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14.求婚
それから二人は研究室に移動して、結界について話すことにした。
研究室に着き、カーティスがお茶の用意をしている間、レイチェルは落ち着かない気持ちで座っていた。
カーティスの話が気になって仕方がなかったのだ。
「待たせたね」
カーティスはお茶をテーブルに置きながら微笑むと、レイチェルの向かい側のソファに座った。
そして、静かに口を開く。
「きみも知ってのとおり、この国は結界によって魔物との領域を隔てることで、平和を保ってきた。かつて王家の祖先が創り上げたこの結界は、血族魔法と呼ばれていてね。血脈によって代々受け継がれてきたものだ」
カーティスはそこで言葉を切ると、お茶を一口飲んだ。
「はい。王家と、私たち四大公爵家の直系に受け継がれる力ですね」
レイチェルもお茶を口に運びながら頷く。
カーティスは満足げに微笑むと、話を続けた。
「そのとおりだ。放っておけば結界はどんどん綻びていく。それを修復し、強化する儀式が年に一回行なわれる。基本的には国王夫妻が儀式を執り行うが、過去には王太子とその婚約者が行ったこともあった」
カーティスはそこまで言うと、ふう、と息を吐いた。
「建国から約四百年、これまで一度も結界が崩壊したことはない。だから、危機感は薄れていき、儀式も形骸化していった」
彼はそこで言葉を区切ると、再びお茶に口をつける。
「血族魔法は、その正統な血筋を受け継いだ者であれば誰でも使える。だが、その力の強さは個人差が大きい。だから血族魔法の使える夫婦で臨み、その絆の力を合わせて結界を強化してきた」
「夫婦が愛情によって結ばれていれば、儀式はより強固に執り行えるとは、現在の国王陛下がおっしゃっていたことですね」
現在の王妃は、四大公爵家の血筋ではない。それでも妻として迎えたかった現国王は、周囲をそのように説き伏せて結婚したのだ。
「ああ。しかし、残念ながらそれは詭弁だ」
カーティスは苦々しげに呟いた。
「え……?」
レイチェルが聞き返すと、カーティスは小さくため息をつきながら答える。
「血族魔法の使える者同士が、互いに協力することが重要なのだ。その二人の間に愛情があれば、協力が円滑に行われるだけに過ぎない。互いに愛情がなくとも信頼があり、共に協力しあって儀式を行うことができれば、より強固な結界はできる」
「そうなのですか……」
小説の設定では、そこまで詳しく決まってはいなかった。
この世界においては、おそらく彼の言うとおりなのだろう。
「そうだな……たとえばの数字だが、結界の強度を百とする。これが年々、十ずつ減っていく。しかし、それを儀式によって回復させることができる。王家の者は五から十、四大公爵家の者は二から五といったところだ」
「ええと、最低で七、最高で十五ということですね」
「そうだ。たとえ最低だったとしても、数十年は結界を保てる。そのうちに力の強い者が即位して儀式を執り行うようになれば、それまでの減った分も取り戻せるというわけだ」
頷くと、カーティスは説明を続ける。
「ところが、現在の王妃は四大公爵家の者ではない。さらに現国王の力もさほど強くはないようだ。年々、結界は弱まっている。このままでは、さほど遠からず結界は崩壊するだろう」
カーティスがはっきりと断言する。その言葉に、レイチェルは息をのんだ。
「歴史上、四大公爵家以外の者が王妃になったことは何度かある。だが、その場合はなるべく早く王太子が四大公爵家から婚約者を迎え、儀式を執り行うことになっていた。ところが、もはや儀式に対する認識が薄れている。そして、王太子は四大公爵家のきみではなく、別の女性にうつつを抜かす始末」
そこで言葉を区切ると、カーティスは大きく息を吐き出す。
そして、自嘲するように笑った。
「……もっとも、結界が崩壊するなどと言われて、信じろというのも無理な話か」
「いいえ、信じます! カーティスさまの言葉を、信じます!」
レイチェルは強く主張した。
小説では、グリフィンとケイティが臨んだ儀式が失敗し、結界が崩壊する。そのことを知っているので、彼の言葉を疑う余地はない。
「そうか……ありがとう」
カーティスは驚いたように目を瞬かせたが、やがて表情を緩ませた。
