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1、出会い

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「君、乗らないの?」

 今日の講義は二限からだったのでいつもよりゆっくりと大学へ向かい、講義室に向かうためのエレベーターに乗り込んだところで……エレベーターの近くでぼんやりと佇む女性が目に入った。黒髪のストレートがとても綺麗で、夏なのに長袖の上着を着ているのが少し暑そうだ。

 しかしその女性は俺の声に全く反応しない。耳が聞こえないとか……?

「あのー、乗らないんですか?」

 開くボタンを押して扉が閉まらないように気をつけながら、女性に気付いてもらえるように手を振ってみた。するとその女性は、お化けでも見たような驚愕の表情を浮かべて俺の顔を凝視してくる。

『え、え、え!?』

 なんでそんなに驚いてるんだろ。この人と知り合いだっけ? ここは地元の大学じゃないから知り合いはほとんどいないはずなんだけど……少なくとも大学で知り合った友達じゃないことは確かだ。
 もしかして地元の後輩とか? 今は暑くなり始めた季節で俺は大学二年なので、今年の春に一年生が大勢入学してきている。

『私のことが、見えるんですか!?』

 女性のその叫びを聞いて、頭の中でぐるぐると考えていた思考は全て停止した。見えるんですかってどういうことだろう……え、待って、幽霊とか言わないよな……ま、まさか、あり得ないよな。

 は、はは、ははは……

 俺は乾いた笑いを浮かべて、女性のその言葉には返答せず、エレベーターの閉じるボタンを押した。怖い、怖すぎる、絶対に関わらない方が良い。

 ガシャンとエレベーターの扉が閉まった音が聞こえ、上昇していくのを確認したところで、俺はホッと息を吐いて思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

「マジで怖っ、さっきの何だったんだ。とにかく忘れよう、さっきの女性ともしこの先会ったとしても、絶対に声を掛けない!」

 俺はそう決意して俯いていた顔を上げて……

「ぎゃゃぁぁあああ!!」

 思いっきり叫んだ。だ、だって、目の前にさっきの女性がしゃがみ込んでたのだ。俺は怖すぎてパニックになって、持っていたトートバッグを振り回した。

 ――そして気づく。この女性、トートバッグをすり抜けてる。

「ま、待って、マジで幽霊とか!? ありえないんだけど! 絶対にあり得ない!」

 俺はホラーとかとにかく苦手なんだ。怖い番組なんか見た時には、一人でトイレに行くのも大変なほどに苦手だ。デカい図体して怖がりなんて情けなくて克服しようと思ったけど、これだけは克服できなかった。

 とにかくパニックでトートバッグを振り回していると、エレベーターが止まって扉が開いた。俺はもう無我夢中で飛び降りて講義室まで走る。そして勢いよく扉を開けて、中に学生がいることにホッとして息を吐いた。これで誰もいないとかだったら、マジで泣くところだった……

 まだ講義開始まで時間があるのに焦っている俺の姿は異様に映ったのか、他の学生に変な目を向けられているけど気にならない。とにかく普通の日常に戻ってこられて良かった。

 そうして安堵しつつ、俺は人が大勢いるところに着席した。この講義には仲の良い友達がいないからいつもは人が少ないところを選んでるけど、今日だけは別だ。少しでも安心できるところにいたい。

 はぁ、これからどうしよう。取り憑かれたりしたら洒落にならない。実家に帰ろうかな……でも幽霊を見たから帰ってきたなんて言ったら、絶対に笑われる。友達にも信じてもらえるわけないよな……

『ねぇ、君はなんて名前なの? 私のこと見えてるんだよね?』

 机に突っ伏して頭を抱えていたら、隣からそんな声が聞こえてきた。俺はその声を聞いたところでまた叫びそうになったけど、さすがに講義室内だからとなんとか耐えた。

『怖がらせてごめんね。見える人に会えたことが嬉しくて……顔を上げてくれない、かな?』

 女性は落ち込んでるような、悲しそうな声音でそう言った。俺はその雰囲気に怖いという感情が少しだけ薄れ、恐る恐る顔を上げる。

 するとその女性は、俺の真横の席に座って俺の顔を覗き込んでいた。その顔はすっきりと整っていて美人だ。

「君は、幽霊……なのか?」

 周りの人に聞こえないよう小声でそう聞くと、女性は嬉しそうに破顔した。

『やっぱり見えて声も聞こえてるんだね! 嬉しい、もう何週間も誰とも話せなかったから……』
「何週間……?」
『そう。一ヶ月ぐらい前からこの状態。幽霊っていうのはちょっと違うのかな……でも似たようなものかも』

 ちょっと違うってどういうことだろ……まあそこを追求しても仕方ないか。幽霊界のことなんて分からないし。というかなんで俺に幽霊が見えるのか。

「……あのさ、幽霊って他にもいたりする?」
『うーん、私には分からないかな。とりあえずこの辺で会ったことはないけど』
「そっか」

 俺はその返答に心底ホッとした。他にも見えるなんてことになったら日常生活に支障が出る。あとはこの女性をどうにかすれば良いだけだ。できればあまり関わりたくない。

『私の名前は野本美月。できれば友達に……なってくれない、かな?』

 うっ……もう関わらないようにって思ってたのに、こんなにしおらしく言われたら断るのに罪悪感が湧いてくる。

「……驚かせない、なら」
『うん! もちろん!』

 はぁ、俺はなんてお人好しなんだ。この断れない性格もどうにかしたい。

『君の名前は?』
「木崎優也」
『優也くんね! 私のことは美月って呼んで。多分私が年下だから呼び捨てで良いよ』
「分かった。じゃあ美月って呼ぶよ」

 俺は幽霊に歳下とかあるのかと思いつつ、頭が混乱してこれ以上何も考えたくなかったので、頷いて前を向いた。とりあえず講義に集中しよう……現実逃避とも言う。
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