ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第27話 凍て付かせる者

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「お疲れ様です」
「おお、お疲れ様~」
「お疲れ様っす……」
「お疲れ様なのです!」



 放課後の時間、リーシャとスノウは鞄を抱えて体育館にやってきた。これよりは課外活動、曲芸体操部の時間である。



「ねえリーシャ、いきなりで悪いんだけど、今更衣室は……」
「いいです。行ってきます」
「そんな……止めといた方がいいって」
「いえ、彼女達にはどうしても立ち向かわなければいけないので」
「……強いなあ」
 

 リーシャは声をかけた生徒に一礼すると更衣室に向かった。




「……」
「あう……」


 更衣室の前には生徒の忠告通り、壁が立ち塞がっていた。


「……あの、更衣室に入れないんですけど」



 リーシャははっきりと、更衣室の入り口に群がっている生徒達に伝える。



「……はぁ?」


 次々と棘のように鋭い視線がリーシャに突き刺さる。その生徒達のほとんどが髪を盛り、大量の装飾品で着飾っていた。




「あらあら? わたくしに命令する愚か者がいると思ったら、あなたでしたの」



 生徒達は突然脇に避け、そこを通って一人の女生徒が歩いてくる。カトリーヌだった。



「カトリーヌ様!」
「聞いてください、この汚らわしい豚が我々の邪魔を!」
「なるほど……」


 カトリーヌは持っていた扇で仰ぎ、リーシャをぎろりと見据える。


「貴女は相変わらず目の上の瘤になるようなことしかしないわね……」
「私は着替えたいだけです。そこから移動してください」
「そんな頼み方じゃあねえ……まあ頼まれたとしても動きませんけど?」

「そうよ。どうして高潔な貴族の娘が貴女のような貧民なんかの命令を受けないといけないのよ」
「貧民は貧民らしくその辺で着替えて醜態を晒していれば?」



 反論できない様子のリーシャを見てカトリーヌはねっとりとした笑みを受かべる。



「そうねえ……貴女がどうしても、どうしてもって言うなら……それ相応の頼み方をしてもらいましょうか?」
「……」


「『偉大なるディアス家の令嬢様に、下賤なる貧民がお頼み申し上げます。どうか卑賎なる私のために、その道を空けてくださいませ』。しっかりと、足と頭をつけてね?」
「貴様には私の靴を舐めてもらうぞ、小童」
「ひゃうっ!」


 フレイアがカトリーヌの中から現れ、スノウを鷲掴みにする。



「……偉大なるディアス家の令嬢様に、下賤なる貧民がお頼み申し上げます。どうか卑賎なる私のために、その道を空けてくださいませ」



 土下座をしたリーシャが最後の言葉を言い終えた瞬間、カトリーヌがその頭を踏み付けた。



「ほっほっほ、おーっほっほっほっほっ! いいわねえ、すごくお似合い! 貴女みたいな下種者には! 地面を舐めているのがすごくお似合いだわっ!」
「……ぐぅっ……」

「ああ、その通りだ我が主君よ! こいつは、花園に、存在してはならない雑草なのだから――!」
「もぐう……!」


 フレイアは自分の靴に暴れるスノウを押し当て、恍惚に溺れていた。




「はいはい! ストップストップ!」


 そこに数人の生徒を連れて大柄な女性がやってきた。


「一年生達、今は課外活動の時間! お話は止めて着替えてきて頂戴!」
「話があるなら先輩達がゆ~っくりと聞くよ~?」
「……っ! 誰が命令など……!」


 女性の手から土弾が放たれ、壁に衝突する。


「次は確実に当てるよ。そしてその高そうなアクセサリーを泥まみれにしてやる」
「くっ……」



 その言葉が効いたのか、カトリーヌとフレイアは静かに足と手を離す。



「……いいですわ。皆様参りましょうか」


 カトリーヌは話をしていた女子生徒達と共に更衣室の奥に消えた。




「リーシャちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈、夫……」
「大丈夫じゃないじゃん!」
「ずっと首を押さえ付けられていたからね。頭がくらんだんだろう。誰か冷やしたタオル持ってきて」


