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短編
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「レオ、今日は来てくれてありがとう」
ラウーザ王国の王都にあるアマティア伯爵家の庭園では、伯爵家の長女であるシルフィーネが客人を迎えていた。
「シルフィ、こちらこそ招待感謝する」
丁寧に礼をして椅子に腰掛けたのは、ザイード伯爵家の長男であるレオナルドだ。親同士が親友である二人は幼少期からよく遊んでおり、幼なじみだった。
その関係性はシルフィーネが十四歳、レオナルドが十八歳となった今でも続いている。
「今日はレオの好きな東方のお茶が入ったの。甘くて美味しい緑茶よ。合わせるのは軽めのクッキーでいいかしら」
「もちろんだ。よい香りがしているな」
「そうでしょう?」
口元を緩ませたレオナルドを見て、シルフィーネは嬉しくて笑顔になった。
レオナルドは背が高くて体が大きく、さらに目つきも鋭いため一般的には怖いと言われる容姿なのだが、シルフィーネにとっては頼りになってかっこいい見た目でしかなかった。
精悍な顔つきを緩ませているところなど、そのギャップに胸が高鳴る。
「このように可愛らしい茶会は、やはり俺には似合わないが……」
しかし、本人はその容姿を気にしていた。見た目に反して心優しいレオナルドは、いつも他人を怖がらせないように場違いにならないようにと、周囲に配慮しているのだ。
「いつも言っているけど、レオは私の開くお茶会に一番似合うお客様よ」
シルフィーネの本心である。
そもそもこの茶会はレオナルドのことが大好きなシルフィーネがレオナルドのために整えているのだから、それ以外の者に似合うはずもないのだ。
レオナルドの好みの茶と菓子、さらにはテーブルクロスの柄や花瓶の花、庭園の植物までレオナルドのためにシルフィーネが整えていた。
レオナルドは知らないが、いつも二人の茶会に使われる東屋は二人専用となっており、テーブルと椅子もそれぞれ特注品である。体の大きなレオナルド専用の椅子は、さりげなく大きな作りにしてあった。
「そう、だろうか」
「私がそうだと言ったらそうなのよ!」
少しだけ頬を膨らませながらビシッと指差したシルフィーネに、レオナルドはまた頬を緩める。
「ありがとう。しかしシルフィーネ、他人を指差すのは良くないぞ」
こんな時まで兄目線なレオナルドだ。シルフィーネは何年も前からレオナルドのことを好いているのに、レオナルドはシルフィーネのことを妹のようにしか見ない。
そもそも自らの容姿が女性に好かれるとは微塵も思っておらず、女性から好意を向けられることなどあり得ないと思い込んでいるところがあった。
好きになった時にアピールをしても可愛い妹の好意だとしか思われなかったため、シルフィーネはもう少し成長したらアタックを再開しようと考えている。
最近一気に背が伸びて、美しい金髪が人目を惹く令嬢になったシルフィーネだ。レオナルドは今年王立学園を卒業するため婚約者を選定し始めるはずであり、そろそろまたアピールを始めてもいいのかもしれない。
「とても美味い茶だな」
甘さの強い緑茶はレオナルドの口に合ったらしい。その笑顔に満足しながらシルフィーネもクッキーを口に運んでいると、突然レオナルドが信じられない言葉を呟いた。
「こうしてシルフィと茶会ができるのも、あと少しなのか。それは少し寂しいな……」
「――どういう、こと?」
確かに来年になるとシルフィーネは王立学園に入学し、逆にレオナルドは卒業する。しかしそれぞれ屋敷に住み続けることは変わらないのだから、茶会ができなくなる理由が分からなかった。
眉間に皺を寄せたシルフィーネの問いかけに、レオナルドは寂しげに笑う。
「実は――俺は騎士団に入ろうと思っているんだ。最近まで悩んでいて、まだ家族の了承は得られていないのだが、俺の中では心を決めた」
目の前のレオナルドが話す内容が、シルフィーネには分からなかった。もちろん意味は理解しているが、なぜそのような結論になったのかは理解できない。
