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一章 遭遇③
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担任が黒板に名前を書き、それに合わせるように少女――八卦が自己紹介した。
「他に何かないのか?」
「……ない」
「いや、簡単に趣味とかをだな……」
困っている担任だが、八卦は何も言わずに黙ったままだった。
八卦は少しも表情を動かさない。それは緊張をしているからなんていう理由ではなく、別の理由があるように俺には感じられた。
一拍の時間を置き、周りの男子が歓声を上げる。無表情なんて気にする問題ではなかったのだろう。実際、八卦は相当な美人であった。女子はそんな男子の姿を見て、苦笑しているものもいる。あからさまに冷たい目で見ている者もいる。しかし、それでも気になる人は多いのだろう。女子の中にも騒いでいる人は大勢いた。筆頭はもちろん千歳だ。
「落ち着け! お前ら、少しは落ち着けって!」
担任が盛り上がっていたクラスメイトを諌めるために大声を出す。
なかなか落ち着かなかったクラスメイトだが、担任が何度も声を上げると少しずつ、ボリュームを下げていった。
ようやく落ち着きを取り戻しつつある生徒たちを眺め、担任が安堵の息をつく。
そこに八卦が言い放った。
「あなたたちには不吉な未来が見える。だから――私には近づかないで」
しん、と静まり返った。
あまりの静まりように、まるで教室が凍ったかのようだった。
担任でさえ、驚いた表情のまま、何も言えなくなっていた。
やがて、八卦は誰も座っていない窓際の後ろ側へ歩いていく。必然的に窓際の後方にある俺の席へ向かって来る形になった。
八卦が少しずつ近づいてくる。途中、八卦の視線が俺へ向けられる。覗き込まれるような目に何かの感情が垣間見えた、気がした。しかし、すぐに視線は外されてしまい、感情の正体は分からなかった。
そして、八卦は俺の後ろに用意されていた席へ座った。
痛いほどの視線を感じる。後ろからの視線もあるのだが、周りからの視線がより強かった。我がクラスメイトには基本的にお節介な者たちが多いのだ。そのため、視線の意図は容易く読み取れた。すなわち、話しかけろ、と。
「えっと……。俺は上杉圭って言うんだ。変なことを聞くかもだけど、お前って昨日に会ったやつ、だよな?」
疑問形になってしまったが、確信していた。高校の制服を着ており、昨夜の服装とは大きく違っているとはいえ、見間違えているとは思わなかった。
八卦に見つめられる。目を閉じることもしない。何も言わずにただ、じっと見つめている。
感情を浮かべていない顔で見つめられている俺は、もしかして、間違えたのかと不安になってきた。
そして、ようやく飽きたのか、八卦は一度瞬き、口を開いた。
「そうよ」
長い沈黙の割に返された言葉は少なかった。
八卦はもう用は済んだとばかりに自身のカバンから本――占いの本だった――を取り出し、読み始める。
それはどこか見覚えのある光景だった。
――人を拒絶し、他人から自分を守る姿。
担任は八卦の様子を見ると、諦めたように頭を振り、簡単な連絡をしてホームルームを終わらせた。
少しずつ、教室に喧騒が満ちていく。
しかし、いつもと比べれば、はるかに静かだ。やはり、八卦のことを気にしているのだろう。
「圭、ちょっとこっちに来い」
いつの間にか、やってきた寛太に腕を掴まれた。そして、教室の外へ連れて行かれる。
「いいか、圭。もっと積極的に八卦さんへ話しかけるんだ」
「はあ?」
小さな声で言う寛太の言葉の意味がよく分からなかった。そもそも、こんなに離れて言うべきことなのだろうか。
「あんなことを言っていたが、八卦さんは友人を欲しているに違いない」
「なんで分かるんだよ」
俺の挟んだ声に答えることなく、寛太は続けた。
「俺が思うに八卦さんが無表情なのは原因がある」
「だから、なんで分かるんだよ」
「勘だ」
「…………」
寛太はいつもふざけているが、情報を集めていることから分かるように、勘という不確かなものを頼ることは滅多にない。だからこそ、今の寛太の言葉は嘘だと分かった。
「そんなに難しく考えることないんじゃないかな」
「え?」
後ろを振り向くと千歳がいた。いつものように笑顔を浮かべている。
「新しい転校生が来たんだし、仲良くなればいいだけでしょ」
「それもそうだな。変なことを言ってすまん、圭」
寛太が千歳の言葉に頷き、笑う。