「結界が崩壊すると、魔物の領域からたくさんの魔物が侵攻してくる。これは知っているね?」
「はい、もちろんです」
「そうなると、隣国も困ることになるんだ。だから、彼らもこの国の動向に目を向けている」
「あ……だから隣国の……留学生と仲良くなさっていたのですね」
密偵、と言いそうになったが、レイチェルは慌てて言い直した。
以前、隣国の留学生ハロルドとカーティスが楽しそうに会話していたことを思い出したのだ。
「ん? ああ、見たのか。そうだ。彼ら留学生は、情報収集のために隣国から派遣されて来たんだ。まあ、こちらもそのことを利用して、彼らから情報を得ているからお互い様だがな。持ちつ持たれつ、というやつだ」
カーティスは悪戯っぽく笑った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
カーティスはそう言うと、すっと真面目な表情になった。
「現国王は、結界の重要性を忘れてしまっている。このままでは、結界の崩壊を止めることができない。そして、それは我々の未来にとって、とても危険なことだ」
「はい……」
レイチェルは神妙な顔で相槌を打つ。
小説のストーリーでは、国王は王太子が王家の血を引いていないことを知ってからも、隠蔽しようとする。
それは王妃や王太子を醜聞から守るためではない。
すべては己の保身のためだ。
周囲の反対を押し切り、下級貴族の令嬢を妻に迎えたというのに、その妻は浮気をして他の男の子を身ごもった。そんなことが知られれば、国王としての資質すら問われかねない。
そのため、国王は儀式が失敗した責任をケイティ一人に負わせ、彼女を処刑したのだ。
「だから、私が王にならねばならないのだ。そして、妃としてきみを迎えたい。どうか、受け入れてもらえないだろうか」
カーティスはそう言うと、レイチェルの瞳をまっすぐに見つめる。
その視線を受け止めながら、レイチェルは考えた。
彼を国王にして自分が妃となる以外、この国を守る方法はない。
それこそ優先すべき事項であり、自分の気持ちなど、後回しにすべきだ。
「はい、謹んでお受けいたします」
レイチェルは迷わず答えると、カーティスに向かって微笑んだ。
「ありがとう……」
カーティスもほっとしたような笑みを浮かべて礼を言う。
だが、その表情には陰りが見えた。
「カーティスさま、まだなにか不安があるのですか?」
レイチェルは気になって尋ねる。すると、彼は首を横に振った。
「いや……本当は私自身に振り向かせたかったのだが……きみの責任感の強さに付け込んで卑怯な真似をしてしまったなと」
カーティスは自嘲するように笑うと、立ち上がってレイチェルに近づいてきた。
「カーティスさま……?」
「だが、逃がすつもりはない。覚悟しておくように」
カーティスはレイチェルの手を取り、そっと口づけを落とした。
手の甲から指先へと唇でたどられる感触に、レイチェルの背筋にぞくりとしたものが走る。
「あっ……」
思わず声を漏らしてしまい、レイチェルは恥ずかしさに頬を染めた。
そんなレイチェルの反応を楽しむように、カーティスは何度も唇で触れていく。
「や……カーティスさま……っ」
「ああ、すまない。きみがあまりに可愛らしい反応をするものだから、ついな」
カーティスはそう言いながらも、レイチェルの手を離す様子はない。
「カーティスさま、お戯れはおやめください……っ」
レイチェルが訴えると、カーティスはふっと笑った。
「戯れではない。だが、あまりやりすぎては嫌われてしまうな」
そう言って手を離すと、今度はそっと抱きしめる。そして耳元で囁いた。
「続きはまた今度にしよう」
「……っ」
思わず腰が抜けてしまいそうになりながらも、レイチェルはなんとか踏みとどまった。
そんなレイチェルの反応を見て、カーティスは楽しげに笑う。
「ふふ、本当にきみは可愛いな」
「カーティスさま……っ」
レイチェルは涙目になりながら抗議したが、彼は取り合わずに最後にもう一度だけ強く抱きしめてから解放してくれた。
それからカーティスは立ち上がり、テーブルまで戻ってきた。
「冷めてしまったな……淹れ直そう」
そう言って何事もなかったかのように、お茶の支度を始める。
そんな彼を眺めながら、レイチェルは小さくため息をつくことしかできなかった。
