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始まり-中編-
しおりを挟む目が覚めたら病院の個室だった。
父さんはどうなったのだろう、母さんはどうしているのだろう…色々な事を考えていて自分の状況があまり理解できていなかった。
一旦落ち着こうと目を閉じて一呼吸おいて、身体を起こそうと力を入れた。
「…ッ、ふっ!!」
あれ…
そこでようやく気がついた。
身体が動かないという事を。
腕を動かそうとするが、重くてなかなか上がらない。
やっとの思いで左手を目の前に持ってくると、包帯だらけで点滴をつけられている僕の腕が見えた。
傷を見るとジクジクと痛む気がした。
それに声も出なかった。
煙を多く吸い込んだせいで喉が痛んだのかもしれない。
視界も右半分が暗くて見えない。
鏡がないのでどのような状態なのか分からない、そのせいで不安感が増幅した。
外を見るとまだ日は落ちていないようだ。お昼くらいだと思う。
とにかく、まずは喉が渇いたのでナースコールで看護師さんを呼んだ。
30秒経たず、看護師さんがやってきてくれた。
「目を覚まされたんですね?今、担当医を連れて参りますので!!」
そう言い残しまた病室を出て行ってしまった。
喉が渇いただけなのに!
内心そんなことしか考えていなかった。
もうしばらくすると、少しお年を召したお医者さんがやってきた。
「まず、自分の名前はわかるかな?」
「…は、ぃ、コウキ…で、す」
「うんうん、気分の悪いところはあるかい?」
お医者さんは優しく僕に問いかけてくれた。
喉が渇いたこと、腕が痛いことを言うと看護師さんがテキパキと飲み物を用意してくれたり、包帯を交換してくれた。
それらが終わり落ち着いた頃、僕がどうなったのか父さんは無事なのかそして、母さんがどこにいるのかを聞いた。
その言葉を発した時お医者さんの顔が曇った。
お医者さんは、落ち着いて聞いてほしいと声のトーンを落とし僕の目を見て話し始めた。
お医者さん話では、今は火事から6日後らしい。僕はかなり煙を多く吸い、足や顔も怪我をしていてかなりの重体だったらしい。
2度生死を彷徨ったとも聞いた。
(自分ではよくわからないが…。)
しかし、父は僕よりも重体だった。
救急車に担ぎ込まれた時には心肺停止状態だったらしく、かなり危険な状態だった。
さらに、背中には木の欠片が刺さっておりかなりの出血だったらしい。
母は父のことが心配だったが子供である僕の救急車に乗って病院へ向かったそうだ。
病院についてからは手術室の前で手術が終わるまでずっと待っていたらしい。
それで父はどうなったのか、きくとお医者さんは少し苦い顔をした。
どういう事なのだろうか。
何か…言いづらいことでもあるのだろうか。
僕はお医者さんの顔をただ見つめるしかできなかった。
その口から出る言葉を一言一句聞き逃さないように…
シーンとなった空間でポツリと発した言葉は、中学2年生の僕にはあまりにも酷な話だった。
“お父さんは…残念ですが、つい先日旅立たれました”
たび、だつ?
どういう意味だっけ。
あれ…頭が真っ白で、何も考えられないや。
心臓がバクバクなってる、もう心臓の音しか聞こえない。
視界がグラリとした瞬間から僕の記憶はない。
次に目が覚めたとき、悪い夢だったのだろうかと考えたが何度もフラッシュバックするあの光景が嘘ではない事は明らかだった。
その時ふと思った。
火事の日から僕は母さんを見ていない。
再び目を覚ましたので、ナースコールを鳴らす。
看護師さんやお医者さんが来てくれて、前回と同じような対応をしてくれた。
そこで疑問に思っていた母さんの事を聞いてみた。
「あの…母は無事なんでしょうか」
その瞬間、また前回のような空気になってしまった。
「ぇ、母は無事なんですよね…なんでこんな空気に?」
ただ疑問に思ったことを口にしたその瞬間、病室の扉が大きく音を立てて開いた。
ーガラガラガラッ!!
