど5年前に亡くしたものは東海岸だけではないらしい。よりにもよって、ナチの生き残りと手を結ぶとは……!
ラスカーはヘルメットを脱いだ。冷たい風が頭部の汗を気化させ、熱を奪っていく。しばらくして、再びヘルメットをかぶり直す。彼は合衆国軍人へ戻った。
「ホンゴー少佐、君に言っておくべきことがある。非常時とは言え、我が軍の、それも試験車両を無断で使用したのは看過しがたい」
「はい……」
ホンゴーは覚悟を決めた顔で肯いた。ラスカーの表情は対照的なものとなった。微笑みすら浮かべている。
「ただ、遺憾ながら私は軍人だ。保安官ではない。それに今はこんな鉄くずに構う余裕はお互いにない。そうだろ?」
本郷は目を見張ると、次の瞬間ラスカーと同じ面持ちで肯いた。
彼等は自分の隊へ戻ると、ボッティンオーの混乱の収束へ全力を注いだ。
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次回12/18投稿予定
1945年3月12日 午後4時
合衆国陸軍のジュリアン・ラスカー大佐が、第十一機械化歩兵大隊を率いて駆けつけたのは、今より二時間ほど前のことだった。
ラスカーは彼以外の部隊からも幾分か戦力を抽出してきていた。工兵と衛生兵が大半を占めていた。それだけ考えても、彼は有能だと判断できた。事前に司令部で状況説明を受けていた彼は、ボッティンオーが何よりも欲しているものを取りそろえてきたのだ。
ドーザー付のM4シャーマン戦車が、巨大な肉塊を細切れにしつつ、空き地へかき集めていく。小山のように降り積もった死肉へ兵士達はガソリンをばらまき、炎を放った。たちまち黒煙とともに耐えがたい異臭が周辺を包み込むが、吐瀉するものはいなかった。兵士達はM4の乗員を含め、全員がガスマスクを着用していた。
「それでホンゴー少佐、君がこの車両でドラゴンを倒したと?」
「ええ、その通りです。ラスカー大佐」
本郷とラスカーは、その光景を遠巻きにしながら会話していた。彼らのすぐそば、10メートルほど離れた場所に黒く焼けこげたマウスが煙を燻らせていた。12.8センチ砲はうなだれたように、俯角をとり、片方の履帯は外れている。まさに鋼鉄の墓標だった。
「この車両……マウスと言ったか? なぜこんなことになった? ドラゴンとギガワームを倒したのだろう? ならば、その時点でこの街から脅威は去っていたはずだ。どうして、こんな回収不可能なほどに我が軍の車両が損傷しているのだ?」
ラスカーは本郷を正面から見据えて、問いただした。口調こそ丁寧だが、実質的な尋問だった。本郷は眉一つ動かさずに、応じた。
「大佐、その答えは簡単です」
「なんだ?」
「激戦だったのです。我々は、貴軍の最新鋭戦車1両と引き替えに魔獣を2体屠った。ただ、それだけのことなのです」
本郷はさらに続けた。マウスは、ドラゴンとギガワームの息の根を止めた。ただし、その直後、戦闘による負荷に機関部が耐えきれずに炎上した。試験車両のためか、マウスには消火器は搭載されておらず、やむなく本郷たちは車両の放棄を決定。脱出後に弾薬庫へ引火し、マウスは断末魔の爆発を起こした。
「なるほど、激戦だったのだね、ホンゴー少佐」
ラスカーは浅黒い顔の日本人に念を押した。黄色人種らしからぬ顔つきだが、日本人特有の性質を備えている。つまり、何を考えているのか読めない顔だった。
「ええ、あまりに過ぎた犠牲が払われました」
「そうだな。しかし、致し方ない。それが戦争だからな」
「はい、それが戦争です」
日本人の顔に僅かに表情が現われた。それは怒りと自己嫌悪だった。ラスカーはどこかでほっとする思いを抱いた。ようやく、彼は本郷が同じ人間であると自覚できたのだった。
マウスに目をやった。司令部で聞いた話では、独逸人どもの協力を得て造った戦車らしい。彼個人としては、全く気に入らなかった。許しがたい感情すら湧いてくる。
彼の祖父はユダヤ人だった。半世紀ほど前に新大陸へ渡り、サンフランシスコで古美術商を営み、一代で財をなした。その後、父が後を継いだが、残念ながら魔獣の出現と共に彼の実家兼店舗は喪失した。
なるほど5年前に亡くしたものは東海岸だけではないらしい。よりにもよって、ナチの生き残りと手を結ぶとは……!
ラスカーはヘルメットを脱いだ。冷たい風が頭部の汗を気化させ、熱を奪っていく。しばらくして、再びヘルメットをかぶり直す。彼は合衆国軍人へ戻った。
「ホンゴー少佐、君に言っておくべきことがある。非常時とは言え、我が軍の、それも試験車両を無断で使用したのは看過しがたい」
「はい……」
ホンゴーは覚悟を決めた顔で肯いた。ラスカーの表情は対照的なものとなった。微笑みすら浮かべている。
「ただ、遺憾ながら私は軍人だ。保安官ではない。それに今はこんな鉄くずに構う余裕はお互いにない。そうだろ?」
本郷は目を見張ると、次の瞬間ラスカーと同じ面持ちで肯いた。
彼等は自分の隊へ戻ると、ボッティンオーの混乱の収束へ全力を注いだ。
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