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無痛
人買い
山肌に張り付いた洞窟の入り口には、藁吹きの屋根があり、そこは厨房の役目を果たしている。そこでは、石の釜戸で煮られている、何やら見た事もない様な食材の怪しげな料理が湯気を上げていた。
中国、雲南省、文山地区、龍也村。別名「誘拐販売の村」との異名を持つこの村では人口83人のうち45人が、誘拐及び、人身売買に荷担している。
石の釜戸の奥には、洞窟の入り口を板で塞ぐ形で出入り口が付いている。その薄い板の壁の向こうで二人の男が何やら話をしていた。
「おい、あいつら、何処で仕入れた」
「あいつらは北京だ、こんな田舎に日本語を話せる中国人はいないからな。」
「あの男が来ている、その二人、幾らで売るんだ」
「ひとり、十万元だ、日本人から金を受け取って来い」
男の一人が薄い板の扉を開き外に出て来た。
「これは、これは明智先生、どうぞお掛け下さい」
男は洞窟内とは打って変わった慇懃な態度で明智に粗末な椅子を差し出す。
「今回は注文通りのマルタを用意してくれたんだろうな。前の様なマルタなら、もうお前らとは取引をしないぞ」
「勿論ですとも、今回は間違いなく日本語を話せる妊婦を送っておりますとも、はい」
「良かろう、で、一人幾らだ」
「はい、今回は少々苦労しましたもので、出来れば一人につき十三万元でお引き取りいただければと」
明智は無造作にアルミ製のアタッシュケースから現金を掴み出すと男に手渡す。
「先生、これは随分と金額が多いようですが」
明智が男に手渡した札束は、ざっと見ても男の要求額の倍はある。
「それは次の手付けに渡しておく、いいか、金なら幾らでも出す、その代わり上物を仕入れろ、分かったな」
###
「日本語を勉強していてよかったねユーメェン」
「そうねジョアン。でも、本当に私達みたいな妊婦さんに、中国語の講師なんて出来るのかな」
「大丈夫よ、私たちの身元引き受けは日本の弁護士さんなんだから、私達は不法入国して身体を汚して働く女の子達とは違う。仕事の保証を弁護士さんがしてくれているんだから、絶対に大丈夫よ」
「そうだね、本当に日本語を勉強していて良かった」
ジョアンとユーメェンは、一週間だけの短期留学で日本語講師をやらないかとのスカウトを郷里の北京で受け、上海に渡り、上海浦東上空港から伊丹空港へと降りたった。予め手渡されていた電話番号に連絡すると、直ぐに迎えの車が訪れ、彼女たちはその車に乗り込んだ。
「お迎えありがとうございます、これから何処に向かうんですか」
「ようこそ日本へ、これから兵庫県の姫路駅前にある、日航ホテルに向かいます、疲れたでしょう、シートを倒して、ゆっくり御寛ぎ下さい」
運転手の男は明るい声で彼女たちをもてなした。しかしジョアンは男の少し大げさに思えるマスクが気になった。
「大きなマスクですね、日本も北京の様に空気が悪いのですか」
「ええ、この国の空気 は余り良くない、私はこの国の化学薬品の匂いが苦手でね、こんな大きなマスクを着用しているんですよ」
「そう言われてみれば」
ジョアンは室内にこれまでに嗅いだことの無いような化学薬品の匂いを感じた。ジョアンがユーメェンに視線を向けると、ユーメェンはもうスヤスヤと寝息を立てている。
「疲れたんだねユーメェン、貴方のお腹には、もう臨月の子供がいるんだものね」
そんな風にジョアンが思っていると、ジョアンにも急に眠気が襲って来る。ジョアンは遠ざかる意識の中で男を見た。ルームミラー越しに笑うでもなく、只、じっと自分たちを観察している男の目
