死生論

︎冬

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死んだ親友

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燈が死んで年が明けた。
有名作家が1人自殺したニュースを死んだ当初は、何処の放送局も新聞社も取り上げて、大学にまで新聞記者やニュースキャスター、ジャーナリスト等が押し寄せて来ていた。どこからの噂なのか分からないが、僕が燈の親友だと知り、僕の所にも取材は来た。
けれど、1ヶ月もしたら、ファン以外の人間は皆、忘れていた。殆ど絡みも少なかったくせに燈が有名人だと知り、悲しんでいたクラスメイトも今でも笑ってゲームの話をしている。テレビに取り上げられたいが為に、嘘泣きまでして大騒ぎをしていたクラスメイトの彼も今では、友達と笑ってはしゃいでいる。
所詮人間なんてこんなもんだろう、と燈は言うだろう。だけど、燈から聞いていた侑さんは、話に聞いていた限りでは燈の事を1番考えてたらしいので、燈の事が忘れられて悲しむだろうな、なんて。
そんな関係が羨ましい。燈にそんなに想われて縋られて。燈も侑さんに死んだ後も沢山愛されて想われて。僕はきっとそんな人、一生をかけても見つけられないだろうけど、いつかそんな人が見つかればいいな。



燈に貰った作品や遺書は誰にも見せてないし、言ってもいない。これから先も言わないし見せないつもりだ。あれは、燈が僕の事を考えて書いてくれた作品なのだから。僕と燈だけの思い出なのだ。
宝探しは凄く凄く考えた。燈のことだから、なんて思ってしまい、深く考えすぎてしまったのだ。本当は、机の引き出しの1番下に隠してあっただけなのに。見つけた時は、案外簡単だったなとか、何が書いてあるんだろうとか、沢山思ったものだ。



茶封筒の中には、写真数枚と原稿用紙の束、ノートが入ってた。茶封筒パンパンに詰められていた。物をパンパンに詰める所が、燈の性格ぽいなと思ってしまい、少し笑ってしまった。



1番最初にノートを手に取った。生前、燈から聞いたことがある。侑さんが燈との小説の思い付き集や詩集、下書きをノートに挟んだりして集めていた事を。そんな宝物同然な物を僕が見ていいのか、なんて葛藤もあったが、好奇心には勝てなかった。
ノートには、紙が数枚挟んであり、端からはみ出していた。ノートの表紙と裏表紙は、燈と侑さんが書いたのか落書きで埋めつくされていた。歪な猫の似顔絵だったり、オリジナルキャラクター、アニメや漫画のイラスト、燈と侑さんが書き合った似顔絵等が沢山書いてあった。こうして見ると侑さんは絵が上手で燈は、苦手のようだった。
表紙と裏表紙を隅々まで見た後、ノートを開けてみると、紙と沢山の文字や色で埋め尽くされていた。ノートの端には、付箋が沢山貼ってあった。
挟まっていた紙には、下書きと詩集が少し書いてあったが殆ど落書きで埋めつくされていた。
ノートは、燈が書いたと思われる文章を添削した文章がズラリと書いてあった。詩集も2人で考えた詩集が沢山書いてあり、語彙力が凄く想像力豊かな2人だった事が分かった。綺麗な日本語を淡々と詩集に使っており、意味があまり分からない言葉でさえ、意味を調べなくとも綺麗だと思えた。それ程にも2人は凄かった。



燈の生前に聞いた。侑さんが写真の裏にその日の事を沢山記録して書いていたことを。僕も少し、いや凄く期待してしまっていた。書いていなかったらどうしようという不安ともし書いてあったら、と言う期待で心臓の鼓動が早くドクドクと波を打って動いていた。
ゆっくりと裏を向けた時、微かに黒い文字が見えた気がした。僕は、書いてあると思い、凄い勢いで裏を見た。見た瞬間嬉しすぎて涙が出そうになった。文字が沢山書いてあった。


写真1枚目は、1番最初に2人で出掛けた時に撮った猫カフェでの写真。燈は、僕があげた服を着てきてくれて髪も顔もセットしていた。いつもは、儚く消えてしまいそうな感じだったのだが、その日は、黒くかっこいい感じで凄く綺麗だったことを覚えている。その時初めて同性に綺麗だという感情を抱いた。写真の裏の文は、写真からはみ出してしまいそうな程書いてあった。「七月十日 暑い暑い日 街で囲まれて居た楓。顔とは似つかず豪快に笑う楓。凄く猫と戯れるイケメン楓。僕にかわいいと言われ唖然となる楓。もう少し一緒に居たいと言うデレデレ楓。帰り際僕に生きてくれと願う楓。」等と沢山書いてあった。燈らしい達筆な字で。いつまでも自分の顔がそこそこ良いことに気づかない燈。猫と僕には、凄く笑ってくれる燈。語彙力が凄い燈。約束出来ない事は答えない燈。燈のそんな不器用な所が好きだ。



2つ目の写真は、侑さんの墓と燈と僕のツーショット。初めて燈に連れられて侑さんに会った。燈は、侑さんの墓にほぼ毎日来ているらしく墓は新品同然の綺麗さだった。燈に侑さんとの思い出話を聞かせて貰った。「八月十三日 お盆真っ只中 僕と大切な親友2人。侑と会って緊張してる楓。墓掃除を頑張ってくれてる楓。僕との思い出を話してくれてる楓。侑に酒をあげる楓。」等とこれもまた沢山書いてあった。僕が写真の中のアワアワとしている自分を見て笑っていると、写真の裏の文の1番下気づいた。そこには、小さく「侑も生きてる頃に楓と3人で話して、遊んで、笑いあっていたかった。」と書いてあった。涙の乾いた跡を残して。来世で逢えたら、またいつか何処かで逢えたら、今度は3人で遊んで、話して、長生きをしよう。約束は出来ないけれど、僕らならきっと、きっと出逢えるだろうから。



3つ目の写真は、海に行った写真。昔、侑さんと海に行ったらしく、もう一度海に行きたいと行って連れていった時の写真だ。それなら侑さんと行った方が良いんじゃないか、そう言ったら燈は、僕が良いと言ってくれた。凄く嬉しかった。「九月二十七日 少し寒い日 波の音にビックリする僕と楓。寒い寒いと文句を言う五月蝿い楓。薄着で来た馬鹿な僕と楓。靴を脱いで海に入っていく僕達2人。浜辺に辿り着いた海月を触る楓。魚と海月を触って大声を出す楓。」等とこれも沢山書いてあり、凄く凄く嬉しくて、幸せだった。燈も侑さんからこれを貰った時こんな気持ちになったんだろうなと思った。その日は寒いからなのか燈の口が悪くなっていた。その日、初めて口の悪い燈を見た気がする。燈の素が見れた気がして、憧れの小説家の素が見られた気がして、あんな人でも同じ人間なんだと思えて、嬉しかった。



4つ目の写真は、有名な遊園地に行った時の写真だ。近所の遊園地とは、段違いの大きさで、アトラクションもパレードも沢山あって燈が珍しくはしゃいでいたのを思い出す。なんでも燈は、小さい頃に1回だけしか来た事がなく、その1回が家族だったらしく遊園地が思い出なんだとか。「十一月二十一日 雪の日 ジェットコースターに乗って叫ぶ楓。その横で叫ぶ僕。コーヒーカップで酔う楓。メリーゴーランドの馬に乗り王子様を演じる馬鹿楓。観覧車に2人で乗る僕達。」等とこれも沢山書いてあり、そんなに書くことなんてあるのか、記憶力がやはり良いな、と思ってしまい、ふふっと笑ってしまった。最後に乗った観覧車は、2人とも何も喋らずただただ外の景色を見ていた。頂上に上がった頃、僕が口を開いた。
「燈、君が死のうが生きようが、燈が選んだ道なら何を言わないよ。」
「そっか。」
「うん。侑さんもきっとこう言うだろうし、燈が選んだ道に文句を付けるつもりもないしね。燈が新しい道を進んだと思って、門出を祝うよ。」
「………ありがとう。」
なんて少し寂しいような悲しいような会話をして、観覧車を降りたんだ。
燈が選んだ道なら何でもいいとは言ったものの本当は、凄く凄く悲しかった。燈が死を選択することはもう既に分かっていたから。こうでもしなきゃ、憧れの人を、親友を、恨んでしまいそうになったから。



ノートも写真も見終わり、最後に原稿用紙の束を手に取った。原稿用紙の1番前に付箋が貼ってあり、そこには「楓へ」とだけ書いてあった。僕宛なのは分かったが、原稿用紙の束ともなると何が書いてあるのか不安とワクワクが止まらなかった。今までの不満だったら、未発表の小説だったら、そんな妄想が止まらなかった。色んな感情を抱き、ドキドキしながらもそっと原稿用紙に掛かった輪ゴムを外し、読み始めた。



1つ目のタイトルは、「天使よ、僕の命を燃やして」
まるで燈の遺書のような小説だった。今までの苦労、思い、自殺未遂の繰り返し、僕と出会って死ぬ事が怖くなったこと、親友になってくれた嬉しさ、等沢山書かれていた。燈が、憧れの人がこんな沢山の事を思ってくれているとは知らず、涙が溢れ出てしまった。情けなく部屋の真ん中で声を殺しながら泣いてしまった。
僕はきっとこれからもこの小説を何度も何度も読み返すだろう。そして、何度も何度泣いて、有難うと何度も何度も思うだろう。




2つ目のタイトルは、「世界から追放された少年達」
これは、侑さんと合作したのだろうか。字がまるで違い、1つは達筆、もう1つは丸字だった。
2人の考え、書いていた時の雰囲気がまるでその場で見ていたかの様に感じた。2人だけの空間。2人だけの空間に傍観者や間に割り込んで友達として絡んでいる、とかではなく、空気となって溶け込んで、その場にいたかのような感じだ。



3つ目のタイトルは、「左様なら君、後悔に毒され」侑さんに対する思いがつらつらと書かれていた。病気の事を告げられなかった悔しさ。何故かなど、考えたら分かる己の馬鹿さ。置いてかれた悔しさとほんの少しの恨み。後から出てきた宝物を見つけた嬉しさ。頼れる人が居なくなった悲しさ。等その他諸々も含め色々な感情が顕になって書かれていた。感情を文章や語源化するのは、難しく理解できない時もある。けれど、そんな事は全然なく、寧ろ僕自身も燈の気持ちになっていた。置いていかれた悲しさと悔しさ。後から見つけた宝物の嬉しさ。等沢山共感できた。




死んだ後も宝物を残してくれている事には感謝をしている。最後に声を聞かせてくれた事も感謝している。けれど、置いていかれた悔しさは、燈が小説に書いていたように段々とほんの少しの恨みに変わっていき、僕を、僕自身を黒く暗くしていくだろう。そして、いつまでも燈が侑さんに縋っていたように僕も、燈にこれから先ずっと縋っていくだろう。けれど、燈は、僕に暗く黒く居て欲しくないだろう。だから僕は、ほんの少しは燈の事を恨むだろうけれど、今まで通り明るく生きていこうと思う。



宝物や燈の物を家に持ち帰った後、ずっと前に燈と行った神社に立ち寄った。燈は、侑さんともここに来た事があるらしくここも思いだの場所の1つらしい。神社に立ち寄ると、歳を越したからなのか絵馬がやっていた。



絵馬に書いた燈宛の「幸せに」の三文字。
貴方の未来を願って。
貴方の隣に侑さんの名も。どうか貴方々は、何処でもいつでも2人で幸せに。
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