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最終話 幻想の場所
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深い暗闇の中で、僕は目覚めたようだった。
「・・・・・・おい、意識が戻った・・・・・・」
微かに誰かの声がする。聞き覚えはない。その聞き覚えのない声をした誰かは、僕の手をまるで遠慮するかのような弱い力で握る。このとき僕は、自分の異変に少しだけ気が付いた。僕の手には、まるで厚手の手袋でも履いているかのようにごわついている。
「・・・・・・聞こえるかい・・・・・・聞こえたら私の手を握るんだ・・・・・・」
僕は声の主の言うとおりに、ごわついた手に力を入れる。
「いいぞ・・・・・・反応がある・・・・・・」
微かだが僕は声の主の手を、握ることができた。おかしい。体に。いや、全身にうまく力が入らない。どうしてだ? 頭の中で疑問が溢れる。
それにしても、僕は一体誰だ? どうしてこんな暗闇にいる?
(ああ、そうか・・・・・・)
目を閉じているからだ。一つは簡単な疑問だった。ゆっくりと僕の瞳が開く。しかし、開いたのは片方の右目だけだ。左目は、どう頑張っても開かなかった。
白い天井を背景に、見知らぬ男性が僕の顔を覗き込んでいる。彼が声の主であることは、間違いないのだろうが。
「君は酷い火傷をして、この病院に担ぎ込まれたんだ。刺し傷のほうは心配ないよ。ちゃんと手術したから。まったく、生きているのが奇跡だよ」
手術? なるほど、この人は医者か。いや、そんなことはどうでもいい。僕にとって、本当にどうでもいいことだ。気になる言葉が、火傷と刺し傷。それに生きているのが奇跡? 僕は、それらの言葉が、どういう意味を持つのか考えた途端。まるで忘れていたかのように、全身が熱く。そして鋭く痛みだした。
「うわ・・・・・・! うわぁぁぁー!」
絶叫するほどの痛み。医者の男が、仰向けの僕の体を両手で押さえる。このとき僕は片方の右目で、自分の首から下が、どうなっているのかが見えた。
「何だ・・・・・・? 何なんだ?! これは?!」
包帯だった。僕の体には、包帯が厚く巻かれていた。手がごわついていたのは、これが原因だ。
「誰か! 誰か鎮痛剤を持ってきてくれ!」
叫ぶ医者。そのときだ。
「どいてください!」
僕の前に、一人の少女がやってきた。
「あ、ああ、わかった」
どこか呆然として、僕の体から両手をどける医者。彼は僕の視界から消えるが、熱く鋭い痛みはまだ続いている。
「もう大丈夫だよ。私がそばにいるから」
少女は、包帯で覆われた僕の手を両手で握る。どういうわけか? 痛みが少しだけ、和らいでいくような気がする。これは不思議な錯覚だろうか・・・・・・?
「君は誰だ・・・・・・?」
僕が名前を尋ねたとき、少女は何故か、深い悲しみに覆われたかのような表情を見せた。
「詩織。私の名前は詩織」
しかし次の瞬間には、微笑んで自らの名を口にする。
「詩織・・・・・・いい名前だ・・・・・・」
痛みを堪えて、僕は詩織の名前を褒めたつもりだ。詩織もそれは理解したらしく「ありがとう」とお礼の言葉を返した。
「歩夢君は、すぐに元気になるから安心して」
「歩夢・・・・・・?」
見知らぬ名を、僕が聞き返すと詩織は、またしても悲しい表情に戻る。歩夢。どうやらそれが僕の名前らしい。
「詩織は、詩織は、僕と一緒にいてくれるのか・・・・・・?」
僕は、悲しそうな詩織に聞いてみる。少しでも、僕の痛みを和らげてくれる人が、そばにいてほしい。こんな痛みの中で、一人は嫌だ。そんなのは、寂しすぎるように思える。
「うん。いつだって一緒だから。私たちはいつも一緒。あなたを一人にはしない。これは約束だから」
詩織は優しく微笑んで、僕に約束してくれた。僕は安心を取り戻した子供のように、彼女に微笑みを返す。
「歩夢君」
白い内装の診察室にて、車椅子に乗っている僕。詩織はその隣から、腰を下ろして僕の手を握ってくれていた。
「それでは術後の経過をお知らせします。腹部の刺し傷は、内臓に足してはいましたが、正しく処置できたので心配はいりません」
目の前にいる医者は勿論、僕に向かって告げている。
「ただ、問題は記憶障害と重度の火傷です」
医者は手に持っていたカルテを開き、中を覗きこむと小さく首を左右に振った。
「火傷のほうは大がかりな手術で、何度皮膚移植を繰り返しても、君の容姿は元には戻らない。もしかすると痛みも一生続く可能性もあるし、無理をすると命にかかわる」
絶望的な告知だ。もういいのに。それだけで十分なのに、医師は冷徹に言葉を告げる。幻痛やらリンゲル液。僕にとっては、訳がわからない単語だ。単純に、僕の痛みは一生続くと告知すればいいのに。それでも医師は、無慈悲にカルテのページをめくる。
「記憶障害のほうは、恐らくは精神的なものです。救急車で運ばれる前に、彼にはショックなできごとがあったのでは?」
医師の質問に、どういうわけか詩織の手が微かに震える。
「いいです・・・・・・もう十分ですから・・・・・・」
目の前にいる、医者に向かって口を開く詩織。
「絶望するにはまだ早い。海外では」
「私と歩夢君は、病室に戻ります」
医師の言葉を遮り詩織は、静かに僕が乗る車椅子を押した。絶望だけが、僕の心を揺れ動かす。
体の痛みなど無視し、怒りに我をまかせて僕は車椅子から立ち上がる。そして醜い不満をただ爆発させた。
「僕は! 僕は、こんな痛みを一生抱えるのか?! 記憶も思い出せずに死ぬのか?!」
無様に歩きだし、病室にある鏡へと向かう。鏡に向かって自らの包帯を外す。鏡に映る僕の顔。そこには、酷い火傷を負った姿がある。
「シヌ? 死ぬ? もしかして僕は死んでいいのか?!」
鏡から振り返り、僕は疑問に浮かんだ言葉を、見舞い客用の椅子に座る詩織に告げた。
「歩夢君は死んじゃだめだよ」
詩織は椅子から立ち上がり、今にも涙しそうな僕に歩み寄る。
「私が好きになった人だから・・・・・・いつもあなたを想っていた・・・・・・」
彼女の石鹸の香りが、すぐそばまで来ると。僕は、詩織に優しく口づけをされた。
(どうしてだ・・・・・・?)
こんな可愛い容姿をした少女が、僕のことを? 詩織の行為は、疑問でしかなかった。彼女は僕から、その柔らかい唇をどけると、どこか満足気に微笑んだ。
「愛している」
僕は空しく孤独だった・・・・・・
「それじゃあ、もう一度聞くよ」
ただ寒いだけの朝。スーツにネクタイ姿の人が、僕を訪ねに来ていた。
「その刺し傷は誰にされたの? 犯人の顔は見た? もしかして君の知っている人かな?」
さっきからこの男は、僕に同じ質問を繰り返している。この男は警察官。刑事だった。
「知らないんだ」
僕は、ベッドにふて寝している状態だ。刑事の質問が僕をそうさせた。
「そうか・・・・・・」
刑事はため息を漏らし、椅子から立ち上がる。
「約束する。君をそんな目に会わせた犯人は必ず突き止める」
病室を後にする刑事。
(やっと、帰った・・・・・・)
僕をこんな目に会わせた犯人など、どうでもいい。
「僕はもう一度会いたいんだ・・・・・・」
その言葉を口にしたとき、僕は今にも飛び起きそうだった。
「会いたい・・・・・・? 僕は誰と会いたいんだ・・・・・・?」
疑問だったその刹那。冷たい風になびく薄赤色の髪が、少しだけ見えた。フラッシュバックのように。
『・・・・・・君は儚い人だね・・・・・・』
少女の声が。一人の少女の声が、まるで幻聴のように聞こえた。ほんの少しの言葉を発した少女の声。淡く懐かしい気持ちになるが。次の瞬間には、ただの空耳だったと錯覚させる。
「歩夢君。おはよう。今日もいい朝だね」
その刹那。嬉しそうな笑顔を浮かべ、詩織が僕の病室にやってくる。
「やぁ、詩織。今日も笑顔だね。可愛いよ」
精一杯の褒め言葉を詩織に送る僕。彼女は、ただ恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「て、照れるでしょ・・・・・・」
「本当のことだ。君の笑顔は、誰かを安心させるためにあると思う」
これは僕の正直な気持ちだ。嘘偽りはない。
「今は歩夢君を安心させてるよ」
詩織は僕に距離を詰める。彼女の顔が、すぐ目の前でとまった。
「キスは、必ずしよう・・・・・・毎日、欠かさず・・・・・・」
詩織の唇が、僕に迫ったときだ。
「それにしても嬉しそうだ。何かいいことでもあったんじゃないのか?」
僕が質問すると、詩織は寸前のところでキスをやめた。
「少し違うな。いいことじゃなくて。いい場所を見つけたの」
僕の目の前で、微笑みを見せる詩織。
「いい場所?」
「綺麗な場所。最初見たとき、私が天使を感じた場所・・・・・・」
天使? 詩織が見つけたのは、一体どんな場所なのだろうか? 思わず気にしてしまう僕だが。
「僕も行ってみたいな。その場所へ。でもこの体じゃ無理だな・・・・・・」
弱った体力に重症の火傷。外出が許されるはずもない。少し残念な気もするが、それは仕方のないことだ。
「大丈夫。行けるよ。ほら、悲観は駄目」
悲観するのも無理はないだろう? 多少歩くことはできたが。それ以上は無理だ。体力も続かないし、痛みだって走る。
「さぁ、車椅子に乗って」
詩織はそんな僕の悲観を無視するかのごとく、ベッドの脇にある車椅子を用意した。
「詩織。僕には無理だ。体は痛いし。それに人の目だって気にしている・・・・・・」
「弱虫もいけません」
悲観に続き弱虫か。確かに、それらが僕の印象に相応しいと思う。少しだけ厳しい表情の詩織。それでも。次の瞬間には、元の優しそうな詩織に戻っていた。きっと綺麗な容姿をした彼女には、到底理解不能だろう。こんな姿になった僕の気持ちなど。
(慈悲が誰かを傷つけることだってあるんだ・・・・・・)
醜く、微かな怒りを僕は堪えた。
「心配ないよ。綺麗な場所は病院の敷地内にあるから」
僕にとって、それなら都合がいい。僕はベッドから起き上がる。そして、痛む体を引きずるようにして車椅子へと乗った。無言で。
「歩夢君」
「うん? 何だ?」
「もしかして、怒ってる?」
詩織の質問に、僕は何も答えられず。ただ、間抜けに口を半開きにしてしまう。
「どうして? 私と歩夢君はもう特別でしょう・・・・・・?」
確かに僕たちは、特別な存在だ。それでもどうしてか。僕の心の中には、まるで違う存在を想うのだった。詩織のように、綺麗な黒髪ではない。髪の色は違う。彼女より、もっと色白な・・・・・・
いや。やめよう・・・・・・
どうしてそんな考えに至ったか。僕にはわからない。
「ああ、僕たちは特別だ。それに怒ってなんかないよ」
僕は嘘を吐いた。詩織のために。彼女を傷つけたくない。この恋が嘘だとしても・・・・・・
「うん・・・・・・」
詩織の浮かない返事。きっと、僕の答えに疑念を抱いているに違いない。
「とても綺麗な場所。歩夢君は今そう思っている・・・・・・」
詩織が後ろから、僕の耳元で囁く。
「ああ、綺麗な場所だ。心が癒される・・・・・・痛みも・・・・・・」
彼女が案内してくれた場所は、病院の中にある教会だった。ステンドグラスから差し込む遠い冬の日差し。それも綺麗だったが。僕が目を奪われたのは、天井にある絵画だ。
「天使は綺麗だね」
詩織も同じく、天井の絵画に目を奪われている様子だった。何かの光に向かう、沢山の天使が描かれている天井を。
「薄赤色の髪だ・・・・・・」
その天使は、僕の目を奪った。
「え?」
「ほら、隅に描かれているだろ?」
「えーと・・・・・・」
長い薄赤色の髪で、少女の姿をしている天使。神話に出てくる姫君にも、負けず劣らずの美しい姿をしていた。
「見つけた」
どうやら詩織も、その天使を見つけた様子だ。
「綺麗・・・・・・でも隅に描かれていて、可愛そうな気もする・・・・・・」
確かに薄赤色の髪の天使は、隅で、光に向かう天使たちを、空しく見つめている様子だった。
「どうして光に向かう天使たちを見つめているんだろう?」
どうやら詩織は疑問らしい。あの薄赤色の髪をした天使が、なぜ神々しい光に向かわないのか。
「きっと、ほかの天使たちと同じことができないんだ・・・・・・」
「どうしてわかるの?」
「僕には理解できる。そう、理解できるんだ」
一体これはどういうことだ? 自らが、どうしてこんな言葉を発したのかがわからない。
「あの天使。本当は寂しがり屋で、自分も光に向かって飛んでいきたいんだ。でも、それができない・・・・・・意地を張って皆と同じことができないんだ・・・・・・ただの・・・・・・強がりでしかないのに・・・・・・」
「歩夢君? ねぇ、どうしたの? 歩夢君・・・・・・?」
心配そうな面持ちの詩織。
「でも優しい・・・・・・とても優しい存在なんだ・・・・・・誰かを愛するのが怖いんだ・・・・・・僕と同じで・・・・・・」
だから、心が似ている僕たちは、惹かれあったのだろうか・・・・・・? 惹かれる? あの天使に? ただの、教会の天井に描かれた絵画じゃないか。馬鹿な、僕は何を考えている?
「しっかりして!」
詩織の大声が、教会の中で響く。長椅子に座り、祈りをささげていた一人の少女が、僕たちに向かって振り返る。少女はどういうわけか。僕と目が合うと、頬を少しだけ赤く染めた。白いコートを着ていて、金色の髪をした少女。どこか無垢な心を感じさせる水色の瞳。可愛らしい・・・・・・しかし、今はそんなこと、どうでもいい・・・・・・どうでもいいんだ・・・・・・
「会いたいんだ・・・・・・一目でいいから会いたいんだ・・・・・・」
「歩夢君・・・・・・?!」
僕の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。理由は。理由は・・・・・・顔も思い出せない誰かに会いたかった・・・・・・それだけだ・・・・・・
「頼むよ・・・・・・今は、信じているから・・・・・・神様・・・・・・」
僕は車椅子から立ち上がり、痛む体を引きずるようにして、教会の祭壇へと歩き出す。そして・・・・・・
「え・・・・・・? 何だ・・・・・・? これ・・・・・・?」
僕の目の前に、ある物が転がっている。
「病室に帰ろう。二人でゼリーでも食べようよ。マスカット味のが、売店で売ってたよ」
詩織は僕に駆け寄り。食べ物でなだめようとする。ゼリー? そんなものに興味はない。あるのは。
「砂・・・・・・? 砂か・・・・・・?」
僕の目の前には、小さな小瓶が落ちていた。小瓶の中には、砂が。白い砂が入っていた。
「大切な物・・・・・・」
見ていると、そんな錯覚を僕に起こさせる。包帯で巻かれた手で、小瓶を掴もうとしたとき。
「駄目!」
詩織の声が教会に響く。彼女は、僕より先に白い砂の入った小瓶を取り上げる。
「渡してくれ・・・・・・」
頼む僕だが。
「やだ」
詩織は僕を睨み付け、口を開くのだった。
「どうか渡してくれ・・・・・・! お願いだ・・・・・・!」
涙ながらに、詩織に願うのだが・・・・・・
「これは渡さない。きっと幻想の異物だから」
冷酷な詩織。幻想の異物? 一体何のことだ? 考えずにはいられない僕。このとき、誰かを思い出しそうになるのだが。
「わかった・・・・・・わかったよ・・・・・・君だけを大切に想うと誓う・・・・・・」
一人は嫌だ。詩織に服従するしか選択肢はない。泣きながら告げる僕に。彼女は笑顔を見せる。嬉しそうに・・・・・・
「それじゃあ、病室に帰ろうね」
車椅子に腰を下ろす僕。教会を後にしようとしたとき。後ろから声がした。おそらく、あの金色の髪の少女だ。
「その人、きっと嫌がってます。今のあなたを・・・・・・」
少女は、僕の心境を見事に悟っていた。詩織は、車椅子を押す手を止める。
「どうして? どうして他人にわかるの?」
詩織が、少女に向かって口を開く。
「あなたは優しそうな人だけど、その優しさがその人を苦しめている・・・・・・まるで縛り上げて、自分だけのものにしているみたい・・・・・・」
「・・・・・・」
詩織は、少女に何の反論もしなかった。ただ無言に、僕が乗る車椅子を押す。
「まだ・・・・・・まだ大丈夫だから・・・・・・」
涙を堪えるかのような少女の声。僕は呆然と、車椅子に揺られ続ける。自由の利かない体で、このまま詩織に服従を続ける生活を、僕は送るのだろうか・・・・・・? 考えただけで、気が遠くなった・・・・・・
その夜。詩織は病室で、僕のベッドに顔をうずめ眠っていた。売店から彼女が山ほど買ってきたマスカット味のゼリーが、机の上に無造作に置かれている。大半は詩織が食べたが。まだゼリーの数は多い。
「いい子だ・・・・・・いい子だけど・・・・・・僕にはもったいない・・・・・・」
僕は、眠る詩織の頭を撫でる。心地よく静かに、寝息を立てる彼女。あれだけゼリーを食べれば当然幸せだろう。実に幸せそうな寝顔だった。すると・・・・・・
「・・・・・・やめて・・・・・・もう殴らないで・・・・・・お願い・・・・・・お姉ちゃ・・・・・・ん・・・・・・」
痛そうで、悲しそうな寝言を発する詩織。殴らないで? 志保? 一体、彼女の過去に何があったのか? それは本人しか知りえない。
「面会時間は終わりだぞ。けど、今回だけは見逃してやる」
ノックもせず、一人の若い医者が僕の病室へと入って来る。
「点滴は? 看護師がちゃんと取りかえに来たのか?」
若い看護師が、ちゃんと取りかえたはずだ。食事を殆ど残す僕に、ブドウ糖がどうとか言っていた。
「ああ、取りかえに来たよ。確かだ・・・・・・」
僕は、詩織が起きないように声を落とす。しかし、この医者は、問答無用で通常であろう声を出す。
「それは何より。しかしカルテを見る限り、数値はあまりよくないな。それに君は少し栄養失調気味だ。食事は、ちゃんととらないと。ブドウ糖にだけ頼っていちゃ駄目だ」
そう言われても、僕に与えられる三食の食事は、味のしないお粥ばかりだ。食欲のない僕が、残すのも当然だろう。
「お粥だろ?」
「え?」
「君に与えられる食事さ」
それは、知っていてもおかしくない情報だ。彼は、この病院に勤務する医者だから。それでも、僕の心の片隅で何かが引っかかる・・・・・・
「焦げていないだけマシさ。れっきとした栄養士が調理して君に出している。君の母親とは違う」
母? あの日、焦げたお粥を・・・・・・僕に・・・・・そして駅前で・・・・・・ 思い出しただけで胸が張り裂けそうだった・・・・・・ だから、やめる。
「思い出せたか?」
微笑みを浮かべ、若い医者は聞いてくる。
「ああ、ほんの少しさ・・・・・・」
「それは、よかった」
僕の体が満足に動けば、きっとこの医者に掴みかかっているだろう。何もよくはない。ただ、苦しいだけだ。
「思い出す力はある。ほんの少し前の過去なら楽勝だ」
楽勝で堪るか。振り返りたくない過去があると、僕は理解したのだから。
「このゼリー、食べないのなら一つ貰っていく」
「どうぞ、沢山ある・・・・・・」
苦笑する僕。この医者は僕にとって不快だ。できることなら、二度と会いたくない。机の上に置かれた沢山のゼリーを一つとると、若い医者は僕の病室を後にしようとする。
「ああ、言い忘れていた」
若い医者は、随分とワザとらしく振り返った。
「教会で裏乃が待っている。君にとって妹同然だろう? 会ってやれ」
穏やかな表情で、若い医者は僕に告げる。裏乃。聞いたことがある響きの名。口にしたことがある響きの名だ。
「志保も当然姿を現すだろうが。気にするな。あの性格は、幻想の存在になっても同じだ」
志保。僕が首を絞めた・・・・・・自らの成績のために僕を利用したんだ・・・・・・ そして、詩織の実の姉・・・・・・ よせ、これ以上思い出させるな・・・・・・ 現実はもう沢山だ・・・・・・
「あんた誰だ・・・・・・!?」
怒りに震える僕の質問に、彼は答える。穏やかな表情を崩さないまま。
「サナトリウムの狂人、氷室の部下だった男だ。もっとも僕はあいつが嫌いだった。一度、あいつの料理を貶してやったんだ。途端に氷室は怒り出したよ。自分の料理には埃を持っていたらしいな」
サナトリウム。
「知っている・・・・・・僕はその場所を・・・・・・」
僕は呆然と、ただ目の前を見つめた。そこには、病室の白い壁しかないのだが。ないのだが・・・・・・
冷たく眩しい夕暮れが見える。とある廃墟の中で、僕は立ちすくんでいた。ふと、自らの両手を見つめる。そこには傷一つなく。包帯など巻かれていない、普通の手のひらが存在していた。体にも包帯はなく。見覚えのない学生服を、僕は身にまとっていた。
「痛みがない・・・・・・?」
当然だ。火傷が消えているのだから。刺し傷だって・・・・・・
「やぁ、歩夢。また会えて嬉しいよ」
そこには初老の人物が。ネクタイ姿に白衣を着た紳士的な人物。見るからに医者だろうが。
「怖がることはない。何もしないよ」
そう、僕はこの人を前に、どういうわけか怖気づいていた。
「あの子が私の前から消えたんだ。当然だろう?」
「あの子・・・・・・?」
誰のことだ?
「あの子だ。君に恋したあの子」
僕に恋? こんな何もない僕に、詩織以外の誰が恋するというのか?
「思い出せないのならそれでいい」
「僕は、僕は病室にいたはずだ。詩織が寝ていて・・・・・・・それと、変な医者が来たはずだ・・・・・・・」
自らの疑問を投げかける。この人は、ニヤリと笑う。
「歩夢。現実の世界なんて苦しいだけだ。君にとってはとくに。それと変な医者のことは忘れろ。私を貶した愚か者だ」
真顔に戻る初老の老人。人は、ここまで感情をコントロールできるものなのか?
「それより、仕切り直しをしないか?」
「仕切り直し?」
怪訝な表情を浮かべる僕。当然だ。知らない相手から、持ちかけられた仕切り直し。知らない相手だ・・・・・・見ず知らずの相手・・・・・・そのはずだ。
「君にとって簡単なことだ。サナトリウム。新しい幻想を創造するだけでいい。それでこの廃墟は蘇る。幻想の世界で君は生き続けるんだ」
それは僕にとって、願ってもない話しだった。痛く、苦しい現実の世界から・・・・・・解放される・・・・・・ それでも・・・・・・
「嫌だ」
それは即興で出た答えだ。理由を考えたとき、二人の少女の姿が浮かぶ。一人は詩織。僕に向かって微笑む詩織の姿・・・・・・ そして、もう一人は・・・・・・ わからない・・・・・・
「何故だ? 君にとって、現実の世界は苦しさの連続だったはずだ。友人もできずに孤独な毎日。死んだ母親には嘘八百を並び立てて、実に惨めで哀れだった。違うか?」
そうかもしれない。僕は紳士的なこの人に、ある質問をした。
「新しい幻想の世界に、あの子は存在するのか?」
あの子。詩織じゃない。顔も性格も思い出せない誰かだ。それなのに、大切に想う。
「いないよ。歩夢。私も悲しいが存在しない。きっと新しい誰かが存在するはずだ。サナトリウムの院長の私は別だがね・・・・・・」
医院長なんてどうでもいい。それより新しい誰か。次の瞬間。新しい誰かは姿を現す。最初から、この廃墟に存在していたかのように。
「こんにちは。紫音です」
僕の目の前に、一人の少女が当然のように立っていた。紫のセミロングヘアーに、整った顔立ち。まるで一昔前の女学生服を身にまとっていた。僕と同じくらいの歳の女の子だ。
「これからは私があなたの支え。だから甘えてください・・・・・・」
僕に向かって、片方の手を刺し延ばす紫音。その紫の髪が印象的で、同じ年頃の男子は、きっと彼女に夢中になるだろう。しかし、僕は違った・・・・・・
「違う。違うだろ・・・・・・」
僕が愛するのは、紫音じゃない。違う誰か。その誰かを、思い出したいのに。思い出せない自分に涙しそうだった・・・・・・
「すまない・・・・・・僕は、僕は戻らないと・・・・・・苦しい現実の世界に・・・・・・」
僕は後ろを向く。そこには、一つの扉が存在していた。
「現実の扉を開けるか。もういい。好きにしろ。この役立たずめ・・・・・・」
背後から聞こえる初老の老人の声。僕は構うことなく歩き出す。
「いいのですか? 戻ってもあなたは一人です。詩織は、あなたを好きにしたいだけ。これからもずっと・・・・・・」
出会ったばかりの紫音が、まるで警告のような言葉を口にする。
「詩織じゃないよ・・・・・・本当に会いたい人が僕にはいるんだ・・・・・・」
それが誰か。どんな人かもわからない。扉のノブを、僕は握った。
「・・・・・・歩夢さん、・・・・・・また会いましょう・・・・・・」
「歩夢君・・・・・・まだ起きていたの・・・・・・?」
椅子に座りながら、眠たそうに両目を開けている詩織。あの変な医者は、どこかへと消えていた。それなら、つたえられる。
「詩織」
「何・・・・・・?」
眠そうな詩織に、僕は打ち明ける正直な思いを。
「僕を、好きでいてくれていてありがとう・・・・・・」
それは、感謝の気持ちでしかないのだが。
「いいよ。私は・・・・・・あなたを愛しているし・・・・・・一人にする気もないから・・・・・・」
詩織は再び眠ってしまう。それは、安心した寝顔だった。
「・・・・・・僕は今から会いにいく・・・・・・すまない・・・・・・」
僕は詩織を起こさないように、ゆっくりとベッドから出る。痛む体を引きずるように歩きながら、僕は病室を後にした。
「うう・・・・・・」
真冬の冷たい夜風が、火傷に突き刺さるような痛みを僕に与える。教会までの道のりを遠く感じた。
「畜生・・・・・・」
途中、痛みに負け、何度も地面に膝をつく。それでも僕は、全身の力を振り絞り歩き出す。その繰り返しだった。
「会いたい・・・・・・会わせてくれ・・・・・・」
誰に会いたいのかもわからずに。今は信じる神に願い、僕はたどり着く。やっとの思いで、教会にたどり着いたのだ。教会の重い扉を開け、中に入ると僕は隅で蹲る。
「・・・・・・寒い・・・・・・寒い・・・・・・」
今にも泣き出しそうだ。幼い子供のように。
「歩夢」
目の前で僕を呼ぶ声。顔を上げると、見覚えのある一人の少女が立っている。
「君は・・・・・・」
僕は、この少女をすぐに思い出せた。この教会で、祈りをささげていた金色の髪の少女だ。それにしても、どうして僕の名を知っているのか?
「寒かったでしょう? もう大丈夫」
少女は、自らが着ていた白い色のコートを僕にかける。
「ほら、もう温かいよ」
少し小首を傾げ、少女は微笑む。次の瞬間には、僕は涙していた。温かい優しさを感じたから・・・・・・ 孤独と惨めさを癒すような優しさを・・・・・・
「泣かないで歩夢。男の子でしょう」
僕を慰める少女。
「何で・・・・・・」
「聞くよ」
「どうして・・・・・・僕は・・・・・・」
「いいんだよ」
「・・・・・・こんなに弱く生きているんだ・・・・・・?」
教会で、僕は酷く泣く。自らの苦しさを、この年下の少女にさらけ出した。情けない・・・・・・
「確かに歩夢は弱い人だね。人嫌いで素直じゃないし。でも、自分が心を開いた人には、とても優しくできる。とても、とてもいい人。私は、そんな歩夢が素敵に思えるよ」
年下のこの少女は、僕以上に僕を知っていた。
「歩夢、顔を上げて。渡したい物があるから」
僕は泣きながら、少女に向かって顔を上げる。するとそこには、優しい微笑みを浮かべる少女の顔が目の前にあった。
「受け取って、大切な物でしょう?」
少女が僕に差し出したのは、白い砂の入った小瓶。詩織に取り上げられたはずだ。
「どうして・・・・・・これを・・・・・・?」
「あの人をずっと見ていた。髪の長い志保を」
志保。僕を利用した嫌な女の名だ。詩織の姉。少しだけ思い出せたのか・・・・・・?
「長い髪の志保は、これをゴミ箱に捨てたんだよ。歩夢がまた幻想に溺れるのが怖いんだよ。きっと、そう・・・・・・これを捨てたとき、笑っていたから・・・・・・」
幻想に溺れる? 僕は紫音と出会ったあの廃墟で、幻想の世界で生きることを拒絶したはずだ。
「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・」
僕は、白い砂が入った小瓶を受け取る。少女に精一杯の感謝の言葉を告げながら、ふと思う。心のどこかで僕は、幻想の世界を求めているのではないのかと。それも、もっと違う世界を・・・・・・大切な人と、二人だけでいれる世界を・・・・・・
「私はもう行かないと・・・・・・あの人が近くにいるから・・・・・・」
少女は徐に、天井を見上げた。沢山の天使たちが描かれている天井を。
「どうか行かないでくれ・・・・・・毎日とは言わない・・・・・・・気が向いたときに、僕に会いに来てくれるだけでいい・・・・・・こんな僕に・・・・・・」
弱さを口にしたとき、少女は穏やかな表情を見せた。とても穏やかな表情だ。天井の天使に負けていない。
「いつになるかは・・・・・・」
「もう、図々しい」
その刹那。一つの人影が、少女の後ろに現れ、言葉を遮る。
「裏乃。私を満足させる時間だよ。約束はもう終わり」
聞き覚えのある声。これは詩織か・・・・・・? いや違う。断じて違う。詩織は、こんなにも冷酷な存在だと感じない。人影の正体は志保だ。姉の志保。
「満足させるよ・・・・・・それで志保が幸せなら・・・・・・」
後ろを振り返り、志保に少女は答える。
「私は幸せだよ。裏乃と二人だけの世界に存在できる。私の人形を好きにできる。幸せ・・・・・・とても幸せで、発狂しそう・・・・・・」
志保は、僕と目が合う距離まで歩み寄る。
「ねぇ、歩夢。私が誰だかわかる? わかる? あなたが首を絞めた志保だよ」
瞳は狂っていた。彼女の瞳は狂っている。
「ああ、もう思い出してるよ。君を無残に殺した過去だけ・・・・・・」
志保は少しつまらなそうに、怪訝な表情を浮かべた。どうやら、記憶を少し取り戻した僕が気に入らないらしい。
「歩夢はやっぱり用済み。だって新しい人形が可愛いんだもん」
志保は、裏乃と呼ばれた少女を横から抱き締める。
「最初は驚いたよ。火に包まれた後、この子は普通の女の子同然だったから」
純粋な笑顔の志保。浮かない表情の裏乃。僕は、志保への怒りを我慢できなかった。
「お前を嫌がってる・・・・・・!」
「お前・・・・・・?」
志保は、口元をヒクッとさせる。どうやら僕に、お前呼ばわりされたことが気に入らないらしい。
「お前は最低で下劣な女だ! それも、ろくでもない女! その子を自由にしろ! いいか?二度は言わないぞ! 今すぐだ!」
教会に響く怒声。それは僕の体に障った。
「畜生・・・・・・畜生・・・・・・」
胸が酷く痛い。少し大声を出せばこのざまだ。
「うう・・・・・・」
情けない声を出す僕を、志保は笑う。
「惨めだね。裏乃は私が好きにするから。歩夢は生きて。痛みが治まらない毎日を」
僕を蔑む志保の言葉。胸の痛み。いや、体の痛みなど構うものか。
「裏乃から離れろ! 二度目はないぞ!」
僕は、志保の細い首めがけて掴みかかる。誰なのかも思い出せない少女のために。そして、あのときと同じように、両手で彼女の首を絞める。眩しい冬の夕暮れを感じた。それは、とても大切な人を・・・・・・
「嫌な馬鹿。大切にしてあげたのに」
志保は片手で僕を押す。僕は教会の床に倒れる。
「う・・・・・・」
体中に痛みが発した。それは熱く鋭い痛み。今までとは、比べものにならない。強烈なものだ・・・・・・
「酷い火傷のせいで弱ってるね」
志保の高笑いが教会に響いた。僕は倒れ、朦朧と天井に描かれた天使たちを見つめる。これは気のせいだろうか? 天使たちの、それぞれ異なる色をした瞳が、僕を見ている気がする。白い翼を広げた天使たちが、悲しみに暮れた瞳で僕を見ている?