・・・気持ち・・・悪い・・・
ジョアンの意識はそんな感情と共に睡魔の中に埋没していった。二人が眠りに落ちるのを確認すると、男は窓を全開にし、マスクを顔から剥ぎ取る。
「クソ、ひとりは妊娠初期だが、ひとりはもう臨月だ、あいつら、また騙しやがって」
ジョアンは嘔吐感を覚え、目を覚ました。ジョアンの口内には、飲み込む事は出来ないが、液体に近い流動性のある何かが詰め込まれ、猿轡が施されている。
「重い」
ジョアンは口内のそれに得体のしれない重さを感じ、そしてそれと同時に自分の四肢が拘束されている事にも気づく。口内のそれは、ジョアンが正面を向いていると、じわじわとジョアンの喉の奥に侵入して来る。それは著しい吐き気をジョアンに与えた。
「ウゲェ」
ジョアンはそれがもたらす吐き気と重量で下を向くしかなかった。すると、ジョアンの目に入って来たのは、手術台の様な台の上に拘束されているユーメェンの姿だった。ジョアンはユーメェンの足元に有る柱に、ユーメェンを見下ろす様な形で四肢を後ろに拘束されていた。ユーメェンの傍には、パイプ椅子に腰を降ろしている男が、執拗に爪を噛んでいる。
「ユーメェン!」
ジョアンの声にならない呻きが、靜とした室内に響き、男がジョアンの方に振り返る。
「なんだ、もう目が覚めたのか、もう少し寝ていればいいものを」
その男は車で彼女らを迎えに来たあの運転手だった。男はジョアンの髪を引き、ジョアンの顔を乱暴に天井に向ける。するとジョアンの喉にはあの得体の知れないものが侵入して、我慢できない嘔吐感がジョアンを襲う。
「ふふふ、お前の口内にはな、鉛の細かい粉末にオイルを加え、それを非常に伸縮性が高く強度に優れたシリコンに包んで押し込んである。どうだ、顔を上げると、それがドロドロと喉に流れ込んで苦しいだろう。しかし我慢しろ、それは明日からの施術に重要な処置だ」
ジョアンは喉の苦しさと、金属粉の重量で気を失いそうだった。
「明智君、準備はどうだい」
ジョアンが見たその扉は、まるで銀行の金庫室の様に分厚い鉄の扉だった。潜水艦のハッチのごときネジ式の取っ手を回し、扉を開いた男は、白い術着に身を固めている。
「先生、申し訳ありません、送られてきたマルタのひとりが、この様な・・・」
「うむ、明智君、大丈夫です。実験に支障はありません。気に病む必要はありませんよ」
明智は、ユーメェンを覆っている薄く白い布きれを取り払う。彼女の皮膚は、黄色人種でありながら、絹の様に白かった。
「明智君、いい検体じゃないですか、これは、臨月だね」
宮崎はユーメェンが臨月である事を知ると、にこりと明智に微笑む。
「差支えありませんか、先生」
「勿論ですよ、実験としては価値がある、臨月の胎児のデータはまだありませんからね」
そう言うと、今度宮崎はジョアンの方に目を向ける。
「あのマルタは、妊娠初期ですか」
「ええ、二人とも年齢は二十代、日本語が話せます」
宮崎はジョアンに近づきながらまたにこりと微笑む。
「そうですか、それは良かった。僕は明智君の様に語学に堪能ではないから、検体の生の感情が理解出来なくてね、明智君、彼 女たちが、母国語を使わないように躾けて下さい」
「承知しました」
明智は、乗馬で使用される一本鞭と呼ばれる鞭を手に持ち、それでジョアンに数回、鞭を入れる。
「グゥッ、ガハッ」
「ジョアン、先生の言葉は理解できたな、金輪際、母国語は使うな、使うとこうなる」
ビシッ!
