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第3章・炎帝龍の山

五十九話・獣人の国の初代王

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リオさんを残して、宿屋の部屋に入って直ぐに移動した。
オレは、自分の左手の手首を見る。

「何とか、間に合ったのかな?」
『大丈夫のようですね。余裕を持って間に合いましたね。事前に準備しておいて正解でしたね。』
「もし間に合わなかったら、って思うと…」
『確かに、私も内心焦りましたが…』

オレの左手首にブレスレットが姿を現した。
緑と金の二つのリングが交差したブレスレット。
そのブレスレットには、五つの石が装飾として付いている。

「二つ消えてる…」
『では、残り3個ですか?』

五つの石の内、三つの石が淡い光を放っている。
本来なら、五つある石が全て淡く光っているはずだ。

「もしもの時のための保険が役に立ったね。」
『そうですね。』

この石は何かと言うと…
オレが日暮れまでに戻れなかった場合の保険として渡されたモノだ。
金色のリングが世界樹ユグドラシルの魔力をはめ込まれた石へと常に吸収、蓄積する魔道具マジック・アイテムだ。
緑色のリングは、あのヒーリングホーンのツノを加工したモノだ。
そのヒーリングホーンのツノで、金色のリングに蓄積された世界樹ユグドラシルの魔力によって、ホームワールドから出た際に自動的に治癒魔法を発動する。
この二つのリングは、例えオレが祠の前に間に合わなかったとしても良い様にと、イレさんがヒーリングホーンを加工して渡してくれた。

「もしもの時のために、渡しておきます。」

…と言っていた。
オレが召喚時に負った癒えない傷を塞ぎ続ける為に使えるようにしたモノそうだ。
この石一つでも、とてつもない量の世界樹ユグドラシルの魔力がある。
世界樹ユグドラシルが急成長したからこそ出来る技だそうだ。

そのブレスレットをした状態で、シャンティに行っていたのだ。
宿屋の部屋が無かったら…
一時はどうしようか?とは、思ったけど。

「宿屋が見えた!!アレだよ。」

そう言ったのが先か?
次の瞬間には…

「一足先に行って、宿屋に話してくる」

そう言って、先に宿屋に走って行ってしまったのだ。
そうして
シュルトさんが宿屋の人に話をつけに行ってから
時間置いて目的地である宿屋に着くと…
宿屋の中からシュルトさんが現れた。

「君たちの部屋へ案内するよ!!」

そんな感で、宿屋に着くと直ぐに部屋に連れて行かれた。

「えらく早く決まったね。」
『そうですね。』

そんな事を話している内に、部屋の扉を叩く音がして
扉を開けると、シュルトさんが立っていた。
湯気が立っている皿が乗ったトレーを片手に持っていた。

「君は、もう休むんだろう?だったら、主人が君にコレをどうぞってさ」

その手に持っていたトレーをオレに渡してくれた。
湯気が立っていた皿の中に入っていたのは…

「主人の自慢のスープだよ。コレを飲んでから休むといいよ。」
「ありがとうございます。」

オレが礼を言うと…

「礼なら、別に良いから早く休めってさ。」

そして、リオさんの方に向いて…

「ちょっと。食堂で飯を食いながら話をしようよ」

リオさんたちを連れて行ってしまった。

そうして…宿屋の部屋に残された。
オレとボルドーは…

『全く、仕方がないですね。ほっといて戻りましょう。』
「戻るの?確かにリオさんたちとは、事前の打ち合わせだから大丈夫かな?」

そういった会話をしてから
部屋の中にゲートを開いて、ホームワールドに帰って来たのだ。
もちろん、スープは飲んだ後にだ。
うん…スープは、ちょっと味が薄い感じがしたけど。
その分、香草が効いていたから美味しくいただきました。

オレがそんな事を考えているうちに…

『もう、一つ溜まりましたね。では、行きましょう。』

順調に魔力が溜まっている様だ。
オレ達はゲートを開いた地点から移動して行く。
ボルドーが祠のある方へと歩いて行く。

「神界にまだ行けそうなの?」
『この世界樹ユグドラシルの魔力からして、神界へまだ行けそうですからね。』

神界へ行けるのは、日の出から日暮れまでの間だったが…
もう、その縛りが消えつつある。

「今日もまた世界樹ユグドラシルが伸びたかな?」
『どうでしょうか?分かりませんが…この調子だと、おそらくそうでしょう。』

世界樹ユグドラシルの周りには、木々が生い茂っている。
この木は、モッカイトが

世界樹ユグドラシルだけだと言うのは、何だか寂しいから…』

との事で、森から若い木を植樹した木だ。
その木々の合間に、あるモノを見つけた。
そのあるモノは、半透明の姿でヒラヒラした衣装を見に纏って宙に浮いている。
その存在は、一体だけではなく何体もいる。

「ひょっとして…あの人たちまた、数増えた?」
『…どう見ても数が増えてますね。木の精の連中は』

ヒラヒラと舞い踊っているのは、容姿から見ても間違いなく人間じゃない。
その存在、木の精だ。
モッカイトが植樹して世話していたら、いつの間にかいた。
その時からすでに、ヒラヒラと陽気に木々の合間を舞っていたらしい。

「相変わらず、あの人たちはずっと踊ってるんだな。」

楽しげに、何体かの精霊が木々の合間を舞い踊っている。

『あの連中は人間と違って、疲れを知りませんから放置するといつまでも踊り続けます。』

今もなお、楽しげに踊っている精霊たちを横目に祠へと向かう。
木々のあるスペースから出て、世界樹ユグドラシルと祠が見える位置まで来たすると…
祠の前に人影が見えた。
他のエリアならば、何の問題もないんだけど。
ここは違う。

