ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章3節 学園生活/楽しい三学期

第147話 幕間:フリーランス魔術師

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 朝日昇る水平線。青く広がる水の平原。主君を乗せてそこを駆ける一匹のケルピーの姿は、さながら一枚の情景画のようである。

 まあその中身をよく見てみると、そのような風情が一切存在していないことがわかるのだが。



「いっけなーい! 遅刻遅刻ぅ~! 今ケルピーに乗ってミダイル海を全力疾走している僕ちゃんは、開闢のフリーランス魔術師ジャネット! 薬商人ネルチ家に仕える魔術師だったんだけど、その類い稀なる技術力を持て余して単身独立! 現在は各国各勢力に発明品を売り込みながら世界中を飛び回ってま~~~す!!」
「清々しい朝がうぬの気色悪い声で台無しじゃ」


「この開口一番不躾な台詞を吐いたケルピーは、名前をドリー! 何となく察していると思うけど僕ちゃんのナイトメアね!! 口調と思考が旧世代だけど能力は非常に優秀なんだぜ!!!」
「ところでぬしは誰に向かって話しておるのじゃ」
「この世界のどっかにいる、僕ちゃんのファンに向けてさ……!」
「そんなものいた覚えがないわい」


「あーーもーーとにかく!!! もうすぐ着くよ、着地体勢を取って!!!」
「心得た」




「ぴょいーーーーーーーーん!!」




「スタッ!!!!」
「一々声に出して擬音にするな煩わしい」



「さーて着きましたよっと……ケルヴィン地方!」



 ジャネットはドリーから降り、額に水平にした右手を当てながら一面を見回す。愛用している紺色のローブは穴が空いて黒い染みだらけ、髪も実験の影響か様々な色が染みついていて元の色が判別不能。そんな身なりでも目は燦々と輝き、頭はきびきびとフル回転している。



 辿り着いたそこはガラティア地方に負けないぐらいの大荒野。向こうは茶色や黄土色などの石が転がっているが、こちらの色は灰色系。境界線の位置を錯覚しそうなぐらいには、同じような色の光景が続いている。



「ああ~いい塩梅の闇属性。それはいいとしてここはどの辺だ? 北? 南? 南に近かったら聖教会絡みで色々面倒臭いよ?」
「見ろ、北東に灰色の煙を噴き上げている山が見える。どう見てもあれは火山じゃ」
「この近辺で火山と言ったらツイル火山しか有り得ない! ということは北の方! そしてグラドの町は大体近いね!」


 ジャネットが左手を見ると、格式高い様式の建造物が幾つか目に入る。


「にしてもねー、折角こっちまで来たんだからあそこの火山岩も取っておきたいねー。中々固くて、良い素材になるんだこれが!」
「その前にはまず営業じゃろうが」
「そうだったそうだった! じゃあ気を取り直して行こうぜ行こうぜ~!」


 ジャネットは再びドリーに乗り直し、町に向かって駆けていく。





「おっちゃーん! 麦酒くれー!!!」
「あいよー!!」

「昼間から飲み過ぎですよ姐上……」
「うるせー!! 町に着いたらまずは酒じゃー!!」



 グラドの町の酒場にて、エマはジョッキで麦酒を飲み漁る。隣にいるマットは何とか止めようとしているが、イーサンは我関せずで壁に視線を向けていた。



「……マスター」
「何だ?」
「そこに貼ってあんの……お尋ね者か?」
「冴えてるね、その通りだ。ほら、ケルヴィンって聖教会に近いだろ? それで聖教会が目の敵にしている奴を、こうやって張り出して協力を申請してるってわけだ」
「ふうん……」


 大体が薄い顔付きでいかにも聖職者をやっているという風貌だが――

 一枚だけ、そうではないのがあった。


「……あの、マルティスって奴? あいつ本当に聖教会だったのか?」
「らしいぞ。人相悪くてスキンヘッドだけど、聖教会に属していた。でもって数年前に消えたって話だ」
「へぇ……どこで何をしているんだか」



 そんな話をしている所に、


「……ここにいたか」


 新しく二人の客が入ってきた。





「……」
「……」



 他の客の視線は二人に釘付けになる。片方の、灰色の髪を角刈りにし、鉢巻を巻いて髭を口周りに生やしている男も相当だが、問題はもう片方である。

 体長二メートルはあろうかという巨躯にこれでもかというぐらいについた筋肉、それに似つかわない巨大なリボンと魔術師の帽子。装飾品のみ、この筋肉を湛えた人間を女だと証明していた。



「……ん、来たか。遅えよ二人共」
「アビー! 元気してたか!」
「久しぶり、姉さん」


 イーサンを横目に、エマはカウンターからぴょいっと飛び降りると、まるで兎のように跳ねて二人の元に向かう。


「ジョシュ殿、アビゲイル殿。お二人もお変わりないようで」
「マット、そちらもな。聞いたぞ、奈落の連中と交戦したんだって?」
「ええ、しかもそれが骨を数本犠牲にするような大冒険で……まあこの話は食べながらしましょうか」

「おっちゃーん!! 麦酒もういっぱーい!! アビーの分追加なー!! 私の奢りでなーーー!!」
「姉さん、そこまでしてくれなくても……」




「アーーービゲイルゥゥゥゥーーー!!!」



 更にゲート状の扉をこじ開けて、乱入者がやってきた。



「む……貴様はジャネット。ここに来ていたのか」
「そうとも、主にヴィルヘルム様への営業でな!!!」
「ならば早急にそちらに向かったらどうだ。私になんて構わずに」
「ところがどっこい、構うね!!! 何せ私も君も同じフリーランス魔術師! 詰まる所商売敵ってことだ!!!」
「……はぁ」
「敵の出方を知るのは生き残るのに必要な方略! そしてキミはこれから酒を飲み漁るっぽいから警戒の必要ナシ!!! んじゃあね!!!」