「ギャッ」
明智はそう言うと、またひとつ、ジョアンに鞭を入れた。
「分かったのかジョアン」
ジョアンは明智の問いかけに震えながら頷いた。
「よし、それでは先生、そろそろ、ユーメェンを覚醒させますか」
「そうですね、始めましょう」
宮崎は亜硝酸●タンをコットンに染み込ませると、ユーメェンにその揮発成分を嗅がせる。時間にして三十秒程で弾かれた様にユーメェンは目を覚ました。
「こ、ここは・・・」
薬品の影響でユーメェンの心臓は張り裂けんばかりに鼓動が高まり、その眼球は充血していた。その血走る目でユーメェンは室内の様子に目を向ける。その部屋は三十?四方の黒い岩石、おそらくは溶岩か何かの岩石を積み上げた壁に被われていて、丁度、中世の地下牢の様な感じになっている。しかし、ユーメェンを取り巻く医療器機は最先端を思わせるものばかりで、ここは手術室と云うよりは、寧ろ科学の実験室に近いのかもしれない。ユーミェンの左脇には、メスや剪刀、持針器、鉗子などの手術道具がずらりと並び、男が手術用手袋を着用している。そして左脇にはもう一人の男が、機器に接続するためのカテーテルの準備していた。ユーメェンは今度は天井に目を向ける。煌々と照りつけるライトの光がユーメィンの正気に突き刺さり、亜硝酸●タンの効き目が切れると、彼女の正気は、途端に恐怖を取り戻した。
「ユーメェン」
ユーメェンはその声のする方に首を上げる。
見 るとそこには、羽交い絞めに拘束されたジョアンの姿があった。ユーメィンの恐怖は、不可解なこの状況に益々膨らみ、その恐怖は、彼女の悲鳴と共に爆発した。
「い、いやぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁー」
「先生、準備が整いました」
「ありがとう明智君、後は私がやります」
明智が頷き再びパイプ椅子に腰を降ろすと、宮崎の執刀が始まる。
「貴女は臨月だ、つまり、時間が無い、少し厳しいですよ、覚悟してください」
宮崎はユーメェンにそう告げると、いきなり麻酔もなしに施術を開始した。
「ぎぃやぁぁぁぁあぁぁぁ」
ユーメェンの鳩尾辺りに宮崎が揮うメスが入ると、ユーメェンの悲鳴が室内に響く。
「痛いですか、羨ましい」
宮崎は、彼の左脇に設置されている台にメスを置くと、其処に並んでいる、あるモノを手にする。それは綺麗に一列に並べられた数百にも及ぶ注射針だった。宮崎はその中の一本を手に持ち、それの先端を見つめる。
「私にもね、少しだけ、貴女の痛みに似た感覚を覚える場所がある」
そう言うと、宮崎は躊躇うことなくその針先を自分の右のこめかみに突き刺した。
「うふふ、さーて、これでおあいこだ」
宮崎は再びメスを握り施術を再開する。
「ぎゃあぁぁ、やめて、ください、たすけて」
ユーメェンの悲鳴が響く度、並べられた針が宮崎の頭に突き刺さっていく。
「うふふ、駄目だよ、そんなに声を上げたら折角の 痛みがだいなしだ、君、痛みはね、怖がるものじゃない、もっと味わって、楽しまないと」
やがて宮崎の頭には、それは頭髪の様にして針が並び、彼は恍惚の表情で明智に指図をする。
「明智君、ポンプを回してくれ、キメラの注入を開始する」
宮崎の施術により、ユーメェンの身体には至る所にカテーテルが取り付けられていた。
「やめて、ください、たすけて、ください」
ユーメェンが片言の日本語で宮崎に懇願する。
「助ける、少し語弊があるな、助けられているのは私たちの方だ、これは大切な実験なのだよユーメェン」
ユーメェンが声のする方に首を向けると、すると新たに一人の男がそこに立っていた。
「あ、これは、父上様」
「勤勉だな、学」
「は、ありがとうございます」
宮崎は石井に敬礼をひとつすると、ユーメェンに取り付けられているカテーテルの逆流防止弁を次々に開いていく。
「うがぁぁ、た、たすけて、わたし、こども、いる、たすけて、こどもだけでも、たすけて、わたし、なんでもする」
宮崎は機器を操作し、流入速度を更に上げて行く。
「うごぉぉぉぉ、あがぁぁぁ」
悲鳴を上げるユーメェンの頭上から石井が声を掛ける。
「ユーメェン、子供を助けたいなら、気をしっかり持て。もし貴様が最後まで頑張れば、産まれた子供は必ず助けてやる」
「うがぁぁあぁぁぁ、くるしい、たすけて、おねがい、たすけて」
石井はパイプ椅子から起立し、直立で石井の動向を見守 る明智に目をやる。
「慶介、産まれた子供は長期の検体として観察の対象とする、貴様、適当に計らえ」
「は、畏まりました、石井教授」
石井が部屋を出て行くと、宮崎は諸々の資料検出準備を整える。
「明智君、この検体はこれでいい、そちらの検体については明日からキメラの接種を実施します」
「ユーメェンは最後までもちますかね、先生」
