ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第145話 魔術基礎訓練

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 視察の数日前からようやくエリスとアーサーは回復し、再び授業に出ていた。そして現在は魔法学総論の授業に取り組んでいる所だ。



「うあーどうして他人の名前なんて暗記しねーとけねーんだよぅ」
「……」


 イザークが魔法学総論の教科書を開いているのを、無言で見つめているアーサー。


「えーとー……現在普及している魔術理論の大半を確立させたと言われる魔術師。ウォーガン……」
「ウォーガンだ。濁点が入ってないぞ。そっちはユーサーに出てくる賊の名前だ」
「うるせーよ。いいじゃねえか点ポチ一個の違いだろ~!?」
「試験で不正解になるぞ……」
「あー!!! 何で覚えないといけない人物ってのは、こんな紛らわしい名前してるんだよ!!!」


 イザークが教科書を叩き付けた所で、教師が入ってきて授業が始まっていく。


「あれ? ディレオ先生じゃん。ケビン先生じゃねーのか」
「ケビン先生は今入用でね。代わりに僕が来たってことさ。では授業の準備を始めてー」


 それもあらかた終了したのを見計らって、ディレオは切り出す。


「さて、皆はもうすぐ二年生になる。二年生になると、いよいよ本格的に魔術が絡んだ授業が多くなっていく」

「でも突然それをやると身体がびっくりしちゃうから、先ずはウォーミングアップをするよ。先生が指示した通りにやってね……」




 それから三十分程経過し――




「……」
「……」
「……」
「……」



「……よし、タイムアップだ! さあ答え合わせだよー」



 ディレオの指示に合わせて、半数の生徒は持っていた色鉛筆を置く。もう半数の生徒は配られたプリントを見ながら、ペアになっている生徒の絵を添削する。



「……満月とペールタートル」
「うるせえよ! ボク頑張ったぞ!? オマエのつたない説明聞いて頑張って描いたんだぞ!?」
「オレもしっかり説明したが」
「ぐぬぬ……」
「ふん……」

「はいはい、アーサー君もイザーク君も落ち着いて。まあ最初の方はこんなもんだよ」
「ワンワン」
「何で上から目線なんだあんたは……」



 アーサーとイザークがディレオに牽制される隣では、エリスとカタリナも添削をしている。



「うーん……難しい。『大きな丸』って言葉だけで、こうも解釈が違うとは」
「あたし、大きな丸って思って……」
大きな丸だったんだけど……そもそも三角が大きいからなあ」
「その点の説明も必要だったかもしれませぬな」
「あー確かに……」


 ああでもない実はこうだったと唸りながら、生徒達はサクサク答え合わせをしていく。それも収まってきた頃に、再びディレオがプリントを配る。


「次は交代だよ。さっき色鉛筆持ってた方が今度は指示を出すんだ。あとプリントは裏返しにして渡してね。さっき配った時に何人か答え見ちゃってる人いたけど、これは上手に魔法を使うための基礎練習だから、そうすると意味ないからね。伝える方も描く方も、練習してイメージ力を向上させられるようにしよう」



 ディレオの言葉に生徒達は返事を返す。そしてもう一度イメージの練習が始まる。





 キャメロットの魔術師が視察に来るということで、魔法学園では急遽授業の変更が行われた。全ての学年に魔法学の授業が入れられ、例えば一年三組の五、六時間目は魔法学総論に変更されている。



「ぬぅ……」

「ぬぅ……!」

「ぬぬぬぬぬぅ!!」

「おりゃああああああ!!」



 クラリアは杖を持って地面に向け、全神経を集中させる。



 するとほんの少しだけ、心なしか、地面が盛り上がったような気がした。



「あ゛ーっ……! めちゃくちゃ頑張ってこれかよ!?」
「うん、ボコって音はしたけどそれだけかな」
「ちくしょー!! 頑張って魔力錬成の修行もしたのに、全然ダメだ!!」
「……」


 親しい者と組になり、声をかけ合いながら魔法を行使してみる。クラリアが魔法を行使しようとしているのは、ハンスとヴィクトールが見守っていた。


「ヴィクトールー!! 澄ましていないで何か言えー!!」
「そうだそうだ、きみって触媒もう持ってたよね? 何回か魔法使ってる所みたよぼく」
「……」


「おお、そうだったな! じゃあアタシのために魔法を使ってみやがれ!」
「そもそもさあ、この時間を何もしないで過ごすつもり? 他の子は頑張って訓練してんのに?」
「その言葉、そのまま貴様にも返ってきそうなものだが……ぐっ」



 他の生徒も組になって、魔法の基礎訓練を行っている。中には一年三組のみならず、他学年の生徒も演習場に出てきて授業を行っていた。


 そのせいもあってか三人はかなり隅の方に追いやられている。



「うおっ!? 後ろに下がりすぎて、壁にぶつかっちまったぞ!? 大丈夫か!?」
「ふん……これぐらいなら平気だ。とはいえやはり狭いが」
「他のクラスの生徒もみーんなこっち来ちゃったからねえ。ぼくも迷惑になるからって凄い剣幕で迫られてさ……なんか調子狂うわ」
「キャラメルーだっけ? そんな凄い奴らなのか?」
「貴様の頭の中には食い物のことしかないのか……」