先ほどまでの重い空気はまるでなかったかのように霧散していた。
「……分かった」
二人の言葉がなくとも八卦とは話すつもりだった。何せ、昨日あんなことを言われたのだ。
嘘だとは思うが、どうしてあんなことを言ったのか確かめたい。
俺は自身の席へ戻ると後ろで本を読んでいた八卦に話しかけた。
「何の本を読んでいるんだ?」
「…………」
八卦は本の中に視線を入れたまま、反応しない。
仕方なく、俺は本のタイトルを見る。幸い、八卦は気にもしていないようで、簡単に見ることができた。
「『こっくりさんの起源』……?」
「あなたも読んでみる?」
いつの間にか、八卦の興味は俺に移ったらしい。さっきまで本に向けていた目が俺を見つめている。
「いや、いいよ。というか、そもそもこっくりさんって占い、なのか……?」
「…………」
八卦の目が少しだけ細まった。まるで俺を馬鹿にしているようだ。
そして、わざとらしくため息をつくと八卦は説明を始めた。
「こっくりさんというのは、確かに日本では降霊術と信じられているわ。狐の霊を呼び出すなんてよく言われているわね。でも、元来こっくりさんとは西洋のテーブルターニングに起源を持つ占いの一種なのよ」
「え、えっと……。そうなのか……」
正直、圧倒されてしまった。急に八卦が饒舌になったことで、困惑の感情が強まったせいかもしれない。
「この本は近年、霊能的な認識が強くなってしまったこっくりさんをもう一度、原点である占いへ回帰させることを目的としているらしいわ」
「へ、へえ……」
はっきり言うと、俺は占いなんて信じていない。そのため、八卦がいくら説明をしても頭に入ってこなかった。理解しよとしていないのだから、仕方ないのかもしれない。
説明に満足したのか、八卦は黙りこんだ。
どうしようか。そんなことを考えながら、俺も黙ってしまう。話しかける口実をすごい勢いで潰された気がした。
「……頑張ったな」
「うん、圭君は頑張ったよ……」
近くに来ていた寛太に肩を叩かれ、千歳に慰められた。二人ともうんうんと頷いており、少しだけしゃくに触った。
「うるさいな」
釈然としない気持ちを抱きながら、俺は肩に置かれたままだった寛太の手を振り払う。
それから間もなくチャイムが鳴り、授業が始まった。
そして、ここからがある意味、八卦の本領発揮と言っていい出来事の始まりでもあった。
「他に何かないのか?」
「……ない」
「いや、簡単に趣味とかをだな……」
困っている担任だが、八卦は何も言わずに黙ったままだった。
八卦は少しも表情を動かさない。それは緊張をしているからなんていう理由ではなく、別の理由があるように俺には感じられた。
一拍の時間を置き、周りの男子が歓声を上げる。無表情なんて気にする問題ではなかったのだろう。実際、八卦は相当な美人であった。女子はそんな男子の姿を見て、苦笑しているものもいる。あからさまに冷たい目で見ている者もいる。しかし、それでも気になる人は多いのだろう。女子の中にも騒いでいる人は大勢いた。筆頭はもちろん千歳だ。
「落ち着け! お前ら、少しは落ち着けって!」
担任が盛り上がっていたクラスメイトを諌めるために大声を出す。
なかなか落ち着かなかったクラスメイトだが、担任が何度も声を上げると少しずつ、ボリュームを下げていった。
ようやく落ち着きを取り戻しつつある生徒たちを眺め、担任が安堵の息をつく。
そこに八卦が言い放った。
「あなたたちには不吉な未来が見える。だから――私には近づかないで」
しん、と静まり返った。
あまりの静まりように、まるで教室が凍ったかのようだった。
担任でさえ、驚いた表情のまま、何も言えなくなっていた。
やがて、八卦は誰も座っていない窓際の後ろ側へ歩いていく。必然的に窓際の後方にある俺の席へ向かって来る形になった。
八卦が少しずつ近づいてくる。途中、八卦の視線が俺へ向けられる。覗き込まれるような目に何かの感情が垣間見えた、気がした。しかし、すぐに視線は外されてしまい、感情の正体は分からなかった。
そして、八卦は俺の後ろに用意されていた席へ座った。
痛いほどの視線を感じる。後ろからの視線もあるのだが、周りからの視線がより強かった。我がクラスメイトには基本的にお節介な者たちが多いのだ。そのため、視線の意図は容易く読み取れた。すなわち、話しかけろ、と。
「えっと……。俺は上杉圭って言うんだ。変なことを聞くかもだけど、お前って昨日に会ったやつ、だよな?」
疑問形になってしまったが、確信していた。高校の制服を着ており、昨夜の服装とは大きく違っているとはいえ、見間違えているとは思わなかった。
