たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

湊川美海(みなとがわ・みみ)

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密談と恋の話《ヴィルベルト視点》

 ヴィルベルト・レネ・リーフェフットは、歩を早めた。
 廊下にコツコツと忙しない靴音が響く。仮にも王都の小宮殿として造られた建物だけあって、質の良い大理石が張られているせいだ。
 内部の者が踏みつけて歩くだけの代物には過剰な質だなと一瞬逸れかけた意識は、目当ての樫材の扉を視界に入れて、本題に立ち返った。

「すまない。遅くなった」

 ノックの手間さえ惜しんで扉を押し開くと、案の定、部屋の主はいやみったらしく嘆いてみせた。

「ああ、忙しい忙しい! こっちは猫の手も借りたいくらい忙しいってのに、まさか護国卿たる僕の呼び出しに遅れるなんて! これは謀反の兆しなのでは!?」
「ハウトシュミット卿、急に呼び出して言われても困ります」
「やだなぁ、怖い顔しないでよ。親友の親しみを込めた冗談じゃないか」
「お前の冗談は全く面白くない上に不謹慎で不愉快だ」
「そう? 僕のおべんちゃら野郎どもにはバカうけのネタだったんだけどな」

 冷ややかなヴィルの一瞥を浴びても、この部屋の主――大きな円卓の最奥に掛けていた男は、悪びれずに肩をすくめただけだった。

「早く本題を話せ、フレッド」
「まあいいや。来てくれて助かったよ、ヴィルベルト。論功行賞で迷っていてね、君の意見も聞きたかったんだ」

 彼は、フレデリック・ハウトシュミット。
 革命後の新政府の代表者である『護国卿』――実質的には暫定の『国王』だ。

「革命ってのは厄介だ。どんなに一生懸命戦ったところで、国の領土も金も人も増えるわけじゃない」

 フレッドは、流麗な筆蹟のサインを書き流しながら、世間話のように『本題』を切り出した。
 元から飄々として人を食ったような態度の男ではあるが、円卓の上にうず高く積まれた書類の山を見るに、今のフレッドには会話だけに集中するほどの時間の余裕が無いのも本当なのだろう。
 察したヴィルは、『はいこれポンポン押すだけだから!』と軽い口調で託された国璽をサイン済みの書類に擦りつけながら、会話に応じることにした。

「それは他国を侵略して併合した場合も同じだろう」
「もっともだ。違うとすれば、あからさまな『二級市民』を作るわけにはいかないところかな」
「……少しは言葉を選べ」  

 窘めはしたものの、フレッドの言うことは正しかった。
 これが国同士の戦争であれば、戦勝国は敗戦国の土地も富も民もひたすら奪うことが出来た。過度な搾取はその後の統治に遺恨を残すことになるが、反抗する力もまた奪ってしまえばいい。
 敗戦国の民を未開の地の開拓に従事させればそこで生き残るのに精いっぱいで、再起の余裕など無いだろう。あるいは、高い税を納めれば完全な市民権を与えることにしてもいい。敗戦国の民の中でもさらに細かな分断が起きてくれれば、さらに都合がいい。

 その手法が、国内の革命の場合には用いることができない。
『王族貴族と庶民との間には明確な区別がある』『互いへの反感がある』と言ったところで、元々同じ国の民だけあって、知り合いの知り合いの知り合い程度の結びつきはある。
 革命によって倒された王権派のみを徹底的に弾圧しようとしても、その線引きについて革命派の中でさえ合意が得られないことは目に見えていた。

「だから痛めつけすぎるのはまずい。僕たちは、敗者に、ギリギリ死なない程度に生かして搾りとるための『逃げ道』と『言い訳』を与えてやらないと。『革命派の有能で野心家な身分の無い男』に『旧王権派の高位貴族で今となっては何も無い女』を引き合わせたりね。あくまでも引き合わせるだけで、これはあくまでも進歩的な自由恋愛さ。断じて『戦利品の山分け』でもなければ、『統治に好都合な縁組の強要』でもない! だって、革命国家は悪しき旧王国とは違うのだから!……言ってて頭がくらくらするよ」

