23 / 24
終章:姫君と騎士の恋
しおりを挟む
日に日にシャステは衰弱の色が濃くなっていた。
レーベに生きてほしいがための選択だったが、それはエゴでしかなかったのかと。
グラナートも、レーベは強くなったという。あとから、どれほどレーベがあの日から鍛錬を積んできたか聞かされた。
けれどもう、すべてが遅い。
「……はあ」
夕日の沈みかけた一人きりの部屋でため息を吐いたとき、ふとノックの音が響く。
「姫様、フィエナ様が」
グラナートの声に、シャステは弱弱しく顔をあげた。今はとても姉に会うような気分ではないのだが……帰れと言ったところでどうせ押しかけてくるだろう。
「入っていいわよ」
シャステがそう言うと、バァンと大きな音をたててフィエナが部屋に飛びこんでくる。
「あぁん! シャステ! 数日ぶりね! 元気に――」
けれど彼女は金色の瞳を見開いた。
シャステがその数日前よりずいぶん痩せて、顔色も良くなかったからだ。
「シャステ……? いったいどうしたというの?」
フィエナの問いに答えようとして、頬を伝う涙に気づく。
彼女のうしろには、職務としてフィエナの傍に居るレーベの姿があったからだ。
ほどなくしてシャステの視線の先に気づいたフィエナは眉を寄せ、小さくため息を吐くと告げた。
「伯爵、公爵、シャステと二人きりにさせてちょうだいな」
声をかけられた二人は頷くと、扉を閉めた。
ぼろぼろと泣き崩れるシャステに近づいて、フィエナはその頬に手を伸ばす。
「シャステ、おねえちゃん、あなたに確認したいことがありますのよ」
優しい声でそう言って、姉はシャステの頭を撫でる。
まるで母が子を慈しむかのように。
「あなたはヴォルフレイア公爵と一緒に居たい? それとも、彼を危険な目にあわせるくらいなら、離れてしまいたい?」
「……そんなこと、もう、言ってもしようがないじゃない」
どこか嘲笑を含んだ妹の笑みを見て、フィエナは彼女の小さな手をとる。
「じゃあ、お父様のところに一緒に行きましょう。そこではっきりさせてくれればいいわ」
「……どうして、行く必要があるの」
シャステが俯いてそう言うと、姉はめずらしく少しきつい口調で言った。
「彼のことが大切なら一緒に来て、そうでないのなら、ここに居ればいいわ。そうね、おねえちゃんとお茶でもしましょう? あのひとのことなんて、ほうっておいて」
優しいのに、棘を含んだ声にシャステは驚いて顔をあげ、そして席を立った。
姉がこんな言い方をするからには、何か意味があるのだろうと。
そして一緒に部屋を出ると、レーベとグラナートの二人が礼をする。
シャステの手を引いて父の執務室へ向かうフィエナに、二人は職務上ついて来る。
それだけでも、シャステの心はひどく痛んだ。
やがて執務室が見えてくるまで、誰も一言も言葉を発することもなく。
姉が了承を得て、二人で執務室に入ると父は書類から顔をあげて小さく息を吐いた。
「やつれたな、シャステ」
「……そうかしら」
分かっていてそう言うと、父はフィエナに視線を向ける。
「問題は解決したのか?」
問題? なんのことだろうとシャステは首を傾げた。
「それはこの場で。お父様、真実を話してあげてくださいな」
それを聞いただけで全て悟ったのか、父はシャステに視線を戻して言う。
「シャステ、おまえにはハーバールス伯爵と結婚してもらうように言ったな」
「ええ」
緩く頷いた直後、父はとんでもないことを言いだした。
「あれは全て嘘だ」
「……は?」
理解が追いつかないシャステを置いて、父はさっさと言葉を続ける。
「縁談がそんなにころころ変わるわけがないと気づかなかったのか、もともとおまえにはヴォルフレイア公爵の妻になってもらおうと思っていたし、その予定も、何も、変わっていない。だが、例外として――」
言われてみれば、決定してしまった縁談がそう簡単に破棄にはならないかもしれない。
というか。
(え? あら? じゃあ、あたしはやっぱりレーベの妻になるっていうこと?)
