08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~

由耀

文字の大きさ
51 / 84
第3部 Re:

EP49 母親

しおりを挟む
 ユイがリージョンRに向かった日から、三日後。
 かつて入院した病院の産婦人科医の診察を受けた。

 薄いアイボリーの壁とカーテンで区切られた、落ち着ける診療室。
 妊娠5か月目に入ったユイは医師から説明を受ける。
 その横には動物型AIドールのマシュー、カイドウ家現当主夫人のアヤカが寄り添う。

「ユイさんの産前検診の結果をお伝えします」

 医師の落ち着いた声に、ユイはただ姿勢を正すだけだった。
 そんなユイを見て、医師は少しだけ視線を和らげた。

「お子さんは、男の子です。出産予定日は……3月15日前後でしょう」
「……3月15日、ですか?」

 3月15日と聞けば、大抵の親は眉を顰める。
 歴史的大厄災の日であり、かつて過激派組織によって無差別攻撃事件があった日であるから。
 
「はい。あくまで健康的に出産することを条件に捻出した日付です」
「あの……。出産日をずらすことは出来ませんか?」

 ユイは視線を自分の左手の甲に落とす。
 視線を向けた先には何も見えないが、あの日祖母リエはこの左手首を掴んでユイを守った。
 
(今度は私の番、なの?)

「現在の医療では調整は可能です、しかしユイさんの場合は難しいかもしれません。」
「……どういうことかしら? わたくしは何度もやって来たわよ?」

 それまで沈黙を続けていたアヤカが不意に疑問を投げかける。
 
「産前検診では、出産時の不測の事態に備えて色んな検査をするのですが、その中に因子検査、というものがあります」
「じゃあ……私と子供の因子が、出産予定日に関与しているんですか?」

「はい」

 産婦人科医はここで声のトーンを敢えて低く出し、淡々と語り始める。
 表情はAIドールのように変わらない。
 それがユイにとってはとても残酷に思えた。

 ―*―
 アゼリアでは、人は生まれながらに因子を持つ。それはその者の因果を決定づけるものだ。
 プラスかマイナス、稀に中性。それ自体は日常に影響しないはずのものだった。
 ただユイの場合だけは違っていた。

 医師の説明によると――。

 ユイの因子は、その稀有とされる「中性」の状態で保たれているという。
 しかし更に特殊なのは、彼女が体内に「マイナス因子」も内包していることだった。
 このような現象は前例がない。
 本来、相反する因子が同時に存在すれば、細胞はその結合を失い、形を維持することができない。
 だがユイの場合、中性因子の膜がマイナス因子を包み込み、その性質を抑えているのだという。
 ちょうど、脆い卵黄が、薄い膜で守られることで形を保てているように。
 医師はそれを「調節膜」と呼んでいたが、それは文字通り、命を繋ぐ薄皮一枚だ。

(私の因子は特殊なもの。だからそもそも構造が短命に出来ているってことなのかも……)
 
 お腹の子もまた、稀少な「中性」の状態にあった。明らかに遺伝だ。
 だが驚くべきことに、その中性因子の内側には「プラス」と「マイナス」、相反する二つの因子が同時に存在していた。それらが、調節膜によって隔てられ、一つの器の中で共存しているというのだ。

 この説明にはアヤカさえも言葉を失った。
 中性因子の人間でさえも、因子は一つしか持たないというのに異なる因子を同時に抱える。
  
「もはや奇跡としか言いようがありません」

 ユイはそっとお腹に手を当てる。
 
(やっぱりあなたは、世界に祝福されて私に宿ったのね)

「だから、人為的に予定日を変更するより、自然に任せた方が赤子のためになる、そういうことね?」
「はい」
「わかりました、それなら変えません。他に何か気をつけることはありますか?」
「この因子この因子の在り方は、細胞の維持に大きな負荷がかかると考えられます。おそらく、体を成長させるだけで精一杯なはず。そうなると、生命維持に必須ではない「生殖機能」は未成熟になってしまう。そういった可能性が多分にあります。」

 ユイもアヤカもマシューも一斉にユイのお腹に視線を向ける。
 医師の一言が重くユイにのしかかる。

 その時、医師のデスクにあった急患信号が光る。

「すみません、少し席を外します」

 医師はバタバタと診察室を出ていく。代わりに看護師が今後の診察の流れを説明する。
 ユイは長い沈黙の後、ユイの背後に立ったアヤカを見上げた。

「帰りませんか?」 
「そうね」

 頭を下げる看護師に、アヤカが退出の意を告げる。
 ユイはただ、一言。

「無事に生まれると良いな」

 と、白い廊下を歩きながら呟いた。

 ―*―
 ユイはカイドウ家本邸に戻り、軽い食事をとったあと、アヤカの執務室を訪れた。
 しかし彼女は不在で、メイドによれば墓地へ出かけたそうだ。
 赤い絨毯の廊下をゆっくりと歩き、次は執事長の部屋を訪れた。

「フジナミ、スズランの花を用意して欲しいな」

 白い髪を整髪剤で撫でつけ、黒い執事服を身に纏った老紳士に声を掛ける。

「はい、お召し換えが終わる頃にはご用意致します」
「フジナミはいつも仕事が早いね」

 ユイはフジナミに微笑む。
 その微笑みを視線で受け止めた老紳士――、フジナミは、通信機を手にユイに問う。

「運転手のほかに護衛もお付けしますか?」
「ありがとう。運転手だけで良いかな、護衛はマシューがいるから」

 ユイはマシューを見つめ、マシューは沈黙したままそれに頷く。
 その言葉のないやり取りをみたフジナミは、ユイに小さなイヤリングを手渡す。
 それは小型の通信機だが、見た目は雫型の真珠のイヤリングにしか見えない。
 
「当主夫人からです。ユイさまが屋敷を出られるときにお渡しするようにと」

 ユイはイヤリングを受け取り、左耳に付ける。
 フジナミが手を叩くと、メイド達が直ぐに集まった。

「ありがとう」  

 ユイの声は少しだけ震えていた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

疑惑のタッセル

翠月 瑠々奈
恋愛
今、未婚の貴族の令嬢・令息の中で、王国の騎士たちにタッセルを渡すことが流行っていた。 目当ての相手に渡すタッセル。「房飾り」とも呼ばれ、糸や紐を束ねて作られた装飾品。様々な色やデザインで形作られている。 それは、騎士団炎の隊の隊長であるフリージアの剣にもついていた。 でもそれは──?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

半世紀の契約

篠原皐月
恋愛
 それぞれ個性的な妹達に振り回されつつ、五人姉妹の長女としての役割を自分なりに理解し、母親に代わって藤宮家を纏めている美子(よしこ)。一見、他人からは凡庸に見られがちな彼女は、自分の人生においての生きがいを、未だにはっきりと見い出せないまま日々を過ごしていたが、とある見合いの席で鼻持ちならない相手を袖にした結果、その男が彼女の家族とその後の人生に、大きく関わってくる事になる。  一見常識人でも、とてつもなく非凡な美子と、傲岸不遜で得体の知れない秀明の、二人の出会いから始まる物語です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

処理中です...