幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian

文字の大きさ
20 / 26
番外編

番外編01.すれ違うにもほどがある

「おやすみ、アイリス。良い夢を」

アイリスを抱きしめ額にキスをすると、ルシフェルは、まだ仕事が残っているから、と寝室を出て行った。

結婚式から3ヶ月。朝晩の食事は一緒に摂るし、毎日王宮の庭園を散歩したり、テラスでお茶を楽しんだりと、仲睦まじさを存分に見せつけているふたりなのだが。

(まただわ。今夜もルシフェル様は、床を共にしてくださらなかった……)

初めの頃は、披露式やら外遊やらと行事も多く、疲れているのだろうと思っていた。けれどその後も、アイリスが眠り込んだ後に寝室へやってきたり、執務室に泊まり込んだりと、結局いまだに初夜を迎えられていないのだ。

その夜もアイリスは、不安な心を抱えたまま、悶々とした気分で寝室に取り残されたのだった。



「ふう、危なかった……」

その頃、王太子の執務室では、ルシフェルがひとり熱を吐き出すように、ため息をついていた。

アイリスのネグリジェ姿、あれは反則だ。思わず押し倒してしまいそうになる。

いや、夫婦なんだからいいだろう、と、何度思ったことか。けれど、それだけは絶対にダメだ、と自分に言い聞かせている。

(だって……)

(だってアイリスは、初めてなんだぞ?!)

初めての時は、最高の環境を作ってあげるべきだ、と彼は思っている。こんな執務で疲れた夜じゃなく、緑の森でデートして、その後は星空の下、ワイングラスを傾けて。

彼女を思えばこそなのだが、それがアイリスを苦しめているとは、夢にも思わない王太子だった。




それから数日後。

アイリスは、王太子の仕事を手伝うことにした。負担が減ったら夜の時間も取ってくれるかも、とは、とても口に出せないが。

(優秀な方ではあるが、まだ初日だ。我らの10分の1でも終われば…)

そう思っていた書記官たちは、舌を巻くことになる。

「えっ、午前中だけで、この量を?」

「この書状を解読なさったのですか?!イスタル語で書かれたものですのに!」

商会長夫人として、アイリスは社交だけをしていたわけではない。元夫が地味な仕事を嫌うから、夫宛に届く書状を仕分けし返事をしたため、時には外国からの客の接待もする。

商会の繁栄はアイリスあってこそのものだったのだということを、書記官たちは痛感した。

どんな問いにも的確に、それでいてけしてひけらかすことなく答える王太子妃に、書記官たちはすっかり魅了されてしまったのだった。


「ありがとう、アイリス。君の優秀さは知っていたけど、予想以上だったよ。こんなに早く仕事が片付いたのは初めてだ」

その夜、ふたりだけの晩餐で、ルシフェルは満足げに微笑んだ。

「美しい上に、優秀だなんて。君って本当に罪な存在だよ」

「そんな…。私にできることならなんでも致しますわ」

もしかしたら、今夜こそ。

「あの、殿下……」

勇気を振り絞って声を上げたアイリスだったが。

「おかげで、時間が取れなくて進められなかった件に、とりかかれるよ。本当にありがとう」

(……え?)

今夜は打ち合わせで遅くなるよ、と優しく告げると、ルシフェルはいつものように額に口付けて、食卓を後にしたのだった。

(危ない、危ない。今夜のアイリスは一段と輝いていて、いっしょにいたらとても触れずにはいられないよ)




私がいけないのかしら……。
仕事を手伝ったところで、堅苦しい女だと思われただけ?

『堅苦しい』という言葉が浮かんだ時、アイリスは心に重い楔を打ち込まれたような気分になった。

それは、元夫に言われ続けた、心無い言葉。

あの男が、わざわざ例の離縁届に書き記していたことが、否が応でも思い出される。アイリスの自尊心を打ち砕くため、そして、たかだかフローラのご機嫌をとりたいがために書いたこと。

“ロイ・アバンドールとアイリス・アバンドールには、夫婦関係はいっさいなかった”
ーーいわゆる、『白い結婚』だ、と。

宣言どおり、一度として元夫は、アイリスと共寝することはなかった。

「ルシフェルも…」

私を堅苦しい、つまらない女だと思った?

そう呟いて、そんなはずはない、と思い直す。

(あの人はそんな人じゃない。私たちは幼馴染だけれど、夫婦としてはお互いを知らなさすぎるわ)

話をしよう。
そう心に決めたアイリスだが、不安は拭えないままだった。


感想 11

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!

佐藤 美奈
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」 突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。 アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。 アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。 二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑) ※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪

なぜ、虐げてはいけないのですか?

碧井 汐桜香
恋愛
男爵令嬢を虐げた罪で、婚約者である第一王子に投獄された公爵令嬢。 処刑前日の彼女の獄中記。 そして、それぞれ関係者目線のお話

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。