レッドサン ブラックムーン ―大日本帝国は真珠湾にて異世界軍と戦闘状態に入れり―

弐進座

文字の大きさ
78 / 99
遠すぎた月(A Moon Too Far)

前夜祭(April Fool) 4

しおりを挟む
 【アメリカ合衆国 シアトル港 駆逐艦<宵月>】
 1945年4月7日 午前

 タラップから白い直方体の木箱がゆっくりと降ろされていく。複数の海兵に支えられなければいけないほどの大きさだった。海兵達は岸壁近くに止まっている軍用トラックへ慎重に木箱を降ろすと、荷台に申しわけ程度の白い布が被された。

 甲板から、その光景の一部始終を銀髪の少女が見守っていた。
 小さく、折れそうなほど細い後ろ姿だった。

「もういいのか?」

 儀堂は横に並び立つと、念を押すように語りかけた。今ならまだ引き返せると暗に示していた。

「良かろう。しばしの別れじゃ」

 トラックはネシスの妹の遺骸を載せると、しばらくして出発した。向う先は二式大艇が停泊する桟橋となるはずだった。

「お主の頭目六反田は好かぬが、約束を違えぬ男じゃ。このいくさが終わるまで、必ずやシルクを安置してくれよう」

 ネシスの棺は、二式大艇へ乗せられ、六反田達と共に日本へ移送される手はずとなっていた。六反田は月読機関の管轄で、責任を持って保管すると確約した。貴重な研究素材に違いなかったが、遺体に手を加えられる心配はなかった。結晶化された遺体の高度は金剛石ダイヤモンドを遙かにしのぐ硬度で、熱や酸化にも耐えうるように造られていたのだ。

「まったく、あなたの一族は大した物ね」

 唐突に呆れた口調で背後から話しかけられる。キールケ・リッテルハイムだ。この独逸人の研究者はとも、そろそろ別れることになるだろう。彼女の足下には大きめの車輪付旅行鞄トロリーバッグが置いてあった。今日をもって、彼女の退艦が決まったのだ。本来ならば、もっと早い段階で彼女は降りるはずだったが、独逸大使館との調整が難航し、今日に至った。確信はなかったが、意図的に独逸側が遅らせたふしが背後に見て取れる。彼等とて<宵月>が成した偉業と、その核心たるネシスについてなるべく情報を集めておきたかったのだ。

「あんなガチガチに固まっていては、解剖もできやしない。X線ロォングンすら通さないなんて……」

 ネシスは眉間に皺を寄せた。あからさまな怒りを浮かべている。

「女、勘違いをするな。あのような最期は妾たちの本意では無い。シルクとて叶うならば朽ち落ちた挙げ句、塵として地へ還りたかったはずじゃ。それを留めたのは光の民ラクサリアンどもぞ」

 ネシスの怒りを向けられても、リッテルハイムは臆することがなかった。いや、はなから興味がなかったようだ。彼女の関心は別の所にあった。

「そう、まさにそれよ。なぜ、あなた達をここに送り込んだ連中はあんな手の込んだ機密保護装置を組み込んだのかしら?」

 謎かけをするように、リッテルハイムは言った。儀堂は肩眉を上げて、一歩前へ出た。これ以上、ネシスと話を続けさせても、碌なことにはならないだろう。

「どういう意味だ?」
「あの鬼の子は、意図的に結晶となるように仕組まれたのでしょう? ならば、その理由はなにかしら? ねえ、ギドー艦長カピティン知っているかしら。人体を結晶化させるなんて、それこそ数万年かけて、特殊な環境下で化石にでもならないかぎり無理なのよ。我々の機関アーネンエルベもいくつか化石化した古代人類の素体サンプルを得ているけど、それらは文明が芽生える遙か数万年も前のもの。つまり、それだけの年月をかけないと通常は出来ないはずのことをわざわざやったのよ。用済みとなった死体を始末するだけにしては、おかしいと思わない? もし私が、ラクサリアンとか言う連中と同じ立場ならば、爆破装置でも身体に埋め込むのに……貴方は知っているのではなくて?」

 リッテルハイムは再びネシスに視線を戻した。

「妾は何も知らぬ」

 ネシスは、ただそれだけ返すと、後は押し黙ったままだった。何か知っているようには見えなかったが、リッテルハイムの指摘に理を認めているようだ。

「その様子だと、本当に知らないようね。残念だわ。時間さえあれば、本国から機材と人員を呼び寄せて調べることが出来たのだけれども……まあ、それはまたの機会にしましょう。ご存知でしょう。今日で私も艦を降りるの。さようなら、日本のサムライさんと鬼の少女。そう遠くない未来にまたお会いできるよう願っているわ」
「お元気で、フロイライン」

 儀堂は海軍軍人として必要十分な礼をもって応対した。具体的には敬礼をもって、下船する姿を見送ったのである。

====================

【????】
 1945年4月7日 午後

 その男は、シアトルより9時間ほど時刻が進んだ地にいた。
 室内、執務机の電話が鳴った。男は受話器をとる前から相手の正体がわかっていた。

「やあ、ひさしぶりだね」

 少し鼻に掛かった甲高い声で答える。

「ああ、その件なら先ほど聞いたよ。月に支配された海はいかがなものだったのだろうか。聞けば、月世界旅行まで堪能したそうじゃないか。砲弾ではなく、駆逐艦で突入とは黄色人種ヤパァニッシュにしてはよくやったよ。忌々しいほどにね。君としても先を越された気分だったろう?」

 男は執務机から離れると、壁にかかった世界地図の前に歩み寄った。極東の島国が右端に描かれた地図だった。

「おや、意外だったかね。私とてジュール・ヴェルヌくらいは知っている。メリエス? ああ、映画の方か。確かにどちらかと言えばそちらに近いかな。いずれも私は好かないがね。ほう、気に障ったかな……? はは、冗談だ」

 扉が開かれ、彼の部下が入室してきた。外から漏れた明かりが男のシルエットを世界地図に浮かび上がらせる。均整の取れた、かなり長身だとわかった。金髪にして碧眼だが、その瞳には爬虫類のように冷たい光を宿していた。

「さて、君には悪いが時間に限りがある。半身を失ったとはいえ、合衆国の地獄耳フーヴァーは優秀だ。この回線を秘話装置でごまかすのにも限界があるのだ。あれが、こちら側に生まれなかったのは実に残念だ。いや、奴の性癖を考えるに、あの老いぼれに処刑されたか……。そうだ。本題に入ろう。原石イーベルシュタインを奪取してくれたまえ。我々には、あれが必要だ。この日のために、かの国に少なからず人員と資源を送り込んできたのだ。今こそがそのときだ。必要な機材は既に届いているね。ならば、存分に行使したまえ。私はここで結果を待とう。では、また」

 受話器を置くと、男は世界地図に背を向け、入室してきた部下に向き直った。彼の部下は右手を斜め上方へ掲げた。

「ジークハイル」
「やあ、ヴァルター。麗しの都はいかがだったかね。君のご婦人は息災だったかな?」

 ヴァルター・シュレンベルク大佐は答えに窮した。パリに愛人がいることは、誰も知らなかったはずだ。少なくとも、つい先ほどまでは。

「ええ、ハイドリヒ閣下。変わりありませんでした。パリも彼女も――」
「それは何よりだ」

 ラインハルト・ハイドリヒは満足げに口元を歪め、肯いて見せた。彼は今ではほとんど見られなくなった軍服ユニフォームに身を包んでいる。かつて、その服を着たものたちは「親衛隊SS」と称されていた。

====================
次回2/24投稿予定
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

電子の帝国

Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか 明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...