 リーシャは女性と共に壁際に寄って座る。スノウも生徒の一人に抱きかかえられリーシャの隣に座った。


「ハンナ先生、その……」
「ごめんねリーシャちゃん。私がドワーフと人間の混血でなければ、あの子達にもズバっと言ってやれるんだけどねえ……」
「マジで態度悪すぎますよ今年の一年!」


 生徒が冷やしたタオルを持って駆け寄り、リーシャの首にかける。


「先生、もう強制退部にしましょうよ。このままじゃ活動が持ちません」
「だけどあの子達はねえ……貴族の子だからねえ……」
「貴族なら課外活動もめちゃくちゃにしてもいいんですか!?」
「口ではそう言えるんだけどね。だがもしあの子達の気に触れれば、最悪首が飛ぶ。私もさっきはひやひやしたさ……」


 ハンナは表情を曇らせていた。彼女に文句を付けた生徒は、もっと表情を曇らせている。



「はぁ……また昔のように戻らないかな……」


 スノウに魔力を込めた水を飲ませながら、生徒の一人が呟いた。




 曲芸体操。それは乙女達が織り成す台上演舞。

 演劇と違って役者は一切言葉を用いらない。代わりに旋律に乗せて身体を自在に動かし、雄弁に物語を綴る。

 そこに言葉は必要なく、人体の曲線美のみが全てを物語る。魔術や道具に影響され、人を魅了する曲芸として発展した芸術ではあるが、結局それらは舞姫を引き立たせるだけの小道具にしか過ぎない。一流にもなれば、己の肉体のみであらゆる美を体現する。



 乙女達が美しさを求めて己を磨く花園。だが一歩踏み入れば、待ち受けているのは――




「ふぅー……ふぅー……」
「ふれーふれーなのです!」


 レオタードに着替えたリーシャは、マットの上で長座体前屈をしていた。その隣でスノウが手を振って応援している。


「いいぞリーシャ。もっと息を吐き出して」


 先輩生徒が背中を押しながら声をかけていく。



 そんな練習が約数十分行われた。



「よーし、ちょっと休憩だ」
「うーん……」
「おつかれさまなのです!」


 生徒が手を離し、リーシャは少しずつ身体を起き上がらせる。


「入部した時よりはいくらかマシになってきたね。でもまだまだだよ」
「うええ……もう筋肉が痛いです……」
「最終的には立っている状態から足を百八十度開いて地面に着けるようにするんだから。君も雪華楽舞団キルティウムの演舞は見たことあるだろう?」
「……はい」