 もし革命が成功しても革命派だけが権力を握る構造が変わらなければ同じことの繰り返しだ――革命の狼煙を上げる時、フレッドはそう声高らかに演説して『国王』ではなく『護国卿』に就任した。
 革命が成功したところで革命の協力者全員に与えられるだけの地位も権力も金も無いのだから、『名誉』や『理想』や『夢』を報酬として与えるしかなかった。

 旧王国とは違って、どんな悪人であっても国民議会が制定した法律で裁き、どんな貧民であっても実力次第で登用されて成り上がり、どんな身分であっても愛する人と結ばれる自由があると――そういう『甘い夢』をばら撒いたのだ。

 その矛盾には気づいている。
 国民議会が制定した法だというなら『国民共通の敵』には厳しい刑が下るだろう。成り上がるための『実力』は金のかかる高度な教育を受けずに手に入るものだろうか。結婚相手を自由に選べるなら自分と釣り合った人を選びたいのが人情じゃないか――それらの疑問には全て気づいていて、気づいたうえで、全て切り捨てた。

「お前でも人を騙すと罪悪感を抱くのか」
「まさか。そんな感情は最初に捨てた。筋の通らなさが気持ち悪いだけだ」

 これが最善なのは分かっていても、どうにも据わりが悪いのだと、フレッドは首を捻った。
 恵まれた容姿と高くも低くもない身分を活かして、どっちつかずのコウモリとして革命を扇動したのは自分なのにね、と彼が呟いたのは、もしかしたら『弱音』と呼ぶべきものだったのかもしれない。
 それを見て、ヴィルは深々とため息をついた。

「理屈が通らなかろうが、誰かが無理にでもやらねば収まらない」
「はーい。分かってるから頑張りまーす」
「それに、誰がやっても多少の無理は出るだろうが、お前が一番うまくやれるだろう。俺が今まで出会った中で、お前が一番頭と外面がいい」
「やだなあ、そんなに褒めても何も出ないよ。ヴィルまで僕に惚れちゃった? ごめんね、君は確かに腹立つくらいに男前だけど、全く僕のタイプじゃないんだ」
「そんなわけあるか。性根の悪さも一番だな」
「上げて落とすなよ。ま、自覚はあるけど。だからお優しいリーフェフット卿をお呼びしたわけで」
「少しでも不満を減らす組み合わせを考えろ、と。……分かったよ」

 想像よりも追い詰められていたらしい『親友』の姿を見ると、ヴィルの心にも自然と手伝ってやろうと思う気持ちが湧いた。
 言い方は悪どいものの、他人を幸せにする手伝いだと思えば、気分も悪くない。

「こういう無茶苦茶すぎる縁組に比べれば、つくづく侯爵令息と王女はお似合いだと思うけどなあ」
「……っ、ごほっ!」
「わぁ、きったなーい! 水くらい落ちついて飲めばぁ?」

 ――少しでも隙を見せれば喉笛に食らいついてくるようなやつだということは、分かっていたはずなのに。

「お前……どこでそれを……!」

 らしくもなく弱った姿を見せられて、ついつい同情を向けたせいで判断が狂っていたらしい。
 水を口に含んだタイミングで投げ込まれた話題に、ヴィルはむせながらもフレッドを問い詰めるように見据えた。睨まれてもへらへら笑いを絶やさないままのフレッドの瞳の奥には、意地の悪い猜疑心が見えた気がした。