「……なあ、きみたち」



 三人に突然話しかけてくる人物。

 それは自分達の体長の倍もありそうな大男だった。



「……」
「あ、おどろいたかな」
「……いや、倉庫の裏から出てこられたらねぇ」
「じぶんはあやしいものではないよ」
「本当かー? くんかくんか……」

「止めろ猛獣。その行為は無礼に値するぞ」
「んー……? そうなのか?」
「……花園の紋章のローブ。貴方はキャメロット魔術協会の方ですね?」


 ヴィクトールは下手に出ながら問うと、大男は頷いて答えた。


「うん。じぶんはキャメロットから来たんだ。いまヴィーナさまはだれかとおはなししていて、そのあいだすきにみていていいっていわれたんだ」
「そうでございましたか。こちらにいるのは一年生が殆どです。故に拙い魔法の様子ではありますが、どうぞ見て頂ければ……」



 するとクラリアがヴィクトールを押しのけて大男の正面に出た。



「ひゃあ、でっけえ……なーなー、おんちゃんって魔術師? なのかー?」
「貴様っ……!」

「あ、いいよ。じぶんはかたくるしいのとかきにしないんだ」
「は、はぁ」
「そっか! なら頼みがあるんだけど、魔法を使ってみせてくれないか?」
「まほう?」


 大男は首をゆっくりと傾げる。


「そーそー、魔法! 皆も訓練してるの見てただろー? アタシも訓練してたんだけど、何か煮詰まっちゃってさ! だからお手本見せてくれよ!」
「おてほん……」


 首を左右に曲げて考えるその姿は、人と言うより大型の動物のようだった。


「いいよ。じぶん、まほうつかう。どうすればいい?」
「えっ、どうすれば……? うーん……じゃあアタシ土属性だからさ、土をどうにかする魔法で!」
「つち……」
「盛り上げたり、掘り起こしたりって感じでさ! ほら、アタシが使ってた触媒貸すよ!」



「……いらない」
「え?」



「……」


 大男は地面をじっと見つめ、それから両手をかざす。


「うおおおおおおお……!!」


 獣のような雄叫びを上げる。彼の身体は徐々に橙色の波動に包まれ、それと同時に大地が鳴動する。




「……はぁっ!!!」



 最後に一発端を切ると、


 彼の周囲の地面が一気に陥没する。



 抉れるような音を聞いては、付近で訓練をしていた殆どの学生が反応せざるを得ない。




「……」
「これは……」


「……ふう。これでいい?」
「……あ、ああ! ばっちりだぜ! ありがとうな!!」



 クラリアが感激している所に、駆け寄ってくる人物が二人。



「……おっ、ケビン先生! 隣の人は知り合いか!?」
「ん、まあな」


 ケビンと共に来たヴィーナは、少し焦っているように見える。


「ゴルロイス、貴方こんな所で……」
「ヴィーナさま。じぶん、まほうつかってた」
「……そう。なら疲れたでしょう、こちらに来なさい」
「わかった。それじゃあ、ばいばい」
「バイバイだぜー!」


 大男はヴィーナの後ろをついて行き、それを更にケビンが追う。


「いやあ、魔術師ってやっぱり凄いんだな!」
「本当に魔術師だったんだか」
「ん? どういうことだハンス?」

「……なんていうか、違和感を感じたんだよね。言葉にできないけれど……」
「んー……?」


 クラリアもハンスと同様に首を傾げてみるが、すぐに元に戻した。


「まあいいや! 今はそれよりも訓練だー!」
「ああ……そうだな」
「このぼっかり空いた落とし穴を、アタシの魔法で埋めてやるぞー! どりゃー!!」






 ヴィーナは演習場から園舎へと続く道まで戻り、そこでようやくケビンに話を持ちかける。


「……どうもすみません。うちの者が干渉してしまって」
「……」
「いえいえ、あの程度なら大丈夫ですよ」


 ゴルロイスは頭をぼりぼり掻いていて、何が起こったのか理解できていない節が見える。


「本当に申し訳ございませんわ……さて、どこまでお話を頂いたかしら?」
「本学園での魔法教育の指針についてですね」
「ああ、そうでした。では続きをお願いできるかしら」
「はい。先程もお話したように、本学園では魔法について一通り学び、身に着けられるようにカリキュラムを組んでおります」



 演習場からは離れていくが、生徒達が訓練に勤しむ声がはきはきと聞こえてくる。



「触媒を手にし、呪文を詠唱する。その過程で無意識のうちに、魔法でどのような事象を起こすか頭の中で考える……こちらで行っていた座学は、それを高める訓練なのでしょう?」
「ええ、その通りです。魔法を行使するにあたって、本人の魔力量や適正も十分大事ですが、魔法で何をか考える想像力。それが根本になっていると我々は考えております」

「頭の中で考えていることがあると、それに応じて魔力は動いていきますからね。何よりそれは魔法以外の事柄にも活かされる」
「何が起こるかどうしたいか……心持つ生命が生きていくのには必要な力ですからね。考えない人間など、ただの獣も同然です」
「古代帝国の哲学者の言葉ですわね。名前は思い出せないのだけれど」


 ケビンとヴィーナは感情を顔に表しながら言葉を交わす。ゴルロイスは依然話についていけず、ただヴィーナの顔を覗き込んでいるだけだった。


「……さて、授業の様子はこれまでご覧になられた通りです。他に見学したい所はございますか?」
「そうですわね……教師の方の研究室とも思ったのだけれど、もう時間がなさそうですし。学園からは帰らせて頂きますわ」
「左様でございますか。本日は魔法学園の方にお越し頂き、誠に感謝いたします」
「こちらこそ、急な予定の変更に合わせて頂きありがとうございますわ。うふふふ……」



 時刻は大体午後四時。もうすぐ日が暮れ、学園の一日も終わろうとしていた。
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