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第3部 Re:
EP41 告知
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このところずっと残業が続いている。
良くない傾向だと思いながらも、仕事を放り出して帰ることも出来なかった。
ユイがマシューと一緒に職場を後にした時は、もうすでに空に月が浮かんでいた。
あの日から日が経つほど後悔は深まるばかりで、ユイはマシューと会話をしなくなっていた。
「ユイ、いつもより歩調のペースが落ちているぞ?」
「ああ……うん。なんか、目の前が……」
足がとても重い。
頭痛も酷いし、身体がふらふらしてしまう。
「ユイ?」
マシューの心配そうな声が聞こえる。
「私は……マシューに、心配しか……かけてないね……」
ユイは転びかけ、地面に片手をつく。もう立っていることも出来ない。
下腹部に強い痛みを感じる。
「ユイ、もう少し耐えてくれ。救難信号を鳴らした。すぐに病院へ――」
「うん……」
ユイは“境界線”を気にして、マシューと距離を取ろうとする。
が、激しい眩暈に、ユイは飲み込まれてしまった。
―*―
数日前。
ヒロトは遠方のリージョンに仕事の用事で行くことになった。
”通信”が来ないのも、通信の“返信”が来ないのも、ずっとそのせいだと思ってた。
気になることと言えば、今月も……アレが来ていない。
――でもその原因は考えたくなかった。
「マシュー……」
それでも最初に呼びかける存在はマシューだ。
マシューは。
笑いかけてはくれない、抱きしめてもくれない。欲しい言葉もくれない。
それでもいつもそばにいてくれる。
「目が覚めてよかった。……ユイ? どうだ?」
「……うん、病院に搬送してくれたんだね。少し……よくなったかな。ありがとう」
マシューはそのあと何も言わず、病室の窓を向く。
医師と看護師が病室に入って来たのはそのあとすぐだった。
ユイが医師から告げられたことは、チラリと思い浮かんで否定した事実。
「ユイ・リア・イサキさん。あなたは妊娠されています」
妊娠……もしかしてと思ってはいた。
聞けば18週あたり。倒れたのは貧血で、下腹部の痛みも妊娠が関係しているとのことだ。
「そんな……」
「ご家族にはどこまでお話してよろしいですか?」
「……医療的なことだけで」
ユイの言葉を聞いた医師は、今後も健康管理が必要なことを告げる。
ただそれだけなのに、ユイにはもう逃げ場が何処にもないような気さえした。
誰も居なくなった病室に、マシューとふたり。
ユイがため息をつく。マシューも、その理由を問わない。
ずれたブランケットをマシューが咥えて直すも、そのあとは背を向けて空を見上げている。
暫くして栗色の髪の落ち着いた雰囲気の女性が病室を訪れた。
ベージュ色のスーツを着た、現在のカイドウ当主の夫人。アヤカ・エミ・カイドウという女性だ。
この女性をユイは幼い頃から少しだけ苦手だった。
いや、正確には彼女の価値観が保守的すぎてついて行けなかっただけかもしれない。
「アヤカ様……? どうしてここへ?」
「……タケル様の遺言に従うためよ」
タケル・ケイ・カイドウ。
それは先代のカイドウ家当主。ユイの父親。
「お父さん……そうですか」
それ以外の言葉は出てこなかった。
―*―
この世界においてカイドウ家は“医療”を司る家である。そしてその本邸は広い。
いや広いなどという表現ではおさまらず、その敷地の規模は、すでに町なのではと思うほどだ。
図書館、学校、病院、様々な店。それらが区画整理された土地に建てられ、敷地内を潤している。
そんな風景を見つめながら、ユイとマシューを載せた車はカイドウの本邸へと進んでいた。
クラシカルだけど優美なデザイン設計の屋敷。
屋敷に着くとアゼレウス社製のAIドールや執事、メイドたちの出迎えを受けた。
サツキの様な基幹デザイン式ヒト型のAIドールが、庭木の剪定や、建物の掃除などを行っている。
この屋敷で働くメイドや執事は、一部の者を除き、身体的に事情を抱えた者ばかりだ。
彼らは継続的な治療の一環でカイドウ家で働き、カイドウ家の病院で治療を受け生活している。
