虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

葵 すみれ

文字の大きさ
2 / 37

02.出荷

しおりを挟む
 ヘスティアは、成り上がりの男爵家に生まれた。
 元は平民だった当主が、商売に成功して貴族の仲間入りを果たした、いわゆる成金貴族だった。
 当主は、貴族としての箔をつけるために、没落した名門貴族の娘を妻に迎えたのである。

 そして生まれたのが、ヘスティアだ。
 ところが、女子であったために母方の爵位を継ぐことができず、当主からは政略結婚の駒としてしか扱われなかった。
 妻の家の爵位を我が物とするため、当主は男子を望んだ。
 そして妻に無理をさせ、身体の弱かった彼女は、ヘスティアが十歳になる前に帰らぬ人となってしまった。

 すると、当主は愛人だった女とその子を、正式に迎え入れたのだ。腹違いの妹とは、年齢が数か月しか違わなかった。
 愛人だった女は貴族の庶子で、美しい金髪の持ち主だった。彼女とよく似たデボラもまた、美しい金髪の可愛らしい少女だった。
 当主は後妻とデボラを溺愛し、ヘスティアのことは放置する。

 ヘスティアは最初、腹違いの妹となるデボラと仲よくしようとした。
 しかし、デボラはヘスティアのせいで今まで日の当たる場所に出られなかったのだと、恨んでいた。そして、父親の黙認のもと、ヘスティアをいじめるようになったのだ。

 二人が十歳になったある日、庭でデボラがヘスティアをいじめている最中、事件は起こった。
 デボラが魔法を発動させ、ヘスティアの背中を焼いたのだ。

「熱い! 熱いわ! 誰か助けて!」

 燃え上がる背中の熱さに、ヘスティアはのたうち回る。火を消そうと、地面に転がったが、背中の熱は増すばかりだった。

「凄い! 私、魔法が使えたわ!」

 デボラはそんな姉の心配などせず、自分の魔法が及ぼしたであろう効果に酔いしれていた。

「貴族の証である魔法! やっぱり私は貴族の娘なのね!」

 そう叫んだデボラに、父親である当主が駆け寄ってきた。

「デボラ! いったいどうしたんだ!? ヘスティアがまた何か……」

 当主はそこで初めて、ヘスティアの惨状に気づいたようだった。

「お父さま! 見て、私、魔法が使えるようになったのよ!」

 デボラは父親に抱き付いて、甘えるようにそう言った。

「なんと……!」

 驚愕の表情を浮かべると、当主はすぐに満面の笑みとなってデボラを抱きしめた。

「よくやった、デボラ! お前は自慢の娘だ!」

「私、綺麗なドレスも買ってもらえる?」

「ああ、もちろんだとも! すぐに仕立て屋を呼ぼう!」

 当主は喜びを隠しきれない顔でそう言った。ヘスティアのことなど目に入っていない。

「お……お父さま……」

 ヘスティアは自分に背を向ける父に、震える声で呼びかけた。
 しかし、父親もデボラも答えない。

「お父さま、私は火傷をして……」

「ああ、うるさいな」

 ヘスティアの訴えを、当主は冷たく一蹴した。そして呆然とするヘスティアになど見向きもせず、デボラを抱き上げるとそのまま屋敷へと戻っていった。
 使用人たちもまた、主の喜びに水を差さないようにと見て見ぬふりをしている。
 後に残されたのは、惨めな姿のヘスティアだけだった。

「なんで……どうして……」

 震える声で呟くが、答えてくれる者は誰もいない。
 ヘスティアは、火傷でただれた背中の痛みよりも、心の痛みのほうが何倍もつらかった。

「私は……お父さまに、見捨てられてしまったの……?」

 そんな絶望が胸に広がる。そしてそれは、すぐに現実となった。
 醜い火傷を負った娘など、政略結婚の駒にもならない。
 ヘスティアの婚約者だったタイロンも、あっさりデボラの手を取ってしまったのだ。
 婚約は解消され、ヘスティアは厄介者扱いになった。

