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路傍の石はかく語りき
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ガスマスク越しのキスが流行っている。
さんざっぱら警告されていた愚行をついぞ止めることが出来なかった人間達。母は不死でも無限でも無かった。それを思い知らされた日から、青い空は虚構である。
そこで電子の海を賑わせたのが、死の灰の中、ガスマスク越しのキス。
これだから人は愚かでロマンチストで、そうして逞しく美しい。俺は彼らのそういうところが気に入っていた。
「なあ、人がやってるキスっての、あるじゃん」
「あるねえ」
隣の連れ合いが退屈そうに答える。こいつはいつも退屈している。かく言う俺も悠久に飽いている。人が生まれてからは、それも少しは紛れたけれど。
「やってみね?眼前でさ、ガスマスクもなんもない俺らがキスしたら、あいつらどうすんのかな?」
連れは暖かい闇を湛えた目を見開いて、俺を見た。
「もう俺ら散々退屈しただろ、別に直接何かする訳じゃない、ちょいと見せつけてやるだけだよ。なあ、だめかなあ?」
「俺達の義務は存在だけで、俺達に許されるのも存在だけだろ。干渉しちゃいけねえよ。」
口では止めていても、連れが俺の提案に惹かれているのは見え見えだ。どれだけの歳月共にしてきたと思ってる、時間の日の出だって隣で見た。
「罪悪が生まれる前から居るけどさ、林檎の蜜はやっぱり舐めてみたくなるんだよ。それにもう、俺達の退屈を慰めるあいつらも、そろそろ終わりだろ。なあ、俺らはさ、存在しか許されていないけど、そう創られたはずだけど、だけどそれならなんで思考を持たされたんだろうなあ。持てる物を使ってしまうのは俺達の罪じゃあないだろ。それならきっとこの気紛れも、上の差し金だよ。
…俺はあいつらの終わりは見たくないんだ。どうしようもなく醜いし、俺達が愛してきた世界を、我が物顔で破壊する嫌な奴らだけど、なあ、お前も分かるだろ?俺は、あいつらも愛してるんだよ。」
連れは相変わらず夜の目で、灰色になった街を見つめている。
「おい、最期くらいあいつらの真似事してみないか?オリジナルは俺達だってのに、真似事なんかおかしいかな。でもちょっと面白そうだろ?なあ、あいつらの終わりを見る前に、あいつらの真似事で俺達を終わらせないか?」
連れは無言で俺を見た。その視線が肯定であることを、俺はとっくに知っている。星の瞬くその眼に、俺の光が映り込む。ああ、お前の夜の目、俺は大好きだ。
「なあ、お前の昼の目、俺は大好きだよ。」
つくづく似た者同士だ、最期まで鏡写しの愛をお互いに注いでいる事に気づいて、思わず顔が綻んだ。
なあ、人よ、終わるその時まで、ガスマスク越しにキスをしてろよ。
こうして昼と夜は世界で最初のキスをして、世界で最後の光と闇を人々に見せた。彼らは人が天使とか悪魔とか精霊とか神とか呼ぶ者だったが、名付けなどという鎖にやすやすと繋がれる存在では無かったので、これをいま語る私もどう呼べばよいのか分からない。ただ一つ言えるのは、風に削られ雨に晒され、幾多の生き物が通り過ぎる様を、ただ見ていた私の頭上で彼らが最期を迎えたのは、私の確かな僥倖であった。
そうそう、その後の人間についても語っておかねばならない。彼らの生身のキスは、人々にガスマスクを外した死のキスを流行らせた。人間はかくも愚かなロマンチスト、そうして逞しく美しいのだ。さて、そろそろ私も無に溶ける。世界は優しく無に溶ける。
さんざっぱら警告されていた愚行をついぞ止めることが出来なかった人間達。母は不死でも無限でも無かった。それを思い知らされた日から、青い空は虚構である。
そこで電子の海を賑わせたのが、死の灰の中、ガスマスク越しのキス。
これだから人は愚かでロマンチストで、そうして逞しく美しい。俺は彼らのそういうところが気に入っていた。
「なあ、人がやってるキスっての、あるじゃん」
「あるねえ」
隣の連れ合いが退屈そうに答える。こいつはいつも退屈している。かく言う俺も悠久に飽いている。人が生まれてからは、それも少しは紛れたけれど。
「やってみね?眼前でさ、ガスマスクもなんもない俺らがキスしたら、あいつらどうすんのかな?」
連れは暖かい闇を湛えた目を見開いて、俺を見た。
「もう俺ら散々退屈しただろ、別に直接何かする訳じゃない、ちょいと見せつけてやるだけだよ。なあ、だめかなあ?」
「俺達の義務は存在だけで、俺達に許されるのも存在だけだろ。干渉しちゃいけねえよ。」
口では止めていても、連れが俺の提案に惹かれているのは見え見えだ。どれだけの歳月共にしてきたと思ってる、時間の日の出だって隣で見た。
「罪悪が生まれる前から居るけどさ、林檎の蜜はやっぱり舐めてみたくなるんだよ。それにもう、俺達の退屈を慰めるあいつらも、そろそろ終わりだろ。なあ、俺らはさ、存在しか許されていないけど、そう創られたはずだけど、だけどそれならなんで思考を持たされたんだろうなあ。持てる物を使ってしまうのは俺達の罪じゃあないだろ。それならきっとこの気紛れも、上の差し金だよ。
…俺はあいつらの終わりは見たくないんだ。どうしようもなく醜いし、俺達が愛してきた世界を、我が物顔で破壊する嫌な奴らだけど、なあ、お前も分かるだろ?俺は、あいつらも愛してるんだよ。」
連れは相変わらず夜の目で、灰色になった街を見つめている。
「おい、最期くらいあいつらの真似事してみないか?オリジナルは俺達だってのに、真似事なんかおかしいかな。でもちょっと面白そうだろ?なあ、あいつらの終わりを見る前に、あいつらの真似事で俺達を終わらせないか?」
連れは無言で俺を見た。その視線が肯定であることを、俺はとっくに知っている。星の瞬くその眼に、俺の光が映り込む。ああ、お前の夜の目、俺は大好きだ。
「なあ、お前の昼の目、俺は大好きだよ。」
つくづく似た者同士だ、最期まで鏡写しの愛をお互いに注いでいる事に気づいて、思わず顔が綻んだ。
なあ、人よ、終わるその時まで、ガスマスク越しにキスをしてろよ。
こうして昼と夜は世界で最初のキスをして、世界で最後の光と闇を人々に見せた。彼らは人が天使とか悪魔とか精霊とか神とか呼ぶ者だったが、名付けなどという鎖にやすやすと繋がれる存在では無かったので、これをいま語る私もどう呼べばよいのか分からない。ただ一つ言えるのは、風に削られ雨に晒され、幾多の生き物が通り過ぎる様を、ただ見ていた私の頭上で彼らが最期を迎えたのは、私の確かな僥倖であった。
そうそう、その後の人間についても語っておかねばならない。彼らの生身のキスは、人々にガスマスクを外した死のキスを流行らせた。人間はかくも愚かなロマンチスト、そうして逞しく美しいのだ。さて、そろそろ私も無に溶ける。世界は優しく無に溶ける。
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