「臨月ですからね、私にも予測はできない。キメラの急激な接種は遺伝子そのものを破壊する可能性がありますから」
宮崎は全頭の針を引き抜きながら明智に説明を続ける。
「これまでのキメラについては、概念として細菌兵器と同じでした。しかし、今回からのキメラは改良された長期攻撃型です、中身は蓋を開けてみないとわからない。まぁ、しかし、実際はそんな研究結果より、私が知りたいのは、本物の痛みです。父上様には悪いけれど」
「同感です。早く先生のそれを鑑賞したい」
「もうすぐですよ、明智君」
中国、雲南省、文山地区、龍也村。別名「誘拐販売の村」との異名を持つこの村では人口83人のうち45人が、誘拐及び、人身売買に荷担している。
石の釜戸の奥には、洞窟の入り口を板で塞ぐ形で出入り口が付いている。その薄い板の壁の向こうで二人の男が何やら話をしていた。
「おい、あいつら、何処で仕入れた」
「あいつらは北京だ、こんな田舎に日本語を話せる中国人はいないからな。」
「あの男が来ている、その二人、幾らで売るんだ」
「ひとり、十万元だ、日本人から金を受け取って来い」
男の一人が薄い板の扉を開き外に出て来た。
「これは、これは明智先生、どうぞお掛け下さい」
男は洞窟内とは打って変わった慇懃な態度で明智に粗末な椅子を差し出す。
「今回は注文通りのマルタを用意してくれたんだろうな。前の様なマルタなら、もうお前らとは取引をしないぞ」
「勿論ですとも、今回は間違いなく日本語を話せる妊婦を送っておりますとも、はい」
「良かろう、で、一人幾らだ」
「はい、今回は少々苦労しましたもので、出来れば一人につき十三万元でお引き取りいただければと」
明智は無造作にアルミ製のアタッシュケースから現金を掴み出すと男に手渡す。
「先生、これは随分と金額が多いようですが」
明智が男に手渡した札束は、ざっと見ても男の要求額の倍はある。
「それは次の手付けに渡しておく、いいか、金なら幾らでも出す、その代わり上物を仕入れろ、分かったな」
###
「日本語を勉強していてよかったねユーメェン」
「そうねジョアン。でも、本当に私達みたいな妊婦さんに、中国語の講師なんて出来るのかな」
「大丈夫よ、私たちの身元引き受けは日本の弁護士さんなんだから、私達は不法入国して身体を汚して働く女の子達とは違う。仕事の保証を弁護士さんがしてくれているんだから、絶対に大丈夫よ」
「そうだね、本当に日本語を勉強していて良かった」
ジョアンとユーメェンは、一週間だけの短期留学で日本語講師をやらないかとのスカウトを郷里の北京で受け、上海に渡り、上海浦東上空港から伊丹空港へと降りたった。予め手渡されていた電話番号に連絡すると、直ぐに迎えの車が訪れ、彼女たちはその車に乗り込んだ。
「お迎えありがとうございます、これから何処に向かうんですか」
「ようこそ日本へ、これから兵庫県の姫路駅前にある、日航ホテルに向かいます、疲れたでしょう、シートを倒して、ゆっくり御寛ぎ下さい」
運転手の男は明るい声で彼女たちをもてなした。しかしジョアンは男の少し大げさに思えるマスクが気になった。
「大きなマスクですね、日本も北京の様に空気が悪いのですか」
「ええ、この国の空気 は余り良くない、私はこの国の化学薬品の匂いが苦手でね、こんな大きなマスクを着用しているんですよ」
「そう言われてみれば」
ジョアンは室内にこれまでに嗅いだことの無いような化学薬品の匂いを感じた。ジョアンがユーメェンに視線を向けると、ユーメェンはもうスヤスヤと寝息を立てている。
「疲れたんだねユーメェン、貴方のお腹には、もう臨月の子供がいるんだものね」
そんな風にジョアンが思っていると、ジョアンにも急に眠気が襲って来る。ジョアンは遠ざかる意識の中で男を見た。ルームミラー越しに笑うでもなく、只、じっと自分たちを観察している男の目
・・・気持ち・・・悪い・・・
ジョアンの意識はそんな感情と共に睡魔の中に埋没していった。二人が眠りに落ちるのを確認すると、男は窓を全開にし、マスクを顔から剥ぎ取る。
「クソ、ひとりは妊娠初期だが、ひとりはもう臨月だ、あいつら、また騙しやがって」
ジョアンは嘔吐感を覚え、目を覚ました。ジョアンの口内には、飲み込む事は出来ないが、液体に近い流動性のある何かが詰め込まれ、猿轡が施されている。
「重い」
ジョアンは口内のそれに得体のしれない重さを感じ、そしてそれと同時に自分の四肢が拘束されている事にも気づく。口内のそれは、ジョアンが正面を向いていると、じわじわとジョアンの喉の奥に侵入して来る。それは著しい吐き気をジョアンに与えた。
「ウゲェ」