レオナルドはザイード伯爵家の長男である。よほど体が弱かったり遊び呆けていたりと問題がない限り、基本的にこの国では長男が爵位を継ぐものだ。
そして爵位を継ぐ場合は、王立学園を卒業したら家の仕事を手伝うことになる。騎士団に入ることはない。騎士団は宿舎暮らしで家を出なければならないし、辺境などに異動することもあり得るのだ。
「レ、オは、後継でしょう?」
なんとか問いかけたが、レオナルドは首を横に振った。
「弟に譲ろうと思っている。あいつは少し体が弱いが優秀だからな。見目もいいし、すぐに妻を得られるだろう」
「レオだって」
「俺は怖いだろう? 誰も俺を好いてなどくれないし、無理やり結婚させられる相手が可哀想だ。騎士団に入れば独身でも問題ない」
どこまでも優しくて周りのことばかり考えているレオナルドに、シルフィーネはもどかしさからバンッとテーブルを叩いてしまった。
勢いよく立ち上がったシルフィーネを、驚くように目を見開いたレオナルドが見上げる。いつもは自分が見上げてばかりなので、この状況が新鮮だった。
「そうやって思い込むのはダメ! レオはどうしたいの? いっつも自分のことは後回しじゃない」
強い眼差しで見つめると、レオナルドの視線は困惑するように泳いだ。
「俺は……」
「騎士団に入りたいの? それとも家を継ぎたいの?」
シルフィーネは視線を逸らさない。別に騎士団に入りたいのが本心ならそれでも良かった。伯爵の妻ではなく騎士の妻を目指すだけである。
少しずつレオナルドにアピールしていく計画は完全に崩れることになるが、そこはいくらでもやりようはあるだろう。最初に聞いた時はとにかく驚いてしまったが、シルフィーネは前向きだ。
しかし、まずはレオナルドの本心が聞きたかった。
騎士団に入るのが心からの望みであるのと、諦めから騎士団を選ぶのは天と地ほどの差がある。
ジッと視線を逸らさないシルフィーネに観念するように、レオナルドは小さく息を吐いた。
「――もちろん騎士団に憧れはあるし、俺に騎士は向いていると思う。ただ、ザイード伯爵家を守っていきたいという気持ちは強い」
「じゃあ!」
「でも! それは弟にもできることだ。俺は無理やり嫌がる相手を妻に迎えるのは嫌だし、独身のままでは家に迷惑がかかる。それならば、やはり弟の方が……」
本音を伝えてくれたが、また後ろ向きになっているレオナルドに、シルフィーネは覚悟を決めた。
レオナルドに向かって、まっすぐ伝える。
「私が――私がレオナルドと結婚するわ!」
勢いに任せて告げた言葉は、東屋に響き渡った。近くにいた使用人たちは態度にこそ出してないが、シルフィーネを応援するような雰囲気が伝わってくる。
最近は口に出していなかった好意を改めて伝えたことでシルフィーネは少し照れてしまったが、目は逸らさなかった。
そんなシルフィーネに――レオナルドは優しい兄の顔で言う。
「シルフィ、ありがとう。でも無理はしなくていいんだ。シルフィにはもっといい相手がいるだろう」
「違う! 私はレオが好きだからレオがいいのよ」
同情だと思われていると慌てて首を横に振ったが、レオナルドの優しい表情はそのままだ。
「シルフィに好いてもらえて嬉しく思うよ」
やはりいつまで経っても、レオナルドにとってシルフィーネは妹のような存在であり、恋愛感情がたっぷりと込められた『好き』だということを信じてもらえないらしい。
「友愛や親愛じゃないわ。恋愛よ」
「シルフィは昔から俺のことを好きだと慕ってくれたな。小さな頃からの知り合いだからだろうが、こんな容姿の俺と一緒にいてくれていつも感謝しているんだ」
的外れな感慨を述べ始めた鈍感なレオナルドに、シルフィーネは歯噛みした。ここまで言っても信じてもらえないならば、やはり言葉で伝えるだけではダメなのだろう。
行動に移さなくてはならない。それからレオナルドにもシルフィーネを女性として意識してもらい、好きになってもらわないといけない。
シルフィーネはグッと拳を握りしめ、強く決意した。
(レオの卒業まで、まだ半年以上ある。騎士団への入団を決める前に、私の気持ちを理解してもらわないと!)