「あれ?木の精霊以外にも、このエリアに誰かいるんだけど?」
『そうですね。一体、誰でしょう?』

獣人の人たちとリオさんの仲間達が例え
オレと一緒に入ったとしても、自動的に別のエリアに移動する。
…だから、本来なら誰もいないはずだが?
その人は、祠の前で膝をついて熱心に祈っている。

「ボルドーこの人が誰か知ってる?」

この場に居るわけだから、害はないはずだ。
前にも勝手に降臨して居たし…
戦神と武神…
彼らもいきなり現れたからなぁ…けど
だからって、早々にまた知らない人がいるか?
その戦神と武神は、弁明で…

「私たちは、主神様に事前に特別に許可貰ったよー?」

…とかオレたちに言ってだけど。
主神のイレさんたちに聞いたらば…

「私たちは、そんな事言ってないですけど?貴女が許可したの?」
「違うわよ?私は、行っていいとは言ってないけど。その場所には簡単に行けるわよ。とは言ったわ。」

確かに言ってないけど。
行けると言ったみたいだが?
問い正しに戻ったら、すでに消えてた。
シスターにあの2人は?と聞いたら…

「お二人でしたら…確か。「バレたら、ヤバイから帰る」って言って急いで帰られましたよ?」

つまり…2人の神様に平気で嘘つかれた。
そんな事があったぐらいだからね。
また別の神様でも来たんだろう。

そう思って、指差してボルドーに尋ねた訳だが…

『いえ…この方は、私も存じ上げません。』

ボルドーも知らない人?
祈りを捧げ続ける人物を確認する為に祠に近寄ってみるが…

「全く、こっちに気づいてくれないんだけど?」
『よほど、祈りに集中しているんでしょう。』

その後もひたすら、祈っていた。

『あー、アイ様…すいません。もうそろそろ時間切れのようですね。』
「え?時間切れなの⁉︎」

謎の人物が祈っているのを見守っていたら
神界へ行ける時間がどうやら終わってしまったようだ。

『アイ様。この対象を一応、念のために鑑定してみたのですが…』

え!?
なんで、そんな人がここに居るの!?

『私にも分かりませんが…どうしてでしょうかね?』

祈りを捧げていた人物が徐に立ち上がった。
どうやら、長い祈りが終わったらしい。
自分の顔をゴシゴシと両方の腕の服の裾で擦っていた。
仕草からして、泣いていたらしい。
その涙で濡れているであろう顔を一頻り擦ると…

「どうも…僕は、何度思い出してもダメだな。」

泣いていたせいなのかな?鼻声で独り言を言っていた。
被っていたフードに手をかけた。
そのままフードを脱いで
こちらを向いた。
頬に涙が流れた跡が残っている。

「ずいぶん長い間、祈りを捧げてしまったようで申し訳ない。」

祈りを捧げていた人物がオレに向かって会釈した。
こちらも会釈を返した後に…

「あの、何かオレ達にご用ですか?」
「その前に、まず自己紹介をさせて欲しい。」

再び、会釈して
こちらを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「僕は、ソモス・ソドリム。ここに居る獣人達が築いた国…その最初の頃に居た者だよ。勝手にお邪魔してしまったようで、悪かったね。」

丁寧な口調で、優しげな笑顔で話す。
この人物の挨拶があまりにも自然な流れだったから思わず…

「どうも…」

返事を返してしまった。

「いや、懐かしい物があったものだから。つい祈りを捧げていたんだ…」

何事も無かったかの様に、顔見知りの間柄に話をするかの如く
彼は、オレたちに話をしてくるんだけど?
しかし…これは、どうしたものか?
そこで、ボルドーからの念話が来た。

『どうしますか?』
「どうって言われても。この人、本当にどうしよう。」

ボルドーに助けを求める為にボルドーの方を見る。
オレの視線に耐えかねたのか
ボルドーが行動を開始した。

『全く…アイ様は、仕方ないですね。』

私が居ないとダメですね。
そういった感じの表情になった。
ボルドーが呼吸整える為に深呼吸をして切り出した。

『貴方の事は、私たちは知っていますよ?貴方は、初代国王でしょう?なぜ、そう名乗らないんです?』
「…確かに、国の人達は、僕の事を王様と呼んでいたが…それは、違うよ。」

違うと言って顔を左右に振っているが…
そうじゃない筈だ。
初代国王だと言う事は、念和で教えてもらったいたから驚かなかったが…
何で、その彼が自分の事を王ではないと言うのかな?

『貴方は、確かに過去とは言えど。あの国の王だったはずです。それが何故に違うと言うのですか?』
「それは…」
「それは?」

そこで、また彼の目から涙がこぼれ落ちた。

「あ!!また。泣いてる!!」

自分が泣いている事に驚いた様子。
先ほどと同じ様に顔を袖で、ゴシゴシ拭っている。
どうやら彼は、涙腺が弱いらしい。

「僕には、みんなに王と呼ばれる資格は…無いよ。」

涙声で語り出した。
彼は、ボルドーから視線をそらして俯き。
自分の涙が落ちて行くその地面を見つめている。

「僕が国を最後まで、守れなかったからだ。」

絶え間なく、ポタポタと涙から地面に落ちていく。
獣人達の国は、確かに滅びた。

「僕が居たあの時にも、僕らの国がなくなった。そして、また…」

…そう。
あの国が滅びたのは、一度だけでは無かったのだ。
その昔、獣人達が住む土地を治めた涙脆い王が居た。
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