 それでも慈悲だと家には置いてもらえたが、使用人同然の扱いだった。
 食事は粗末なものしか与えられず、服も破れかけたものがあてがわれるだけだ。
 そしてデボラは、そんなヘスティアを馬鹿にして、いじめ続けた。

「その宝石、お姉さまなんかが持っていたらかわいそうだわ。私がもらってあげるわね!」

 デボラはヘスティアが大事にしていたものを奪い取っていく。母の形見も全てだ。

「その醜い赤毛、私が綺麗にしてあげるわ!」

 そう言って、デボラはヘスティアの髪を鋏で切り刻んだ。

「なによ、その反抗的な顔! 躾が必要ね!」

 真冬に冷水を浴びせられて、庭に放置されたこともある。
 それでもヘスティアは、黙って耐えることしかできなかった。
 母から教わった、貴族の娘としての誇り。それだけが、ヘスティアの心を唯一支えていた。
 たとえ蔑まれても、惨めな扱いを受けても、自分は母の娘なのだ。
 どのような境遇にあろうとも、心の持ちようだけは気高くあろうと、ヘスティアは決めていた。

 そして、ヘスティアが十六歳になったあるとき、辺境伯家の老人の後妻という縁談が持ち込まれることになったのだ。



 あっという間に、ヘスティアは辺境伯領に送られることになった。まるで、荷物の出荷のようだ。
 当然、ヘスティアに拒否する権利はなかった。

「お姉さま、ご結婚おめでとう! 田舎の老人の慰み者とはいえ、お姉さまが結婚できるなんて、奇跡ね!」

 デボラは、嬉しそうに嘲笑った。

「辺境の地なんて、どうせ田舎で貧乏なんでしょう? 辺境伯なんていうくらいですもの、伯といってもどうせ子爵か男爵程度ね。それでももったいないくらいだわ!」

 そう言って、デボラは嘲笑をさらに強める。
 ヘスティアは、そんなデボラを唖然と見つめた。

 彼女は、辺境伯という地位について何も知らないのか。
 重要な地を守る要職であり、時には王女の降嫁先に選ばれることだってある。
 子爵や男爵どころか、侯爵と同等以上の家柄なのだ。
 本来なら、男爵令嬢ごときが嫁ぐ相手ではない。今回は、すでに引退した老人の後添えで、血を残す必要もないから許されたのだろう。

 母から貴族としての教育を受けていたヘスティアは、デボラの無知に呆れ果てた。
 しかし、デボラはヘスティアの呆れ顔にも気付かず、上機嫌で続ける。

「お姉さま、田舎でせいぜい可愛がってもらうことね」

 デボラはそう言って、馬車に乗り込むヘスティアに手を振った。

「さようなら、お姉さま。もう二度と会うことはないだろうけれど」

 馬車に乗ったヘスティアは、デボラを振り返ることはなかった。ただ黙って、馬車に揺られる。
 そして、ヘスティアを乗せた馬車は、王都を旅立ったのだった。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

あなたと別れて、この子を生みました

キムラましゅろう
恋愛
約二年前、ジュリアは恋人だったクリスと別れた後、たった一人で息子のリューイを生んで育てていた。 クリスとは二度と会わないように生まれ育った王都を捨て地方でドリア屋を営んでいたジュリアだが、偶然にも最愛の息子リューイの父親であるクリスと再会してしまう。 自分にそっくりのリューイを見て、自分の息子ではないかというクリスにジュリアは言い放つ。 この子は私一人で生んだ私一人の子だと。 ジュリアとクリスの過去に何があったのか。 子は鎹となり得るのか。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 ⚠️ご注意⚠️ 作者は元サヤハピエン主義です。 え?コイツと元サヤ……?と思われた方は回れ右をよろしくお願い申し上げます。 誤字脱字、最初に謝っておきます。 申し訳ございませぬ< (_"_) >ペコリ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

処理中です...