ジョアンはそれがもたらす吐き気と重量で下を向くしかなかった。すると、ジョアンの目に入って来たのは、手術台の様な台の上に拘束されているユーメェンの姿だった。ジョアンはユーメェンの足元に有る柱に、ユーメェンを見下ろす様な形で四肢を後ろに拘束されていた。ユーメェンの傍には、パイプ椅子に腰を降ろしている男が、執拗に爪を噛んでいる。
「ユーメェン!」
ジョアンの声にならない呻きが、靜とした室内に響き、男がジョアンの方に振り返る。
「なんだ、もう目が覚めたのか、もう少し寝ていればいいものを」
その男は車で彼女らを迎えに来たあの運転手だった。男はジョアンの髪を引き、ジョアンの顔を乱暴に天井に向ける。するとジョアンの喉にはあの得体の知れないものが侵入して、我慢できない嘔吐感がジョアンを襲う。
「ふふふ、お前の口内にはな、鉛の細かい粉末にオイルを加え、それを非常に伸縮性が高く強度に優れたシリコンに包んで押し込んである。どうだ、顔を上げると、それがドロドロと喉に流れ込んで苦しいだろう。しかし我慢しろ、それは明日からの施術に重要な処置だ」
ジョアンは喉の苦しさと、金属粉の重量で気を失いそうだった。
「明智君、準備はどうだい」
ジョアンが見たその扉は、まるで銀行の金庫室の様に分厚い鉄の扉だった。潜水艦のハッチのごときネジ式の取っ手を回し、扉を開いた男は、白い術着に身を固めている。
「先生、申し訳ありません、送られてきたマルタのひとりが、この様な・・・」
「うむ、明智君、大丈夫です。実験に支障はありません。気に病む必要はありませんよ」
明智は、ユーメェンを覆っている薄く白い布きれを取り払う。彼女の皮膚は、黄色人種でありながら、絹の様に白かった。
「明智君、いい検体じゃないですか、これは、臨月だね」
宮崎はユーメェンが臨月である事を知ると、にこりと明智に微笑む。
「差支えありませんか、先生」
「勿論ですよ、実験としては価値がある、臨月の胎児のデータはまだありませんからね」
そう言うと、今度宮崎はジョアンの方に目を向ける。
「あのマルタは、妊娠初期ですか」
「ええ、二人とも年齢は二十代、日本語が話せます」
宮崎はジョアンに近づきながらまたにこりと微笑む。
「そうですか、それは良かった。僕は明智君の様に語学に堪能ではないから、検体の生の感情が理解出来なくてね、明智君、彼 女たちが、母国語を使わないように躾けて下さい」
「承知しました」
明智は、乗馬で使用される一本鞭と呼ばれる鞭を手に持ち、それでジョアンに数回、鞭を入れる。
「グゥッ、ガハッ」
「ジョアン、先生の言葉は理解できたな、金輪際、母国語は使うな、使うとこうなる」
ビシッ!
「ギャッ」
明智はそう言うと、またひとつ、ジョアンに鞭を入れた。
「分かったのかジョアン」
ジョアンは明智の問いかけに震えながら頷いた。
「よし、それでは先生、そろそろ、ユーメェンを覚醒させますか」
「そうですね、始めましょう」
宮崎は亜硝酸●タンをコットンに染み込ませると、ユーメェンにその揮発成分を嗅がせる。時間にして三十秒程で弾かれた様にユーメェンは目を覚ました。
「こ、ここは・・・」
薬品の影響でユーメェンの心臓は張り裂けんばかりに鼓動が高まり、その眼球は充血していた。その血走る目でユーメェンは室内の様子に目を向ける。その部屋は三十?四方の黒い岩石、おそらくは溶岩か何かの岩石を積み上げた壁に被われていて、丁度、中世の地下牢の様な感じになっている。しかし、ユーメェンを取り巻く医療器機は最先端を思わせるものばかりで、ここは手術室と云うよりは、寧ろ科学の実験室に近いのかもしれない。ユーミェンの左脇には、メスや剪刀、持針器、鉗子などの手術道具がずらりと並び、男が手術用手袋を着用している。そして左脇にはもう一人の男が、機器に接続するためのカテーテルの準備していた。ユーメェンは今度は天井に目を向ける。煌々と照りつけるライトの光がユーメィンの正気に突き刺さり、亜硝酸●タンの効き目が切れると、彼女の正気は、途端に恐怖を取り戻した。
「ユーメェン」
ユーメェンはその声のする方に首を上げる。
見 るとそこには、羽交い絞めに拘束されたジョアンの姿があった。ユーメィンの恐怖は、不可解なこの状況に益々膨らみ、その恐怖は、彼女の悲鳴と共に爆発した。
「い、いやぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁー」
「先生、準備が整いました」
「ありがとう明智君、後は私がやります」
明智が頷き再びパイプ椅子に腰を降ろすと、宮崎の執刀が始まる。
「貴女は臨月だ、つまり、時間が無い、少し厳しいですよ、覚悟してください」
宮崎はユーメェンにそう告げると、いきなり麻酔もなしに施術を開始した。
「ぎぃやぁぁぁぁあぁぁぁ」
ユーメェンの鳩尾辺りに宮崎が揮うメスが入ると、ユーメェンの悲鳴が室内に響く。