「歩夢・・・・・・」
今にも涙しそうな裏乃の声が聞こえた。
「駄目」
志保の声。おそらく、僕に駆け寄ろうとするのを止めたに違いない。
「さぁ、お楽しみの時間だよ」
「うん・・・・・・」
浮かない返事をした裏乃。志保を、心底嫌がっていることは明白。あの女は、そのことを知っているはずだ。知っていて、あの女は裏乃と一緒にいる。
「今、今・・・・・・助ける・・・・・・」
僕は起き上がろうとするが。駄目だ・・・・・・痛みが酷くて、とても立ち上がることができない。情けない自分に涙した・・・・・・僕の意識は朦朧と、遠くなる・・・・・・
「歩夢。歩夢! 聞いて! 私の言葉を!」
「裏乃。裏乃・・・・・・どうせ聞こえていないよ。ほら、見て。あれは私が捨てたお人形だよ」
「人形じゃない! 歩夢は人形なんかじゃない!」
裏乃・・・・・・あの子は否定してくれた・・・・・・僕が人形じゃないと・・・・・・こんな・・・・・・僕なんかのために・・・・・・
「歩夢。私は大丈夫。大丈夫だから・・・・・・志保は私で満足してくれている。だから・・・・・・だから・・・・・・」
誰かの涙声が聞こえる・・・・・・気のせいか・・・・・・? それともこれは幻聴・・・・・・
「ゆっくり休んで・・・・・・悲しくても、どうか生きて・・・・・・」
僕の視界は暗闇に閉ざされる・・・・・・
冬の夕暮れ。冷たい草原の下に、呆然と僕は座っていた。
「歩夢さん。出会えましたね。私たちはまた出会えた」
聞き覚えのある少女の声に僕は、座りながら後ろを振り返る。
「紫音です」
死音・・・・・・? 紫音。僕はとくに気にもせず、再び冷たい夕暮れの地平線を見つめた。
「たとえ聞こえていなくても・・・・・・私はあなたに話します・・・・・・」
聞こえているさ。ただ、誰にも邪魔されたくないだけ。僕はこの冷たい夕日を、見つめていたい・・・・・・いつまでも・・・・・・
「志保は、裏乃を好きにできて満足しています」
知っている。生贄の裏乃。
「志保はもうあなたに興味がない。これは微かな幸運」
当然だ。僕は紫音に何も答えない。答える必要があるか? 妹同然の少女を、あいつに好きにされている。
「妹・・・・・・? 僕に妹はいない・・・・・・」
そう一人なはずだ。悲しく一人・・・・・・
「裏乃。最初は、あなたに真実を伝える役目でした。でも、どう伝えていいかわからず、裏乃は歩夢さんに甘えました」
『・・・・・・私が馬鹿だから・・・・・・私の頭が悪いから・・・・・・』
何かを思い出す僕。冷たい夕暮れに包まれた砂浜と海が、微かに見える気がする・・・・・・
「そして両想いだった人は、静かに消えてしまった・・・・・・あなたの自我が普通でなくなったから・・・・・・」
知りたくもない・・・・・・僕には誰もいない・・・・・・それでいい・・・・・・違う・・・・・・一人は嫌だ・・・・・・わからない・・・・・・もう、わからないんだ・・・・・・
『やぁ』
同じクラスで、いつも本ばかり読んでいる金色の髪をした少女に声をかける。その日は勇気を振り絞った・・・・・・これは僕の醜い過去・・・・・・
『・・・・・・』
僕を無視し、少女は読書にのめり込む。僕は、ただ、話し相手がほしかったのだ。一方的な愛情を注ぐ詩織以外の・・・・・・
『クスクス・・・・・・』
『可哀想だよな・・・・・・』
『いつも孤独な貧乏人だ・・・・・・』
少女に無視され、情けなく自分の席に戻る僕を、あざ笑うクラスのものたち。
『校外学習は欠席してくれ』
その日、僕は職員室に呼び出されていた。二日後に、遊園地への校外学習を控えていた日のことだ。
『仲間外れのお前のことで、学年主任から煩く言われている。それでいて、校外学習で一人になるお前のことで、俺はまた煩く言われるんだぞ。お前が、クラスの雰囲気を崩しているんだ』
理不尽で、とんだ言いがかりともとれる担任の言葉だった・・・・・・
『でも、親が・・・・・・いや、母が・・・・・・』
『風邪を引いたと言え』
『歩夢君。歩夢君。校外学習楽しみだね』
これはその帰り道でのことだ。勝手についてくる詩織は、嬉しそうに話し続ける。
『いい? 一緒にいるんだよ? 私の友達も紹介するから。うん! きっと楽しい日になるよ!』
二日後、僕は校外学習を休んだ。自宅のベッドで、あの嫌味な担任に言われるがまま、母に風邪を引いたと告げた。あの日の惨めさ・・・・・・
「思い出じゃありません・・・・・・それは思い出じゃない・・・・・・」
これは? 石鹸の香りか? 気が付けば、紫音は僕を抱き締めていた。僕の頬に雫を感じる。これは、涙か・・・・・・? 彼女の・・・・・・?
「思い出じゃない・・・・・・?」
「それは、逃げなければならない過去・・・・・・」
逃げたい。確かに僕は、惨めで孤独な過去から逃げたかった。しかし、どう足掻いても、まとわりついてくるのだ。記憶を失っても、心が覚えている。とても深く・・・・・・
「思い出してください・・・・・・それが幻想でもいい・・・・・・どうか思い出を・・・・・・」
『・・・・・・歩夢を愛しているよ・・・・・・心から・・・・・・そして永遠に・・・・・・』
頭の中と心で、柔らかい声が勝手に響く。大切な人の声のはずが、思い出そうとすると、頭の中でモザイクがかかる。
「僕は、どうしたんだ・・・・・・?」
微かに笑ってしまう僕。両目からは、涙が零れていた。一体、どうしてしまったのか・・・・・・?
「孤独は人の心を奪います・・・・・・そして惨めさは、その孤独を永遠にしてしまう・・・・・・」
紫音は語る。僕を抱き締めながら・・・・・・
「歩夢さんは悲しい人です・・・・・・」
僕の耳元で、紫音はそう囁く。
「・・・・・・知ってるさ・・・・・・」
少しだけ思い出した記憶が、それを物語っている。いや、病室にいるときからそうだ。やってくるのは、いつも詩織一人。僕は、それが悲しかったんだ・・・・・・彼女以外誰もいないと、認識するのが・・・・・・
「重い罪。重い罪を犯していても・・・・・・どうかまた出会って・・・・・・あの冷たい夕暮れの中で・・・・・・心から、あなたを許してくれる人がいるから・・・・・・心からあなたを愛してくれる人が・・・・・・」
ふと気が付くと、冷たい夕暮れの草原の下で僕は一人。
「紫音・・・・・・? 紫音・・・・・・」
僕は初めて、彼女の名を口にした・・・・・・
「目が覚めたか? 教会で、君は倒れていたんだ」
目の前で僕の視界に入った顔、あの変な医者だ。窓を見ると、眩しい夕暮れの光が射している。
「点滴の量は適量で、バイタルにも問題はない。安静にしていれば、大丈夫だ。きっと、病院の医者も同じように告げるはずだ」
変な医者の説明を聞き。安堵したのも束の間。僕の胸の中で、いいようのない孤独が覆い尽くす。
「り・・・・・・裏乃・・・・・・裏乃、とてもいい子だ・・・・・・」
金色の髪をした無垢な少女が、真夜中の教会で微笑んでいる姿が浮かぶ。
「その名前を思い出せたか? いい進歩だ」
表情一つ変えずに、医者は口にする。
「志保・・・・・・僕を利用していた・・・・・・」
「最低な女さ。思い出さなくていい。哀れな気持ちはもう沢山だろ?」
僕に向かって、微かに医者は微笑む。きっと、僕を安心させようとしたのだろう。それでも、僕を支配する孤独は消えない。
「・・・・・・紫音・・・・・・いい人だ・・・・・・あんたが思うよりずっと・・・・・・」
医者は、ほんの少しだけ溜め息を吐く。
「紫音・・・・・・」
首を数回だけ、横に振る医者。
「人が増えたんだ。君の孤独と、その惨めさを癒すために」
僕が孤独なのは理解している。自らの惨めさも。
「僕だ・・・・・・どうして僕は・・・・・・」
「僕は? 何だ? 君は何を言葉にしたい?」
呆然とする僕に、医者の表情は真剣だ。
「僕は・・・・・・どうして幻想に逃げた・・・・・・?」
僕の質問に、医者は両目を閉じた。そして仕方なさそうに、その口を開く。
「君は孤独に殺されたんだ。両親の離婚。無理をして入学した進学校。のけ者にされた学園生活。無残にも殺された母。そして詩織の強引な恋心」
幻想に逃げるも当然だと、自らでも思う。
「それでも、幻想に逃げて正解だった。君は、かけがえのない人に出会えたのだから」
「それは・・・・・・それは誰だ? あんたは知っているのか?」
医者の口元は微笑む。
「知ってる。困らされたよ。あの子の薬嫌いには」
まるで、いい思い出のように懐かしむ医者。
「そうだ・・・・・・そうだ・・・・・・薬嫌いだった・・・・・・」
「それに、星一つない夜空が好きだ・・・・・・澄んだ夜空が・・・・・・」
僕の記憶が少しずつ蘇ることに、嬉しそうな医者は付け加える。
「・・・・・・夜空・・・・・・夜空だ・・・・・・僕は抱き締められたんだ・・・・・・こんな僕を・・・・・・?」
ここまでだ。僕が思い出せたのは。
「限界らしいな。でもそれでいい。なら、これは返せそうだ」
医者が差し出したもの。それは、裏乃から貰った小瓶だ。白い砂の入った小瓶。
「教会で見つかったとき、君はこれを大事そうに握りしめていたんだ。両手でね。これは彼女が残したものだ。割れるといけないから、僕が預かっていたよ」
僕は震える手で、小瓶を受け取った。
「・・・・・・大切な宝物だ・・・・・・」
僕は両手で小瓶を、祈るような形で握る。不思議と、誰かの思いを感じることができた。これは、錯覚しゃない。
「温もりを感じるだろう? 慈悲のような優しい温もりを」
感じる。温かい想いを・・・・・・穏やかで優しい想いを・・・・・・
「その想いを感じたなら、もう一度あそこへ行くといい・・・・・・サナトリウムに・・・・・・氷室の馬鹿野郎はもう諦めた・・・・・・」
自らの遺言のように告げると、医者は消える。空気と同化するように・・・・・・頭痛がする・・・・・・痛みの中で僕は思う・・・・・・
(・・・・・・紫音・・・・・・?)
・・・・・・石鹸の香りが確かにした・・・・・・
まだ朝焼けが残る退屈な学校。孤独な学校にて、一人の少女が僕に話しかける。
「歩夢さん。私と、一緒にお話ししませんか?」
紫の髪をした少女、紫音。孤独な僕に話しかけてきた。恥ずかしそうにその赤い瞳を、何度も瞬きさせながら。
「私と同じで、あなたには友人がいないでしょ? だから私と一緒にいませんか? いつまでも一緒に。終わらないさよならを・・・・・・」
紫音は、孤独な僕に話しかけてきた。この学園の美少女だったが。しかし、彼女には欠点があった。手首の傷だ。
「この傷は、どうか気にしないで・・・・・・」
僕は。まるで夢を見ているかのように、席に座り朦朧としている。これは、夢じゃない。一人の少女の悲しみだ・・・・・・救うんだ・・・・・・
「知っているよ、紫音。君の悲しみは理解している。忘れていいんだ・・・・・・君が両親にされたことは・・・・・・」
紫音は笑顔を見せる。悲しそうな笑顔を・・・・・・
「忘れたいです・・・・・・でも忘れられない・・・・・・憎しみが、記憶を呼び覚ますから・・・・・・」
「・・・・・・君は・・・・・・君は、誰にでも敬語だ・・・・・・? どうしてだ・・・・・・?」
朦朧としながらも、僕は紫音に質問する。意識ははっきりしていないのに、どうしてこんな質問を・・・・・・?