一度騎士団に入団して家督を弟に譲ってしまえば、それを覆すのは貴族社会としては難しいのだ。レオナルドの本当の望みを叶えるためには、半年以内になんとかしなければならない。
勇ましい表情のシルフィーネを、レオナルドは微笑ましげに眺めていた。
「シルフィも大きくなったなぁ」
お前は父親かと言いたくなるようなセリフだ。シルフィーネは大きく息を吐き出してから、淑女の顔を作った。
「レオ、私はもう子供じゃありません。立派な淑女ですわ」
丁寧な口調にしていつもと雰囲気を変えたシルフィーネに、レオナルドは驚きを見せる。
「お友達には婚約者が決まった人もいます。私だって恋文をもらっていますわ」
シルフィーネはレオナルドしか見ていないので婚約者も恋人もいないが、伯爵家の長女で健康で明るく聡明、さらにとても美人なシルフィーネは人気なのだ。
初めて知ったのだろう事実に、レオナルドの眉間にはほんの僅かに皺が寄った。
「シルフィに……」
小さな小さな呟きには、困惑と少しの不満が乗っているような気がしたが、シルフィーネは自分の願望だろうと振り払う。
前向きにレオナルドとの未来を夢見ているシルフィーネだが、必ず気持ちを通じ合わせられるとは思っていなかった。どんなにアピールしても、レオナルドにとって恋愛対象にならない可能性もあるのだ。
(もしそうだとしても、私が好きだということを理解してもらえればレオの自信になるわ。それだけで、爵位を継いで婚約者を探すことに前向きになれるかもしれない)
レオナルドが別の相手を探すことなど考えたくないが、シルフィーネにとって一番なのはレオナルドの幸せだった。
「もう、私も恋がわかる歳なのです」
難しい表情のレオナルドの下へ、シルフィーネはゆっくりとテーブルを回って近づく。幼少期にはよく握っていたレオナルドの手に、そっと触れた。
とても大きくて温かい手に安心感を覚えると共に、少し照れてしまう。しかしその気持ちはグッと抑えて、レオナルドを近くから強く見つめた。
「レオ、私の本気を見せてあげる」
いつも通りの口調に戻ったシルフィーネは、しかしどこか大人びた、挑戦的な笑みを浮かべていた。美人なシルフィーネのそんな表情は、歳の割に色気がある。
レオナルドはシルフィーネの迫力に押され、目を逸らせないようだ。二人はジッと見つめ合う。
恋心はレオナルドに伝わるのか――シルフィーネの奮闘が今始まっ
ラウーザ王国の王都にあるアマティア伯爵家の庭園では、伯爵家の長女であるシルフィーネが客人を迎えていた。
「シルフィ、こちらこそ招待感謝する」
丁寧に礼をして椅子に腰掛けたのは、ザイード伯爵家の長男であるレオナルドだ。親同士が親友である二人は幼少期からよく遊んでおり、幼なじみだった。
その関係性はシルフィーネが十四歳、レオナルドが十八歳となった今でも続いている。
「今日はレオの好きな東方のお茶が入ったの。甘くて美味しい緑茶よ。合わせるのは軽めのクッキーでいいかしら」
「もちろんだ。よい香りがしているな」
「そうでしょう?」
口元を緩ませたレオナルドを見て、シルフィーネは嬉しくて笑顔になった。
レオナルドは背が高くて体が大きく、さらに目つきも鋭いため一般的には怖いと言われる容姿なのだが、シルフィーネにとっては頼りになってかっこいい見た目でしかなかった。
精悍な顔つきを緩ませているところなど、そのギャップに胸が高鳴る。
「このように可愛らしい茶会は、やはり俺には似合わないが……」
しかし、本人はその容姿を気にしていた。見た目に反して心優しいレオナルドは、いつも他人を怖がらせないように場違いにならないようにと、周囲に配慮しているのだ。
「いつも言っているけど、レオは私の開くお茶会に一番似合うお客様よ」
シルフィーネの本心である。
そもそもこの茶会はレオナルドのことが大好きなシルフィーネがレオナルドのために整えているのだから、それ以外の者に似合うはずもないのだ。
レオナルドの好みの茶と菓子、さらにはテーブルクロスの柄や花瓶の花、庭園の植物までレオナルドのためにシルフィーネが整えていた。
レオナルドは知らないが、いつも二人の茶会に使われる東屋は二人専用となっており、テーブルと椅子もそれぞれ特注品である。体の大きなレオナルド専用の椅子は、さりげなく大きな作りにしてあった。