──そして、とうとうケイティの謹慎処分が解かれる日がやって来たのだ。
研究室に着き、カーティスがお茶の用意をしている間、レイチェルは落ち着かない気持ちで座っていた。
カーティスの話が気になって仕方がなかったのだ。
「待たせたね」
カーティスはお茶をテーブルに置きながら微笑むと、レイチェルの向かい側のソファに座った。
そして、静かに口を開く。
「きみも知ってのとおり、この国は結界によって魔物との領域を隔てることで、平和を保ってきた。かつて王家の祖先が創り上げたこの結界は、血族魔法と呼ばれていてね。血脈によって代々受け継がれてきたものだ」
カーティスはそこで言葉を切ると、お茶を一口飲んだ。
「はい。王家と、私たち四大公爵家の直系に受け継がれる力ですね」
レイチェルもお茶を口に運びながら頷く。
カーティスは満足げに微笑むと、話を続けた。
「そのとおりだ。放っておけば結界はどんどん綻びていく。それを修復し、強化する儀式が年に一回行なわれる。基本的には国王夫妻が儀式を執り行うが、過去には王太子とその婚約者が行ったこともあった」
カーティスはそこまで言うと、ふう、と息を吐いた。
「建国から約四百年、これまで一度も結界が崩壊したことはない。だから、危機感は薄れていき、儀式も形骸化していった」
彼はそこで言葉を区切ると、再びお茶に口をつける。
「血族魔法は、その正統な血筋を受け継いだ者であれば誰でも使える。だが、その力の強さは個人差が大きい。だから血族魔法の使える夫婦で臨み、その絆の力を合わせて結界を強化してきた」
「夫婦が愛情によって結ばれていれば、儀式はより強固に執り行えるとは、現在の国王陛下がおっしゃっていたことですね」
現在の王妃は、四大公爵家の血筋ではない。それでも妻として迎えたかった現国王は、周囲をそのように説き伏せて結婚したのだ。
「ああ。しかし、残念ながらそれは詭弁だ」
カーティスは苦々しげに呟いた。
「え……?」
レイチェルが聞き返すと、カーティスは小さくため息をつきながら答える。
「血族魔法の使える者同士が、互いに協力することが重要なのだ。その二人の間に愛情があれば、協力が円滑に行われるだけに過ぎない。互いに愛情がなくとも信頼があり、共に協力しあって儀式を行うことができれば、より強固な結界はできる」
「そうなのですか……」
小説の設定では、そこまで詳しく決まってはいなかった。
この世界においては、おそらく彼の言うとおりなのだろう。
「そうだな……たとえばの数字だが、結界の強度を百とする。これが年々、十ずつ減っていく。しかし、それを儀式によって回復させることができる。王家の者は五から十、四大公爵家の者は二から五といったところだ」
「ええと、最低で七、最高で十五ということですね」
「そうだ。たとえ最低だったとしても、数十年は結界を保てる。そのうちに力の強い者が即位して儀式を執り行うようになれば、それまでの減った分も取り戻せるというわけだ」
頷くと、カーティスは説明を続ける。
「ところが、現在の王妃は四大公爵家の者ではない。さらに現国王の力もさほど強くはないようだ。年々、結界は弱まっている。このままでは、さほど遠からず結界は崩壊するだろう」
カーティスがはっきりと断言する。その言葉に、レイチェルは息をのんだ。
「歴史上、四大公爵家以外の者が王妃になったことは何度かある。だが、その場合はなるべく早く王太子が四大公爵家から婚約者を迎え、儀式を執り行うことになっていた。ところが、もはや儀式に対する認識が薄れている。そして、王太子は四大公爵家のきみではなく、別の女性にうつつを抜かす始末」
そこで言葉を区切ると、カーティスは大きく息を吐き出す。
そして、自嘲するように笑った。
「……もっとも、結界が崩壊するなどと言われて、信じろというのも無理な話か」
「いいえ、信じます! カーティスさまの言葉を、信じます!」
レイチェルは強く主張した。
小説では、グリフィンとケイティが臨んだ儀式が失敗し、結界が崩壊する。そのことを知っているので、彼の言葉を疑う余地はない。
「そうか……ありがとう」
カーティスは驚いたように目を瞬かせたが、やがて表情を緩ませた。
「結界が崩壊すると、魔物の領域からたくさんの魔物が侵攻してくる。これは知っているね?」
「はい、もちろんです」
「そうなると、隣国も困ることになるんだ。だから、彼らもこの国の動向に目を向けている」