いろいろと頭が追いついていかない。
「おまえがどうしても過去を清算できないようであれば、そのときにはフィエナに嫁がせるつもりでいた、それは事実だ」
「……」
シャステは沈黙して頭を整理していたが、やがて金色の瞳を見開いて言う。
「た、試したのね⁉ お父様っ!」
シャステが過去を清算して、今に向きあえるのかどうか。
レーベとシャステが結ばれることが、本当に幸福をもたらすことなのかどうか。
つまり姉も一枚噛んでいたわけだ。
父は冷静に、シャステに問いかける。
「それで? 決心はついたのか?」
「――ええ、あたしは、レーベを選ぶし……彼以外と結ばれるのなら、この城を出るわ」
追放を願った日に父がそれを突っぱねたのは、そもそも、そうなる必要がなかったからなのだろう。
シャステの返事を聞くと、父は優しく微笑んだ。
「そうか。ならばいい、おまえには予定通り、彼の妻になってもらおう」
父と妹の会話を見届けて、フィエナは大きな息を吐いた。
「ふう……もう、じれったいことこの上ないですわよ。シャステ、愛するひとが居るのなら、もう二度とその手をはなしては駄目よ? おねえちゃんと、約束してね?」
「お姉様……あり、が、とう」
シャステが少し恥ずかしそうに、途切れ途切れにそう言うと、フィエナは口もとをおさえてよろめいた。
「っ……シャステが! シャステがおねえちゃんにっ、あり、ありがとうって……! あぁ、あのいけ好かない小僧を嘘とはいえ婚約者にした苦労も報われるというもの……っ!」
手をあわせて明後日の方向を見ている姉にシャステはやはり言うべきではなかったと思いつつも、感謝をしながら父に向き直る。
「お父様も……ありがとう」
「なに、おまえたちがいつまでも過去に引きずられて不幸になっては気の毒だと思っただけだ。もとよりおまえたちを望まぬ相手と結ばせるつもりなどないさ。私と妻もそうであったのだから」
そういえば、父と母は王族としては稀なことで、恋愛結婚だったらしい。
母は子爵家の生まれで、とても王妃になどなれる身分ではなかったが、いろいろとあって結ばれたと昔聞いたことがある。
「そうそう、ギルバートも妻を娶ることになった。おまえも知っているだろう? アンネマリー・アメルン伯爵令嬢だ、これからはおまえの義姉になる」
「……はっ⁉」
意味が分からず愕然としているシャステを置いてけぼりに、父は続ける。
「あとはフィエナだけなのだがな……こればかりはなかなか。とにかくシャステ、おまえにも新しく姉ができるんだ、喜ばしいだろう?」
父がそう言った瞬間、姉がこの世に戻ってきて叫ぶ。
「喜ばしくなんかありませんわっ! シャステの姉はわたくし一人で充分というものっ! 譲りませんわよ、あげませんわよっ、絶対に!」
「フィエナ、おまえももう少し大人になってくれると……私の心労が減るんだがな」
いつぞやアンネマリーが城下町に居たのは、もしかして兄に会うためだったのだろうか。
そして、シャステに警告をしに来たのは、義姉となるにあたっての問題であったからだろう。
確かに義妹となる人物が大切な幼馴染の命を奪ったりしていたら、確執になるのは間違いないだろう。
「……そう、だったの」
シャステはすべてを理解して、ぐったりとその場にへたりこみそうになったが、なんとか踏みとどまる。
「そういうわけだ、シャステ。はやく公爵に会いに行ってやったらどうだ?」
父にそう言われ、シャステは気恥ずかしさから視線をそらして礼をする。
「じゃ、じゃあお父様、あたしこれで失礼するわ」
シャステが部屋を出て行くと、フィエナがハンカチで目元を拭った。
「……あぁ、可愛いわたくしのシャステがお嫁に行ってしまうのね。あの小僧は憎たらしいけれど、あの子がそれで幸せなら……おねえちゃん、我慢するわ」
「はあ……おまえはどうしてそうなんだ、いい加減、自分の人生を歩みなさい。シャステはもう母を必要とする年ではないのだから」
父がそう言っているそばから、フィエナは金色の瞳を輝かせて言う。
「はっ……! つまり花嫁衣装が必要よねお父様っ! わたくしに選ばせてちょうだいね、あの子の一世一代の花嫁姿、何百枚写真におさめても足りないわっ! あの小僧は邪魔だけど」