その敷地の広さと規模から考えれば、もはや「カイドウ家」は地方自治体とすらいえるだろう。
もっとも、歴代当主は政治的関わりを避け続けた。
それはひとえに「純粋に人々の為の医療」を、という信念がそうさせたようにも思う。
ただしそれが真実と推し量ることはできない。
しばらくするとカイドウ家当主――、タクマ・キア・カイドウがユイの部屋を訪れた。
濃紺の眼差しは鋭い。
子供の頃からタクマはユイに“逃げ場を与えない、怖い人”だった。
タクマはベッドから起きようとするユイを片手で制する。
後ろにいたアヤカが、ベットサイドに椅子を二つ用意する。
タクマはユイと距離を取るように座る。
「妊娠と聞いたが……子供の父親はその事実を知っているのか?」
「知らないと思います」
「……知らせる必要はあるだろう」
「音信不通で……」
ヒロトに連絡するも通信は一切繋がらない。
トオルに連絡を送っても返信は来ない。
こうなってはユイに確認する術はない。
「ユイ。これまでは自由にさせてきた。しかしカイドウの人間として尽くさなければならない」
「私はまだカイドウに戻るとは言ってないです」
「お前の意志は関係が無い。腹の子に継がせるか自分が継ぐか、のどちらかだ」
そう冷たく告げ、タクマは黒檀の杖をつき部屋から立ち去る。
ユイは目を伏せた。
アヤカと二人きりになった空間には沈黙だけが流れる。
窓辺を見ながら、アヤカは言葉を紡いだ。
「あの人は貴女を娘のように想っていてね。今は少し事実に戸惑っているだけ」
ユイは何も言えない。
確かに恩義は感じる。でも、それだけだ。
「急ぐ必要はないけれど、子供の父親には話すべきだわ。子供のためにもね」
カーテンが穏やかな風で揺れる。
その揺らめきを見つめながら、一人になった部屋でユイはヒロトを想った。
「想わなければ良かったの?……結果を望んだからいけないの?」
お互いに想いあっていたというのは幻想でしかなかった?
その時の衝動に、身体ごと感情に流されただけだった?
だからヒロトは私から距離を取ったんだろうか?
窓の向こう、欠けた月は何も答えてくれはしない。
ただ淡い光をユイに注ぐだけだった。
良くない傾向だと思いながらも、仕事を放り出して帰ることも出来なかった。
ユイがマシューと一緒に職場を後にした時は、もうすでに空に月が浮かんでいた。
あの日から日が経つほど後悔は深まるばかりで、ユイはマシューと会話をしなくなっていた。
「ユイ、いつもより歩調のペースが落ちているぞ?」
「ああ……うん。なんか、目の前が……」
足がとても重い。
頭痛も酷いし、身体がふらふらしてしまう。
「ユイ?」
マシューの心配そうな声が聞こえる。
「私は……マシューに、心配しか……かけてないね……」
ユイは転びかけ、地面に片手をつく。もう立っていることも出来ない。
下腹部に強い痛みを感じる。
「ユイ、もう少し耐えてくれ。救難信号を鳴らした。すぐに病院へ――」
「うん……」
ユイは“境界線”を気にして、マシューと距離を取ろうとする。
が、激しい眩暈に、ユイは飲み込まれてしまった。
―*―
数日前。
ヒロトは遠方のリージョンに仕事の用事で行くことになった。
”通信”が来ないのも、通信の“返信”が来ないのも、ずっとそのせいだと思ってた。
気になることと言えば、今月も……アレが来ていない。
――でもその原因は考えたくなかった。
「マシュー……」
それでも最初に呼びかける存在はマシューだ。
マシューは。
笑いかけてはくれない、抱きしめてもくれない。欲しい言葉もくれない。
それでもいつもそばにいてくれる。
「目が覚めてよかった。……ユイ? どうだ?」
「……うん、病院に搬送してくれたんだね。少し……よくなったかな。ありがとう」
マシューはそのあと何も言わず、病室の窓を向く。
医師と看護師が病室に入って来たのはそのあとすぐだった。
ユイが医師から告げられたことは、チラリと思い浮かんで否定した事実。
「ユイ・リア・イサキさん。あなたは妊娠されています」
妊娠……もしかしてと思ってはいた。
聞けば18週あたり。倒れたのは貧血で、下腹部の痛みも妊娠が関係しているとのことだ。
「そんな……」