「痛いですか、羨ましい」
宮崎は、彼の左脇に設置されている台にメスを置くと、其処に並んでいる、あるモノを手にする。それは綺麗に一列に並べられた数百にも及ぶ注射針だった。宮崎はその中の一本を手に持ち、それの先端を見つめる。
「私にもね、少しだけ、貴女の痛みに似た感覚を覚える場所がある」
そう言うと、宮崎は躊躇うことなくその針先を自分の右のこめかみに突き刺した。
「うふふ、さーて、これでおあいこだ」
宮崎は再びメスを握り施術を再開する。
「ぎゃあぁぁ、やめて、ください、たすけて」
ユーメェンの悲鳴が響く度、並べられた針が宮崎の頭に突き刺さっていく。
「うふふ、駄目だよ、そんなに声を上げたら折角の 痛みがだいなしだ、君、痛みはね、怖がるものじゃない、もっと味わって、楽しまないと」
やがて宮崎の頭には、それは頭髪の様にして針が並び、彼は恍惚の表情で明智に指図をする。
「明智君、ポンプを回してくれ、キメラの注入を開始する」
宮崎の施術により、ユーメェンの身体には至る所にカテーテルが取り付けられていた。
「やめて、ください、たすけて、ください」
ユーメェンが片言の日本語で宮崎に懇願する。
「助ける、少し語弊があるな、助けられているのは私たちの方だ、これは大切な実験なのだよユーメェン」
ユーメェンが声のする方に首を向けると、すると新たに一人の男がそこに立っていた。
「あ、これは、父上様」
「勤勉だな、学」
「は、ありがとうございます」
宮崎は石井に敬礼をひとつすると、ユーメェンに取り付けられているカテーテルの逆流防止弁を次々に開いていく。
「うがぁぁ、た、たすけて、わたし、こども、いる、たすけて、こどもだけでも、たすけて、わたし、なんでもする」
宮崎は機器を操作し、流入速度を更に上げて行く。
「うごぉぉぉぉ、あがぁぁぁ」
悲鳴を上げるユーメェンの頭上から石井が声を掛ける。
「ユーメェン、子供を助けたいなら、気をしっかり持て。もし貴様が最後まで頑張れば、産まれた子供は必ず助けてやる」
「うがぁぁあぁぁぁ、くるしい、たすけて、おねがい、たすけて」
石井はパイプ椅子から起立し、直立で石井の動向を見守 る明智に目をやる。
「慶介、産まれた子供は長期の検体として観察の対象とする、貴様、適当に計らえ」
「は、畏まりました、石井教授」
石井が部屋を出て行くと、宮崎は諸々の資料検出準備を整える。
「明智君、この検体はこれでいい、そちらの検体については明日からキメラの接種を実施します」
「ユーメェンは最後までもちますかね、先生」
「臨月ですからね、私にも予測はできない。キメラの急激な接種は遺伝子そのものを破壊する可能性がありますから」
宮崎は全頭の針を引き抜きながら明智に説明を続ける。
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出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
近づいてはならぬ、敬して去るべし
句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら……
近づいてはいけない。
敬して去るべし。
山を降りろ。
六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。
28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。
田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。
大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。
会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中したほどだった。
失業後、ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。
「名付け得ぬ神」。
東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。
コウイチは訪ねてみることにする。
道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——
深い山中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。
不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。
日本の中心地・東京。そこからわずかにはずれた山の中に潜む秘密をめぐる奇譚。