「あ……だから隣国の……留学生と仲良くなさっていたのですね」
密偵、と言いそうになったが、レイチェルは慌てて言い直した。
以前、隣国の留学生ハロルドとカーティスが楽しそうに会話していたことを思い出したのだ。
「ん? ああ、見たのか。そうだ。彼ら留学生は、情報収集のために隣国から派遣されて来たんだ。まあ、こちらもそのことを利用して、彼らから情報を得ているからお互い様だがな。持ちつ持たれつ、というやつだ」
カーティスは悪戯っぽく笑った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
カーティスはそう言うと、すっと真面目な表情になった。
「現国王は、結界の重要性を忘れてしまっている。このままでは、結界の崩壊を止めることができない。そして、それは我々の未来にとって、とても危険なことだ」
「はい……」
レイチェルは神妙な顔で相槌を打つ。
小説のストーリーでは、国王は王太子が王家の血を引いていないことを知ってからも、隠蔽しようとする。
それは王妃や王太子を醜聞から守るためではない。
すべては己の保身のためだ。
周囲の反対を押し切り、下級貴族の令嬢を妻に迎えたというのに、その妻は浮気をして他の男の子を身ごもった。そんなことが知られれば、国王としての資質すら問われかねない。
そのため、国王は儀式が失敗した責任をケイティ一人に負わせ、彼女を処刑したのだ。
「だから、私が王にならねばならないのだ。そして、妃としてきみを迎えたい。どうか、受け入れてもらえないだろうか」
カーティスはそう言うと、レイチェルの瞳をまっすぐに見つめる。
その視線を受け止めながら、レイチェルは考えた。
彼を国王にして自分が妃となる以外、この国を守る方法はない。
それこそ優先すべき事項であり、自分の気持ちなど、後回しにすべきだ。
「はい、謹んでお受けいたします」
レイチェルは迷わず答えると、カーティスに向かって微笑んだ。
「ありがとう……」
カーティスもほっとしたような笑みを浮かべて礼を言う。
だが、その表情には陰りが見えた。
「カーティスさま、まだなにか不安があるのですか?」
レイチェルは気になって尋ねる。すると、彼は首を横に振った。
「いや……本当は私自身に振り向かせたかったのだが……きみの責任感の強さに付け込んで卑怯な真似をしてしまったなと」
カーティスは自嘲するように笑うと、立ち上がってレイチェルに近づいてきた。
「カーティスさま……?」
「だが、逃がすつもりはない。覚悟しておくように」
カーティスはレイチェルの手を取り、そっと口づけを落とした。
手の甲から指先へと唇でたどられる感触に、レイチェルの背筋にぞくりとしたものが走る。
「あっ……」
思わず声を漏らしてしまい、レイチェルは恥ずかしさに頬を染めた。
そんなレイチェルの反応を楽しむように、カーティスは何度も唇で触れていく。
「や……カーティスさま……っ」
「ああ、すまない。きみがあまりに可愛らしい反応をするものだから、ついな」
カーティスはそう言いながらも、レイチェルの手を離す様子はない。
「カーティスさま、お戯れはおやめください……っ」
レイチェルが訴えると、カーティスはふっと笑った。
「戯れではない。だが、あまりやりすぎては嫌われてしまうな」
そう言って手を離すと、今度はそっと抱きしめる。そして耳元で囁いた。
「続きはまた今度にしよう」
「……っ」
思わず腰が抜けてしまいそうになりながらも、レイチェルはなんとか踏みとどまった。
そんなレイチェルの反応を見て、カーティスは楽しげに笑う。
「ふふ、本当にきみは可愛いな」
「カーティスさま……っ」
レイチェルは涙目になりながら抗議したが、彼は取り合わずに最後にもう一度だけ強く抱きしめてから解放してくれた。
それからカーティスは立ち上がり、テーブルまで戻ってきた。
「冷めてしまったな……淹れ直そう」
そう言って何事もなかったかのように、お茶の支度を始める。
そんな彼を眺めながら、レイチェルは小さくため息をつくことしかできなかった。
──そして、とうとうケイティの謹慎処分が解かれる日がやって来たのだ。
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