魔女の御心へようこそ。

夏木 立

文字の大きさ
上 下
1 / 3

その宝石店は異様な空気をまとう

しおりを挟む
宝石店。田舎の小さな町の宝石店。
『魔女の御心』。
宝石店と聞くと、煌びやかで、豪華で、
入った瞬間から店員さんが隣についてくるような所を想像するだろうか。

俺は、今までそうだった。
「ただ見ているだけ」とは何だか言いにくい雰囲気。
宝石のことなんてあまり知らない。
ただキレイだなって思っただけなのに、
買わないといたたまれないような気持ちになってしまうような。
用事がないと行きにくいような。
そんなイメージだった。

そんなの気にしすぎなのかも知れないが、
これらの理由から宝石店というのにあまり行ったことがない。
正確に言えば、こんな田舎に宝石店というもの自体がほぼなく、
前に都会に行った時に初めて行った時の感想でしかない。
しかし、そんな中、町のはずれに小さな宝石店が出来た。
正直全くもって興味がなかったが、友人の祥馬から変な噂を耳にした。

「新しく出来た宝石店、行かない方が良いぞ。」

おススメだぞ。なら流せたのかもしれない。
だけど、俺はどうにもひねくれた性格らしく、
行くなと言われた方がその理由が気になってしまうのだ。

「なんだよ。お前行ったのか?」

彼は修学旅行でこしょこしょ話をするかのように、肩に腕を回しぐいっと顔を近づけて耳元でささやいた。

「ああ。2回行った。あそこの店主はな、頭がアッパラパーなんだ。」

おいおい。何て失礼なことをいう奴なのだろう。
その言葉選びのセンスのなさも、こういうのを簡単に口に出せる所も、
軽蔑の眼差しすらも向けてしまう。
ズシっと自分の肩に軽々しく乗っている腕を、拒絶するようにゆっくりとのける。

「おい。そういうのあんまり言わない方が良いぞ。」
「いやマジなんだって!俺、もう少しで彼女と付き合って1年目だからさ、
ちょっと奮発して良いもんでも買ってやろうと思ったんだよ。
ここって田舎だから、宝石扱ってるような所ってわざわざ電車乗らないとなかなかないだろ?
そこで思い出したのが、最近できたあの宝石店だったんだよ。
その電車賃を浮かせたらもっといいもん買ってやれると思ってさ。」

軽蔑の目を向けられて、流石に言い方がまずかったと気付いたのだろうか。
言い訳や何か物事を撤回する時の人間は、必死を差を滲ませながら早口になる。
若干呆れながらも、ミーハーな心が騒ぎ出し、素っ気ない態度を見せながらも耳だけは彼に傾ける。

「店は出来たばっかなのに、小さくて、ボロ…趣があるような店でさ。
なんつーか、明らかに周りから浮いてんだよな。
まぁ、こういうレトロな感じのお店なのかもしれないと思って入ったんだよ。
そうしたら、店の中には誰も居なくてさ、宝石店って言うよりは、雑貨店みたいな造りの店で。
奥の方にはぽつーんって店主の女がいるだけっていう。」

なるほど、店主は女性だったのか。
確かに宝石店で働いているのはどちらかというと女性の方が多いイメージがある。
こいつがあんな言葉を使うから、
一瞬漫画に出てくるようなマッドサイエンティストの様な男性をイメージもしたが、
そのあては外れたらしい。

「それで?」
「とりあえず、折角ここまで来たし、もしかしたらいいのが見つかるかも知れないと思って、
店の中見てたんだよ。ちゃんとショーケースに宝石が飾られててさ、
本当に宝石店だったんだって安心したんだけど、その店主がずーーーーーっと俺のこと見つめてる訳。
俺超怖くなっちゃって。」

そんなことかよ、と思わずため息が漏れる。
それは取り扱っているのは数十円の価値のものではなく、
何十、何百万という莫大な価値のある商品を取り扱っているお店だ。
ましてや、話を聞くに警備員などはなく店主1人で切り盛りをしているのだろう。
それならば、いくら客と言えど見る目が厳しくなるのも納得がいく。
くだらない。
そう思いまるで小さな子供を叱るかのように彼の目をしっかりと見て伝える。

「お前、そんなことであの言い方は流石に良くないぞ。」
「違うよ!いくら俺でもそれだけで判断したりしないって!
問題はここからなんだよ。
実は、1つ、気になるアクセサリーがあってさ。
値段的にも行ける金額だったから買おうかなって思ったんだけど、
色が透明じゃなくてピンクの方が似合うなって迷ったんだよ。
それで、色違いがないか聞きに行ったんだ。」