まるで話を聞いていない娘にため息を吐いて、王は書類に視線を落としたのだった。
◇◇◇
執務室を出ると、どこか険悪な空気が漂う……というより、レーベが一方的にグラナートを敵視しているような空気に遭遇した。
だから、シャステは先にグラナートに問いかける。
「ねえグラナート、もしかしてあなた……全部知っていた?」
「……はい。姫様が衰弱なさるのに耐えられず、フィエナ様に相談したのも……私です」
その返事を聞いて、シャステは困ったように笑った。
「……そう。ありがとう」
あの日の清算ができるようにと、グラナートも姉も父も、一芝居うってくれたのだろう。
あとは、きっとこのことを聞かされていないレーベに、シャステから伝えなくてはならない。
「レーベ、話があるの。一緒に来て。お姉様の護衛は今限りででおしまいだから」
「……どういうことだ?」
怪訝そうなレーベに近づくと、その手を握りシャステは歩きだす。
グラナートはそんな二人を笑顔で見送り、レーベは余計に険しい表情で首を傾げている。
シャステは中庭までやって来るとレーベに振り返り、何度か深呼吸して言葉を紡ぐ。
「あのね、レーベ。あたしとあなたの婚約は破棄になんてなっていないの」
「……なに?」
青い瞳を見開いた彼に、シャステはどう言おうか迷いながら告げる。
「あたしがいつまでも過去に縛られているから、お父様とお姉様、それにグラナートも。一芝居うってくれたのよ」
「――な」
驚いた様子のレーベに、やはりそうだろうとシャステは内心思っていた。
シャステだって、とてもとても驚いた。
だが、シャステより思考の速いレーベはすぐに理解したようで、疲れたような息を吐いた。
「……そう、だったのか」
そして青い瞳を優しく細めて、シャステに近づくとその白い頬に手を伸ばす。
「じゃあ、おまえはぼくの妻になってくれるのか?」
確かめるような青い瞳を見つめ返して、シャステが言う。
「ええ、もう二度と、あなたの手をはなしたりしないわ」
頬に添えられた手に手を重ねると、レーベは小さく笑い、シャステも眉を下げて微笑む。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。
――それは、素直になれなかった姫君と騎士の物語。
レーベに生きてほしいがための選択だったが、それはエゴでしかなかったのかと。
グラナートも、レーベは強くなったという。あとから、どれほどレーベがあの日から鍛錬を積んできたか聞かされた。
けれどもう、すべてが遅い。
「……はあ」
夕日の沈みかけた一人きりの部屋でため息を吐いたとき、ふとノックの音が響く。
「姫様、フィエナ様が」
グラナートの声に、シャステは弱弱しく顔をあげた。今はとても姉に会うような気分ではないのだが……帰れと言ったところでどうせ押しかけてくるだろう。
「入っていいわよ」
シャステがそう言うと、バァンと大きな音をたててフィエナが部屋に飛びこんでくる。
「あぁん! シャステ! 数日ぶりね! 元気に――」
けれど彼女は金色の瞳を見開いた。
シャステがその数日前よりずいぶん痩せて、顔色も良くなかったからだ。
「シャステ……? いったいどうしたというの?」
フィエナの問いに答えようとして、頬を伝う涙に気づく。
彼女のうしろには、職務としてフィエナの傍に居るレーベの姿があったからだ。
ほどなくしてシャステの視線の先に気づいたフィエナは眉を寄せ、小さくため息を吐くと告げた。
「伯爵、公爵、シャステと二人きりにさせてちょうだいな」
声をかけられた二人は頷くと、扉を閉めた。
ぼろぼろと泣き崩れるシャステに近づいて、フィエナはその頬に手を伸ばす。
「シャステ、おねえちゃん、あなたに確認したいことがありますのよ」
優しい声でそう言って、姉はシャステの頭を撫でる。
まるで母が子を慈しむかのように。
「あなたはヴォルフレイア公爵と一緒に居たい? それとも、彼を危険な目にあわせるくらいなら、離れてしまいたい?」
「……そんなこと、もう、言ってもしようがないじゃない」
どこか嘲笑を含んだ妹の笑みを見て、フィエナは彼女の小さな手をとる。
「じゃあ、お父様のところに一緒に行きましょう。そこではっきりさせてくれればいいわ」
「……どうして、行く必要があるの」
