賢人を巡る巡礼の物語から

日八日夜八夜

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 青年は心臓を突き抜かれても顔色も変えず、相手の腕を払った。
「お前、何者だ?!」


 どんなに傷を与えても、青年の動きはまるで鈍らない。
 失血の量だけでも普通の人間なら既に死んでいるはずだった。
 尋常の者ではない。
 女王の元へ辿り着かせてはならない。
「あー、思い出した」
 青年が髪を伝って流れてくる血を邪魔っ気に拭いながら言った。
 ぽたぽたと身体中から血を滲み出させながら、まるで気にした様子もない。
 夏の涼風にでも身をさらしているように、涼しい顔をしている。
「なんだか見覚えがあるような気がしてすっきりしなかったんだ。ようやくわかった」
 とんとんと軽く額を叩いて、指を指す。
「大分様変わりしたが、お前、シーターラーを謀殺した秘書だな」


 癒しの業を持つ聖女シーターラー。
 海から引き揚げられた謎の聖女。
 多くの者を癒し、人びとは彼女を崇めた。
 彼女に心を惹き付けられた者は数多くいたが、聖女自身は誰にも心を寄せるものがなかった。
 バンハーストの聖女への執着は人より抜きん出ていた。
 あまりにもけぶりない聖女に業を煮やし、彼は聖女に毒を盛った。
 人の病を癒すことができても、聖女は己を癒すことはできなかった。
 あっけなく聖女は死んだ。


 バンハーストはかつては漁師のひ弱な息子だった。
 彼は、父の雛型のような頑健な兄の影のような存在だった。
 兄が生まれたがために自分は丈夫な体を失い、兄の存在のために自分が割りを食っていると常々感じていた。
 ある嵐の夜、兄を海へ突き落とした。
 翌日、万が一の場合の兄の生存の可能性を潰そうと浜辺を見回っていた時、浜に流れ着いたのがシーターラーだった。
 彼女を最初に見つけたのはバンハーストだった。
 運命だ、とバンハーストは天啓を感じた。
 漁師の息子である自分が神殿へ入る秘書の地位を勝ち得たのも、全ては二人を結ぶ運命の後押しとしか思えない。
 だがシーターラーは決して靡かなかった。
 海が、彼女の人間の女としてのなにかを蝕んだのだろうか。
 彼女は根強くおかしな幻想を信じていた。
 彼女が地上にいるのは、一匹の猫を待つためだという幻想だ。
 それはかつて不貞を疑われ処刑された女王と運命を共にした猫で、失われた後継者を見出だす。
 その功績によって伯に任ぜられた猫は船を仕立てて自分を迎えにくるという。
 

 いかれた幻想だ。
 おとぎ話を信じすぎてしまった哀れな戯れ言。
 そう歯牙にもかけなかった。
 他の男たちもそうだったはずだ。
 そんなこと起こるはずがない。
 だがそれは起こった。
 死んだ王妃から生まれた王子を一匹の猫が見出だした。
 猫を連れた王子が船で聖女に会いにやって来る、寝耳に水だった。
 猫はすぐそこまでやって来ていた。
 嘘だ。
 彼女の運命の相手は自分だ。
 奇跡と栄光の物語から自分が締め出されるのは我慢ならない。
 シーターラーは船の到着を心待ちにして毎日のように水平線を眺めていた。
 許さない。
 自分がおとぎ話の書割であることは許さない。
 そして船が着く前にシーターラーは命を落とした。
 猫と共にやって来た王子は、哀悼の意だけ示して引き返して行った。
 バンハーストは冷笑を浮かべて見送った。
 そのときには手段を見つけていたのだ。
 屍食鬼に聖女の皮を被るよう唆したのは自分なのだ。
 聖女を殺し、初めて彼は彼女と結ばれたのだ。
 その口腔も女陰も屍食鬼のものであったが。


「お前、何者だ?!」
 バンハーストは再び問いを発した。
 聖女が死に、賢人は去って長い年月が経った。
彼が何者であったかなど覚えている人間は絶えている。
「俺? 俺は賢人に借りのあるものだ。
お前を片付けるのも、まあ、借りを返すうちに入るかな」
 青年が軽く首を傾ぐ。
「もしやお前ー」
「いいや、俺はアジェンダンの猫王子ではないよ。彼は聖女の運命だったが、残された皮なぞに用はない」
 青年は腕をふる。
「さて、お前を滅ぼそう。お前のことは眼中になかろうが、一応賢人の意図に叶うだろう」
「お前が何者であろうとーいずれ人ではなかろうがー通さぬ。女王のところへは、決して」
 青年は眉間をひそめ、髪を掻き回してふるふると頭を振った。
「哀れを覚えるとは。この身にも人の情味が湧いたか」
 切っ先が向けられる。
「この谷に遺された賢人の遺志は既に女王を見出だしている。その遺志を宿しているのは波璃の瞳の持ち主だ。惑わしは通じない。もはや容赦はされまいよ」
「なんだと?!」
 身を翻したバンハーストを刃が遮る。
「案ずるな。どちらが先でも長く待たせることはあるまい。共に滅びよ」


 涸れ谷の王国の後は土砂に埋まった。
「これで聖女にあの世への旅路で会っても文句を言われることはなくなったな」
 少年が憂いを深めた目で見下ろしながらポツリと呟く。
 
 
 
 
 
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