「この活動の目標はあれレベルまで頑張ってみることだから。そのためには基礎をしっかりとしないとね」
雪華楽舞団キルティウムかぁ……」



 数秒程目を閉じ、回想に耽る。


 幼い頃に目に焼き付いた光景が浮かぶ。



「……わかりました。私、頑張ります」
「その意気だ。まあ色々あるだろうけど……私達もできるだけ手伝うから」


 生徒は水筒を持って立ち上がり、体育館の奥の方に向かっていった。


「じゃあ私は自分の練習に行くからねー」
「ありがとうございます。またお願いします」



 生徒を見送った後、リーシャも水筒に手を伸ばす。



「私達はまだまだこれから。頑張ろうね、スノウ」
「はいなのです!」


 マットに腰を下ろしたまま、リーシャはスノウを撫でながら水筒に口を付ける――




「……っ! ごほっ、ごほぉっ……」


 水筒の水を口にした途端、リーシャはむせて、中身を吐き出した。




「……」
「ああ……あうう……」


 足元を見ると、そこには水と土砂が吐き出されていた。


「……ああ」
「ひやっ……!」


 リーシャが耳を澄ますと遠くから高笑いが聞こえてくる。




 それはだんだんと近くなり、


 遂にリーシャの眼前までやってきた。




「あははっ、あはははははっ、あーっはっはっはっはっはっっっ! 面白い、本当に面白いですわ! 中身をよく確認せずに飲むんですもの!」


 カトリーヌはリーシャを見下し、目元に雫を浮かべて大声で笑っている。他の女生徒も続々とやってきて、リーシャに持ちうる限りの罵声を浴びせてきた。


「ねえ? 今どのようなお気持ちですの? 悔しい? 苦しい? どうして私ばっかり? そんなの貴女がわたくしと同じ使節生だからですわ!」


 カトリーヌは憤怒の色を浮かべてリーシャを蹴り飛ばす。太腿に当たった。態勢は変わっていないが、痺れるような感覚がじんわり広がっていき、かなり堪える。


「わかりません。全くわかりませんわ。何故女王陛下は貴女のようなを使節生に選びましたの? 貴女がわたくし達貴族と同類とでもいうの?」


 彼女の言葉は次第に苛立ちを含んだものに変わっていく。


「いい機会ですわ! まだわたくしの視界をうろつく溝鼠に、世の摂理というものを教えて差し上げますわ――」



 そう言うと、フレイアから渡された杖を掲げて――



円舞曲は今此処に、サレヴィア・残虐たる氷の神よカルシクル――!」





 氷が渦を巻き、杖先に集まり氷塊と化した瞬間。



「そこまでだ」



 時が凍った。





 体育館にいた誰もがその声に疑問を抱いた。崇高なる貴族の詠唱を遮る、清く澄んだ声に。氷の魔法よりも遥かに冷たい、身を包むような冷気に。


 だが、誰もそれを言葉にできない。




 カツン、カツンと、靴が床を踏み締める音だけが響く。体育館に入り、真っ直ぐと進んでいくその人物は、先程の声の主と同一であると誰もが確信した。


 煌めく銀色の髪に、静かな水面のような碧い瞳。凍える時の中で唯一動くことのできるその人物は、リーシャ達の元に近付いていく。



「愚者は人を罵ることに関しては一流である。実に的を得ているな」


 その人物は制服を着ていた。だがかなり着崩しており、汚れや破れた跡が目立つ。




「なっ、何ですのっ、貴方――」


 カトリーヌが口を開くと、


「っ!?」
「な……んだ……貴様……」


 生徒が目を見開きそれに応える。するとカトリーヌとフレイアの動きが、何かに捕らえられたかのように固まった。



「俺からすると君達の方が理解できない。先程から練習もせずに邪魔ばかり。己を研鑽することもせず、一時の快楽に身を任せ行動する。強欲と怠惰の大罪を体現させたような行動を取るものだ」


 淡々と生徒は語る。体育館内の視線が全て彼に注がれていく。


「――文句があるなら言ってみるがいい。さもなくば絶対零度の王が、汝等に裁きの礫を打ち付けん」


 生徒はカトリーヌとその取り巻き達を一瞥する。



「ひっ……!」


 カトリーヌは追い詰められた小動物のような声だけを発し、背中を向けて逃げるように去っていった。取り巻き達もそれに続く。





「まあ……こんなものだろう」


 生徒はカトリーヌ達を見ながら、右手には氷を集中させていた。


「ふんっ……」



 いつの間にか右手には氷でできたコップが握られており、生徒が更に魔力を込めると、その中に水が注がれる。



「さあ、これを飲むといい」


 そして片膝をつけてしゃがみ、生徒はコップをリーシャに渡した。





「……あ……」
「どうした。彼女達のことが気になるか」


 碧い瞳がリーシャを覗き込む。先程カトリーヌ達に見せていた冷酷な瞳から一転し、氷が溶けていき少しずつ大河に流れ出る水のような、穏やかな瞳だった。


「ありがとう……ございます……」



 リーシャはコップに口をつけ、中の水を一気に飲み干す。



「……とても美味しかったです」
「そうか。口に合ったのなら結構だ」
「……すみません」


「いつもああなのか」
「……はい」
「親無しと聞こえてきたが」
「……本当です。私の親はいません。いえ、わかりませんけど……」
「そうか……」


 リーシャの肩に手を置き、生徒は真っ直ぐ見つめる。


「練習……頑張るといい」



 それだけ言うと生徒は立ち上がり、入り口の方に向かっていった。




 生徒が体育館を出ていった後、徐々に体育館内の時間が動き出す。茫然とするリーシャの耳に、誰かの声が聞こえてきた。


「――あいつ、学園来てたの?」
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