呪いをかけられ婚約破棄をされた伯爵令嬢は仕事に生きます!なのに運命がグイグイ来る。

音無野ウサギ

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4 お気の毒な方

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「あなただ!運命だ!!私の唯一の運命だ!」



 出会い頭にそう叫んだ男に抱きしめられた場合、通常の貴族令嬢はどう対応するのだろうか?

 甲高い悲鳴を上げて気絶する?声も出せずに怯え震えるだけ?「運命」ということばに頬を染めてはじらう?



 2年前に妖精に攫われて以来、リリーは通常の貴族令嬢ではなかったので、彼女の行動はそのどれでもなかった。



「とりあえず手を放していただける?運命のお方?」



 仕事に来た王宮に住まうことになり、与えられた部屋からつながる中庭で散策していたところ、突然見知らぬ男性にきつく胸の中に掻き抱かれ、さすがに一瞬だけは動転したがリリーにかけられた『呪い』が告げている、この男は嘘をついてはいないと。

 となればリリーは冷静に断じた。

(私のことを『運命の人』と信じての行動。かわいそうに、頭がオカシイのだわ)



 驚きは瞬時に哀れみへと変わった。



 貴族女性としては大声で叫び人を呼ぶべきなのだろうが、本来優しく穏やかな女性である彼女は心を病んでいる人物を拒絶し傷つけることはできなかった。王宮の中の各所に居る警備の騎士が駆けつければ、彼は王宮の中庭で女性に狼藉を働く悪漢として取り押さえられ罰を受けるに違いない。



 行方不明の2日間のせいで貴族令嬢として普通に生きていけなくなったリリーとしては、まだ年若い青年に変な噂がたちみすみす将来を潰してしまうのはかわいそうに思えた。



「そんなにきつく抱きしめられると苦しいのですわ」



 相手を逆上させてもいけないので、あくまで優しくそっと男の胸を押してみたが男女の力の差はいかんともしがたくビクリともしない。リリーは更に力を込めて押して見るが彼の方はリリーの抵抗にも気づいていないようだ。



(まだお若いのに)



 運命という言葉をかけらも信じていないリリーには愛の告白も響かない。ただただ目の前の男を気の毒がるだけだ。



「やっと会えた!ずっと探していたんです。貴方に会えなかったらどうしようかと思っていました!」



 男性の腕の中どんどん冷静さを増すリリーとは逆に男性は興奮していく。リリーが抵抗しているのにも気づかず感極まった口調で話し続ける。



(どうもこうも、そもそも人違いなのですが)



 ろくに顔を見もせずいきなり抱きついてきた相手だ、とりあえず顔を拝んでおこうとリリーはなんとか上をむいた。そして息をのんだ。





(まぁ・・・・なんて・・・・お気の毒なのかしら)



 リリーのことを抱きしめる男は頭がオカシイというところを差し引いてもお釣りが来るほど美しい男だった。年の頃は20歳を少し過ぎているように見える。

 おそらくこの青年に愛を囁かれてよろめかない女性はいないだろう。はちみつを陽に当てたような金髪に夏空のような碧の瞳。神の手と言われる芸術家が彫った彫像のような目鼻立ちはともすれば現実味を失いそうだが、今の彼は満面の笑みでリリーを見下ろしていた。

 その表情はリリーのことが愛しくてたまらない、と言わんばかりでさすがのリリーも乙女心がキュンとした。


 が、しかしリリーが思うのは唯一つ。

(だいぶ、病が重い方なのだわ・・・・)



 この美しいが気の毒な男、王宮に自由に出入りできる人間であり、周りに護衛がいるようにも見えない。



 つまり、かなり高貴な身の上で他人に危害を与えるような病ではないということなのだろう。現在の王には王子が3人。どの方も優秀と聞いている。つまり現王に連なる男子ではなく前王陛下もしくはそれ以外の王族の血に連なるような方。お気の毒なのでリリーのような普通の貴族間では隠された存在ということか。宰相閣下のために仕事をする父ならきっとこの人のことを知っているだろう。
 
 リリーは更に冷静に情報を分析していく。が、この男リリーを見つめてはとろけるような甘い笑顔をみせる。さすがにリリーも自身の頬が熱を持ち始めたのを感じた。


(社交界に出席なされば国中の乙女がお目にとまりたくて大騒ぎになるわ・・・・それなのに、なんて、かわいそうな方)



 おそらくこの美しい青年は今後も王宮の奥深くに隠されて、まともな社交もなく生きていかなければならないのだ。彼の将来を憂いたリリーの同情心はますます深まり、多少の無礼は許してあげようかという気持ちにさせた。



(お顔は素敵なんだもの。私には婚約者もいないんだし・・・)



 まともな社交もできずに生きていくのは彼だけじゃなく自分もなのだと気づいたリリーは悲しい気持ちでそっと胸に頬を寄せた。服の生地が上等で彼の身分についてのリリーの推測が正しかったと告げている。



 幸せそうに運命の人を抱きしめる彼とその胸の中自らの将来を思って少し泣きたくなったリリーの上にあたたかな春の光が注いでいた。
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