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57 誘拐犯
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王太子とレオが部屋で同じ顔を突き合わせ、リリーが城下町で酔っ払っている頃、王宮の一室で静かに騒ぎが起きていた。
目元を仮面で覆いナイフを持った痩せた男はガタガタと震えながらその切っ先を目の前の令嬢に向けた。
大きくあいた胸元には立派な谷間、そしてその下は細くくびれた腰、細やかなレースで飾られた深い紫色のドレスを着た黒髪の令嬢はナイフに怯え動くこともできないようだ。
息を詰めていた男は令嬢の様子に緊張を緩めた。小娘一人、大の男がなんとかできないわけはないのだ。安心と自信でやっと言葉を紡ぎ出す。
「騒がず私と一緒に来てください。悪いようにはしませんから」
男がそう言うと令嬢は大きな目をキラキラと輝かせ男を見た。涙をうるませた瞳ではなくその輝きはあきらかに興奮と歓喜に満ちている。
「そんな素敵なことを言われると困ってしまいますわ。でも、私もそう簡単に王宮を出ることのできない身分ですのよ……」
もじもじと体を揺らし、少し首をかしげて令嬢は手にした扇を一振りして開き、またとじた。
「ひょっとして私のことをご存知ないのかしら?」
そう言って目を細めた令嬢に、どうやら怯えて動くことができなかったわけではなかったのだと理解した男は慌てて叫んだ。
「う、動くな!!私はナイフを持っているんですよ!!け、怪我をしたくなかったら大人しく……」
だが男は最後まで言葉を言うことはできなかった。後ろからそっと男の首に添えられたのは剣の先。冷たい感触に男は固まった。
「そう。ナイフを持ってらっしゃるのね。でも私はご覧の通り剣を持っておりますの」
剣先が男の首に食い込んでチクリとした痛みが与えられる。男はナイフを落とした。
「あら?もう降参ですの?せめてナイフくらい持ってらっしゃらないと私になぶり殺しにされるかもしれませんわよ?それとも女だからハンデをくださるのかしら?お優しいのね」
男に剣を突きつけてクスクスと笑うのは上品なドレスに身を包んだ控えめな美人であった。
「もう。アンナったら。そんなに簡単に後ろを取るとこの方自信をなくされてしまうわよ」
「申し訳ございません。シシィ様に万が一、たとえ髪の一房でも傷がつくようなことがございましたら私生きてはいけませんものですから」
令嬢の言葉にアンナと呼ばれた婦人がにこやかにでこたえる。ピクニックでもしているような調子だが相変わらず剣先は男の首に触れたまま。赤いしずくが染み出しポツリと床に落ちる。
「それに大丈夫ですわよ。この方本業が荒っぽいお仕事をされている方ではございませんし」
「あら、アンナのお友達?スリリングな高揚感が必要な関係なのかしら?まぁどうしましょう!いいのよ、わたしがじゃまなら二人きりにして差し上げてよ」
何を勘違いしたのか急にきゃぁきゃぁとはしゃぎだした令嬢に男の目が泳ぐ。
「あ、あなたは……シシィって、リリフォリア・アデノフォラじゃないのか……」
「ええ、違いますわ。お姉さまと私をお間違えになるなんて、ほんとうにお間抜けさんだこと」
「私は部屋を間違えたのか……」
「どうやらこの方、お姉さまのお部屋を教えられてお姉さまをさらいに来られたのかしら?ね、アンナ」
「そのようですわね。ねぇ、剣を下ろしても暴れないでいてくださるかしら。私このままあなたの首をつら抜かずにいる自信がないのです。大人しくここで何をしようとしていたのか教えてくださるなら剣を下ろしても良いと思うのですが、どうされます?ハイデン・ベアグ様」
「わたしの名前を……はぁ。わかりました。おっしゃる通りに致します」
ため息とともに男はあっさりと降参した。
「まぁ良かったわ!!部屋を血で染めるとお掃除が大変だものね。アンナのお友達お話が分かる方で良かったわ」
シシィはおぞましいことをあっさりといってのけた。
「では、ベアグ様。どなたに頼まれてこんなことをされているのか教えていただけますか?嘘をつかれましたら即刻脚の腱を切らしていただきますから、あしからず」
「アシなだけに!やだ、アンナったら面白い」
残酷な言葉にクスクスと笑うシシィにハイデンの視線が突き刺さる。その目がこの令嬢は正気なのかと問うていた。
