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一部
◇普段どおり◆
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翌日シェラはローレントと、市街の巡回に出ていた。
花々の咲き誇る家々の窓辺、煉瓦で舗装された道、街路樹にも丁度見ごろの桃色の花が咲いて、それはもう華やかな空気に溢れた城下町だ。
鼻腔をくすぐるおいしそうな匂いに、シェラは昼食のことを頭の隅で考えていたのだが……。
これも騎士としての立派な仕事の一つだが、昨日のこともあり、気まずい雰囲気が流れている。
シェラはあまり気にしていないし、気にしないようにもしているのだが、ローレントはそうはいかないようだ。
それはそうかもしれない、男性だと思っていた相手が女だったり、男性しか居ないはずの場所に女が居たり、だ。
彼にとっては混乱することばかりだろう。
「ローレント、わざわざ道路側を歩いてくださらなくて結構ですよ」
くいくいと彼の袖を引っ張って言うと、少し前を歩いていたローレントがぎこちなくふりかえる。シェラはそれにじとっとした視線を向けた。
彼はことの重大さが分かっているのだろうか。
リヒトがこのことを知ったら、間違いなくローレントも良い駒として使うだろう。
それは、シェラの望むところではないのだ。
それなのに……。
「しかし……」
「しかしもなにもありません、あなたのせいであのことが周囲に知られたら、死ぬのは私も一緒なんですよっ」
彼の性格を思えば、彼のためでもあると言うのは得策ではない。
なのでシェラは自分のためだと言った。
もちろん、鍵をかけずに着替えたシェラも不用意だった、大きな責任があるのは同じだが。
ローレントは困ったような顔をして、一度立ち止まった。
シェラがこれだけ言っても、彼は納得していないようだ。
「しかしシェラ、知ってしまった以上……今までと同じというようにはできないよ」
その言葉に彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔がどこか黒さを感じさせる。
彼がなんと言おうと、シェラは彼をまきこむつもりはない。
それが彼の紳士的な善意であったとしても。
「おや、そうですか。それではローレント、記憶が飛ぶように思い切り頭を殴りつけてさしあげましょうか、訓練中の不慮の事故です。あるいはあなたは巡回中暴漢に襲われ不甲斐なくも一撃を頂いた……しようがありませんよね?」
けれどローレントはそれを嫌がるでもなく、痛ましそうに見つめて、考えるように腕を組んだ。
彼なりに心配してくれているのは分かっている。
「きみにも何か事情があるのだというのは分かるよ、だが……その……」
なお言いよどむローレントに、シェラの目が据わったものになる。
ここまで言っても動じないのなら、本気で殴ってやろうかと考える。
「本気で殴りますよ?」
なのでそのままそれを口にだしてやると、彼はまいったというように手をあげた。
「すまない。分かったよ、気をつける。罰を受けるのがきみだと思うと忍びない」
「分かればいいのです、分かれば」
そう言ってシェラはローレントを追い越すと道路側を歩き始める。
そんな彼女を追いかけて、彼はどこか腑に落ちない様子で言った。
「だがシェラ、体格で言えばきみはとても華奢だし、きみがそちら側を歩いていると、図体の大きい私が通行人の邪魔になってしようがないじゃないか」
彼の言葉にぴたりとシェラの足が止まり、ゆっくりとふりかえる。
それは確かに、そのとおりかもしれない。
周囲の人々の怪訝そうな視線に気づいて、シェラは数歩戻ってローレントに並ぶと、歩道側を歩き始めた。
「……言いますね。良いでしょう、騎士として民の安全が一番です。ここは譲ってさしあげますけれど、あんまり分かりやすい反応をしないでくださいよね」
結局もとの位置に戻った二人が巡回を始めて、昼が過ぎた頃。
花々の咲き誇る家々の窓辺、煉瓦で舗装された道、街路樹にも丁度見ごろの桃色の花が咲いて、それはもう華やかな空気に溢れた城下町だ。
鼻腔をくすぐるおいしそうな匂いに、シェラは昼食のことを頭の隅で考えていたのだが……。
これも騎士としての立派な仕事の一つだが、昨日のこともあり、気まずい雰囲気が流れている。
シェラはあまり気にしていないし、気にしないようにもしているのだが、ローレントはそうはいかないようだ。
それはそうかもしれない、男性だと思っていた相手が女だったり、男性しか居ないはずの場所に女が居たり、だ。
彼にとっては混乱することばかりだろう。
「ローレント、わざわざ道路側を歩いてくださらなくて結構ですよ」
くいくいと彼の袖を引っ張って言うと、少し前を歩いていたローレントがぎこちなくふりかえる。シェラはそれにじとっとした視線を向けた。
彼はことの重大さが分かっているのだろうか。
リヒトがこのことを知ったら、間違いなくローレントも良い駒として使うだろう。
それは、シェラの望むところではないのだ。
それなのに……。
「しかし……」
「しかしもなにもありません、あなたのせいであのことが周囲に知られたら、死ぬのは私も一緒なんですよっ」
彼の性格を思えば、彼のためでもあると言うのは得策ではない。
なのでシェラは自分のためだと言った。
もちろん、鍵をかけずに着替えたシェラも不用意だった、大きな責任があるのは同じだが。
ローレントは困ったような顔をして、一度立ち止まった。
シェラがこれだけ言っても、彼は納得していないようだ。
「しかしシェラ、知ってしまった以上……今までと同じというようにはできないよ」
その言葉に彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔がどこか黒さを感じさせる。
彼がなんと言おうと、シェラは彼をまきこむつもりはない。
それが彼の紳士的な善意であったとしても。
「おや、そうですか。それではローレント、記憶が飛ぶように思い切り頭を殴りつけてさしあげましょうか、訓練中の不慮の事故です。あるいはあなたは巡回中暴漢に襲われ不甲斐なくも一撃を頂いた……しようがありませんよね?」
けれどローレントはそれを嫌がるでもなく、痛ましそうに見つめて、考えるように腕を組んだ。
彼なりに心配してくれているのは分かっている。
「きみにも何か事情があるのだというのは分かるよ、だが……その……」
なお言いよどむローレントに、シェラの目が据わったものになる。
ここまで言っても動じないのなら、本気で殴ってやろうかと考える。
「本気で殴りますよ?」
なのでそのままそれを口にだしてやると、彼はまいったというように手をあげた。
「すまない。分かったよ、気をつける。罰を受けるのがきみだと思うと忍びない」
「分かればいいのです、分かれば」
そう言ってシェラはローレントを追い越すと道路側を歩き始める。
そんな彼女を追いかけて、彼はどこか腑に落ちない様子で言った。
「だがシェラ、体格で言えばきみはとても華奢だし、きみがそちら側を歩いていると、図体の大きい私が通行人の邪魔になってしようがないじゃないか」
彼の言葉にぴたりとシェラの足が止まり、ゆっくりとふりかえる。
それは確かに、そのとおりかもしれない。
周囲の人々の怪訝そうな視線に気づいて、シェラは数歩戻ってローレントに並ぶと、歩道側を歩き始めた。
「……言いますね。良いでしょう、騎士として民の安全が一番です。ここは譲ってさしあげますけれど、あんまり分かりやすい反応をしないでくださいよね」
結局もとの位置に戻った二人が巡回を始めて、昼が過ぎた頃。
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