「そう、だろうか」
「私がそうだと言ったらそうなのよ!」
少しだけ頬を膨らませながらビシッと指差したシルフィーネに、レオナルドはまた頬を緩める。
「ありがとう。しかしシルフィーネ、他人を指差すのは良くないぞ」
こんな時まで兄目線なレオナルドだ。シルフィーネは何年も前からレオナルドのことを好いているのに、レオナルドはシルフィーネのことを妹のようにしか見ない。
そもそも自らの容姿が女性に好かれるとは微塵も思っておらず、女性から好意を向けられることなどあり得ないと思い込んでいるところがあった。
好きになった時にアピールをしても可愛い妹の好意だとしか思われなかったため、シルフィーネはもう少し成長したらアタックを再開しようと考えている。
最近一気に背が伸びて、美しい金髪が人目を惹く令嬢になったシルフィーネだ。レオナルドは今年王立学園を卒業するため婚約者を選定し始めるはずであり、そろそろまたアピールを始めてもいいのかもしれない。
「とても美味い茶だな」
甘さの強い緑茶はレオナルドの口に合ったらしい。その笑顔に満足しながらシルフィーネもクッキーを口に運んでいると、突然レオナルドが信じられない言葉を呟いた。
「こうしてシルフィと茶会ができるのも、あと少しなのか。それは少し寂しいな……」
「――どういう、こと?」
確かに来年になるとシルフィーネは王立学園に入学し、逆にレオナルドは卒業する。しかしそれぞれ屋敷に住み続けることは変わらないのだから、茶会ができなくなる理由が分からなかった。
眉間に皺を寄せたシルフィーネの問いかけに、レオナルドは寂しげに笑う。
「実は――俺は騎士団に入ろうと思っているんだ。最近まで悩んでいて、まだ家族の了承は得られていないのだが、俺の中では心を決めた」
目の前のレオナルドが話す内容が、シルフィーネには分からなかった。もちろん意味は理解しているが、なぜそのような結論になったのかは理解できない。
レオナルドはザイード伯爵家の長男である。よほど体が弱かったり遊び呆けていたりと問題がない限り、基本的にこの国では長男が爵位を継ぐものだ。
そして爵位を継ぐ場合は、王立学園を卒業したら家の仕事を手伝うことになる。騎士団に入ることはない。騎士団は宿舎暮らしで家を出なければならないし、辺境などに異動することもあり得るのだ。
「レ、オは、後継でしょう?」
なんとか問いかけたが、レオナルドは首を横に振った。
「弟に譲ろうと思っている。あいつは少し体が弱いが優秀だからな。見目もいいし、すぐに妻を得られるだろう」
「レオだって」
「俺は怖いだろう? 誰も俺を好いてなどくれないし、無理やり結婚させられる相手が可哀想だ。騎士団に入れば独身でも問題ない」
どこまでも優しくて周りのことばかり考えているレオナルドに、シルフィーネはもどかしさからバンッとテーブルを叩いてしまった。
勢いよく立ち上がったシルフィーネを、驚くように目を見開いたレオナルドが見上げる。いつもは自分が見上げてばかりなので、この状況が新鮮だった。
「そうやって思い込むのはダメ! レオはどうしたいの? いっつも自分のことは後回しじゃない」
強い眼差しで見つめると、レオナルドの視線は困惑するように泳いだ。
「俺は……」
「騎士団に入りたいの? それとも家を継ぎたいの?」
シルフィーネは視線を逸らさない。別に騎士団に入りたいのが本心ならそれでも良かった。伯爵の妻ではなく騎士の妻を目指すだけである。
少しずつレオナルドにアピールしていく計画は完全に崩れることになるが、そこはいくらでもやりようはあるだろう。最初に聞いた時はとにかく驚いてしまったが、シルフィーネは前向きだ。
しかし、まずはレオナルドの本心が聞きたかった。
騎士団に入るのが心からの望みであるのと、諦めから騎士団を選ぶのは天と地ほどの差がある。
ジッと視線を逸らさないシルフィーネに観念するように、レオナルドは小さく息を吐いた。
「――もちろん騎士団に憧れはあるし、俺に騎士は向いていると思う。ただ、ザイード伯爵家を守っていきたいという気持ちは強い」
「じゃあ!」
「でも! それは弟にもできることだ。俺は無理やり嫌がる相手を妻に迎えるのは嫌だし、独身のままでは家に迷惑がかかる。それならば、やはり弟の方が……」