「誰にも殴られないから・・・・・・それに、誰の怒りも買いません・・・・・・」
僕は、ただ見つめた。悲しい紫音を。
「私の毎日は地獄でした・・・・・・気絶するまで殴られて・・・・・・いつも一人で・・・・・・泣いていました・・・・・・」
紫音は語る。自らの悲しい過去を、今にも涙しそうに語った。
「・・・・・・いいんだ・・・・・・もういい・・・・・・」
僕は拒絶するが、紫音は続ける。
「楽しいとは思えない学校・・・・・・それ以上のことも私は・・・・・・」
紫音の表情は悲しい・・・・・・
「やめてくれ・・・・・・やめてくれ・・・・・・もう沢山だ!」
僕は、紫音との物語を終わらせた・・・・・・
「・・・・・・私の醜い物語は、耐えられないですよね? けど、沙羅の過去は・・・・・・優しい・・・・・・」
「し、おん・・・・・・?」
目を覚ます僕。美しい紫音はいない。目の前には、涙する詩織の顔があった。
「歩夢君・・・・・・」
詩織の涙が、僕の顔に零れ落ちる。何度も・・・・・・何度も・・・・・・包帯に覆われた顔を・・・・・・
「・・・・・・また、幻想の世界へ行ったと思った・・・・・・お願いだから、忘れて・・・・・・私と生きて・・・・・・」
詩織は泣き崩れる。僕の胸の中で・・・・・・
「・・・・・・私が、心から大切にするから・・・・・・」
気づいている。僕は、もう気づいている。心から大切にされても、それは受け入れることができなかった。
「詩織。僕を、連れて行ってはもらえないだろうか・・・・・・?」
涙で濡れる顔を上げ、不思議そうに僕を見つめる詩織。
「どこに・・・・・・?」
詩織は、一瞬だけ動揺の笑みを浮かべた。おそらくは、察している。
「僕が正直でいられた場所」
そう口にすると、詩織は黙って俯き続けた・・・・・・
明くる日の昼。僕と詩織は教会を訪れていた。裏乃と出会えた教会。祭壇の近くで、今にもあの子の幻が見えそうだ。無垢に笑うあの子の・・・・・・
「救いの光は永遠です。それは誰の中にも存在するのです。天井に描かれた天使たちだけではありません。我々人も、あの光に向かって歩けるのです。遠くても、どうか歩き続けてください。あなたたちも」
祭壇に立つこの教会の司祭が、僕たちに向かって話し続ける。当然だ。参列者は僕たち二人だけ。
「私の救いの光は、歩夢君だけだよ。それはいつまでも変わらない」
冷静にそう口にする詩織。
「今夜だよ、抜け出すのは。いい?」
「ああ・・・・・・」
生返事をする僕。心のどこかでは、嬉しかった。かけがえのない人と、また出会えることが。
「私は狂っているのかな? 実の姉が死んでよかったと心から思えた。歩夢君に毎日話しかけた日々。でも冷たくされて、いつも一人で泣いていた。とても悲しくて。でも、ある日突然優しくしてくれた。人が変わったように。嬉しくて涙が出そうだった・・・・・・愛し合える・・・・・・私たちは、ずっと愛し合えて幸せになれると思った・・・・・・」
真夜中。暗い病院の廊下で、車椅子に乗った僕を押す詩織。
「電話でタクシーを呼んだから。病院の近くで停まってるはず」
それだけ口にすると、詩織は車椅子を押す。人気のない救急用入り口を通り抜けて、僕たちは冷たい空気が支配する外へと出た。病室から持ってきた毛布を羽織っていたので、それほど寒くはない。この火傷を負って以来、病院の外に出るのは初めてだ。
「歩夢君。それじゃあ、行くよ・・・・・・」
暗い歩道で、詩織は車椅子を押す。すると、車のハザードが点滅する光と、黒い人影が見える。近づくにつれて、それがタクシーだとわかった。黒い人影は、スーツを着た運転手らしき男。ズボンのポケットに、両手を入れていた。
「やぁ」
僕たちを見て、一言そう口にする男。タクシーの運転手に、間違いなさそうだが。
「立てるか?」
運転手は聞いてくる。
「あ、ああ・・・・・・」
僕が返事をすると、運転手の男は微かに頷いた。
「車椅子はトランクに乗せるから、君たちは乗ってくれ」
詩織が自らの肩に、僕の両手を回すと、僕を車椅子から立ち上がらせる。まるで、僕を抱き締めているかのような形だ。
「乗ろう」
詩織が一言口にする。その表情は無表情だった。感情を露わさない無表情。僕たちは、タクシーへと乗る。
「行こう」
ドアを開け、車椅子をトランクにしまい終えた運転手が、運転席に乗り込む。
「美里町にある・・・・・・」
「氷室サナトリウム病院だろ? 知ってるよ」
「え・・・・・・? どうして・・・・・・?」
詩織もさすがに無表情を崩し、怪訝な表情になる。それは、僕も同様だった。タクシーは走り出す。
「知ってるか? あのサナトリウムは、過去に入院患者たちが、心中騒ぎを起こしたんだ」
僕たちの疑問を無視するように、運転手は語る。
「遺族は裁判を起こし、多額の賠償金を支払った。経営難におちいり、医院長は自殺。そして閉鎖され、廃墟が残った」
心中騒ぎ、医院長の自殺。そんないわくつきの場所へと、僕たちは向かおうとしているのだ。
「これが現実で起きた出来事だ。幻想ではどうだった? 歩夢? 悲惨な終わり方をしてしまっただろう?」
僕には、すぐに悟ることができた。この男は、裏乃と同じ存在だということに。
「次の幻想ではどうかな? いや、行けるかどうかも定かじゃないが」
そう口にすると、男は運転を続ける。
「歩夢君、この人・・・・・・」
「向こうの人だよ」
「そう・・・・・・」
驚きもせず、静かに納得した。夜の闇の中を、タクシーは進む。
暗い山道の中で停車するタクシー。道が狭くなっている。これ以上進むのは無理だ。さらに足場も悪く、車椅子で進むのも無理だった。
「あの料金・・・・・・」
男に、ここまでの料金を払おうとする詩織。
「必要ない」
そう一言だけ口にし、男は運転席から降りる。詩織も車から降りると、体が不自由の僕をゆっくりと車から降ろした。
「ここからは歩きだ。君が歩夢を支えていくんだ」
詩織は男に向かって、小さく頷く。
「あんたは一緒にこないのか?」
僕が聞くと、男は一度だけ首を横に振る。
「ずっと嫌いだった。あそこでの仕事が。二度と戻りたくはない。俺は、精神病棟の看護師だったんだ。裏乃が氷室にされた仕打ちを、いつも黙って見ていた」
男は、どこか遠い眼差しで、僕を見つめて語った。
「俺は裏乃が可哀想と思いながら、あの子を救えなかった臆病者なんだ。だから歩夢、君が裏乃に救いの手を差し伸べてくれたとき、俺は心から君に感謝した。君はとてもいい人だ。ありがとう」
僕に向かって男は、微かに微笑みを浮かべる。そして、消えた。まるで最初から、存在すらしなかったかのように。残されたのは、運転席のドアが開いたままの一台のタクシーだけ。
「歩こう。一緒に」
詩織に支えられ、僕と彼女は山道を登る。比較的、歩きやすい山道ではあったが、少女が一人の少年に肩を貸し、歩き続けるには限度があった。僕らは何度となく立ち止まり、お互いの呼吸を整える。
「あそこだ・・・・・・」
サナトリウムの廃墟。夜の闇からその姿を現す。この山道を歩いた記憶が蘇る。僕たちは、不思議と急ぎ足だった。そして、開いたままの門の前まで来る。
「入ろう・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
暗いサナトリウムの庭に入ったところで、僕はまるで錯覚のような感覚を覚えた。今にも、僕を知っている誰かが駆け寄ってきそうな感覚。
「お別れだね・・・・・・」
サナトリウムの庭にて、詩織は僕に向かって悲しそうに微笑みを見せた。
「そう・・・・・・そうだ・・・・・・お別れだ・・・・・・」
ここから先は、僕一人が進む。そして、出会える保証もない誰かを待ち続けるつもりだ。いつまでも・・・・・・
「私は、私は・・・・・・もうここには、来ないから・・・・・・」
詩織は、僕に背を向け歩きだし、元来た道を戻り始める。
「し、お・・・・・・」
彼女の名を声に出そうとしたが、やめた。
(・・・・・・これでいいんだ・・・・・・)
サナトリウムの建物へと、傷む体を引きずりながら僕は歩き出す。
「歩夢君! やっぱり嫌だよ! ねぇ、私と帰ろう! 私と一緒に来てよ!」
後ろから詩織の悲痛そうな、叫び声が聞こえた。きっと涙しているに違いない。それでも、振り返るわけにはいかない。僕は歩き続け、サナトリウムの扉に手を掛けた。
「・・・・・・私が一人だね・・・・・・」
僕はサナトリウムの扉を開け、中に入り、そして扉を閉める。詩織が追ってくる気配はない。酷い罪悪感だけが、心に残った。
「・・・・・・行こう・・・・・・」
一人、そう口にし、サナトリウムの中を僕は歩き出す。椅子と机が並べられている。ここは、かつて待合室だったのだろうか? 壁には、色あせた絵画が飾られていた。
「これは・・・・・・?」
ふと僕は気づく。待合室の床に、不自然で大きな焦げ跡があるのだ。僕はしゃがんで、その焦げ跡に触れる。
「なるほど、ここがそうか・・・・・・」
右手にランプを掲げ、不敵に笑う志保と、何の疑いもない表情の裏乃が志保に抱き着く姿。まるで幻覚のように思い出す。ここが、僕の焼かれた場所だと・・・・・・
「・・・・・・こんなこと、思い出したところで・・・・・・」
何にもならない。思い出したところで、愚かさが増すだけだ。僕は俯きながら立ち上がる。
「ほら、歩夢。元気がないよ。また一人で泣いていたのかな?」
僕が顔を上げたとき、目の前が明るかった。いや、これは天井の照明の光だ。
「ほんと、悲観的だよね」
まるで困ったように、僕を見て笑う志保の姿がある。いや、志保だけじゃない。その隣にいる、志保と瓜二つの少女の姿。
「歩夢君。駄目だよ。笑顔、笑顔」
詩織だった。笑っている。純粋な笑みを浮かべて。
「今夜は、私が腕によりをかけましょう。ミートローフなどいかがです? 秘伝のスパイスを使いましょう。きっと元気も出る」
氷室。この男は氷室だ。僕を刺した男。
「ミートローフか。体重が増えるけど、とても食べたい・・・・・・」
「お姉ちゃんは、今のままで素敵だよ」
「もう、大食いで、何食べても太らない詩織には、私の悩みはわからないよ」
「うー、大食いじゃないよ」
「大食いじゃない? あんたこの間、ケーキ何個食べたと思っているの?」
姉妹仲良く話している。楽しげに。どこか微笑ましい。
「私も、私も、ミート何とか食べたい」
裏乃だった。両手を上げて、何度もジャンプを繰り返している。
「ミートローフです。白パンととても相性がいいですよ」
裏乃の両肩に、両手を乗せ、彼女がジャンプするのを止めさせた人物。優しい紫音だ。
「歩夢。ほら、おいでよ」
「きっと楽しいはずです。毎日が」
志保と紫音が僕を呼ぶ。しかし、僕は再び俯いてしまう。
「違うだろ・・・・・・」
僕が、堪らず涙した刹那。辺りは、闇が支配する。そして、誰もいない廃墟が、そこには当然存在した。望んでもいない、勝手な幻想。僕は歩き出して、二階へと続く階段を上ると、そこは、左右に病室が存在していた。ある病室の中に入ると、マットレスが外されたベッドと、座ってしまえば壊れそうな椅子。そして、花瓶。それだけだ。存在していたのは、それだけ・・・・・・
「・・・・・・疲れた・・・・・・」
僕は床に寝転がると、羽織っていた毛布で全身を覆う。そして、ただ瞳を閉じた・・・・・・
目が覚めると、僕は当然一人だ。冷たい朝。
「誰もいない・・・・・・ここには誰もいない・・・・・・」
毛布を羽織り、僕は朦朧としながらサナトリウムを歩く。すると、沢山のテーブルの並んだ場所を見つける。部屋の横にはプレートがあった。プレートには、ラウンジと書かれている。錆びついていたが、何とか読める範囲だ。僕は、窓際にあるテーブル席に座る。誰かが、朝食を持ってくるわけでもないのに座り続けた。すると突然、冷たい風が吹き付ける。風が吹いた方向に目をやると、窓が割れていた。澄んだ空気、それに潮風も交じっている。
何時間が経過しただろうか? 僕はまだ、ラウンジのテーブル席に座っている。このラウンジは、すでに夕暮れの光に包まれていた。僕は、椅子から立ち上がると、一人孤独にラウンジを後にする。
サナトリウムの廊下を歩く。一体、閉鎖されて何十年が経過しているのだろうか? 廊下から見えるいくつもの病室は、かつてここに入院していた患者の存在を当然の如く現している。真空管のラジオ。蓄音機。割れたレコードが、床一面に捨てられている病室もあった。進み続ける僕。すると、一本の渡り廊下を見つける。僕は歩いた。
「これは・・・・・・?」
渡り廊下の先には、頑丈そうな鉄製の扉が存在している。扉のプレートには、注意書きのようなことが書かれていた。
この先、精神病棟。医院長の許可なく立入を禁ずる。
「医院長なんて、もういないだろ・・・・・・」
僕は若干苦笑すると、扉を開けようとする。
「うう・・・・・・」
随分と重い扉だ。あと少しで開きそうなのだが。すぐに体力を消耗する僕の体にはきつかった。
やっとの思いで扉は開く。僕は、薄暗い精神病棟の中に入る。そこは、いくつもの錆びついた病室の扉が、開けっ放しになっていた。どの病室も、鉄格子がされていたが。鉄格子の前にある窓ガラスが割れているせいで、冷たい風が吹き付けてくる。ここは酷く寒い。
「ごほ、ごほ・・・・・・ごほ・・・・・・」
咳き込む僕。息切れが止まらず、目眩がした。あの重い扉のせいだろう。恐らくは体力を消耗した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
駄目だ。とてもじゃないが、体力が続かない。すぐそばにある病室に、倒れこむように入り込む。仕方がない。今夜はここで休むとしよう。
その夜は、酷く冷え込んだ。毛布を羽織っていたが、とにかく寒い夜だった。僕は腹ペコで、体中に激痛が走っている。処方された薬は、全て病院に置いてきてしまった。
「・・・・・・うん・・・・・・?」
ふと僕は気づく。月明かりに照らされたベッドの脇に、何か落ちている。僕は床を這うようにして進み、それがなんなのか確かめようとした。
「手紙・・・・・・?」
それは一枚の手紙。手に持った瞬間に、すぐ理解できた。色あせていたが、まだ読める。僕は月明かりに照らし、その手紙を読んだ。
あのとき優しくしてくれたあなたへ。私の転院の日が近いので、この病室に手紙を残します。初めて会ったとき、あなたは抜け殻のような私に声をかけてくれた。心中騒ぎで無様に生き残ってしまった私に。お互い名前も知らないのに、あなたは泣いてくれました。私の両手を握りしめて泣いてくれた。こんな私に、生きてくれと言ってくれたことがとても嬉しかった。この思いは一生忘れません。ありがとう。あなたが、この手紙を見つけてくれることを願います。
それは、かつての入院患者が残した手紙だった。どうやら、この手紙を読むはずだった人には渡らなかったらしい。それを、関係のない僕が読んでしまった。
「生きるか・・・・・・」
潔く死ぬという選択肢もあった。苦しいとは思うが、最悪それでもいいと思ってしまう。僕には、生きることが理解できない・・・・・・きっと、記憶を失う前の僕もそうに違いない・・・・・・断片的に思い出している記憶が、それを物語っている・・・・・・
寒く、冷たい朝に僕は目を覚ます。
「う、うう・・・・・・」
立ち上がろうとするが、僕はすぐに転んでしまう。体の痛みも勿論。頭痛と息苦しさが止まらない。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
かろうじて立ち上がるも、呼吸がうまくできない。まるで体の中の血が、凍りついたかのような感覚を覚える。
「・・・・・・ゆ、夕暮れ・・・・・・なのか・・・・・・?」
窓から見える、荒廃したかのようなオレンジ色の光が僕にそう錯覚させた。夕暮れに近い朝焼けだと、すぐに気が付いたが。もう一つ・・・・・・
「そうだ・・・・・・あの・・・・・・あの場所に・・・・・・」
僕は、彼女の病室を思い出した。壁にもたれながら歩き、僕は精神病棟を後にする。渡り廊下を歩く。途中、何度も転んだ。自分でも驚くくらいに体力が続かないのだ。サナトリウムの廊下。今にも呼吸が止まりそうだ。肺に空気が行かない。三階へと続く階段。ここを上がれば、彼女の病室がある。あるはずだ・・・・・・あるはずなのだが・・・・・・
「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・嘘だ・・・・・・」
確かに病室は存在していた。しかし、それでも病室の内部は、片付けられたように何もない。誰も存在しなかった・・・・・・割れた窓から、冷たい風が吹くだけ・・・・・・
「・・・・・・沙・・・・・・」
僕は、彼女の病室に倒れる・・・・・・もう立ち上がることができない・・・・・・服のポケットから、宝物である砂の入った小瓶を取り出し、弱り切った力で、ただ握りしめた・・・・・・
私の目の前には、ベッドの上で眠るように動かなくなった少年がいました。もう必要のなくなった包帯を外された彼の遺体。今にも詩織と不思議そうに、目を開けて起き出しそうでした。もし、彼が目を覚ましたら、私は強く彼を抱き締めます。そして、二度と歩夢君を放しません。だけど、現実は、そうはいかない・・・・・・
「・・・・・・元気でね・・・・・・」
冷たくなった歩夢君の手を握り、私は微笑んで最後のお別れを・・・・・・いえ、見送ったつもりです・・・・・・いつまでも孤独だった彼を・・・・・・
「さぁ、起きる時間」
優しそうな少女の声がした。ゆっくりと目を開ける僕。夕暮れの光に、思わずまた目を閉じそうになるが。眩しさを堪え、再び目を開けると。そこには、綺麗な少女の顔がある。美しく長い薄赤色の髪をした少女。同じく薄赤色をした瞳で、優しい笑みを浮かべながら僕を見ていた。
「ここは、どこだ?」
僕が訊ねると少女は
「私の病室」
と返す。
「病室だって? ここは病院なのか?」
再び訊ねる僕に、少女はゆっくりと首を横に振ると口を開く。
「サナトリウム。君はここで過ごすの」
少女の言葉に、どういうわけか僕の口から微笑みが漏れた。
『さぁ、立ち上がって』
床に寝転がったままの僕に、少女は手を伸ばす。僕は少女の柔らかい手を掴んで、起き上がったとき。どこからか、懐かしさがこみ上げてくる。僕は、少女の手を握ったままだ。しかし少女は、見知らぬ少年に手を握られているというのに、嫌な表情一つ見せない。冷たい夕暮れの光に照らされ、ただ微笑んでいた。
『もう君に不幸はない。ここで私と二人・・・・・・いつまでも変わらない穏やかな日々にしよう・・・・・・』
寂しさが消えていくから・・・・・・僕は久しぶりに笑うことができた・・・・・・沙羅と二人だけで・・・・・・
「・・・・・・おい、意識が戻った・・・・・・」
微かに誰かの声がする。聞き覚えはない。その聞き覚えのない声をした誰かは、僕の手をまるで遠慮するかのような弱い力で握る。このとき僕は、自分の異変に少しだけ気が付いた。僕の手には、まるで厚手の手袋でも履いているかのようにごわついている。
「・・・・・・聞こえるかい・・・・・・聞こえたら私の手を握るんだ・・・・・・」
僕は声の主の言うとおりに、ごわついた手に力を入れる。
「いいぞ・・・・・・反応がある・・・・・・」
微かだが僕は声の主の手を、握ることができた。おかしい。体に。いや、全身にうまく力が入らない。どうしてだ? 頭の中で疑問が溢れる。
それにしても、僕は一体誰だ? どうしてこんな暗闇にいる?
