王子殿下の愛しい奴隷

野草こたつ/ロクヨミノ

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◇アルフォンスの追想◆

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 側近にすえられた女を、めざわりな卑しい奴隷だと思っていた。
 どうせこれも母のいやがらせなのだと。
 アルフォンスは、兄王子たちに比べると少し能力的に劣っていた。
 剣に秀でているのでもなく、頭脳に秀でているのでもない。
 なにかと平凡なのだ。
 なので母に、父に、疎ましく思われていることは彼自身が一番よく分かっていた。

 シーグリッドと名乗った少女が、暗殺技術の面でもたいした腕前でないのは知っていた。
 というか、そのていどの者でなければ自分のところへよこさない。
 あわよくば、アルフォンスに死んでほしいと思っている輩が多いのも知っていたからだ。

 この女も、いざ我が身が危なくなればきっと、アルフォンスのことなど見捨てて逃げていくだろう。
 そう信じていたから、シーグリッドにはとても辛辣な言葉ばかりをかけていたのだ。
 ――……いたのだが……。

 ある日の夜のこと、暗殺者からアルフォンスを庇って、
 血まみれで蹲る彼女を見て、どうしていいのか、一瞬分からなくなった。
 ……どうするべきか?
 見捨ててしまえばいいのかもしれない。
 どうせ奴隷の身から解放されたくて、自分を庇ったのに違いない。 
 ――けれど、そんな思考と反対に、彼は医師を呼ばなければと思い駆けだした。

 それからというもの、シーグリッドという少女の言葉に以前より少し耳を傾けるようになった。
 彼女はあまり嘘をつかないし、あの時も、自分を見捨てずにいてくれた。
 だから少しだけ、少しだけ信じてやろうと思ったのだ。

『わたしは、兄王子たちにとおく及ばない。ほんとうは、はやく死んだほうが得をする者が多いんだ』
 シーグリッドと二人のときに、これを言うのにはとても勇気が必要だった。
 それでも、どうしてか、彼女に聞いてほしいと思った。
 シーグリッドは少し考えて、微笑んで口を開いた。

『アルフォンス様、花はみな同じ時期に咲くわけではありませんね』
『うん?』
 意味が分からなくて、いい加減な返事をしているのかと最初は思った。
 言うべきではなかったかと考えていると、彼女は言葉を続けた。

『ひとも同じではないでしょうか、みながみな、同じように成長し、必ず同じ時期に花開くのなら、それほどつまらない世界はないのでしょうね』
 彼女は青い瞳を愛おしげに細めて言う。
『アルフォンス様もいずれ、きっと他の王子殿下とは違う花を咲かせることでしょう』
『――……そう、かな』
『ええ、きっとそうです』
 微笑んだ彼女がまぶしく思えて、そっと黄緑色の瞳をそらす。
 シーグリッドの言葉はとてもあたたかく、胸を満たすものがあった。

(……?)
 鼓動が高鳴るのを感じて、アルフォンスは首を傾げる。
 この頃はまだ、彼女を好きになったのだとは思っていなかったから。

 それから数年も経つと、さすがにアルフォンスも彼女への恋心を自覚していたが、恋……だなんて、愛らしく呼べるものだろうか? とは自身も思っていた。
 彼女を閉じこめて、自分だけのものにしてしまいたい。
 とくに、同じ市場で拾われたという王妃仕えの奴隷、エイベルと彼女が一緒にいるのを見ると、嫉妬で胸が焼ける想いだった。

 ずっとそばにいてほしい、あの笑顔を自分だけに向けてほしい。
 それでももし、彼女が……自分から離れていくことがあるのなら?
 その時は……。

 ――きっと私は、きみにひどいことをしてしまう。
 ――だからどうか、決して私のそばから去っていかないで、シーグリッド。

 それは、アルフォンスからシーグリッドへの願いだった。
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