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1.この世界の真理
イヴの歌
しおりを挟む何の曲にしようか、打ち合わせる間もなく、ふとイヴの瞳から光が消えた。
そして、合図もなく唐突に歌い出したイヴ。
その歌を聞いて、トリシャとジェコフは思わず顔を見合わせた。背中に嫌な冷や汗が伝わる。2人が戸惑うのも無理なかった。
イヴが歌い出した歌は、メロディこそなんとなく聞き覚えはあるものの、知らない言葉の歌だったのだ。
これは、メンフィルに伝わる古い楽曲の一つ。今じゃ知っている民の方が珍しい。
なんとなく聞き覚えのあるメロディに即興で伴奏できる程、2人は音楽に精通している訳ではない。
ここで無理して参加しようものなら、イヴを助けるつもりで声を上げたのに足手まといになってしまう。
結果、1人で歌わせることになってしまったのだが。
どうして、突然、こんな歌を歌い出したのか。
不思議なのはそれだけじゃない。
傍目から歌うイヴを見る。
言葉が違うせいか、歌い方もいつもと違う。イヴにこんなに声量があっただろうか。声質だって、いつもはもっと繊細なのに今の歌声には力強さがある。
そもそも、こんな大舞台で、しかも殺人鬼を前にこんなに堂々と歌えるような子ではない。
"この子はイヴじゃない"
2人の中の疑念が確信へ変わった。
周囲が混乱する中、当の本人のイヴも、勝手に自分の声を使って歌わされる奇妙な感覚に戸惑っていた。
不意に、何かに導かれように声が零れて、歌になったのだ。
あれ?何この歌。
なんとなくメロディは知っているけど、この歌詞の言葉は知らない。
おかしい、自分を誰かに支配されてるような感覚。
とても強大な絶対的な、それこそ自然物理を超越した神様的な存在。
逆らえない、逆らいたくない、そんな不思議な感覚。
イヴはその存在に身を委ね、そっと目を閉じた。
そんな、イヴの歌を聴いて、今まで何人殺されようが、眉一つ動かさなかったシルヴィア女王が驚きの声を上げた。
「まさか、マヤの歌」
いつも白い薄いペールに包まれている、その美しい顔。人形のような固定された表情に動揺が見える。
「あぁ、懐かしいね」
その隣に、シルヴィアから特別待遇で招かれた国賓、姿を隠すように全身白いローブで身を包んだ男も感嘆の声を漏らした。
2人は民衆達から離れた三階席からそっとことの成り行きを見守っていた。
白いローブの男にとってマヤという存在はとても特別であった。目を細めてイヴの姿を見つめる。
ずっと、ずっと、待ち侘びていた。
奇跡の存在へなり得る器の存在を。
もう生まれることはないだろうと諦めていたのに。
この国に最後に聖女が生まれたのは、もう何年前のことだろう。いつからか、天命を全うした聖女がぽつりぽつり死んでいく中、とんと新しい聖女が産まれなくなった。
そして昨日ついに、最後の聖女が死んだ。
しかし、イヴは正真正銘の聖女とはいえないだろう。
生まれつき聖なる力を有していた訳ではなく、始祖マヤに選ばれ力を付与された子である。
それ故、どんな力を持っているか未知数であり、シルヴィアがどんな手を使ってでも彼女の力を確かめたかったのであった。
しかし、これだけできれば上出来と言えよう。
聖女の始祖マヤにこれだけ共鳴、同化できるなんて。
昨日までは、普通の女の子だったのに。
……私にこの歌を歌わせている存在は神様的なものなのだろうか。
イヴは、歌いながら少しずつ自我の割合が増えていくのが分かった。ぼんやり支配されている感覚から解放されていく。
そして歌いながら、皆で過ごす未来を想像した。贅沢はいらない、皆で笑って過ごせる平凡で穏やかな日常があれば。
壇上下で両手を組んで祈る人々がちらっと目に入る。
皆、そう願っている。
理不尽な殺戮など、絶対に許せない。
自分も友達も家族も仲間も、ここへ住むメンフィルの同胞達も、ここで死んでたまるか、どうか脅威よ退いて、と。
1人1人のたくさんの強い想いが、自分の体へ集まってくるような感覚になる。思考が流れるように体へ入ってきて、なんとなく体が重だるく熱い。
歌いながら目に涙が滲んだ。
皆の気持ちを代弁するかのように歌う。
お願い、誰か、助けて
お願い、ここにいる、ここにいるの
無力な私達は、ここで殺されてしまう。
ただ、ただ、私達は願う。
あの平穏を取り戻したい。
ただ、それだけ。
お願い、誰か、誰か、
助けて
神様的な存在に教えてもらった言語。支配されてる感覚はほとんどないのに、なぜか想いとその言語がリンクして歌詞となる。
この歌が終わったら、もう皆、殺されてしまう。
どうしたら良いの、この狂気的な殺人鬼集団を前に、私達は圧倒的に無力。このまま、本当に殺されるしかないの?
お願い、誰か助けて。
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