08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

由耀

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第2部 継承

EP32 境界線(1)

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 久しぶりにユイのマンションをレイラが訪れた。
 ふたりで揃いのエプロンをして、共通の趣味であるお菓子作りをする。
 
 トオルがアゼレウス社に入社する頃、レイラは美容関係の仕事を辞めてしまった。
 そしてかつての職種に戻っていた。
 何があったかはわからない。
 けれど「理想は理想でしかなかった」と言う言葉から、ユイは理解できてしまった。

 夢に向かって真っ直ぐ進んだとしても、後悔することもあるのだと。
 完璧に見えたレイラが少しだけ回り道をする、その事実にどこか安心してしまう自分が嫌だった。

「ユイってさ……私がどんなに努力しても出来ないことが出来るのに、それに気が付いてないね」
「私が出来ることなんてたかが知れてるよ」

 ボウルにいれた卵白をかき混ぜながらそんな話をする。
 
「ユイはもうちゃんと歩いてる。それが危なっかしいものだったとしても、前に進めてるんだよ」
「……ありがとう。レイラに言われるとちょっと嬉しい」

 レイラはチョコレートを刻んでいる。

「どう? 合唱団ではいい感じ? 進展は?」
「うん、だいぶ慣れた。今、新しい曲は最近のポップスでさ、レイラも知ってるよ。RARUTOの――」
「あーー。私の聞き方が悪かった。分かりやすく言うわ。ヒロトとはどうなのよ?」
「どうって……どうもならないけど?」

 ユイは部屋の隅に置かれた充電盤の上にいるマシューを見つめる。
 マシューはどうしていつもそこに居るのだろう。
 そんなに燃費が悪いようには見えない。
 この充電盤にはAIの調子を整えるという機能でもあるのだろうか。

 隣には、レイラのAIドールが正座した状態で座っている。
 そのドールは愛らしい少年の姿。こんな珍しいデザインは、おそらくカスタムタイプだろう。
 猫耳、黒い執事服。レイラの趣味が全開、ってところ。
 それにしてもレイラが人型のAIドールを持つなんて。
 しかも、護衛サポート型。なにかあったのだろうか。

「ラナン、ユイがあなたに興味津々みたい。よかったわね」
「それは光栄だけど。というかレイラ、包丁の扱い雑過ぎ……」

「ラナン君ていうの?」
「そそ」
「なんか私と似てない? 口調とか……」
「気のせいでしょ」

 ユイがオーブンの温度を見る。
 甘い香りが漂う中、ユイとレイラの共同作業が続く。
 
 ユイはマシューとラナンに背を向けながら洗い物を始めた。
 その横にレイラが並び、洗った器具の水分を取る。

「それでね、水族館に……行こうって」
「おおぅ。デートじゃん。確定じゃん。二人むつまじく……って、まさかマシューも一緒?」
「あ、うん。そのつもりだけど……」

 ユイの言葉にレイラが深いため息を漏らす。

「ったく、あなたねぇ。逆の立場になって考えてみて? 好きな人の横にAIドールがいつもいて、相手がそのドールしか見ていなかったらユイはどう思う?」

「わからない。というか、どう答えていいかわからない」
「優先するのは“機械”ではなく“人間”であるべきなのよ?」
「分かってる」

「じゃあ、マシューを定期メンテナンスに出しなさい。回収じゃないわ、調整をするためのものよ」
「どうして今? そのうちで良くない?」
「定期的にするのが定期メンテナンスよ。早いほうが良いでしょ。マシューのためよ」

 そう言われるとユイは何も言えなくなる。
 黒い車の影を気にしてか、毎日厳戒態勢をとっているマシュー。
 もしユイに何かあれば、自分のボディーを犠牲にするなんて事は平気でやるだろう。
 次もマシューは修理が可能かどうかなんて分からない。
 オーブンが余熱の完了を知らせる。

「わかった。メンテナンス、考えてみる。あと、デートも……」
「不安ならトオルと私も一緒に行こうか?」

(それは困る……)


「ううん、いい。公衆の面前であんなに熱々なのはちょっと」
「キスは愛の挨拶なの! ユイが奥手で古風なだけじゃない」

 オーブンに生地を入れて素早く扉を閉める。
 この手加減がクラシカルでユイは気に入っていた。

「おじいちゃんに似たのかなぁ」
「トミオさんは……、ダンディよ」

 変な沈黙が流れ、ユイはそれ以上の言葉を失った。 
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