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太平洋の嵐(Pacific storm)
我々は神では無く(God only knows) 5:終
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儀堂の目の前で、鬼が泣き崩れていた。その姿に、かつての自分を重ね合わせる。
5年前の東京、帝国大学の講堂で家族の残骸を見せられた後、彼の心は完全に停止した。
あの後、儀堂はほぼ自動的に遺体を引き取る手続きを済ませた。係員が憔悴しきった声で「ご愁傷様です」と言ったのは覚えている。そして確信した。自分はなんと冷たい男なのだろうかと思った。
彼は自分の家族の死に際して、涙一つ出てこなかったのだ。
その後、彼の内に残ったのは無尽の後悔と憎悪だった。それだけが彼を生き残らせてきた。
以来、儀堂は自身の良心というものに疑いをかけてきた。自身の家族を救えなかったことに対して、自分は声を上げて泣けなかった。
このオレはいったい何なのだ。
きっとあの瞬間、オレは壊れたのだと思っていた。
いいや、違う。
それは誤りだ。
目前で嗚咽を上げる鬼を見て、彼は自身の認識を改めた。
オレは弱かったのだ。今でも弱い男なのだ。
あの瞬間、小さくなった家族をみたとき、オレは何かの間違いだと心の奥底で思っていたのだ。
自分が犯した過ちの大きさに耐えきれず、現実を否定していた。
だからこそ、涙を流す勇気を持てなかったのだ。
あそこで泣いてしまったら、儀堂衛士は家族の死を受け入れてしまう。
後戻り不可能な事実を肯定し、逃れようのない喪失感に押しつぶされる。
オレは自分を守るため、悲しむ代わりに憎悪と後悔へ身を委ねたのだ。
ああ、畜生。
薄情ではない、オレは臆病なのだ。
おぞましい。
なんと醜い男だ。
肩をふるわせていたネシスが振り向いた。
赤い瞳に浮かんだ涙が、深紅の光を帯びている。
綺麗だと思った。
「ギドーよ。妾の選択は間違っていたのであろうか? 妾はありのままに伝えた。この者、シルクにとって果たして――」
「善かったのだ」
儀堂は被せるように言った。
「君は最善を尽くした。憐憫でも同情でも無く、はっきりと断言しよう。例え、君がその子のことを思い出すことが出来なくても、その子へ向けた思いに偽りは無い」
「ギドー……」
「見てごらん。穏やかな顔だ」
黒く硬直した顔だが、その面差しは安らぎに包まれていた。そこに一切の苦悩は認められなかった。
「その子は君に救われたのだ」
彼は言い切った。
儀堂はネシスとシルクの会話を理解することが出来なかった。彼の言語体系とにつかぬ言葉で交わされていたからだ。しかし、それでも彼の見解に一切の迷いはなかった。
ネシスの判断が正しかったかどうかなど、神のみぞ知ることだった。
儀堂は神でも無く、真実を見通す目は持つはずもなかった。
しかし、彼は願うことは出来た。
どうか、彼女とその妹に救いと安らぎがあらんことを。
=====================
次回2/2(土)投稿予定
もしよろしければ、ご感想をいただけますと励みになります。
よろしくお願い致します。
5年前の東京、帝国大学の講堂で家族の残骸を見せられた後、彼の心は完全に停止した。
あの後、儀堂はほぼ自動的に遺体を引き取る手続きを済ませた。係員が憔悴しきった声で「ご愁傷様です」と言ったのは覚えている。そして確信した。自分はなんと冷たい男なのだろうかと思った。
彼は自分の家族の死に際して、涙一つ出てこなかったのだ。
その後、彼の内に残ったのは無尽の後悔と憎悪だった。それだけが彼を生き残らせてきた。
以来、儀堂は自身の良心というものに疑いをかけてきた。自身の家族を救えなかったことに対して、自分は声を上げて泣けなかった。
このオレはいったい何なのだ。
きっとあの瞬間、オレは壊れたのだと思っていた。
いいや、違う。
それは誤りだ。
目前で嗚咽を上げる鬼を見て、彼は自身の認識を改めた。
オレは弱かったのだ。今でも弱い男なのだ。
あの瞬間、小さくなった家族をみたとき、オレは何かの間違いだと心の奥底で思っていたのだ。
自分が犯した過ちの大きさに耐えきれず、現実を否定していた。
だからこそ、涙を流す勇気を持てなかったのだ。
あそこで泣いてしまったら、儀堂衛士は家族の死を受け入れてしまう。
後戻り不可能な事実を肯定し、逃れようのない喪失感に押しつぶされる。
オレは自分を守るため、悲しむ代わりに憎悪と後悔へ身を委ねたのだ。
ああ、畜生。
薄情ではない、オレは臆病なのだ。
おぞましい。
なんと醜い男だ。
肩をふるわせていたネシスが振り向いた。
赤い瞳に浮かんだ涙が、深紅の光を帯びている。
綺麗だと思った。
「ギドーよ。妾の選択は間違っていたのであろうか? 妾はありのままに伝えた。この者、シルクにとって果たして――」
「善かったのだ」
儀堂は被せるように言った。
「君は最善を尽くした。憐憫でも同情でも無く、はっきりと断言しよう。例え、君がその子のことを思い出すことが出来なくても、その子へ向けた思いに偽りは無い」
「ギドー……」
「見てごらん。穏やかな顔だ」
黒く硬直した顔だが、その面差しは安らぎに包まれていた。そこに一切の苦悩は認められなかった。
「その子は君に救われたのだ」
彼は言い切った。
儀堂はネシスとシルクの会話を理解することが出来なかった。彼の言語体系とにつかぬ言葉で交わされていたからだ。しかし、それでも彼の見解に一切の迷いはなかった。
ネシスの判断が正しかったかどうかなど、神のみぞ知ることだった。
儀堂は神でも無く、真実を見通す目は持つはずもなかった。
しかし、彼は願うことは出来た。
どうか、彼女とその妹に救いと安らぎがあらんことを。
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