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1.この世界の真理

外の世界

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 昼休みを終えて教室へ戻ると、顔の前で両手を合わせたソフィアに捕まる。

「花の植え付けありがとねー。本当いつも助かる」
「ど、どういたしまして」
「ねーえ、明日の早朝の水やりもお願いできる?」

 明日の早朝か、と誰かに頼まれごとをされていないかふと考えて返事に間が空くと、ソフィアに泣き腫らした顔を覗き込まれた。

「あら、何かあったの?」

「い、いえ」

「また誰かにいじめられたの?泣いたってしょうがないわよ。これがあなたの運命なんだもの。もう少し強くならないと、この先、生きづらいわよ」

「そうよ、イヴは私達と違ってずっとここで生きていかなきゃいけないんだから」


 ずっと、この国で生きていく?
 今と同じように、皆に蔑まれながら?

 そんなの絶対嫌だ。

 こんな運命は、とても耐えられない。
 


「わ、私も外に出てみたい、です」

ぼそっと、自分の願望を口にする。

「は?どうしちゃったの?」

 3人は驚いたかのように、顔をふせるイヴの頭上で、お互いの顔を見合わせた。
 その3人の目線はやがて、イヴの方へ戻ってきて大きなため息となって自分へ降り注ぐ。


「あー、よく本読んでるもんな」

 バスティに呆れたように言われる。

 そう、イヴは本にこの世界のことを教えてもらった。
 自分達とは違う生き方をする多種多様の民族や、見たこともない風景やそこに生きる生物、計り知れない程大きな海や山。いつか、実際に見てみたいと思っていた。
 
 そして、きっと大人になったら当然のように自由を得られると思っていた。

 しかし、物心ついた頃から気付き始める。現実は自由とは無縁で、私に限らず、基本的に国民が国を出て自由になる権利はないということを。
 
 この国から出るには、まず国から選ばれないといけなかった。この国、すなわち天妖族フェンリルを統べる女王・シルヴィアや国の要人に選別され、他国の多額の報酬を払える貴族へ嫁ぐこと、だ。
 それも独自の厳しい条件があり、その選別方法は公にはされていないものの、皆の中では容姿端麗で優秀な成績を収め、他の生徒の模範となるような人物が選ばれる、と噂されていた。

 事実を知った時、一時の衝撃を受けようが、それはすぐに常識として私達の中に浸透する。
 この世界以外の普通を知らないのだから、私達にとっては本の中の世界が異常だったのかもしれない、と。

 それでも、皆、閉鎖的なこの世界よりも、見知らぬ外の世界に焦がれ、大人達に認められるために奉仕活動などの努力を重ねていたのだった。


 私だって、外の世界を見てみたい。


 そんなイヴに、最初に断言したのはバスティだった。


「無理だよ、罪人の娘でそんな容姿のお前が、国から選ばれる訳ないだろ」

 続けて、腕を組んだソフィアが説き伏せてくる。

「ねぇ、私達天妖族って天使みたいな容姿をしているから天妖族って言われるけど、あなたは違うじゃない。私達と違って、綺麗とは言えない艶のない髪に、沼底みたいな瞳の色。天妖族として、とても外には出せない容姿をしてるのよ」

シェラルもそれに続く。

「フェンリルっていうブランドを維持するために、高い水準での教養、作法、そして綺麗な容姿が必要なの。可哀想だけど無駄な希望もたない方が良いわ」

 イヴの容姿は、天使と称される他の天妖族の民と少し毛色が違っていた。髪色は灰色で、瞳の色も深い藍色と変わった色合いをしている。

 ここではこの容貌のせいで、よく不気味、不吉な子と言われることが多かった。いつしか、人と目を合わせることが苦手となり、視力は問題ないのに、顔のサイズに合わない丸型の大きな眼鏡をかけるようになっていた。


「だからせいぜいさ、選ばれた私たちのお世話頑張るしかないでしょ。少しでもこの国に貢献しなさいよ?」


 そう言いながらソフィアに肩を叩かれる。励ましているつもりなのか、もし自分が逆の立場だったら同じことを言えたんだろうか。

 私、今どんな顔をしているだろう。
 
 そんな容姿と最悪な出自、皆自分が幸せになれる訳がないと思っている。お前みたいなのが不相応な夢を見るな、わきまえろと。

 でもその運命を全て受け入れてしまったら、生きていくのが辛くなってしまうじゃない。

 過去や自分自身のことについては変えられるものじゃないから、この辛い境遇もしょうがないと思える。
 それでも未来は少しでも良い方向に変わってくれるんじゃないかって、わずかでも希望を持って生きたい。

 それさえ許されないんだろうか。

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