本音を伝えてくれたが、また後ろ向きになっているレオナルドに、シルフィーネは覚悟を決めた。
レオナルドに向かって、まっすぐ伝える。
「私が――私がレオナルドと結婚するわ!」
勢いに任せて告げた言葉は、東屋に響き渡った。近くにいた使用人たちは態度にこそ出してないが、シルフィーネを応援するような雰囲気が伝わってくる。
最近は口に出していなかった好意を改めて伝えたことでシルフィーネは少し照れてしまったが、目は逸らさなかった。
そんなシルフィーネに――レオナルドは優しい兄の顔で言う。
「シルフィ、ありがとう。でも無理はしなくていいんだ。シルフィにはもっといい相手がいるだろう」
「違う! 私はレオが好きだからレオがいいのよ」
同情だと思われていると慌てて首を横に振ったが、レオナルドの優しい表情はそのままだ。
「シルフィに好いてもらえて嬉しく思うよ」
やはりいつまで経っても、レオナルドにとってシルフィーネは妹のような存在であり、恋愛感情がたっぷりと込められた『好き』だということを信じてもらえないらしい。
「友愛や親愛じゃないわ。恋愛よ」
「シルフィは昔から俺のことを好きだと慕ってくれたな。小さな頃からの知り合いだからだろうが、こんな容姿の俺と一緒にいてくれていつも感謝しているんだ」
的外れな感慨を述べ始めた鈍感なレオナルドに、シルフィーネは歯噛みした。ここまで言っても信じてもらえないならば、やはり言葉で伝えるだけではダメなのだろう。
行動に移さなくてはならない。それからレオナルドにもシルフィーネを女性として意識してもらい、好きになってもらわないといけない。
シルフィーネはグッと拳を握りしめ、強く決意した。
(レオの卒業まで、まだ半年以上ある。騎士団への入団を決める前に、私の気持ちを理解してもらわないと!)
一度騎士団に入団して家督を弟に譲ってしまえば、それを覆すのは貴族社会としては難しいのだ。レオナルドの本当の望みを叶えるためには、半年以内になんとかしなければならない。
勇ましい表情のシルフィーネを、レオナルドは微笑ましげに眺めていた。
「シルフィも大きくなったなぁ」
お前は父親かと言いたくなるようなセリフだ。シルフィーネは大きく息を吐き出してから、淑女の顔を作った。
「レオ、私はもう子供じゃありません。立派な淑女ですわ」
丁寧な口調にしていつもと雰囲気を変えたシルフィーネに、レオナルドは驚きを見せる。
「お友達には婚約者が決まった人もいます。私だって恋文をもらっていますわ」
シルフィーネはレオナルドしか見ていないので婚約者も恋人もいないが、伯爵家の長女で健康で明るく聡明、さらにとても美人なシルフィーネは人気なのだ。
初めて知ったのだろう事実に、レオナルドの眉間にはほんの僅かに皺が寄った。
「シルフィに……」
小さな小さな呟きには、困惑と少しの不満が乗っているような気がしたが、シルフィーネは自分の願望だろうと振り払う。
前向きにレオナルドとの未来を夢見ているシルフィーネだが、必ず気持ちを通じ合わせられるとは思っていなかった。どんなにアピールしても、レオナルドにとって恋愛対象にならない可能性もあるのだ。
(もしそうだとしても、私が好きだということを理解してもらえればレオの自信になるわ。それだけで、爵位を継いで婚約者を探すことに前向きになれるかもしれない)
レオナルドが別の相手を探すことなど考えたくないが、シルフィーネにとって一番なのはレオナルドの幸せだった。
「もう、私も恋がわかる歳なのです」
難しい表情のレオナルドの下へ、シルフィーネはゆっくりとテーブルを回って近づく。幼少期にはよく握っていたレオナルドの手に、そっと触れた。
とても大きくて温かい手に安心感を覚えると共に、少し照れてしまう。しかしその気持ちはグッと抑えて、レオナルドを近くから強く見つめた。
「レオ、私の本気を見せてあげる」
いつも通りの口調に戻ったシルフィーネは、しかしどこか大人びた、挑戦的な笑みを浮かべていた。美人なシルフィーネのそんな表情は、歳の割に色気がある。
レオナルドはシルフィーネの迫力に押され、目を逸らせないようだ。二人はジッと見つめ合う。
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