全員の目線が扉に集中する。
そこにいたのは、髪はボサボサで化粧もしておらずクシャクシャな服を着た母さんがいた。
綺麗好きでいつも化粧やヘアスタイルも完璧な母さんがする格好ではなかった。
呆然とその光景を見ていると母さんはすごい形相でこちらへ向かってきた。
お医者さんが宥めるのも振り払い僕の目の前に来た瞬間、左頬に衝撃が走った。
ーパシンッ
「…へ ?」
左頬を叩かれたのだ。
僕は間抜けな声を出して、痛む左頬を抑えた。
ただ呆然とその光景を見ているだけだった。多くの情報を脳で処理できなかったのだと思う。
お医者さん達は必死に僕から母さんうぃ引き剥がそうとしているのが目に入った。
続けて母は僕を睨み、胸ぐらを掴んで言った。
『幸介さん(父)が死んだわ…誰のせいかわかってるの?』
『黙ってないではっきり言いなさい』
『…ねぇ、聞こえているの?聞こえているでしょう?ねぇ、ねぇねぇねぇ!!』
ーパシンッ
『返事をしなさい、聞こえてるんでしょ?!』
僕はそっと母さんを見上げた。
母さんは相変わらず僕を凄い顔で睨んでいた。
『“あなたの所為よね?!”』
僕は何も言えなかった。
考えないようにしてたんだ、自分のせいで父が死んでしまったことを。
母の言葉聞いてから僕の記憶は曖昧だ。
気づいた時には個室にお医者さんだけしか居なかった。
しかし、母がどこにいるのかをきく勇気は僕にはなかった。
お医者さんは君のせいじゃない、と無責任な言葉だけを残してまた病室を後にした。
「…僕のせいだよ、どう考えても。」
僕は小さくつぶやいた。
翌日、僕は自分の身体の説明をされた。
右目はもう視力がない状態らしい。顔に右側は火傷で爛れていて跡も残ると聞いた。
そして、瓦礫に挟まれた両足の骨は粉々になり手の施しようもない状態だったらしい。
ずっと寝たきりで気づかなかったが両足は膝下で切断されていた。
また、身体中に重度の火傷の跡があり、顔とは違い治せるが完全ではなく跡残るらしい。
そんな話を聞いても母の言葉が忘れられず、自分のことなのに怪我に対しての絶望感や悲しみは一切感じなかった。
火傷は皮膚移植をしてなんとか元の色に戻っていった。
入院してからの2週間は怪我の治療に専念し、その後にリハビリが始まった。
内容は歩くこと…ではなく、ベットから車椅子の移動だ。完全両足が無いので歩く練習なんでできるはずもない。
大怪我をしている僕だったが痛みは感じなかった。そのため言われた通りのリハビリを難なくこなすことができた。
看護師さんはそんな僕を見て痛々しい顔をしていた。なんて言葉をかけていいかわからなかったのだろう。
まぁ、余計な事を言われても毒を吐きたくなるだけなので声なんてかけなくていいが…。
それから2週間が経った頃、免疫力の低下で感染症にかかり入院が長引いてしまった。
熱が全然引かず、意識も朦朧としていた。
そんな危ない状態でも母さんは見舞いに来なかった。僕に暴言を吐いてからは病院に来てすらいなかったそう。
両親の親戚も誰も来なかった。
唯一来てくれたのは中学校の担任だったが、僕の顔を見て固まっていた。
まだ包帯をつけているのにそんな顔をするなんて、僕の顔はそんなに酷いものなのだろうか。
看護師さんやお医者さんが何も言わなかったのは慣れているからなのか?
でも、まだ僕は鏡で自分の顔を見れていない。
看護師さんは心の準備をしてからの方がいいと言っていた。
僕の心の準備はいつできるんだろう。
僕自身でもわからなかった。
それから2週間後、僕は病院を退院した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
プロローグのようなものですが、次回まで続きます。
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