八卦に見つめられる。目を閉じることもしない。何も言わずにただ、じっと見つめている。
感情を浮かべていない顔で見つめられている俺は、もしかして、間違えたのかと不安になってきた。
そして、ようやく飽きたのか、八卦は一度瞬き、口を開いた。
「そうよ」
長い沈黙の割に返された言葉は少なかった。
八卦はもう用は済んだとばかりに自身のカバンから本――占いの本だった――を取り出し、読み始める。
それはどこか見覚えのある光景だった。
――人を拒絶し、他人から自分を守る姿。
担任は八卦の様子を見ると、諦めたように頭を振り、簡単な連絡をしてホームルームを終わらせた。
少しずつ、教室に喧騒が満ちていく。
しかし、いつもと比べれば、はるかに静かだ。やはり、八卦のことを気にしているのだろう。
「圭、ちょっとこっちに来い」
いつの間にか、やってきた寛太に腕を掴まれた。そして、教室の外へ連れて行かれる。
「いいか、圭。もっと積極的に八卦さんへ話しかけるんだ」
「はあ?」
小さな声で言う寛太の言葉の意味がよく分からなかった。そもそも、こんなに離れて言うべきことなのだろうか。
「あんなことを言っていたが、八卦さんは友人を欲しているに違いない」
「なんで分かるんだよ」
俺の挟んだ声に答えることなく、寛太は続けた。
「俺が思うに八卦さんが無表情なのは原因がある」
「だから、なんで分かるんだよ」
「勘だ」
「…………」
寛太はいつもふざけているが、情報を集めていることから分かるように、勘という不確かなものを頼ることは滅多にない。だからこそ、今の寛太の言葉は嘘だと分かった。
「そんなに難しく考えることないんじゃないかな」
「え?」
後ろを振り向くと千歳がいた。いつものように笑顔を浮かべている。
「新しい転校生が来たんだし、仲良くなればいいだけでしょ」
「それもそうだな。変なことを言ってすまん、圭」
寛太が千歳の言葉に頷き、笑う。
先ほどまでの重い空気はまるでなかったかのように霧散していた。
「……分かった」
二人の言葉がなくとも八卦とは話すつもりだった。何せ、昨日あんなことを言われたのだ。
嘘だとは思うが、どうしてあんなことを言ったのか確かめたい。
俺は自身の席へ戻ると後ろで本を読んでいた八卦に話しかけた。
「何の本を読んでいるんだ?」
「…………」
八卦は本の中に視線を入れたまま、反応しない。
仕方なく、俺は本のタイトルを見る。幸い、八卦は気にもしていないようで、簡単に見ることができた。
「『こっくりさんの起源』……?」
「あなたも読んでみる?」
いつの間にか、八卦の興味は俺に移ったらしい。さっきまで本に向けていた目が俺を見つめている。
「いや、いいよ。というか、そもそもこっくりさんって占い、なのか……?」
「…………」
八卦の目が少しだけ細まった。まるで俺を馬鹿にしているようだ。
そして、わざとらしくため息をつくと八卦は説明を始めた。
「こっくりさんというのは、確かに日本では降霊術と信じられているわ。狐の霊を呼び出すなんてよく言われているわね。でも、元来こっくりさんとは西洋のテーブルターニングに起源を持つ占いの一種なのよ」
「え、えっと……。そうなのか……」
正直、圧倒されてしまった。急に八卦が饒舌になったことで、困惑の感情が強まったせいかもしれない。
「この本は近年、霊能的な認識が強くなってしまったこっくりさんをもう一度、原点である占いへ回帰させることを目的としているらしいわ」
「へ、へえ……」
はっきり言うと、俺は占いなんて信じていない。そのため、八卦がいくら説明をしても頭に入ってこなかった。理解しよとしていないのだから、仕方ないのかもしれない。
説明に満足したのか、八卦は黙りこんだ。
どうしようか。そんなことを考えながら、俺も黙ってしまう。話しかける口実をすごい勢いで潰された気がした。
「……頑張ったな」
「うん、圭君は頑張ったよ……」
近くに来ていた寛太に肩を叩かれ、千歳に慰められた。二人ともうんうんと頷いており、少しだけしゃくに触った。
「うるさいな」
釈然としない気持ちを抱きながら、俺は肩に置かれたままだった寛太の手を振り払う。
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そして、ここからがある意味、八卦の本領発揮と言っていい出来事の始まりでもあった。
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