(ああ、そうか・・・・・・)
目を閉じているからだ。一つは簡単な疑問だった。ゆっくりと僕の瞳が開く。しかし、開いたのは片方の右目だけだ。左目は、どう頑張っても開かなかった。
白い天井を背景に、見知らぬ男性が僕の顔を覗き込んでいる。彼が声の主であることは、間違いないのだろうが。
「君は酷い火傷をして、この病院に担ぎ込まれたんだ。刺し傷のほうは心配ないよ。ちゃんと手術したから。まったく、生きているのが奇跡だよ」
手術? なるほど、この人は医者か。いや、そんなことはどうでもいい。僕にとって、本当にどうでもいいことだ。気になる言葉が、火傷と刺し傷。それに生きているのが奇跡? 僕は、それらの言葉が、どういう意味を持つのか考えた途端。まるで忘れていたかのように、全身が熱く。そして鋭く痛みだした。
「うわ・・・・・・! うわぁぁぁー!」
絶叫するほどの痛み。医者の男が、仰向けの僕の体を両手で押さえる。このとき僕は片方の右目で、自分の首から下が、どうなっているのかが見えた。
「何だ・・・・・・? 何なんだ?! これは?!」
包帯だった。僕の体には、包帯が厚く巻かれていた。手がごわついていたのは、これが原因だ。
「誰か! 誰か鎮痛剤を持ってきてくれ!」
叫ぶ医者。そのときだ。
「どいてください!」
僕の前に、一人の少女がやってきた。
「あ、ああ、わかった」
どこか呆然として、僕の体から両手をどける医者。彼は僕の視界から消えるが、熱く鋭い痛みはまだ続いている。
「もう大丈夫だよ。私がそばにいるから」
少女は、包帯で覆われた僕の手を両手で握る。どういうわけか? 痛みが少しだけ、和らいでいくような気がする。これは不思議な錯覚だろうか・・・・・・?
「君は誰だ・・・・・・?」
僕が名前を尋ねたとき、少女は何故か、深い悲しみに覆われたかのような表情を見せた。
「詩織。私の名前は詩織」
しかし次の瞬間には、微笑んで自らの名を口にする。
「詩織・・・・・・いい名前だ・・・・・・」
痛みを堪えて、僕は詩織の名前を褒めたつもりだ。詩織もそれは理解したらしく「ありがとう」とお礼の言葉を返した。
「歩夢君は、すぐに元気になるから安心して」
「歩夢・・・・・・?」
見知らぬ名を、僕が聞き返すと詩織は、またしても悲しい表情に戻る。歩夢。どうやらそれが僕の名前らしい。
「詩織は、詩織は、僕と一緒にいてくれるのか・・・・・・?」
僕は、悲しそうな詩織に聞いてみる。少しでも、僕の痛みを和らげてくれる人が、そばにいてほしい。こんな痛みの中で、一人は嫌だ。そんなのは、寂しすぎるように思える。
「うん。いつだって一緒だから。私たちはいつも一緒。あなたを一人にはしない。これは約束だから」
詩織は優しく微笑んで、僕に約束してくれた。僕は安心を取り戻した子供のように、彼女に微笑みを返す。
「歩夢君」
白い内装の診察室にて、車椅子に乗っている僕。詩織はその隣から、腰を下ろして僕の手を握ってくれていた。
「それでは術後の経過をお知らせします。腹部の刺し傷は、内臓に足してはいましたが、正しく処置できたので心配はいりません」
目の前にいる医者は勿論、僕に向かって告げている。
「ただ、問題は記憶障害と重度の火傷です」
医者は手に持っていたカルテを開き、中を覗きこむと小さく首を左右に振った。
「火傷のほうは大がかりな手術で、何度皮膚移植を繰り返しても、君の容姿は元には戻らない。もしかすると痛みも一生続く可能性もあるし、無理をすると命にかかわる」
絶望的な告知だ。もういいのに。それだけで十分なのに、医師は冷徹に言葉を告げる。幻痛やらリンゲル液。僕にとっては、訳がわからない単語だ。単純に、僕の痛みは一生続くと告知すればいいのに。それでも医師は、無慈悲にカルテのページをめくる。
「記憶障害のほうは、恐らくは精神的なものです。救急車で運ばれる前に、彼にはショックなできごとがあったのでは?」
医師の質問に、どういうわけか詩織の手が微かに震える。
「いいです・・・・・・もう十分ですから・・・・・・」
目の前にいる、医者に向かって口を開く詩織。
「絶望するにはまだ早い。海外では」
「私と歩夢君は、病室に戻ります」
医師の言葉を遮り詩織は、静かに僕が乗る車椅子を押した。絶望だけが、僕の心を揺れ動かす。
体の痛みなど無視し、怒りに我をまかせて僕は車椅子から立ち上がる。そして醜い不満をただ爆発させた。
「僕は! 僕は、こんな痛みを一生抱えるのか?! 記憶も思い出せずに死ぬのか?!」
無様に歩きだし、病室にある鏡へと向かう。鏡に向かって自らの包帯を外す。鏡に映る僕の顔。そこには、酷い火傷を負った姿がある。
「シヌ? 死ぬ? もしかして僕は死んでいいのか?!」
鏡から振り返り、僕は疑問に浮かんだ言葉を、見舞い客用の椅子に座る詩織に告げた。
「歩夢君は死んじゃだめだよ」
詩織は椅子から立ち上がり、今にも涙しそうな僕に歩み寄る。
「私が好きになった人だから・・・・・・いつもあなたを想っていた・・・・・・」
彼女の石鹸の香りが、すぐそばまで来ると。僕は、詩織に優しく口づけをされた。
(どうしてだ・・・・・・?)
こんな可愛い容姿をした少女が、僕のことを? 詩織の行為は、疑問でしかなかった。彼女は僕から、その柔らかい唇をどけると、どこか満足気に微笑んだ。
「愛している」
僕は空しく孤独だった・・・・・・
「それじゃあ、もう一度聞くよ」
ただ寒いだけの朝。スーツにネクタイ姿の人が、僕を訪ねに来ていた。
「その刺し傷は誰にされたの? 犯人の顔は見た? もしかして君の知っている人かな?」
さっきからこの男は、僕に同じ質問を繰り返している。この男は警察官。刑事だった。
「知らないんだ」
僕は、ベッドにふて寝している状態だ。刑事の質問が僕をそうさせた。
「そうか・・・・・・」
刑事はため息を漏らし、椅子から立ち上がる。
「約束する。君をそんな目に会わせた犯人は必ず突き止める」
病室を後にする刑事。
(やっと、帰った・・・・・・)
僕をこんな目に会わせた犯人など、どうでもいい。
「僕はもう一度会いたいんだ・・・・・・」
その言葉を口にしたとき、僕は今にも飛び起きそうだった。
「会いたい・・・・・・? 僕は誰と会いたいんだ・・・・・・?」
疑問だったその刹那。冷たい風になびく薄赤色の髪が、少しだけ見えた。フラッシュバックのように。
『・・・・・・君は儚い人だね・・・・・・』
少女の声が。一人の少女の声が、まるで幻聴のように聞こえた。ほんの少しの言葉を発した少女の声。淡く懐かしい気持ちになるが。次の瞬間には、ただの空耳だったと錯覚させる。
「歩夢君。おはよう。今日もいい朝だね」
その刹那。嬉しそうな笑顔を浮かべ、詩織が僕の病室にやってくる。
「やぁ、詩織。今日も笑顔だね。可愛いよ」
精一杯の褒め言葉を詩織に送る僕。彼女は、ただ恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「て、照れるでしょ・・・・・・」
「本当のことだ。君の笑顔は、誰かを安心させるためにあると思う」
これは僕の正直な気持ちだ。嘘偽りはない。
「今は歩夢君を安心させてるよ」
詩織は僕に距離を詰める。彼女の顔が、すぐ目の前でとまった。
「キスは、必ずしよう・・・・・・毎日、欠かさず・・・・・・」
詩織の唇が、僕に迫ったときだ。
「それにしても嬉しそうだ。何かいいことでもあったんじゃないのか?」
僕が質問すると、詩織は寸前のところでキスをやめた。
「少し違うな。いいことじゃなくて。いい場所を見つけたの」
僕の目の前で、微笑みを見せる詩織。
「いい場所?」
「綺麗な場所。最初見たとき、私が天使を感じた場所・・・・・・」
天使? 詩織が見つけたのは、一体どんな場所なのだろうか? 思わず気にしてしまう僕だが。
「僕も行ってみたいな。その場所へ。でもこの体じゃ無理だな・・・・・・」
弱った体力に重症の火傷。外出が許されるはずもない。少し残念な気もするが、それは仕方のないことだ。
「大丈夫。行けるよ。ほら、悲観は駄目」
悲観するのも無理はないだろう? 多少歩くことはできたが。それ以上は無理だ。体力も続かないし、痛みだって走る。
「さぁ、車椅子に乗って」
詩織はそんな僕の悲観を無視するかのごとく、ベッドの脇にある車椅子を用意した。
「詩織。僕には無理だ。体は痛いし。それに人の目だって気にしている・・・・・・」
「弱虫もいけません」
悲観に続き弱虫か。確かに、それらが僕の印象に相応しいと思う。少しだけ厳しい表情の詩織。それでも。次の瞬間には、元の優しそうな詩織に戻っていた。きっと綺麗な容姿をした彼女には、到底理解不能だろう。こんな姿になった僕の気持ちなど。
(慈悲が誰かを傷つけることだってあるんだ・・・・・・)
醜く、微かな怒りを僕は堪えた。
「心配ないよ。綺麗な場所は病院の敷地内にあるから」
僕にとって、それなら都合がいい。僕はベッドから起き上がる。そして、痛む体を引きずるようにして車椅子へと乗った。無言で。
「歩夢君」
「うん? 何だ?」
「もしかして、怒ってる?」
詩織の質問に、僕は何も答えられず。ただ、間抜けに口を半開きにしてしまう。
「どうして? 私と歩夢君はもう特別でしょう・・・・・・?」
確かに僕たちは、特別な存在だ。それでもどうしてか。僕の心の中には、まるで違う存在を想うのだった。詩織のように、綺麗な黒髪ではない。髪の色は違う。彼女より、もっと色白な・・・・・・
いや。やめよう・・・・・・
どうしてそんな考えに至ったか。僕にはわからない。
「ああ、僕たちは特別だ。それに怒ってなんかないよ」
僕は嘘を吐いた。詩織のために。彼女を傷つけたくない。この恋が嘘だとしても・・・・・・
「うん・・・・・・」
詩織の浮かない返事。きっと、僕の答えに疑念を抱いているに違いない。
「とても綺麗な場所。歩夢君は今そう思っている・・・・・・」
詩織が後ろから、僕の耳元で囁く。
「ああ、綺麗な場所だ。心が癒される・・・・・・痛みも・・・・・・」
彼女が案内してくれた場所は、病院の中にある教会だった。ステンドグラスから差し込む遠い冬の日差し。それも綺麗だったが。僕が目を奪われたのは、天井にある絵画だ。
「天使は綺麗だね」
詩織も同じく、天井の絵画に目を奪われている様子だった。何かの光に向かう、沢山の天使が描かれている天井を。
「薄赤色の髪だ・・・・・・」
その天使は、僕の目を奪った。
「え?」
「ほら、隅に描かれているだろ?」
「えーと・・・・・・」
長い薄赤色の髪で、少女の姿をしている天使。神話に出てくる姫君にも、負けず劣らずの美しい姿をしていた。
「見つけた」
どうやら詩織も、その天使を見つけた様子だ。
「綺麗・・・・・・でも隅に描かれていて、可愛そうな気もする・・・・・・」
確かに薄赤色の髪の天使は、隅で、光に向かう天使たちを、空しく見つめている様子だった。
「どうして光に向かう天使たちを見つめているんだろう?」
どうやら詩織は疑問らしい。あの薄赤色の髪をした天使が、なぜ神々しい光に向かわないのか。
「きっと、ほかの天使たちと同じことができないんだ・・・・・・」
「どうしてわかるの?」
「僕には理解できる。そう、理解できるんだ」
一体これはどういうことだ? 自らが、どうしてこんな言葉を発したのかがわからない。
「あの天使。本当は寂しがり屋で、自分も光に向かって飛んでいきたいんだ。でも、それができない・・・・・・意地を張って皆と同じことができないんだ・・・・・・ただの・・・・・・強がりでしかないのに・・・・・・」
「歩夢君? ねぇ、どうしたの? 歩夢君・・・・・・?」
心配そうな面持ちの詩織。
「でも優しい・・・・・・とても優しい存在なんだ・・・・・・誰かを愛するのが怖いんだ・・・・・・僕と同じで・・・・・・」
だから、心が似ている僕たちは、惹かれあったのだろうか・・・・・・? 惹かれる? あの天使に? ただの、教会の天井に描かれた絵画じゃないか。馬鹿な、僕は何を考えている?