「お嬢様に失礼な視線を向けるのもよろしくなくてよ」
ぱらりとハイデンの前髪が落ちる。
「手が滑ってしまうかもしれません。短くなるのが髪だけとは限りませんのよ」
アンナにニッコリと微笑まれハイデンはその細い体で生まれたての子鹿のようにプルプル震えることになった。
目元を仮面で覆いナイフを持った痩せた男はガタガタと震えながらその切っ先を目の前の令嬢に向けた。
大きくあいた胸元には立派な谷間、そしてその下は細くくびれた腰、細やかなレースで飾られた深い紫色のドレスを着た黒髪の令嬢はナイフに怯え動くこともできないようだ。
息を詰めていた男は令嬢の様子に緊張を緩めた。小娘一人、大の男がなんとかできないわけはないのだ。安心と自信でやっと言葉を紡ぎ出す。
「騒がず私と一緒に来てください。悪いようにはしませんから」
男がそう言うと令嬢は大きな目をキラキラと輝かせ男を見た。涙をうるませた瞳ではなくその輝きはあきらかに興奮と歓喜に満ちている。
「そんな素敵なことを言われると困ってしまいますわ。でも、私もそう簡単に王宮を出ることのできない身分ですのよ……」
もじもじと体を揺らし、少し首をかしげて令嬢は手にした扇を一振りして開き、またとじた。
「ひょっとして私のことをご存知ないのかしら?」
そう言って目を細めた令嬢に、どうやら怯えて動くことができなかったわけではなかったのだと理解した男は慌てて叫んだ。
「う、動くな!!私はナイフを持っているんですよ!!け、怪我をしたくなかったら大人しく……」
だが男は最後まで言葉を言うことはできなかった。後ろからそっと男の首に添えられたのは剣の先。冷たい感触に男は固まった。
「そう。ナイフを持ってらっしゃるのね。でも私はご覧の通り剣を持っておりますの」
剣先が男の首に食い込んでチクリとした痛みが与えられる。男はナイフを落とした。
「あら?もう降参ですの?せめてナイフくらい持ってらっしゃらないと私になぶり殺しにされるかもしれませんわよ?それとも女だからハンデをくださるのかしら?お優しいのね」
男に剣を突きつけてクスクスと笑うのは上品なドレスに身を包んだ控えめな美人であった。
「もう。アンナったら。そんなに簡単に後ろを取るとこの方自信をなくされてしまうわよ」
「申し訳ございません。シシィ様に万が一、たとえ髪の一房でも傷がつくようなことがございましたら私生きてはいけませんものですから」
令嬢の言葉にアンナと呼ばれた婦人がにこやかにでこたえる。ピクニックでもしているような調子だが相変わらず剣先は男の首に触れたまま。赤いしずくが染み出しポツリと床に落ちる。
「それに大丈夫ですわよ。この方本業が荒っぽいお仕事をされている方ではございませんし」
「あら、アンナのお友達?スリリングな高揚感が必要な関係なのかしら?まぁどうしましょう!いいのよ、わたしがじゃまなら二人きりにして差し上げてよ」
何を勘違いしたのか急にきゃぁきゃぁとはしゃぎだした令嬢に男の目が泳ぐ。
「あ、あなたは……シシィって、リリフォリア・アデノフォラじゃないのか……」
「ええ、違いますわ。お姉さまと私をお間違えになるなんて、ほんとうにお間抜けさんだこと」
「私は部屋を間違えたのか……」
「どうやらこの方、お姉さまのお部屋を教えられてお姉さまをさらいに来られたのかしら?ね、アンナ」
「そのようですわね。ねぇ、剣を下ろしても暴れないでいてくださるかしら。私このままあなたの首をつら抜かずにいる自信がないのです。大人しくここで何をしようとしていたのか教えてくださるなら剣を下ろしても良いと思うのですが、どうされます?ハイデン・ベアグ様」
「わたしの名前を……はぁ。わかりました。おっしゃる通りに致します」
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「では、ベアグ様。どなたに頼まれてこんなことをされているのか教えていただけますか?嘘をつかれましたら即刻脚の腱を切らしていただきますから、あしからず」
「アシなだけに!やだ、アンナったら面白い」
残酷な言葉にクスクスと笑うシシィにハイデンの視線が突き刺さる。その目がこの令嬢は正気なのかと問うていた。
「お嬢様に失礼な視線を向けるのもよろしくなくてよ」
ぱらりとハイデンの前髪が落ちる。
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