すると彼は言うのも憚られるとでも言いたげに、少しだけ目線を伏せた。
俺も腕組みをし片方の眉を上げながら、彼の続きの言葉を待つ。

「…その、『すみません、この宝石ってピンク色はないんですか?』って聞いたら、
何かのスイッチが入ったかのように店の奥から出てきてさ。
その人、『それってこれのイロチが欲しいってことぴょん!?』ってメチャクチャ目の前まで迫ってきて。」
「まぁ、随分と言い回しは変わってるな。」
「だろ!?しかも、『そうです。』って答えたら、何て言ったと思う!?
『じゃあ、150万ぴょんね♪君、見る目があるぴょん♪』とか言うの!怖くない!?
俺が見てるの3万位なのに、色違い頼んだだけでこんなのぼったくりじゃんと思って!」

なるほど。金額が跳ね上がったことも気になるが、店主の言い回しは雑なキャラ付け感があり、
自分の想像する宝石店とは確かにかけ離れたイメージだ。
そういうメイド喫茶の様なコンセプトが売りのお店なのだろうか?
彼から目を背けて少し考えゴトをしていると、急に肩を掴まれグワングワンと力強く揺らされる。

「俺、ここはやべー所なんだと思ってそのまま急いで出て行ったんだよ!
なぁ、怖くねーか!?」

力任せに揺らされる脳みそでも、大体の話は理解できた。
つまり彼は自分がカモにされるかも知れないという恐怖と、
得体の知れない何かに遭遇してしまったという恐怖で逃げ出してしまったのだろう。
そこまで分かったが、だとすれば先ほどの発言で1つおかしなことがある。

「お前、さっき2回行ったって言わなかったか?」
「言った。」
「何でだよ。それに懲りたらもう一回行くか普通?」
「いや、この話にはまだ続きがあるんだ。」

今度は急にパッと手を離し、怪談話を聞いている人間の様に大袈裟に震えた真似を見せて、
ぽつりぽつりと話を続ける。

「実はあの後、結局電車賃かけて街にも行ったんだけど、ビビッと来るのがなくてさ。
もう二度と行きたくないって思ったけど、
やっぱり最初に良いなって思った透明のネックレスを買うことに決めたんだよ。」

お店に対する抵抗感は抱きながらも、ちゃんと彼女に何かをプレゼントしたいというあたり、
その気持ちは本物なのだろう。
先程力いっぱい握られた肩を手で揉みながら、未だに腕をさすさすとしている彼を見つめる。

「…それでさ、意を決して、もう一回行ったんだ。
今度はどんなに近づかれても大丈夫。頭の中で何度も予行練習を重ねた。
ただ『これ下さい』っていうだけの簡単なミッション。
だったんだけど。」

そこまで言うと、彼はまた顔色を曇らせた。
今までの話を聞いていても、もうある程度のパターンは計算できることだろう。
何が待ち受けていたのか気になり、こちらからも問いかける。

「なんだ?予想以上にテンション高くてびっくりしたとか?」
「その逆だよ。今度はメチャクチャ暗かったんだよ。」
「えっ。」
「それはもう別人かってレベルでさ。分かりやすく言うなら、前の感じが電波系だとしたら、
もう何か根暗系。周りに纏ってるオーラすらすっごい負の感じがしてさ。
俺が声をかけても、『あぁ、ハイ。』みたいな。
今度はちゃんと購入してんのに逆に何でテンション下がってんのか訳分からなすぎてさ。」

ふむ。確かにそれは妙だ。購入しなかった時よりも、購入した時の方が不愛想になる。
一瞬、3万円という購入額が気に入らないのかとも思った。
先程の話を聞くに、客のことをカモにして1人あたりの単価を上げたいと思っているのだとすれば、
それもない話ではない。
しかし、その回答も何とも言語化しにくい違和感を覚える。

「とりあえず、急いでそれを買ってそのまま飛び出したよね。
今度こそもう二度と行かない。」

「ふーん。」

そこまで聞き終わるころには、彼に対する軽蔑の眼差しを先ほどよりも向けることはなかった。
言い方に問題があるにせよ、恐怖を覚えてしまう理由も一理分かってしまったからだ。

それにしても、今はその店主の女性の性格が気になって仕方ない。
果たしてたまたまなのだろうか?
もしかして、意図的に性格を変えていたのだとしたら…なんて考えると、
何だかちょっとだけ名探偵の気分になってきた。
しおりを挟む

処理中です...