「しっかりして!」
詩織の大声が、教会の中で響く。長椅子に座り、祈りをささげていた一人の少女が、僕たちに向かって振り返る。少女はどういうわけか。僕と目が合うと、頬を少しだけ赤く染めた。白いコートを着ていて、金色の髪をした少女。どこか無垢な心を感じさせる水色の瞳。可愛らしい・・・・・・しかし、今はそんなこと、どうでもいい・・・・・・どうでもいいんだ・・・・・・
「会いたいんだ・・・・・・一目でいいから会いたいんだ・・・・・・」
「歩夢君・・・・・・?!」
僕の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。理由は。理由は・・・・・・顔も思い出せない誰かに会いたかった・・・・・・それだけだ・・・・・・
「頼むよ・・・・・・今は、信じているから・・・・・・神様・・・・・・」
僕は車椅子から立ち上がり、痛む体を引きずるようにして、教会の祭壇へと歩き出す。そして・・・・・・
「え・・・・・・? 何だ・・・・・・? これ・・・・・・?」
僕の目の前に、ある物が転がっている。
「病室に帰ろう。二人でゼリーでも食べようよ。マスカット味のが、売店で売ってたよ」
詩織は僕に駆け寄り。食べ物でなだめようとする。ゼリー? そんなものに興味はない。あるのは。
「砂・・・・・・? 砂か・・・・・・?」
僕の目の前には、小さな小瓶が落ちていた。小瓶の中には、砂が。白い砂が入っていた。
「大切な物・・・・・・」
見ていると、そんな錯覚を僕に起こさせる。包帯で巻かれた手で、小瓶を掴もうとしたとき。
「駄目!」
詩織の声が教会に響く。彼女は、僕より先に白い砂の入った小瓶を取り上げる。
「渡してくれ・・・・・・」
頼む僕だが。
「やだ」
詩織は僕を睨み付け、口を開くのだった。
「どうか渡してくれ・・・・・・! お願いだ・・・・・・!」
涙ながらに、詩織に願うのだが・・・・・・
「これは渡さない。きっと幻想の異物だから」
冷酷な詩織。幻想の異物? 一体何のことだ? 考えずにはいられない僕。このとき、誰かを思い出しそうになるのだが。
「わかった・・・・・・わかったよ・・・・・・君だけを大切に想うと誓う・・・・・・」
一人は嫌だ。詩織に服従するしか選択肢はない。泣きながら告げる僕に。彼女は笑顔を見せる。嬉しそうに・・・・・・
「それじゃあ、病室に帰ろうね」
車椅子に腰を下ろす僕。教会を後にしようとしたとき。後ろから声がした。おそらく、あの金色の髪の少女だ。
「その人、きっと嫌がってます。今のあなたを・・・・・・」
少女は、僕の心境を見事に悟っていた。詩織は、車椅子を押す手を止める。
「どうして? どうして他人にわかるの?」
詩織が、少女に向かって口を開く。
「あなたは優しそうな人だけど、その優しさがその人を苦しめている・・・・・・まるで縛り上げて、自分だけのものにしているみたい・・・・・・」
「・・・・・・」
詩織は、少女に何の反論もしなかった。ただ無言に、僕が乗る車椅子を押す。
「まだ・・・・・・まだ大丈夫だから・・・・・・」
涙を堪えるかのような少女の声。僕は呆然と、車椅子に揺られ続ける。自由の利かない体で、このまま詩織に服従を続ける生活を、僕は送るのだろうか・・・・・・? 考えただけで、気が遠くなった・・・・・・
その夜。詩織は病室で、僕のベッドに顔をうずめ眠っていた。売店から彼女が山ほど買ってきたマスカット味のゼリーが、机の上に無造作に置かれている。大半は詩織が食べたが。まだゼリーの数は多い。
「いい子だ・・・・・・いい子だけど・・・・・・僕にはもったいない・・・・・・」
僕は、眠る詩織の頭を撫でる。心地よく静かに、寝息を立てる彼女。あれだけゼリーを食べれば当然幸せだろう。実に幸せそうな寝顔だった。すると・・・・・・
「・・・・・・やめて・・・・・・もう殴らないで・・・・・・お願い・・・・・・お姉ちゃ・・・・・・ん・・・・・・」
痛そうで、悲しそうな寝言を発する詩織。殴らないで? 志保? 一体、彼女の過去に何があったのか? それは本人しか知りえない。
「面会時間は終わりだぞ。けど、今回だけは見逃してやる」
ノックもせず、一人の若い医者が僕の病室へと入って来る。
「点滴は? 看護師がちゃんと取りかえに来たのか?」
若い看護師が、ちゃんと取りかえたはずだ。食事を殆ど残す僕に、ブドウ糖がどうとか言っていた。
「ああ、取りかえに来たよ。確かだ・・・・・・」
僕は、詩織が起きないように声を落とす。しかし、この医者は、問答無用で通常であろう声を出す。
「それは何より。しかしカルテを見る限り、数値はあまりよくないな。それに君は少し栄養失調気味だ。食事は、ちゃんととらないと。ブドウ糖にだけ頼っていちゃ駄目だ」
そう言われても、僕に与えられる三食の食事は、味のしないお粥ばかりだ。食欲のない僕が、残すのも当然だろう。
「お粥だろ?」
「え?」
「君に与えられる食事さ」
それは、知っていてもおかしくない情報だ。彼は、この病院に勤務する医者だから。それでも、僕の心の片隅で何かが引っかかる・・・・・・
「焦げていないだけマシさ。れっきとした栄養士が調理して君に出している。君の母親とは違う」
母? あの日、焦げたお粥を・・・・・・僕に・・・・・そして駅前で・・・・・・ 思い出しただけで胸が張り裂けそうだった・・・・・・ だから、やめる。
「思い出せたか?」
微笑みを浮かべ、若い医者は聞いてくる。
「ああ、ほんの少しさ・・・・・・」
「それは、よかった」
僕の体が満足に動けば、きっとこの医者に掴みかかっているだろう。何もよくはない。ただ、苦しいだけだ。
「思い出す力はある。ほんの少し前の過去なら楽勝だ」
楽勝で堪るか。振り返りたくない過去があると、僕は理解したのだから。
「このゼリー、食べないのなら一つ貰っていく」
「どうぞ、沢山ある・・・・・・」
苦笑する僕。この医者は僕にとって不快だ。できることなら、二度と会いたくない。机の上に置かれた沢山のゼリーを一つとると、若い医者は僕の病室を後にしようとする。
「ああ、言い忘れていた」
若い医者は、随分とワザとらしく振り返った。
「教会で裏乃が待っている。君にとって妹同然だろう? 会ってやれ」
穏やかな表情で、若い医者は僕に告げる。裏乃。聞いたことがある響きの名。口にしたことがある響きの名だ。
「志保も当然姿を現すだろうが。気にするな。あの性格は、幻想の存在になっても同じだ」
志保。僕が首を絞めた・・・・・・自らの成績のために僕を利用したんだ・・・・・・ そして、詩織の実の姉・・・・・・ よせ、これ以上思い出させるな・・・・・・ 現実はもう沢山だ・・・・・・
「あんた誰だ・・・・・・!?」
怒りに震える僕の質問に、彼は答える。穏やかな表情を崩さないまま。
「サナトリウムの狂人、氷室の部下だった男だ。もっとも僕はあいつが嫌いだった。一度、あいつの料理を貶してやったんだ。途端に氷室は怒り出したよ。自分の料理には埃を持っていたらしいな」
サナトリウム。
「知っている・・・・・・僕はその場所を・・・・・・」
僕は呆然と、ただ目の前を見つめた。そこには、病室の白い壁しかないのだが。ないのだが・・・・・・
冷たく眩しい夕暮れが見える。とある廃墟の中で、僕は立ちすくんでいた。ふと、自らの両手を見つめる。そこには傷一つなく。包帯など巻かれていない、普通の手のひらが存在していた。体にも包帯はなく。見覚えのない学生服を、僕は身にまとっていた。
「痛みがない・・・・・・?」
当然だ。火傷が消えているのだから。刺し傷だって・・・・・・
「やぁ、歩夢。また会えて嬉しいよ」
そこには初老の人物が。ネクタイ姿に白衣を着た紳士的な人物。見るからに医者だろうが。
「怖がることはない。何もしないよ」
そう、僕はこの人を前に、どういうわけか怖気づいていた。
「あの子が私の前から消えたんだ。当然だろう?」
「あの子・・・・・・?」
誰のことだ?
「あの子だ。君に恋したあの子」
僕に恋? こんな何もない僕に、詩織以外の誰が恋するというのか?
「思い出せないのならそれでいい」
「僕は、僕は病室にいたはずだ。詩織が寝ていて・・・・・・・それと、変な医者が来たはずだ・・・・・・・」
自らの疑問を投げかける。この人は、ニヤリと笑う。
「歩夢。現実の世界なんて苦しいだけだ。君にとってはとくに。それと変な医者のことは忘れろ。私を貶した愚か者だ」
真顔に戻る初老の老人。人は、ここまで感情をコントロールできるものなのか?
「それより、仕切り直しをしないか?」
「仕切り直し?」
怪訝な表情を浮かべる僕。当然だ。知らない相手から、持ちかけられた仕切り直し。知らない相手だ・・・・・・見ず知らずの相手・・・・・・そのはずだ。
「君にとって簡単なことだ。サナトリウム。新しい幻想を創造するだけでいい。それでこの廃墟は蘇る。幻想の世界で君は生き続けるんだ」
それは僕にとって、願ってもない話しだった。痛く、苦しい現実の世界から・・・・・・解放される・・・・・・ それでも・・・・・・
「嫌だ」
それは即興で出た答えだ。理由を考えたとき、二人の少女の姿が浮かぶ。一人は詩織。僕に向かって微笑む詩織の姿・・・・・・ そして、もう一人は・・・・・・ わからない・・・・・・
「何故だ? 君にとって、現実の世界は苦しさの連続だったはずだ。友人もできずに孤独な毎日。死んだ母親には嘘八百を並び立てて、実に惨めで哀れだった。違うか?」
そうかもしれない。僕は紳士的なこの人に、ある質問をした。
「新しい幻想の世界に、あの子は存在するのか?」
あの子。詩織じゃない。顔も性格も思い出せない誰かだ。それなのに、大切に想う。
「いないよ。歩夢。私も悲しいが存在しない。きっと新しい誰かが存在するはずだ。サナトリウムの院長の私は別だがね・・・・・・」
医院長なんてどうでもいい。それより新しい誰か。次の瞬間。新しい誰かは姿を現す。最初から、この廃墟に存在していたかのように。
「こんにちは。紫音です」
僕の目の前に、一人の少女が当然のように立っていた。紫のセミロングヘアーに、整った顔立ち。まるで一昔前の女学生服を身にまとっていた。僕と同じくらいの歳の女の子だ。
「これからは私があなたの支え。だから甘えてください・・・・・・」
僕に向かって、片方の手を刺し延ばす紫音。その紫の髪が印象的で、同じ年頃の男子は、きっと彼女に夢中になるだろう。しかし、僕は違った・・・・・・
「違う。違うだろ・・・・・・」
僕が愛するのは、紫音じゃない。違う誰か。その誰かを、思い出したいのに。思い出せない自分に涙しそうだった・・・・・・
「すまない・・・・・・僕は、僕は戻らないと・・・・・・苦しい現実の世界に・・・・・・」
僕は後ろを向く。そこには、一つの扉が存在していた。
「現実の扉を開けるか。もういい。好きにしろ。この役立たずめ・・・・・・」
背後から聞こえる初老の老人の声。僕は構うことなく歩き出す。
「いいのですか? 戻ってもあなたは一人です。詩織は、あなたを好きにしたいだけ。これからもずっと・・・・・・」
出会ったばかりの紫音が、まるで警告のような言葉を口にする。
「詩織じゃないよ・・・・・・本当に会いたい人が僕にはいるんだ・・・・・・」
それが誰か。どんな人かもわからない。扉のノブを、僕は握った。
「・・・・・・歩夢さん、・・・・・・また会いましょう・・・・・・」
「歩夢君・・・・・・まだ起きていたの・・・・・・?」
椅子に座りながら、眠たそうに両目を開けている詩織。あの変な医者は、どこかへと消えていた。それなら、つたえられる。
「詩織」
「何・・・・・・?」
眠そうな詩織に、僕は打ち明ける正直な思いを。
「僕を、好きでいてくれていてありがとう・・・・・・」
それは、感謝の気持ちでしかないのだが。
「いいよ。私は・・・・・・あなたを愛しているし・・・・・・一人にする気もないから・・・・・・」
詩織は再び眠ってしまう。それは、安心した寝顔だった。
「・・・・・・僕は今から会いにいく・・・・・・すまない・・・・・・」
僕は詩織を起こさないように、ゆっくりとベッドから出る。痛む体を引きずるように歩きながら、僕は病室を後にした。
「うう・・・・・・」
真冬の冷たい夜風が、火傷に突き刺さるような痛みを僕に与える。教会までの道のりを遠く感じた。
「畜生・・・・・・」
途中、痛みに負け、何度も地面に膝をつく。それでも僕は、全身の力を振り絞り歩き出す。その繰り返しだった。
「会いたい・・・・・・会わせてくれ・・・・・・」
誰に会いたいのかもわからずに。今は信じる神に願い、僕はたどり着く。やっとの思いで、教会にたどり着いたのだ。教会の重い扉を開け、中に入ると僕は隅で蹲る。
「・・・・・・寒い・・・・・・寒い・・・・・・」
今にも泣き出しそうだ。幼い子供のように。
「歩夢」
目の前で僕を呼ぶ声。顔を上げると、見覚えのある一人の少女が立っている。
「君は・・・・・・」
僕は、この少女をすぐに思い出せた。この教会で、祈りをささげていた金色の髪の少女だ。それにしても、どうして僕の名を知っているのか?
「寒かったでしょう? もう大丈夫」
少女は、自らが着ていた白い色のコートを僕にかける。
「ほら、もう温かいよ」
少し小首を傾げ、少女は微笑む。次の瞬間には、僕は涙していた。温かい優しさを感じたから・・・・・・ 孤独と惨めさを癒すような優しさを・・・・・・
「泣かないで歩夢。男の子でしょう」
僕を慰める少女。
「何で・・・・・・」
「聞くよ」
「どうして・・・・・・僕は・・・・・・」
「いいんだよ」
「・・・・・・こんなに弱く生きているんだ・・・・・・?」
教会で、僕は酷く泣く。自らの苦しさを、この年下の少女にさらけ出した。情けない・・・・・・
「確かに歩夢は弱い人だね。人嫌いで素直じゃないし。でも、自分が心を開いた人には、とても優しくできる。とても、とてもいい人。私は、そんな歩夢が素敵に思えるよ」
年下のこの少女は、僕以上に僕を知っていた。
「歩夢、顔を上げて。渡したい物があるから」
僕は泣きながら、少女に向かって顔を上げる。するとそこには、優しい微笑みを浮かべる少女の顔が目の前にあった。
「受け取って、大切な物でしょう?」
少女が僕に差し出したのは、白い砂の入った小瓶。詩織に取り上げられたはずだ。
「どうして・・・・・・これを・・・・・・?」
「あの人をずっと見ていた。髪の長い志保を」
志保。僕を利用した嫌な女の名だ。詩織の姉。少しだけ思い出せたのか・・・・・・?
「長い髪の志保は、これをゴミ箱に捨てたんだよ。歩夢がまた幻想に溺れるのが怖いんだよ。きっと、そう・・・・・・これを捨てたとき、笑っていたから・・・・・・」
幻想に溺れる? 僕は紫音と出会ったあの廃墟で、幻想の世界で生きることを拒絶したはずだ。
「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・」
僕は、白い砂が入った小瓶を受け取る。少女に精一杯の感謝の言葉を告げながら、ふと思う。心のどこかで僕は、幻想の世界を求めているのではないのかと。それも、もっと違う世界を・・・・・・大切な人と、二人だけでいれる世界を・・・・・・
「私はもう行かないと・・・・・・あの人が近くにいるから・・・・・・」
少女は徐に、天井を見上げた。沢山の天使たちが描かれている天井を。
「どうか行かないでくれ・・・・・・毎日とは言わない・・・・・・・気が向いたときに、僕に会いに来てくれるだけでいい・・・・・・こんな僕に・・・・・・」
弱さを口にしたとき、少女は穏やかな表情を見せた。とても穏やかな表情だ。天井の天使に負けていない。
「いつになるかは・・・・・・」
「もう、図々しい」
その刹那。一つの人影が、少女の後ろに現れ、言葉を遮る。
「裏乃。私を満足させる時間だよ。約束はもう終わり」
聞き覚えのある声。これは詩織か・・・・・・? いや違う。断じて違う。詩織は、こんなにも冷酷な存在だと感じない。人影の正体は志保だ。姉の志保。
「満足させるよ・・・・・・それで志保が幸せなら・・・・・・」
後ろを振り返り、志保に少女は答える。
「私は幸せだよ。裏乃と二人だけの世界に存在できる。私の人形を好きにできる。幸せ・・・・・・とても幸せで、発狂しそう・・・・・・」
志保は、僕と目が合う距離まで歩み寄る。
「ねぇ、歩夢。私が誰だかわかる? わかる? あなたが首を絞めた志保だよ」
瞳は狂っていた。彼女の瞳は狂っている。
「ああ、もう思い出してるよ。君を無残に殺した過去だけ・・・・・・」
志保は少しつまらなそうに、怪訝な表情を浮かべた。どうやら、記憶を少し取り戻した僕が気に入らないらしい。
「歩夢はやっぱり用済み。だって新しい人形が可愛いんだもん」
志保は、裏乃と呼ばれた少女を横から抱き締める。
「最初は驚いたよ。火に包まれた後、この子は普通の女の子同然だったから」
純粋な笑顔の志保。浮かない表情の裏乃。僕は、志保への怒りを我慢できなかった。
「お前を嫌がってる・・・・・・!」
「お前・・・・・・?」
志保は、口元をヒクッとさせる。どうやら僕に、お前呼ばわりされたことが気に入らないらしい。
「お前は最低で下劣な女だ! それも、ろくでもない女! その子を自由にしろ! いいか?二度は言わないぞ! 今すぐだ!」
教会に響く怒声。それは僕の体に障った。
「畜生・・・・・・畜生・・・・・・」
胸が酷く痛い。少し大声を出せばこのざまだ。
「うう・・・・・・」
情けない声を出す僕を、志保は笑う。
「惨めだね。裏乃は私が好きにするから。歩夢は生きて。痛みが治まらない毎日を」
僕を蔑む志保の言葉。胸の痛み。いや、体の痛みなど構うものか。
「裏乃から離れろ! 二度目はないぞ!」
僕は、志保の細い首めがけて掴みかかる。誰なのかも思い出せない少女のために。そして、あのときと同じように、両手で彼女の首を絞める。眩しい冬の夕暮れを感じた。それは、とても大切な人を・・・・・・
「嫌な馬鹿。大切にしてあげたのに」
志保は片手で僕を押す。僕は教会の床に倒れる。
「う・・・・・・」
体中に痛みが発した。それは熱く鋭い痛み。今までとは、比べものにならない。強烈なものだ・・・・・・
「酷い火傷のせいで弱ってるね」
志保の高笑いが教会に響いた。僕は倒れ、朦朧と天井に描かれた天使たちを見つめる。これは気のせいだろうか? 天使たちの、それぞれ異なる色をした瞳が、僕を見ている気がする。白い翼を広げた天使たちが、悲しみに暮れた瞳で僕を見ている?