「ご家族にはどこまでお話してよろしいですか?」
「……医療的なことだけで」
ユイの言葉を聞いた医師は、今後も健康管理が必要なことを告げる。
ただそれだけなのに、ユイにはもう逃げ場が何処にもないような気さえした。
誰も居なくなった病室に、マシューとふたり。
ユイがため息をつく。マシューも、その理由を問わない。
ずれたブランケットをマシューが咥えて直すも、そのあとは背を向けて空を見上げている。
暫くして栗色の髪の落ち着いた雰囲気の女性が病室を訪れた。
ベージュ色のスーツを着た、現在のカイドウ当主の夫人。アヤカ・エミ・カイドウという女性だ。
この女性をユイは幼い頃から少しだけ苦手だった。
いや、正確には彼女の価値観が保守的すぎてついて行けなかっただけかもしれない。
「アヤカ様……? どうしてここへ?」
「……タケル様の遺言に従うためよ」
タケル・ケイ・カイドウ。
それは先代のカイドウ家当主。ユイの父親。
「お父さん……そうですか」
それ以外の言葉は出てこなかった。
―*―
この世界においてカイドウ家は“医療”を司る家である。そしてその本邸は広い。
いや広いなどという表現ではおさまらず、その敷地の規模は、すでに町なのではと思うほどだ。
図書館、学校、病院、様々な店。それらが区画整理された土地に建てられ、敷地内を潤している。
そんな風景を見つめながら、ユイとマシューを載せた車はカイドウの本邸へと進んでいた。
クラシカルだけど優美なデザイン設計の屋敷。
屋敷に着くとアゼレウス社製のAIドールや執事、メイドたちの出迎えを受けた。
サツキの様な基幹デザイン式ヒト型のAIドールが、庭木の剪定や、建物の掃除などを行っている。
この屋敷で働くメイドや執事は、一部の者を除き、身体的に事情を抱えた者ばかりだ。
彼らは継続的な治療の一環でカイドウ家で働き、カイドウ家の病院で治療を受け生活している。
その敷地の広さと規模から考えれば、もはや「カイドウ家」は地方自治体とすらいえるだろう。
もっとも、歴代当主は政治的関わりを避け続けた。
それはひとえに「純粋に人々の為の医療」を、という信念がそうさせたようにも思う。
ただしそれが真実と推し量ることはできない。
しばらくするとカイドウ家当主――、タクマ・キア・カイドウがユイの部屋を訪れた。
濃紺の眼差しは鋭い。
子供の頃からタクマはユイに“逃げ場を与えない、怖い人”だった。
タクマはベッドから起きようとするユイを片手で制する。
後ろにいたアヤカが、ベットサイドに椅子を二つ用意する。
タクマはユイと距離を取るように座る。
「妊娠と聞いたが……子供の父親はその事実を知っているのか?」
「知らないと思います」
「……知らせる必要はあるだろう」
「音信不通で……」
ヒロトに連絡するも通信は一切繋がらない。
トオルに連絡を送っても返信は来ない。
こうなってはユイに確認する術はない。
「ユイ。これまでは自由にさせてきた。しかしカイドウの人間として尽くさなければならない」
「私はまだカイドウに戻るとは言ってないです」
「お前の意志は関係が無い。腹の子に継がせるか自分が継ぐか、のどちらかだ」
そう冷たく告げ、タクマは黒檀の杖をつき部屋から立ち去る。
ユイは目を伏せた。
アヤカと二人きりになった空間には沈黙だけが流れる。
窓辺を見ながら、アヤカは言葉を紡いだ。
「あの人は貴女を娘のように想っていてね。今は少し事実に戸惑っているだけ」
ユイは何も言えない。
確かに恩義は感じる。でも、それだけだ。
「急ぐ必要はないけれど、子供の父親には話すべきだわ。子供のためにもね」
カーテンが穏やかな風で揺れる。
その揺らめきを見つめながら、一人になった部屋でユイはヒロトを想った。
「想わなければ良かったの?……結果を望んだからいけないの?」
お互いに想いあっていたというのは幻想でしかなかった?
その時の衝動に、身体ごと感情に流されただけだった?
だからヒロトは私から距離を取ったんだろうか?
窓の向こう、欠けた月は何も答えてくれはしない。
ただ淡い光をユイに注ぐだけだった。
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