15 / 19
贖罪と現実、
15
しおりを挟む♯
近付いて来る人の気配にふと意識が戻る。辺りは暗くて、もう夜かと思ったが違った。瞼が下りたままだからだ。体は重くて、まるで誰かに押さえ付けられているみたいだった。
「……ナル」
側に立つ誰かが俺を呼ぶ。伸びてきた冷たい手が、頬を撫でた。指先、固くなった指の腹でそのまま髪を梳かれる。目を閉じたままなのに、それが誰なのかわかる。
(――奈義)
突然、胸の奥で熱い何かが込み上げて来て、俺は泣き出したくなった。
これが現実なら、早く目を開けて、奈義に謝らなければ。
(奈義、俺……ごめん)
こうなったのも俺が全部悪い。ジゼルだって、まだ辞めたくない。解散は取り消そう。俺が、俺が奈義を勝手に好きになって勝手にいっぱいいっぱいになって焦って自滅して、奈義を傷付けたんだ。
(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん――)
自分の体なのに、どうしてこういう時は言うことを利かないんだろう。意識はあるのに、なんで体は、動かないんだろう。もどかしくて、今ほど焦れったいと思うことはなかった。
優しく髪を撫でる奈義の手が、そっと離れていく。
(――待って!)
眉間に力を入れて、無理矢理瞼を持ち上げる。人工的な光が網膜を焼く。残像。映し出す人影。光に慣れない視界はちかちかと白む。呪縛が突然解けたみたいに、あれだけ重かった体がすんなりと起き上がった。
去って行く腕にすがりつく。
「……ナル?」
何が起きたのかわからないというように、驚いた奈義の顔が見えた。また、目の下のクマが濃くなっている。
「お前、寝てたんじゃ――なかったのか」
看護士が消してくれたのか、部屋には常備灯がついているだけだった。そんな薄明かりではお互いの表情はそれほどはっきり見えない。点滴が外れているのを確認して、俺はベッドから降りて壁際のスイッチを押した。虫が羽ばたくような音の後に、人工的な光が部屋を照らした。
「……よかった」
まだ頭がくらくらしているが、奈義の姿が目の前にあることに俺は安堵する。
「ナル?」
「よかった、夢じゃなくて。本物の、奈義、だよな……」
確かめるように俺は奈義の手を取り、それから顔を上げる。戸惑ったままだったが、奈義は俺を振り払う素振りもしないで、じっとしていてくれた。
「――起こさないように帰ろうと思ってたんだが、失敗したな」
「なんだよ、俺が眠ってた二日間はずっと俺の側にいてくれたくせに」
「……菅元か、ばらしたのは?」
「どうでもいいことだよ。ねえ、なんで帰ろうとしたの?」
「――俺はお前に合わせる顔がない」
そう言い放つと奈義はやんわりと俺を押しやり、手を離す。
「ごめん」
「なんてお前が謝るんだ。謝らなきゃならないのは俺なんだぞ? カッとなったとはいえ……殺人未遂だからな……。本来ならとっくに牢屋に放り込まれてるはずなんだ」
「なんで? 俺は、死んでないし、それに殺してって言ったのは俺の方だし、奈義は、悪くないのに……」
「俺を赦すなよ、ナル」
ヒヤリとした声だった。感情を殺して、刃物のようによく研がれた言葉のように感じられた。何度も何度も、奈義は自分を責めたに違いなかった。
「俺を赦すな。……それから、歌を諦めるな。お前はいいものを持ってるんだから、絶対にジゼルを解散しても歌は続けた方がいい」
やっぱり、奈義は俺と離れる気なんだ。社長の口から奈義がジゼルを解散したいと言っていることを聞いた時とは、明らかに違う戸惑いが俺の中にあった。
「……やだよ!」
奈義の眉間に皺が寄る。困ったものでも見るような視線に、俺は引き下がるわけにはいかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる