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19 伯爵夫人の読書会 後
しおりを挟む昼食を終えると、参加者たちは庭園にある風通しの良い大きなあずまやに案内され、そこで読書会が始まった。
「まさか居合わせてしまうとは思わず……。本当にすみません」
課題の本を開いたピアに、隣の席になったアルドが声をひそめて謝る。
職務停止を言い渡されたアルドだったが、処分の理由を深堀りされるとピアの名誉に傷がつくおそれがあるため、表向きは社交の季節に合わせて長い休暇を取ったことにして、実際に人と交流する場に出るのも構わないと女王から言われていた。
「事情を知らされていない父から、『せっかく社交のための休暇を取ったのに、どうして家で鍛錬ばかりしているんだ?』と不思議がられたので参加してみることにしたのですが……。私の顔を見ると、あの方を思い出して不愉快でしょう」
「い、いいえ……、そんなことは」
ピアの中ではアルドはすっかり〝ロゼルトに振り回される気の毒な人〟になっている。
「お気になさらず、会を楽しんでください」
ピアが優しく微笑むと、アルドはほっとしたように表情を緩め、本に視線を落とした。
「――さあ皆さま、そろそろ第一章を読み終えられたのではありませんか? この『ひなぎくの騎士王』の冒頭に、どのような感想をお持ちになりましたか?」
しばらくしてリトーラ博士がそう呼び掛けると、ザンテ王子が口火を切った。
「面白くて、最初からすっかり引き込まれてしまいました。私の国にもよく似た設定の物語があるのですが、それよりも展開が速くて胸が躍ります」
どこか待ち構えていたかのように、リトーラ博士は訊ねる。
「貴国の似ている物語とは、『マーグ王伝説』ですかな?」
ザンテ王子が「ええ、そうです」と答えると、博士は嬉しそうな顔をした。
「実は『ひなぎくの騎士王』と『マーグ王伝説』は、どちらも同じ古い叙事詩を下敷きにしているのですよ」
本好きの参加者たちは、関心をそそられて身を乗り出す。
「それは、このジェラーレに伝わる叙事詩でしょうか?」
「かつて栄華を誇ったレーム帝国のものでは?」
「東方の伝承のような雰囲気もありますよね」
何か言いたそうな顔をしたピアに気づいた伯爵夫人は、さりげなく水を向けた。
「ピアさまはどう思われました?」
「わたしは……エラド王国に伝わる『マルゲリーテス』が基になっているのではないかと」
「おお……!」
正解だと告げるように、リトーラ博士は感嘆の声を上げた。
「フィチーレ嬢は『マルゲリーテス』をご存じなのですか?」
興味深そうに訊ねた博士に、ピアは遠慮がちに答える。
「は、はい。何年か前に夢中になって読みました」
「なんと。ジェラーレ語版は私が翻訳中なのでまだ出回っていませんから、ボーグン語のものを?」
大国ボーグンの公用語は、近隣諸国のほとんどの貴族が習得している。
「い、いえ」
「とすると、もしや原文をお読みに?」
博士の質問に、ピアは小さく頷いた。
「エラド語の勉強にもなるかと思いまして……」
皆は感心したようにピアを見る。
小国ながら長い歴史を持つエラド王国の言語は古代からほとんど変化していないのが特徴で、そのぶん他の国の言語とはかけ離れているので、外国人が身につけるのはかなり難しいと言われている。
「素晴らしい! お若いご令嬢が『マルゲリーテス』に夢中になったとおっしゃるほど、エラド語をものになさっているとは……!」
博士が手放しで称賛すると、伯爵夫人も笑顔で讃えた。
「きっとピアさまは、聡明な上に努力家でもいらっしゃるのね」
「も、ものにしたというほどではないんです」
一緒に語学の講義を受けていたロゼルトのほうが流暢に操れるのを知っているピアは、恥ずかしそうに肩をすぼめる。
「フィチーレ嬢は謙虚な方なんですね」
ザンテ王子が好ましそうに言い、他の人々も温かく微笑んだ。
その後も、打ち解けた雰囲気の中で参加者たちは活発に意見を交わし、読書会は大いに盛り上がったのだった。
◇ ◇ ◇
「本当にあっという間でしたわね!」
読書会が終わり、男性たちよりも先に迎えが来た三人の令嬢たちは、連れ立って馬車寄せに向かっていた。
「とっても楽しかったです」
「また同じ顔ぶれでお話ししたいですわ」
エスト侯爵令嬢が「あっ、そうだわ」と黒い瞳を輝かせる。
「読書会ではありませんけど、明日のヴォルガーレ公爵家の夜会でさっそく再会できるのではないかしら?」
「それがありましたわね! もちろんわたくしも出席いたします」
即答したオーヴェス伯爵令嬢の隣で、ピアは自分の予定を思い浮かべた。
「あ……。残念ですが、確かわたしは別の晩餐会に」
「ええっ!?」
二人の令嬢は揃って驚いたような声を上げる。
「未婚女性なら、他の招待を断ってでもあの夜会に行きたがると言われていますのに!?」
不思議そうな顔をしたピアに、令嬢たちは口々に告げた。
「ロゼルト王子がご出席されるんですもの!」
「お妃探しを始められたのだと、もっぱらの噂なんですのよ!」
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