シャステが俯いてそう言うと、姉はめずらしく少しきつい口調で言った。
「彼のことが大切なら一緒に来て、そうでないのなら、ここに居ればいいわ。そうね、おねえちゃんとお茶でもしましょう? あのひとのことなんて、ほうっておいて」
優しいのに、棘を含んだ声にシャステは驚いて顔をあげ、そして席を立った。
姉がこんな言い方をするからには、何か意味があるのだろうと。
そして一緒に部屋を出ると、レーベとグラナートの二人が礼をする。
シャステの手を引いて父の執務室へ向かうフィエナに、二人は職務上ついて来る。
それだけでも、シャステの心はひどく痛んだ。
やがて執務室が見えてくるまで、誰も一言も言葉を発することもなく。
姉が了承を得て、二人で執務室に入ると父は書類から顔をあげて小さく息を吐いた。
「やつれたな、シャステ」
「……そうかしら」
分かっていてそう言うと、父はフィエナに視線を向ける。
「問題は解決したのか?」
問題? なんのことだろうとシャステは首を傾げた。
「それはこの場で。お父様、真実を話してあげてくださいな」
それを聞いただけで全て悟ったのか、父はシャステに視線を戻して言う。
「シャステ、おまえにはハーバールス伯爵と結婚してもらうように言ったな」
「ええ」
緩く頷いた直後、父はとんでもないことを言いだした。
「あれは全て嘘だ」
「……は?」
理解が追いつかないシャステを置いて、父はさっさと言葉を続ける。
「縁談がそんなにころころ変わるわけがないと気づかなかったのか、もともとおまえにはヴォルフレイア公爵の妻になってもらおうと思っていたし、その予定も、何も、変わっていない。だが、例外として――」
言われてみれば、決定してしまった縁談がそう簡単に破棄にはならないかもしれない。
というか。
(え? あら? じゃあ、あたしはやっぱりレーベの妻になるっていうこと?)
いろいろと頭が追いついていかない。
「おまえがどうしても過去を清算できないようであれば、そのときにはフィエナに嫁がせるつもりでいた、それは事実だ」
「……」
シャステは沈黙して頭を整理していたが、やがて金色の瞳を見開いて言う。
「た、試したのね⁉ お父様っ!」
シャステが過去を清算して、今に向きあえるのかどうか。
レーベとシャステが結ばれることが、本当に幸福をもたらすことなのかどうか。
つまり姉も一枚噛んでいたわけだ。
父は冷静に、シャステに問いかける。
「それで? 決心はついたのか?」
「――ええ、あたしは、レーベを選ぶし……彼以外と結ばれるのなら、この城を出るわ」
追放を願った日に父がそれを突っぱねたのは、そもそも、そうなる必要がなかったからなのだろう。
シャステの返事を聞くと、父は優しく微笑んだ。
「そうか。ならばいい、おまえには予定通り、彼の妻になってもらおう」
父と妹の会話を見届けて、フィエナは大きな息を吐いた。
「ふう……もう、じれったいことこの上ないですわよ。シャステ、愛するひとが居るのなら、もう二度とその手をはなしては駄目よ? おねえちゃんと、約束してね?」
「お姉様……あり、が、とう」
シャステが少し恥ずかしそうに、途切れ途切れにそう言うと、フィエナは口もとをおさえてよろめいた。
「っ……シャステが! シャステがおねえちゃんにっ、あり、ありがとうって……! あぁ、あのいけ好かない小僧を嘘とはいえ婚約者にした苦労も報われるというもの……っ!」
手をあわせて明後日の方向を見ている姉にシャステはやはり言うべきではなかったと思いつつも、感謝をしながら父に向き直る。
「お父様も……ありがとう」
「なに、おまえたちがいつまでも過去に引きずられて不幸になっては気の毒だと思っただけだ。もとよりおまえたちを望まぬ相手と結ばせるつもりなどないさ。私と妻もそうであったのだから」
そういえば、父と母は王族としては稀なことで、恋愛結婚だったらしい。
母は子爵家の生まれで、とても王妃になどなれる身分ではなかったが、いろいろとあって結ばれたと昔聞いたことがある。
「そうそう、ギルバートも妻を娶ることになった。おまえも知っているだろう? アンネマリー・アメルン伯爵令嬢だ、これからはおまえの義姉になる」
「……はっ⁉」
意味が分からず愕然としているシャステを置いてけぼりに、父は続ける。