「歩夢・・・・・・」
今にも涙しそうな裏乃の声が聞こえた。
「駄目」
志保の声。おそらく、僕に駆け寄ろうとするのを止めたに違いない。
「さぁ、お楽しみの時間だよ」
「うん・・・・・・」
浮かない返事をした裏乃。志保を、心底嫌がっていることは明白。あの女は、そのことを知っているはずだ。知っていて、あの女は裏乃と一緒にいる。
「今、今・・・・・・助ける・・・・・・」
僕は起き上がろうとするが。駄目だ・・・・・・痛みが酷くて、とても立ち上がることができない。情けない自分に涙した・・・・・・僕の意識は朦朧と、遠くなる・・・・・・
「歩夢。歩夢! 聞いて! 私の言葉を!」
「裏乃。裏乃・・・・・・どうせ聞こえていないよ。ほら、見て。あれは私が捨てたお人形だよ」
「人形じゃない! 歩夢は人形なんかじゃない!」
裏乃・・・・・・あの子は否定してくれた・・・・・・僕が人形じゃないと・・・・・・こんな・・・・・・僕なんかのために・・・・・・
「歩夢。私は大丈夫。大丈夫だから・・・・・・志保は私で満足してくれている。だから・・・・・・だから・・・・・・」
誰かの涙声が聞こえる・・・・・・気のせいか・・・・・・? それともこれは幻聴・・・・・・
「ゆっくり休んで・・・・・・悲しくても、どうか生きて・・・・・・」
僕の視界は暗闇に閉ざされる・・・・・・
冬の夕暮れ。冷たい草原の下に、呆然と僕は座っていた。
「歩夢さん。出会えましたね。私たちはまた出会えた」
聞き覚えのある少女の声に僕は、座りながら後ろを振り返る。
「紫音です」
死音・・・・・・? 紫音。僕はとくに気にもせず、再び冷たい夕暮れの地平線を見つめた。
「たとえ聞こえていなくても・・・・・・私はあなたに話します・・・・・・」
聞こえているさ。ただ、誰にも邪魔されたくないだけ。僕はこの冷たい夕日を、見つめていたい・・・・・・いつまでも・・・・・・
「志保は、裏乃を好きにできて満足しています」
知っている。生贄の裏乃。
「志保はもうあなたに興味がない。これは微かな幸運」
当然だ。僕は紫音に何も答えない。答える必要があるか? 妹同然の少女を、あいつに好きにされている。
「妹・・・・・・? 僕に妹はいない・・・・・・」
そう一人なはずだ。悲しく一人・・・・・・
「裏乃。最初は、あなたに真実を伝える役目でした。でも、どう伝えていいかわからず、裏乃は歩夢さんに甘えました」
『・・・・・・私が馬鹿だから・・・・・・私の頭が悪いから・・・・・・』
何かを思い出す僕。冷たい夕暮れに包まれた砂浜と海が、微かに見える気がする・・・・・・
「そして両想いだった人は、静かに消えてしまった・・・・・・あなたの自我が普通でなくなったから・・・・・・」
知りたくもない・・・・・・僕には誰もいない・・・・・・それでいい・・・・・・違う・・・・・・一人は嫌だ・・・・・・わからない・・・・・・もう、わからないんだ・・・・・・
『やぁ』
同じクラスで、いつも本ばかり読んでいる金色の髪をした少女に声をかける。その日は勇気を振り絞った・・・・・・これは僕の醜い過去・・・・・・
『・・・・・・』
僕を無視し、少女は読書にのめり込む。僕は、ただ、話し相手がほしかったのだ。一方的な愛情を注ぐ詩織以外の・・・・・・
『クスクス・・・・・・』
『可哀想だよな・・・・・・』
『いつも孤独な貧乏人だ・・・・・・』
少女に無視され、情けなく自分の席に戻る僕を、あざ笑うクラスのものたち。
『校外学習は欠席してくれ』
その日、僕は職員室に呼び出されていた。二日後に、遊園地への校外学習を控えていた日のことだ。
『仲間外れのお前のことで、学年主任から煩く言われている。それでいて、校外学習で一人になるお前のことで、俺はまた煩く言われるんだぞ。お前が、クラスの雰囲気を崩しているんだ』
理不尽で、とんだ言いがかりともとれる担任の言葉だった・・・・・・
『でも、親が・・・・・・いや、母が・・・・・・』
『風邪を引いたと言え』
『歩夢君。歩夢君。校外学習楽しみだね』
これはその帰り道でのことだ。勝手についてくる詩織は、嬉しそうに話し続ける。
『いい? 一緒にいるんだよ? 私の友達も紹介するから。うん! きっと楽しい日になるよ!』
二日後、僕は校外学習を休んだ。自宅のベッドで、あの嫌味な担任に言われるがまま、母に風邪を引いたと告げた。あの日の惨めさ・・・・・・
「思い出じゃありません・・・・・・それは思い出じゃない・・・・・・」
これは? 石鹸の香りか? 気が付けば、紫音は僕を抱き締めていた。僕の頬に雫を感じる。これは、涙か・・・・・・? 彼女の・・・・・・?
「思い出じゃない・・・・・・?」
「それは、逃げなければならない過去・・・・・・」
逃げたい。確かに僕は、惨めで孤独な過去から逃げたかった。しかし、どう足掻いても、まとわりついてくるのだ。記憶を失っても、心が覚えている。とても深く・・・・・・
「思い出してください・・・・・・それが幻想でもいい・・・・・・どうか思い出を・・・・・・」
『・・・・・・歩夢を愛しているよ・・・・・・心から・・・・・・そして永遠に・・・・・・』
頭の中と心で、柔らかい声が勝手に響く。大切な人の声のはずが、思い出そうとすると、頭の中でモザイクがかかる。
「僕は、どうしたんだ・・・・・・?」
微かに笑ってしまう僕。両目からは、涙が零れていた。一体、どうしてしまったのか・・・・・・?
「孤独は人の心を奪います・・・・・・そして惨めさは、その孤独を永遠にしてしまう・・・・・・」
紫音は語る。僕を抱き締めながら・・・・・・
「歩夢さんは悲しい人です・・・・・・」
僕の耳元で、紫音はそう囁く。
「・・・・・・知ってるさ・・・・・・」
少しだけ思い出した記憶が、それを物語っている。いや、病室にいるときからそうだ。やってくるのは、いつも詩織一人。僕は、それが悲しかったんだ・・・・・・彼女以外誰もいないと、認識するのが・・・・・・
「重い罪。重い罪を犯していても・・・・・・どうかまた出会って・・・・・・あの冷たい夕暮れの中で・・・・・・心から、あなたを許してくれる人がいるから・・・・・・心からあなたを愛してくれる人が・・・・・・」
ふと気が付くと、冷たい夕暮れの草原の下で僕は一人。
「紫音・・・・・・? 紫音・・・・・・」
僕は初めて、彼女の名を口にした・・・・・・
「目が覚めたか? 教会で、君は倒れていたんだ」
目の前で僕の視界に入った顔、あの変な医者だ。窓を見ると、眩しい夕暮れの光が射している。
「点滴の量は適量で、バイタルにも問題はない。安静にしていれば、大丈夫だ。きっと、病院の医者も同じように告げるはずだ」
変な医者の説明を聞き。安堵したのも束の間。僕の胸の中で、いいようのない孤独が覆い尽くす。
「り・・・・・・裏乃・・・・・・裏乃、とてもいい子だ・・・・・・」
金色の髪をした無垢な少女が、真夜中の教会で微笑んでいる姿が浮かぶ。
「その名前を思い出せたか? いい進歩だ」
表情一つ変えずに、医者は口にする。
「志保・・・・・・僕を利用していた・・・・・・」
「最低な女さ。思い出さなくていい。哀れな気持ちはもう沢山だろ?」
僕に向かって、微かに医者は微笑む。きっと、僕を安心させようとしたのだろう。それでも、僕を支配する孤独は消えない。
「・・・・・・紫音・・・・・・いい人だ・・・・・・あんたが思うよりずっと・・・・・・」
医者は、ほんの少しだけ溜め息を吐く。
「紫音・・・・・・」
首を数回だけ、横に振る医者。
「人が増えたんだ。君の孤独と、その惨めさを癒すために」
僕が孤独なのは理解している。自らの惨めさも。
「僕だ・・・・・・どうして僕は・・・・・・」
「僕は? 何だ? 君は何を言葉にしたい?」
呆然とする僕に、医者の表情は真剣だ。
「僕は・・・・・・どうして幻想に逃げた・・・・・・?」
僕の質問に、医者は両目を閉じた。そして仕方なさそうに、その口を開く。
「君は孤独に殺されたんだ。両親の離婚。無理をして入学した進学校。のけ者にされた学園生活。無残にも殺された母。そして詩織の強引な恋心」
幻想に逃げるも当然だと、自らでも思う。
「それでも、幻想に逃げて正解だった。君は、かけがえのない人に出会えたのだから」
「それは・・・・・・それは誰だ? あんたは知っているのか?」
医者の口元は微笑む。
「知ってる。困らされたよ。あの子の薬嫌いには」
まるで、いい思い出のように懐かしむ医者。
「そうだ・・・・・・そうだ・・・・・・薬嫌いだった・・・・・・」
「それに、星一つない夜空が好きだ・・・・・・澄んだ夜空が・・・・・・」
僕の記憶が少しずつ蘇ることに、嬉しそうな医者は付け加える。
「・・・・・・夜空・・・・・・夜空だ・・・・・・僕は抱き締められたんだ・・・・・・こんな僕を・・・・・・?」
ここまでだ。僕が思い出せたのは。
「限界らしいな。でもそれでいい。なら、これは返せそうだ」
医者が差し出したもの。それは、裏乃から貰った小瓶だ。白い砂の入った小瓶。
「教会で見つかったとき、君はこれを大事そうに握りしめていたんだ。両手でね。これは彼女が残したものだ。割れるといけないから、僕が預かっていたよ」
僕は震える手で、小瓶を受け取った。
「・・・・・・大切な宝物だ・・・・・・」
僕は両手で小瓶を、祈るような形で握る。不思議と、誰かの思いを感じることができた。これは、錯覚しゃない。
「温もりを感じるだろう? 慈悲のような優しい温もりを」
感じる。温かい想いを・・・・・・穏やかで優しい想いを・・・・・・
「その想いを感じたなら、もう一度あそこへ行くといい・・・・・・サナトリウムに・・・・・・氷室の馬鹿野郎はもう諦めた・・・・・・」
自らの遺言のように告げると、医者は消える。空気と同化するように・・・・・・頭痛がする・・・・・・痛みの中で僕は思う・・・・・・
(・・・・・・紫音・・・・・・?)
・・・・・・石鹸の香りが確かにした・・・・・・
まだ朝焼けが残る退屈な学校。孤独な学校にて、一人の少女が僕に話しかける。
「歩夢さん。私と、一緒にお話ししませんか?」
紫の髪をした少女、紫音。孤独な僕に話しかけてきた。恥ずかしそうにその赤い瞳を、何度も瞬きさせながら。
「私と同じで、あなたには友人がいないでしょ? だから私と一緒にいませんか? いつまでも一緒に。終わらないさよならを・・・・・・」
紫音は、孤独な僕に話しかけてきた。この学園の美少女だったが。しかし、彼女には欠点があった。手首の傷だ。
「この傷は、どうか気にしないで・・・・・・」
僕は。まるで夢を見ているかのように、席に座り朦朧としている。これは、夢じゃない。一人の少女の悲しみだ・・・・・・救うんだ・・・・・・
「知っているよ、紫音。君の悲しみは理解している。忘れていいんだ・・・・・・君が両親にされたことは・・・・・・」
紫音は笑顔を見せる。悲しそうな笑顔を・・・・・・
「忘れたいです・・・・・・でも忘れられない・・・・・・憎しみが、記憶を呼び覚ますから・・・・・・」
「・・・・・・君は・・・・・・君は、誰にでも敬語だ・・・・・・? どうしてだ・・・・・・?」
朦朧としながらも、僕は紫音に質問する。意識ははっきりしていないのに、どうしてこんな質問を・・・・・・?