 ジャネットが荒々しく出ていくと、客達の視線も元に戻っていく。何事もなかったかのように、なかったことにするようにそれぞれの世界に帰っていった。



「……私と貴様は研究の内容が違うから、競合はしないと思うのだが……」
「その肉体、物理支援ストラテジスト系の魔術研究の成果なんだっけ」
「そうだ。前回貴様らと会った時と比較して、一割の筋肉量増強の引き上げに成功している」
「研究のために常に強化魔法をかけとくって、中々ぶっ飛んでるよなお前」
「意外と便利だぞ? 人間でも魔物でも、雑魚程度なら恐れて逃げていくからな」


 アビゲイルは胸筋を見せつけるようにポーズを取る。


「いよー! キレてるよアビー! 流石私の妹だー!」
「……姐者も相当ですよね、アビゲイル殿の溺愛っぷり。ぎゃいんっ!?」
「マット、座れ!! ジョシュもとっとと座れ!! 久々に飲むぞ!!!」
「あ、あのですね……今回の仕事、二人から頼まれたんですから、そのお話も……」
「かんぱーい!!」


 ジョッキが景気よくぶつかり合い、一気に麦酒を飲み干す音が軽快に響く。






「う~、ジャネットジャネット! さあてやってまいりましたジャネットの新作紹介~~~~!!! 本日紹介するのはこれっ! 食事用魔術シート!!!」
「一見するとただのレジャーシートじゃが」

「ところがどっこいこのシート! 人工繊維の中に魔術回路を張り巡らせていて、復元魔法を行使できるようになっているのです! これが指し示す所はお分かりかなドリー!?」
「ううむ……どれだけ無残な状態にしても、元通りになるな」


「そう、まさにそこです! このシートをどれだけ汚しても、手を触れてちょいっと魔力を流してやるだけであら不思議!!! 汚れもゴミも跡形もなく消えてしまうんです!!!」
「ほう、それなら普通のレジャーシートよりも数段便利じゃな」

「そうです! ちょーっとピクニック行こうってなった時、サンドイッチの包みとか持って帰るの面倒臭いでしょう? そーんな時にこのシート一枚あればゴミの心配することなくピクニックに行けちゃうってわけですね~!!」
「それ以外にも作業の下敷きにするのにも良さそうじゃのう」

「そうそう、作業で取っ散らかる地面も気にする必要ナッシング! 食事用と銘打ってますが、汚れが気になる場面ならいつでもどこでも使うことができちゃうんで~~~~す!!」
「何と便利なことか。これは一枚買っておいた方がよかろう」


「そうでしょうそう思うでしょう!? こんな便利なシートが! なんと!! 今なら三千ヴォンドで買えてしまうんで~~~~す!!」
「ヴォンド銀貨にしてたったの三枚か。謎の技術も使われているのに、これは安いと言う他ないな」
「そうですとも! ジャネット秘蔵の新技術を用いていながら、かなりお安く提供できちゃうんです! そんな夢と神秘が込められた本商品、買わない道理があるわけないでしょう~~~~!?」





 考えてきた商売文句を一通り言い終え、ジャネットは目の前の二人に向かって誘うように手を伸ばす。



「……ふむ」



 片方は大きいソファーにゆったりと腰かける、中年の男性。黒髪でやや垂れ目、温厚そうな雰囲気を醸し出している。もう一人は中年の男性よりも手前にソファーを動かして、物珍しそうに商品を見る少年。彼もまた黒髪だが、黒味がかった赤の瞳が吸い込まれそうな程に美しい。


 そして沈黙が続く中、少年がジャネットに近付きながら拍手を送る。



「……凄いですね、魔法の技術が盛り込まれているなんて。よければ手に取って見てみたいのですが……」
「あっ、勿論どうぞどうぞ! どうぞお手に取って見てみてくださいウィルバート様!」
「ええ、では失礼して……」


 どこかあどけなさの残る、ウィルバートと呼ばれた彼が、好奇心に満ちた表情でシートを手に取る。


「こんな薄い物に、魔法の技術が沢山込められているなんて……ほら、父上も見てください」
「……ほう。これは凄いな」


 ウィルバートは父親――ヴィルヘルムの所まで持っていき、彼の視界に入れてやる。それを受けて彼は表情を変え、温和な笑みを滲ませる。


「ふふふ。ジャネット君の発明品には、いつも驚かされてばかりだな」
「驚くような発明品でないと売れませんのでね! どうですどうです、ご購入を検討なされる気になりましたかぁ~!?」
「ああそうだね、まずは一枚買わせてもらうよ。それから……そうだな、使用人に使わせる用に、三枚程買ってみようか」
「毎度あり~~~~!!!!!」


 ジャネットはローブから紙束をばらばらと取り出し、一枚千切ってヴィルヘルムに手渡す。


「ではこちらですね、領収証になります! こちらのインクに指をつけて押印して、何かございましたらこの紙と商品を一緒にわたくしの方まで送り付けてくだされば!」
「ほう、買った後もサービスしてくれるんだね。実にありがたいよ」
「他の商人にはないアフターサービスでございますよ~! しからば、今後もジャネットをご贔屓にお願いします!」
「ああ、また何か作ったら見せてくれよ」



 こうしてかなりの手応えを感じながら、ジャネットのセールスは無事に終わったのだった。
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