「……駒を使って探ってたのか。お前のことだから驚かないが、俺としても慎重にふるまったつもりなんだがな」
「だろうね。でも、僕はヴィルを一番警戒してたし。僕の手の者の方が上手だったね」
「どうして俺を疑った?」
「『革命の功労者に離反されたら大打撃だから』ってのはもちろんだけど……君はおべんちゃら野郎どもと違って私心が見えなかったじゃない。なのにこうして無茶を言っても応えてくれるし。ずっとなんでかなあって思ってたんだけど」

 いっそ『僕に惚れてるから』なら操縦しやすくてよかったのに、とフレッドは揶揄うように言う。その声がやけに癇に障った。

「愛も恋も信じていないくせによくも言う」
「だからだよ。これだけ僕が警戒してもボロを出さなかった高潔なるリーフェフット卿を『ただの男』に堕とすなんて、愛や恋ってのは面白いなあ! 『革命に滅私で協力するのは革命で確実に排除される存在を助命するため』か。なるほど、解としては綺麗だ」
「……長広舌をどうも。で、要求はなんだ?」
「はて?」
「とぼけるな。わざわざ『俺の弱みを握った』ことを知らせてくる以上、俺にさせたいことがあるんだろう?」

 単純に『革命派への裏切り行為だ』と責め立てたいだけなら、他の者にも噂を広めて堂々とヴィルを断罪すればいい。逆上されたり口封じに殺される可能性がある中で、剣の腕に自信の無いフレッドが密室で二人きりになることを選ぶはずがなかった。

「ありゃ、思ったより動揺しないか。そうなんだよね、さっきも言ったけど、君の思惑どおり君は既に革命派の重要人物になっちゃってるから簡単に切り捨てられないわけ。それを無理やり排除するよりは、僕の言うことを大人しく聞いてもらった方がいいかなって」
「今までどおりに?」
「そう、今までどおりに全部」

 弱みを握ったにしては、あまりにも甘すぎる処分じゃないか。
 当惑して押し黙ったヴィルに、フレッドは『君、これまでが働かされすぎだったんだよ』と珍しく憐れむような視線を向けた。

「君のことは仕事一筋で堅すぎてつまらないやつだと思ってたけど『スヘンデルの白百合』にぞっこんで他のものが見えてないだけだったか」
「白百合? なんだその呼び名は」
「あれ、知らなかった? あのお姫さま、そう呼ばれてたんだよ。暴君の豚に似ず慈悲深く美しい王女殿下、ってね。僕に言わせればただの弱腰の事なかれ主義者だけど、あの生まれで歪まず理不尽な気分屋じゃないだけ上々だろう」
「……そうか」

 フレッドは革命を起こす前まで、男爵位を持つ大商人として王城にも出入りしていたから、王女と接する機会もあったのだろう。
 素直ではない言葉ではあるが『見どころがある人格の女性だった』と彼女のことを評されるのは、誇らしく嬉しいようでいて、同時に胸に小さな棘が突き刺さるような気持ちがした。
 フレッドが彼女に向けたのは恋愛の色が混ざった視線ではないことは分かっているのに、自分の知らない彼女を他人が知っていると思うだけで面白くない。

「うわ、余裕ない顔!」
「うるさい」
「まあ、そのうえ元々昔馴染みだっていうなら、執着するのは分からなくもないけどさ。くれぐれも他の人間には暴露バレないように気をつけろよ。求心力に関わる」
「……いいのか?」
「いいわけないだろ、ただの優先順位の問題さ。僕は。君が僕の役に立つうちはね」
「それで十分だ。恩に着る」
「取引成立だね。……でも、忘れるなよ?」
「何を」
「僕らの大切なひとを奪ったのは旧王族、彼女の家族で、彼女の家族を殺すのは僕らだ。奪い合いも殺し合いも既にした。亡国の幽霊を排除することに、今さら何の躊躇いもない」

 それまではせいぜい初恋の姫君といちゃついていればいいさ、と片目をつぶってみせた動作と、真面目に作った声色と。
 どちらが彼の『本心』かを考えることに、意味があるとは思えなかった。
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