「誰にも殴られないから・・・・・・それに、誰の怒りも買いません・・・・・・」
僕は、ただ見つめた。悲しい紫音を。
「私の毎日は地獄でした・・・・・・気絶するまで殴られて・・・・・・いつも一人で・・・・・・泣いていました・・・・・・」
紫音は語る。自らの悲しい過去を、今にも涙しそうに語った。
「・・・・・・いいんだ・・・・・・もういい・・・・・・」
僕は拒絶するが、紫音は続ける。
「楽しいとは思えない学校・・・・・・それ以上のことも私は・・・・・・」
紫音の表情は悲しい・・・・・・
「やめてくれ・・・・・・やめてくれ・・・・・・もう沢山だ!」
僕は、紫音との物語を終わらせた・・・・・・
「・・・・・・私の醜い物語は、耐えられないですよね? けど、沙羅の過去は・・・・・・優しい・・・・・・」
「し、おん・・・・・・?」
目を覚ます僕。美しい紫音はいない。目の前には、涙する詩織の顔があった。
「歩夢君・・・・・・」
詩織の涙が、僕の顔に零れ落ちる。何度も・・・・・・何度も・・・・・・包帯に覆われた顔を・・・・・・
「・・・・・・また、幻想の世界へ行ったと思った・・・・・・お願いだから、忘れて・・・・・・私と生きて・・・・・・」
詩織は泣き崩れる。僕の胸の中で・・・・・・
「・・・・・・私が、心から大切にするから・・・・・・」
気づいている。僕は、もう気づいている。心から大切にされても、それは受け入れることができなかった。
「詩織。僕を、連れて行ってはもらえないだろうか・・・・・・?」
涙で濡れる顔を上げ、不思議そうに僕を見つめる詩織。
「どこに・・・・・・?」
詩織は、一瞬だけ動揺の笑みを浮かべた。おそらくは、察している。
「僕が正直でいられた場所」
そう口にすると、詩織は黙って俯き続けた・・・・・・
明くる日の昼。僕と詩織は教会を訪れていた。裏乃と出会えた教会。祭壇の近くで、今にもあの子の幻が見えそうだ。無垢に笑うあの子の・・・・・・
「救いの光は永遠です。それは誰の中にも存在するのです。天井に描かれた天使たちだけではありません。我々人も、あの光に向かって歩けるのです。遠くても、どうか歩き続けてください。あなたたちも」
祭壇に立つこの教会の司祭が、僕たちに向かって話し続ける。当然だ。参列者は僕たち二人だけ。
「私の救いの光は、歩夢君だけだよ。それはいつまでも変わらない」
冷静にそう口にする詩織。
「今夜だよ、抜け出すのは。いい?」
「ああ・・・・・・」
生返事をする僕。心のどこかでは、嬉しかった。かけがえのない人と、また出会えることが。
「私は狂っているのかな? 実の姉が死んでよかったと心から思えた。歩夢君に毎日話しかけた日々。でも冷たくされて、いつも一人で泣いていた。とても悲しくて。でも、ある日突然優しくしてくれた。人が変わったように。嬉しくて涙が出そうだった・・・・・・愛し合える・・・・・・私たちは、ずっと愛し合えて幸せになれると思った・・・・・・」
真夜中。暗い病院の廊下で、車椅子に乗った僕を押す詩織。
「電話でタクシーを呼んだから。病院の近くで停まってるはず」
それだけ口にすると、詩織は車椅子を押す。人気のない救急用入り口を通り抜けて、僕たちは冷たい空気が支配する外へと出た。病室から持ってきた毛布を羽織っていたので、それほど寒くはない。この火傷を負って以来、病院の外に出るのは初めてだ。
「歩夢君。それじゃあ、行くよ・・・・・・」
暗い歩道で、詩織は車椅子を押す。すると、車のハザードが点滅する光と、黒い人影が見える。近づくにつれて、それがタクシーだとわかった。黒い人影は、スーツを着た運転手らしき男。ズボンのポケットに、両手を入れていた。
「やぁ」
僕たちを見て、一言そう口にする男。タクシーの運転手に、間違いなさそうだが。
「立てるか?」
運転手は聞いてくる。
「あ、ああ・・・・・・」
僕が返事をすると、運転手の男は微かに頷いた。
「車椅子はトランクに乗せるから、君たちは乗ってくれ」
詩織が自らの肩に、僕の両手を回すと、僕を車椅子から立ち上がらせる。まるで、僕を抱き締めているかのような形だ。
「乗ろう」
詩織が一言口にする。その表情は無表情だった。感情を露わさない無表情。僕たちは、タクシーへと乗る。
「行こう」
ドアを開け、車椅子をトランクにしまい終えた運転手が、運転席に乗り込む。
「美里町にある・・・・・・」
「氷室サナトリウム病院だろ? 知ってるよ」
「え・・・・・・? どうして・・・・・・?」
詩織もさすがに無表情を崩し、怪訝な表情になる。それは、僕も同様だった。タクシーは走り出す。
「知ってるか? あのサナトリウムは、過去に入院患者たちが、心中騒ぎを起こしたんだ」
僕たちの疑問を無視するように、運転手は語る。
「遺族は裁判を起こし、多額の賠償金を支払った。経営難におちいり、医院長は自殺。そして閉鎖され、廃墟が残った」
心中騒ぎ、医院長の自殺。そんないわくつきの場所へと、僕たちは向かおうとしているのだ。
「これが現実で起きた出来事だ。幻想ではどうだった? 歩夢? 悲惨な終わり方をしてしまっただろう?」
僕には、すぐに悟ることができた。この男は、裏乃と同じ存在だということに。
「次の幻想ではどうかな? いや、行けるかどうかも定かじゃないが」
そう口にすると、男は運転を続ける。
「歩夢君、この人・・・・・・」
「向こうの人だよ」
「そう・・・・・・」
驚きもせず、静かに納得した。夜の闇の中を、タクシーは進む。
暗い山道の中で停車するタクシー。道が狭くなっている。これ以上進むのは無理だ。さらに足場も悪く、車椅子で進むのも無理だった。
「あの料金・・・・・・」
男に、ここまでの料金を払おうとする詩織。
「必要ない」
そう一言だけ口にし、男は運転席から降りる。詩織も車から降りると、体が不自由の僕をゆっくりと車から降ろした。
「ここからは歩きだ。君が歩夢を支えていくんだ」
詩織は男に向かって、小さく頷く。
「あんたは一緒にこないのか?」
僕が聞くと、男は一度だけ首を横に振る。
「ずっと嫌いだった。あそこでの仕事が。二度と戻りたくはない。俺は、精神病棟の看護師だったんだ。裏乃が氷室にされた仕打ちを、いつも黙って見ていた」
男は、どこか遠い眼差しで、僕を見つめて語った。
「俺は裏乃が可哀想と思いながら、あの子を救えなかった臆病者なんだ。だから歩夢、君が裏乃に救いの手を差し伸べてくれたとき、俺は心から君に感謝した。君はとてもいい人だ。ありがとう」
僕に向かって男は、微かに微笑みを浮かべる。そして、消えた。まるで最初から、存在すらしなかったかのように。残されたのは、運転席のドアが開いたままの一台のタクシーだけ。
「歩こう。一緒に」
詩織に支えられ、僕と彼女は山道を登る。比較的、歩きやすい山道ではあったが、少女が一人の少年に肩を貸し、歩き続けるには限度があった。僕らは何度となく立ち止まり、お互いの呼吸を整える。
「あそこだ・・・・・・」
サナトリウムの廃墟。夜の闇からその姿を現す。この山道を歩いた記憶が蘇る。僕たちは、不思議と急ぎ足だった。そして、開いたままの門の前まで来る。
「入ろう・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
暗いサナトリウムの庭に入ったところで、僕はまるで錯覚のような感覚を覚えた。今にも、僕を知っている誰かが駆け寄ってきそうな感覚。
「お別れだね・・・・・・」
サナトリウムの庭にて、詩織は僕に向かって悲しそうに微笑みを見せた。
「そう・・・・・・そうだ・・・・・・お別れだ・・・・・・」
ここから先は、僕一人が進む。そして、出会える保証もない誰かを待ち続けるつもりだ。いつまでも・・・・・・
「私は、私は・・・・・・もうここには、来ないから・・・・・・」
詩織は、僕に背を向け歩きだし、元来た道を戻り始める。
「し、お・・・・・・」
彼女の名を声に出そうとしたが、やめた。
(・・・・・・これでいいんだ・・・・・・)
サナトリウムの建物へと、傷む体を引きずりながら僕は歩き出す。
「歩夢君! やっぱり嫌だよ! ねぇ、私と帰ろう! 私と一緒に来てよ!」
後ろから詩織の悲痛そうな、叫び声が聞こえた。きっと涙しているに違いない。それでも、振り返るわけにはいかない。僕は歩き続け、サナトリウムの扉に手を掛けた。
「・・・・・・私が一人だね・・・・・・」
僕はサナトリウムの扉を開け、中に入り、そして扉を閉める。詩織が追ってくる気配はない。酷い罪悪感だけが、心に残った。
「・・・・・・行こう・・・・・・」
一人、そう口にし、サナトリウムの中を僕は歩き出す。椅子と机が並べられている。ここは、かつて待合室だったのだろうか? 壁には、色あせた絵画が飾られていた。
「これは・・・・・・?」
ふと僕は気づく。待合室の床に、不自然で大きな焦げ跡があるのだ。僕はしゃがんで、その焦げ跡に触れる。
「なるほど、ここがそうか・・・・・・」
右手にランプを掲げ、不敵に笑う志保と、何の疑いもない表情の裏乃が志保に抱き着く姿。まるで幻覚のように思い出す。ここが、僕の焼かれた場所だと・・・・・・
「・・・・・・こんなこと、思い出したところで・・・・・・」
何にもならない。思い出したところで、愚かさが増すだけだ。僕は俯きながら立ち上がる。
「ほら、歩夢。元気がないよ。また一人で泣いていたのかな?」
僕が顔を上げたとき、目の前が明るかった。いや、これは天井の照明の光だ。
「ほんと、悲観的だよね」
まるで困ったように、僕を見て笑う志保の姿がある。いや、志保だけじゃない。その隣にいる、志保と瓜二つの少女の姿。
「歩夢君。駄目だよ。笑顔、笑顔」
詩織だった。笑っている。純粋な笑みを浮かべて。
「今夜は、私が腕によりをかけましょう。ミートローフなどいかがです? 秘伝のスパイスを使いましょう。きっと元気も出る」
氷室。この男は氷室だ。僕を刺した男。
「ミートローフか。体重が増えるけど、とても食べたい・・・・・・」
「お姉ちゃんは、今のままで素敵だよ」
「もう、大食いで、何食べても太らない詩織には、私の悩みはわからないよ」
「うー、大食いじゃないよ」
「大食いじゃない? あんたこの間、ケーキ何個食べたと思っているの?」
姉妹仲良く話している。楽しげに。どこか微笑ましい。
「私も、私も、ミート何とか食べたい」
裏乃だった。両手を上げて、何度もジャンプを繰り返している。
「ミートローフです。白パンととても相性がいいですよ」
裏乃の両肩に、両手を乗せ、彼女がジャンプするのを止めさせた人物。優しい紫音だ。
「歩夢。ほら、おいでよ」
「きっと楽しいはずです。毎日が」
志保と紫音が僕を呼ぶ。しかし、僕は再び俯いてしまう。
「違うだろ・・・・・・」
僕が、堪らず涙した刹那。辺りは、闇が支配する。そして、誰もいない廃墟が、そこには当然存在した。望んでもいない、勝手な幻想。僕は歩き出して、二階へと続く階段を上ると、そこは、左右に病室が存在していた。ある病室の中に入ると、マットレスが外されたベッドと、座ってしまえば壊れそうな椅子。そして、花瓶。それだけだ。存在していたのは、それだけ・・・・・・
「・・・・・・疲れた・・・・・・」
僕は床に寝転がると、羽織っていた毛布で全身を覆う。そして、ただ瞳を閉じた・・・・・・
目が覚めると、僕は当然一人だ。冷たい朝。
「誰もいない・・・・・・ここには誰もいない・・・・・・」
毛布を羽織り、僕は朦朧としながらサナトリウムを歩く。すると、沢山のテーブルの並んだ場所を見つける。部屋の横にはプレートがあった。プレートには、ラウンジと書かれている。錆びついていたが、何とか読める範囲だ。僕は、窓際にあるテーブル席に座る。誰かが、朝食を持ってくるわけでもないのに座り続けた。すると突然、冷たい風が吹き付ける。風が吹いた方向に目をやると、窓が割れていた。澄んだ空気、それに潮風も交じっている。
何時間が経過しただろうか? 僕はまだ、ラウンジのテーブル席に座っている。このラウンジは、すでに夕暮れの光に包まれていた。僕は、椅子から立ち上がると、一人孤独にラウンジを後にする。
サナトリウムの廊下を歩く。一体、閉鎖されて何十年が経過しているのだろうか? 廊下から見えるいくつもの病室は、かつてここに入院していた患者の存在を当然の如く現している。真空管のラジオ。蓄音機。割れたレコードが、床一面に捨てられている病室もあった。進み続ける僕。すると、一本の渡り廊下を見つける。僕は歩いた。
「これは・・・・・・?」
渡り廊下の先には、頑丈そうな鉄製の扉が存在している。扉のプレートには、注意書きのようなことが書かれていた。
この先、精神病棟。医院長の許可なく立入を禁ずる。
「医院長なんて、もういないだろ・・・・・・」
僕は若干苦笑すると、扉を開けようとする。
「うう・・・・・・」
随分と重い扉だ。あと少しで開きそうなのだが。すぐに体力を消耗する僕の体にはきつかった。
やっとの思いで扉は開く。僕は、薄暗い精神病棟の中に入る。そこは、いくつもの錆びついた病室の扉が、開けっ放しになっていた。どの病室も、鉄格子がされていたが。鉄格子の前にある窓ガラスが割れているせいで、冷たい風が吹き付けてくる。ここは酷く寒い。
「ごほ、ごほ・・・・・・ごほ・・・・・・」
咳き込む僕。息切れが止まらず、目眩がした。あの重い扉のせいだろう。恐らくは体力を消耗した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
駄目だ。とてもじゃないが、体力が続かない。すぐそばにある病室に、倒れこむように入り込む。仕方がない。今夜はここで休むとしよう。
その夜は、酷く冷え込んだ。毛布を羽織っていたが、とにかく寒い夜だった。僕は腹ペコで、体中に激痛が走っている。処方された薬は、全て病院に置いてきてしまった。
「・・・・・・うん・・・・・・?」
ふと僕は気づく。月明かりに照らされたベッドの脇に、何か落ちている。僕は床を這うようにして進み、それがなんなのか確かめようとした。
「手紙・・・・・・?」
それは一枚の手紙。手に持った瞬間に、すぐ理解できた。色あせていたが、まだ読める。僕は月明かりに照らし、その手紙を読んだ。
あのとき優しくしてくれたあなたへ。私の転院の日が近いので、この病室に手紙を残します。初めて会ったとき、あなたは抜け殻のような私に声をかけてくれた。心中騒ぎで無様に生き残ってしまった私に。お互い名前も知らないのに、あなたは泣いてくれました。私の両手を握りしめて泣いてくれた。こんな私に、生きてくれと言ってくれたことがとても嬉しかった。この思いは一生忘れません。ありがとう。あなたが、この手紙を見つけてくれることを願います。
それは、かつての入院患者が残した手紙だった。どうやら、この手紙を読むはずだった人には渡らなかったらしい。それを、関係のない僕が読んでしまった。
「生きるか・・・・・・」
潔く死ぬという選択肢もあった。苦しいとは思うが、最悪それでもいいと思ってしまう。僕には、生きることが理解できない・・・・・・きっと、記憶を失う前の僕もそうに違いない・・・・・・断片的に思い出している記憶が、それを物語っている・・・・・・
寒く、冷たい朝に僕は目を覚ます。
「う、うう・・・・・・」
立ち上がろうとするが、僕はすぐに転んでしまう。体の痛みも勿論。頭痛と息苦しさが止まらない。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
かろうじて立ち上がるも、呼吸がうまくできない。まるで体の中の血が、凍りついたかのような感覚を覚える。
「・・・・・・ゆ、夕暮れ・・・・・・なのか・・・・・・?」
窓から見える、荒廃したかのようなオレンジ色の光が僕にそう錯覚させた。夕暮れに近い朝焼けだと、すぐに気が付いたが。もう一つ・・・・・・
「そうだ・・・・・・あの・・・・・・あの場所に・・・・・・」
僕は、彼女の病室を思い出した。壁にもたれながら歩き、僕は精神病棟を後にする。渡り廊下を歩く。途中、何度も転んだ。自分でも驚くくらいに体力が続かないのだ。サナトリウムの廊下。今にも呼吸が止まりそうだ。肺に空気が行かない。三階へと続く階段。ここを上がれば、彼女の病室がある。あるはずだ・・・・・・あるはずなのだが・・・・・・
「・・・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・嘘だ・・・・・・」
確かに病室は存在していた。しかし、それでも病室の内部は、片付けられたように何もない。誰も存在しなかった・・・・・・割れた窓から、冷たい風が吹くだけ・・・・・・
「・・・・・・沙・・・・・・」
僕は、彼女の病室に倒れる・・・・・・もう立ち上がることができない・・・・・・服のポケットから、宝物である砂の入った小瓶を取り出し、弱り切った力で、ただ握りしめた・・・・・・
私の目の前には、ベッドの上で眠るように動かなくなった少年がいました。もう必要のなくなった包帯を外された彼の遺体。今にも詩織と不思議そうに、目を開けて起き出しそうでした。もし、彼が目を覚ましたら、私は強く彼を抱き締めます。そして、二度と歩夢君を放しません。だけど、現実は、そうはいかない・・・・・・
「・・・・・・元気でね・・・・・・」
冷たくなった歩夢君の手を握り、私は微笑んで最後のお別れを・・・・・・いえ、見送ったつもりです・・・・・・いつまでも孤独だった彼を・・・・・・
「さぁ、起きる時間」
優しそうな少女の声がした。ゆっくりと目を開ける僕。夕暮れの光に、思わずまた目を閉じそうになるが。眩しさを堪え、再び目を開けると。そこには、綺麗な少女の顔がある。美しく長い薄赤色の髪をした少女。同じく薄赤色をした瞳で、優しい笑みを浮かべながら僕を見ていた。
「ここは、どこだ?」
僕が訊ねると少女は
「私の病室」
と返す。
「病室だって? ここは病院なのか?」
再び訊ねる僕に、少女はゆっくりと首を横に振ると口を開く。
「サナトリウム。君はここで過ごすの」
少女の言葉に、どういうわけか僕の口から微笑みが漏れた。
『さぁ、立ち上がって』
床に寝転がったままの僕に、少女は手を伸ばす。僕は少女の柔らかい手を掴んで、起き上がったとき。どこからか、懐かしさがこみ上げてくる。僕は、少女の手を握ったままだ。しかし少女は、見知らぬ少年に手を握られているというのに、嫌な表情一つ見せない。冷たい夕暮れの光に照らされ、ただ微笑んでいた。
『もう君に不幸はない。ここで私と二人・・・・・・いつまでも変わらない穏やかな日々にしよう・・・・・・』
寂しさが消えていくから・・・・・・僕は久しぶりに笑うことができた・・・・・・沙羅と二人だけで・・・・・・
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