「あとはフィエナだけなのだがな……こればかりはなかなか。とにかくシャステ、おまえにも新しく姉ができるんだ、喜ばしいだろう?」
父がそう言った瞬間、姉がこの世に戻ってきて叫ぶ。
「喜ばしくなんかありませんわっ! シャステの姉はわたくし一人で充分というものっ! 譲りませんわよ、あげませんわよっ、絶対に!」
「フィエナ、おまえももう少し大人になってくれると……私の心労が減るんだがな」
いつぞやアンネマリーが城下町に居たのは、もしかして兄に会うためだったのだろうか。
そして、シャステに警告をしに来たのは、義姉となるにあたっての問題であったからだろう。
確かに義妹となる人物が大切な幼馴染の命を奪ったりしていたら、確執になるのは間違いないだろう。
「……そう、だったの」
シャステはすべてを理解して、ぐったりとその場にへたりこみそうになったが、なんとか踏みとどまる。
「そういうわけだ、シャステ。はやく公爵に会いに行ってやったらどうだ?」
父にそう言われ、シャステは気恥ずかしさから視線をそらして礼をする。
「じゃ、じゃあお父様、あたしこれで失礼するわ」
シャステが部屋を出て行くと、フィエナがハンカチで目元を拭った。
「……あぁ、可愛いわたくしのシャステがお嫁に行ってしまうのね。あの小僧は憎たらしいけれど、あの子がそれで幸せなら……おねえちゃん、我慢するわ」
「はあ……おまえはどうしてそうなんだ、いい加減、自分の人生を歩みなさい。シャステはもう母を必要とする年ではないのだから」
父がそう言っているそばから、フィエナは金色の瞳を輝かせて言う。
「はっ……! つまり花嫁衣装が必要よねお父様っ! わたくしに選ばせてちょうだいね、あの子の一世一代の花嫁姿、何百枚写真におさめても足りないわっ! あの小僧は邪魔だけど」
まるで話を聞いていない娘にため息を吐いて、王は書類に視線を落としたのだった。
◇◇◇
執務室を出ると、どこか険悪な空気が漂う……というより、レーベが一方的にグラナートを敵視しているような空気に遭遇した。
だから、シャステは先にグラナートに問いかける。
「ねえグラナート、もしかしてあなた……全部知っていた?」
「……はい。姫様が衰弱なさるのに耐えられず、フィエナ様に相談したのも……私です」
その返事を聞いて、シャステは困ったように笑った。
「……そう。ありがとう」
あの日の清算ができるようにと、グラナートも姉も父も、一芝居うってくれたのだろう。
あとは、きっとこのことを聞かされていないレーベに、シャステから伝えなくてはならない。
「レーベ、話があるの。一緒に来て。お姉様の護衛は今限りででおしまいだから」
「……どういうことだ?」
怪訝そうなレーベに近づくと、その手を握りシャステは歩きだす。
グラナートはそんな二人を笑顔で見送り、レーベは余計に険しい表情で首を傾げている。
シャステは中庭までやって来るとレーベに振り返り、何度か深呼吸して言葉を紡ぐ。
「あのね、レーベ。あたしとあなたの婚約は破棄になんてなっていないの」
「……なに?」
青い瞳を見開いた彼に、シャステはどう言おうか迷いながら告げる。
「あたしがいつまでも過去に縛られているから、お父様とお姉様、それにグラナートも。一芝居うってくれたのよ」
「――な」
驚いた様子のレーベに、やはりそうだろうとシャステは内心思っていた。
シャステだって、とてもとても驚いた。
だが、シャステより思考の速いレーベはすぐに理解したようで、疲れたような息を吐いた。
「……そう、だったのか」
そして青い瞳を優しく細めて、シャステに近づくとその白い頬に手を伸ばす。
「じゃあ、おまえはぼくの妻になってくれるのか?」
確かめるような青い瞳を見つめ返して、シャステが言う。
「ええ、もう二度と、あなたの手をはなしたりしないわ」
頬に添えられた手に手を重ねると、レーベは小さく笑い、シャステも眉を下げて微笑む。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。
――それは、素直になれなかった姫君と騎士の物語。
0
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる