前門の虎、後門の兎

深海めだか

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-後悔と自覚-

※十話

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「あれ、おしっこじゃない。……もしかして、潮? 」
「……ッは、ふ~ぅ"、っさく、! …れ、と、めて……、ぇ"!!」
「あ、そうだった。ごめんね、すっかり忘れてた」

 小さな操作音と共に、ようやく中の玩具が動きを止める。ふざけるな。何が『すっかり忘れてた』だ。どっちが気持ちいいだとか、笑いながら聞いてきてただろうが!! 
 快楽で頭が馬鹿になっていたにも関わらず、その言葉だけはハッキリと覚えていた。多分、あまりにもムカついたからだろう。俺は、こんなに、こんなに辛いのに……。
 もう何もかもに苛ついて、止まりかけていた涙が再びぼろぼろと溢れ出す。

「こーちゃん、すごいよ! まさか潮吹きできるようになるなんて……、うわ~録画しとけばよかった」
「ぐずっ……お、れ漏らしたんじゃ……?」
「これは潮吹きって言うんだよ。ほら、匂いもしないし透明でサラサラしてるでしょ」

 場違いに明るい声が、静かな部屋にこだました。何かに興奮している様子の朔は、琥珀色の瞳を輝かせながら濡れそぼった右手を俺の顔に近づけてくる。

「やめろ! こっちに近づけるな!」
「はいはい。ほんと我儘だなぁ」

 思いの外あっさりと引き下がった朔斗は、そのまま舌を伸ばして自分の右手を舐めた。な、舐め……?! 

「な、に……してんだよ」
「何って…うーん、強いていえば味わってる? こーちゃんが吹いた潮ってだけでこんなに美味しく感じるんだから不思議だよね」

 恍惚とした顔で右手を舐めている姿に吐き気が込み上げる。無理だ、本当に気持ち悪い。俯いて吐き気を堪えていると、ようやく満足したらしい朔が再び覆いかぶさってきた。

「この玩具気に入ってくれたのは嬉しいんだけど、俺以外のもので善がってるこーちゃん見るとやっぱ嫉妬しちゃうね」
「ひ、ゃ、~~ッ」

ぬぷぷぷっ!!

 吸い付いてくる肉壁を引きはがしながら、後孔のバイブが一息に引き抜かれる。前立腺も良いところも全部一緒くたに擦られ、あまりの快感に声もなく身悶えた。
 ずっと腹の中を圧迫していた異物がようやく引き抜かれたと思った矢先に、今度は熱い切っ先が押し当てられる。恐怖に引き攣った喉から、小さな空気の塊が漏れた。

ずちゅんッッッ!!!

「ひぎぃっ、ィ……っ!! あ"ァ~~~~ッ!!」
「っ、はぁ。……流石に柔らかいな」

 バイブでほぐされた後孔を朔の剛直が貫いた。太ももが小さく痙攣を繰り返し、浅い呼吸のまま唇を噛み締める。
 無機質な玩具とは全然違う。久しぶりに感じる熱と生々しい肉の感触に、背筋がぞくぞくと震えた。

「動くよ、ちゃんと息して」
「ひぅ"…ッ、? ! や、だ…ぁ"、は、ひ、~~~ッや、そ、っ……こ、….ぉ"!!」
「前立腺押し潰されるの気持ちいいねぇ。こーちゃんのナカすごいひくひくしてる」

 反り返ったかり首に、前立腺を思いっきり押し潰される。無意識に腰を動かして逃げを打つと、まるで叱るかのように倍の力で突き上げられた。
 なんとかして快感を逃がそうと、手錠をかけられた両腕を馬鹿みたいに揺らす。皮膚が擦れて生じる痛みが、少しでも正気に引き戻してくれるような気がした。

 自分を痛めつける様子を見かねたのか、ようやく手錠が外される。これ幸いとばかりに解放された腕を噛んで快楽に耐えていると、嗜めるように引き抜かれ、広い背中へと誘導された。
 再び再開された律動に耐えるべく、滑らかな背中に思いっきり爪を突き立てる。

「は、ひ、ぃ"……ッ、ちゃ…! いぐっ……!! ひぅ"…ッ、~~~ッ !」
「イケるならイッていいよ。多分精液は出ないと思うけど」
「も~~ッ、や、ぁ"! くる…ぅ"! イ……ッ、ちゃ…ぁ"!! 」
「――はッ、一緒にイこうね」

 朔の動きが段々と早くなり、肉壁を擦り上げながら激しい抽送を繰り返す。気持ちいいなんて思いたくないのに、馬鹿になりそうな程に気持ちがいい。

 落とされた唇に無意識に吸いつき、熱くなった舌を絡ませる。くちゅくちゅと互いの唾液を送りあい、促されるまま喉の奥へと流し込んだ。
 あったかくて、とろとろで、気持ちいい。最奥を突かれて思わず上げた嬌声も、合わせた唇の中に消えていった。

 潮とも精液とも取れない液体を吐き出して、快楽から逃げるように背中がぐぐっと反り返った。同時に中の剛直が震えて、熱い飛沫を一番奥のところに注がれる。
 ぼうっとした意識の中、触れ合うようなキスを繰り返していると、場違いなチャイムが耳に届いた。

ピンポーン

 その音を聞いた朔は入ったままの性器をゆっくりと抜いた。甘い痺れが体中を走って、噛み締めた唇の隙間から小さな嬌声が漏れる。そのまま近くに落ちていた服を手早く身につけ、『ちょっと待っててね』とだけ言い残し朔は部屋を出て行った。
 居留守を使えばいいのに。少しだけそう思ってしまった自分にゾッとして、ぶんぶんと首を振る。今、何考えようとしてた。

 生暖かい唇の感触を消したくて、かろうじて身につけていたシャツの袖で何度何度も口のあたりを擦った。……それにしても、こんな時間に誰が? ほんの少しだけ悩んで、母さんと話した電話の内容を思い出す。

『後で肉じゃが持っていくから』

 ああ、なるほど。だからすぐに出て行ったのか。一人納得していると、ある妙案が頭に浮かんだ。
 自慢ではないが俺の母さんは話が長い。朔相手であれば、少なく見積もっても十五分以上は話し続けるだろう。

 ……で、あればだ。震える足と痛む腰に鞭を打ち、なんとか立ち上がってベッド下に隠されていた俺の制服を身につける。
 下着を履くかどうか悩んだけど、あまりにもびちょびちょだったので小さく丸めて鞄に突っ込んでおいた。なるべく足音を立てないように、でも迅速に。さながら忍者の気分でドアを開けた時、俺の頭には走馬灯が走っていた。

「こーてつ、どこ行こうとしてたの?」

--あ、



―――――

 吐くほど泣いて、泣いて、ついには涙も枯れた。気絶する度に強い快楽で叩き起こされて、意識の外で休むことすらできない。何回メスイキしたかなんて十を超えたところで数えるのをやめた。
 ゆさゆさと奥を突かれながら顔中にキスを落とされる。開きっぱなしの口からは絶えず涎がこぼれ落ちて、ぐしゃぐしゃのシーツを濡らしていた。今の俺の顔は、きっと酷いありさまだろう。

「ふふっ……後でおばさんがくれた肉じゃが持ってきてあげる。それ食べたらまだまだい~っぱい愛し合おうね♡」
「……………」

 もう声を出す気力もなく、虚な瞳で天井を見上げた。ぼんやりと滲んだ視界で丸いライトがちかちかと光っている。

 ……ああ、お月様みたいだな。

 誰に言われるまでもなく、自分の胸にすっと湧いてきた感想だった。瞼を下ろした暗い視界の中、夜空の月を思い浮かべる。丸くて、汚れのない、綺麗な光。翔太が月に願った気持ちが、今ならわかるような気がした。

「けほっ…きれ、な……つき……が…」
「……俺にとってはずっと綺麗だったよ」
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